2006年06月04日

モンテネグロ、88年ぶりの独立を宣言

セルビア・モンテネグロのモンテネグロ共和国議会は3日夜、独立を宣言した。同共和国は5月21日の国民投票で独立賛成派が辛くも勝利し、セルビア共和国との国家連合を解消して独立することを決めた。モンテネグロは88年ぶりの独立を果たし、第2次大戦後に6つの共和国で構成した旧ユーゴスラビア連邦が完全に解体した。セルビア・モンテネグロの国際的な地位はセルビア共和国が継承する。モンテネグロは今後、外交、国防機能のセルビアからの分離を目指し、国連など国際機関への新規加盟を進める。3日の共和国議会は独立に反対する野党連合の議員が出席をボイコットし、セルビア共和国のタディッチ大統領らが招待を断る中で独立宣言を採択。宣言は「市場経済に基づく多民族、多文化、多宗教を容認する社会」を国家像に掲げた。欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)加盟を戦略目標に挙げ、国連へも直ちに加盟申請する方針を示した。【日経新聞 4日

旧ユーゴスラヴィアのバルカン半島に占める位置旧ユーゴスラビア連邦は、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6つの共和国とセルビア共和国内のヴォイヴォディナとコソヴォの2つの自治州によって構成され、各地域には一定の自治権が認められていた。これらの地域からなる旧ユーゴスラビア連邦は多民族国家であり、その統治の難しさは「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字により構成される1つの国」と表現された。1990年代のユーゴスラビア紛争の過程で、スロベニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナがそれぞれ独立。残ったセルビアとモンテネグロにより、1992年に「ユーゴスラビア連邦共和国」が発足した。この国ではミロシェビッチ(1989年〜1997年セルビア大統領、1997年〜2000年連邦大統領)が権力を掌握し、民族主義的政策を遂行したが、ボスニア紛争やコソボ紛争の責任を問われて、国連による制裁を受ける等、国際社会からの孤立を招き、経済も壊滅的な影響を被った。2000年10月にミロシェビッチ政権が打倒されると、コシュトゥーニツァ大統領、ジンジッチ・セルビア首相等からなる民主政権が発足。同政権は、国内の民主化、市場経済化の過程を推し進めるとともに、長い間締め出されてきた国際機関への復帰を順次回復する成果をあげた。2003年2月には、セルビアとモンテネグロ両共和国からなる緩やかな連合国家に再編するとして、国名を「セルビア・モンテネグロ」に変更した。そして2006年5月21日、モンテネグロにおいて独立を問う住民投票が行われた結果、独立派が勝利(投票率86.5%、独立支持55.5%)。今日6月4日、モンテネグロ共和国が独立を宣言し、これにより、6つの共和国で構成した旧ユーゴスラビア連邦は完全に解体された。

nao_2006 at 23:00│Comments(0)TrackBack(0)注目ニュース 

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