2006年01月18日

阪神大震災11年:教訓、改めて胸に 遺族ら祈り

阪神大震災の被災地は17日、発生から11年の朝を迎え、鎮魂の祈りに包まれた。しかし10年を過ぎ、兵庫県内の被災12市1町(当時は10市10町)のうち、今年も追悼行事を開くのは神戸市のみで、県などの式典も性格を変えた。民間追悼行事も昨年より約4割減り、「風化」の懸念がある。6434人もの犠牲から得たはずのかけがえのない教訓をもう一度、胸に刻み直し、次代に伝える覚悟が問われている。神戸市中央区の「東遊園地」では、同市と市民団体が主催する「阪神淡路大震災1・17のつどい」があり、約4000人(午前7時現在)が訪れた。震災死者数と震災関連死者数を合わせた6595本の慰霊の竹灯ろうに、震災モニュメント「1・17希望の灯り」から火を移した。地震発生時刻の午前5時46分、灯ろうの明かりが浮かび上がらせた「1・17」の文字の周囲で、参加者が黙とうした。犠牲者の名を刻む「慰霊と復興のモニュメント」前では、遺族代表らが追悼文を読み上げた。震災で両親と兄を失った神戸市立上野中1年、湯口礼さん(13)は「震災で亡くなった人たちもみんなが元気だと、うれしい気持ちになると思う」と心境を語った。新潟県中越地震で11歳の長男を亡くした同県小千谷市の星野剛さん(49)は「全国からボランティアが来てくれた。とりわけ神戸からの方が多かったのが印象的でした」と述べた。兵庫県などでつくる「ひょうご安全の日推進県民会議」などは正午から、神戸市中央区の「人と防災未来センター」前で「ひょうご安全の日1・17のつどい」を開催。行事内容も追悼色が薄められ、「遺族代表のことば」はなくなり、県立舞子高校(神戸市)環境防災科の生徒らによる、震災の教訓を継ぐ誓いの言葉に替わった。(毎日新聞 17日

昨日1月17日は、「連続幼女誘拐殺人;宮崎勤被告の死刑確定」「ライブドア;証券取引法違反の疑いで強制捜査」「耐震偽造問題;ヒューザー小嶋社長の証人喚問」など、話題のニュースが重なった日であったが、今回はやはり阪神・淡路大震災について触れたい。阪神・淡路大震災は、1995年1月17日午前5時46分に発生した、大都市直下型の大地震による災害で、戦後最大の震災である。この震災の被害者は、死者6434名、負傷者43792名という。震災当時、私は高校1年生で堺に住んでいた。堺では大きな被害は出なかったものの、それでも震度4で、初めて感じる揺れの大きさだった。私自身は震災直後の被災状況を直に見ていないが、父をはじめボランティアに参加した多くの人達から、その悲惨な状況を聴いたのを覚えている。その後、神戸には何度か遊びに行ったことがあるが、その復興の早さに眼を見張り、人間の逞しさに驚いたものである。しかし、最近では震災直後に建てられた建築物の欠陥が問題となっているようだ。早く元の生活に戻りたいという被災者の切なる願いを建前に、中には公然と工期を早める(手抜きをする)業者もいたようである。耐震偽装問題をきっかけとして、これらの問題が表面化しているという。善意のボランティアが数多く活躍する一方で、震災に便乗して大金を儲けた人達がいるというのは、到底許せることではないと思う。最後に、震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。


阪神大震災11年:1・17のつどい 遺族代表あいさつ 【1月17日 毎日新聞

◆みんながくれた元気、僕も分けたい − 両親・兄亡くした、湯口礼さん(13)
僕は、阪神淡路大震災で、お父さんとお母さんとお兄ちゃんを亡くしました。僕は、震災の時2才だったので、みんなのことを覚えていないけど、後で話を聞いたりビデオを見たりして、お父さんとかがどんな人か少しだけ分かったと思う。だけどビデオとか話だけで勝手に想像して、僕が思っているお父さんが、本当のお父さんじゃないかもしれない。でも、小さい時からおじいちゃんとおばあちゃんに育てられて来たのであまりそう言うことを気にしないで生きています。僕は小学校2年生ぐらいまでは、暗い所がこわくていつも、トイレとかおじいちゃんやおばあちゃんについて来てもらっていました。だけど3年生になった時には友達がたくさんできて、暗い所がぜんぜんこわくなくなって来てもう今では震災の話とか友達にふつうにできるようになりました。僕は震災の事をいつまでもひきずっているとその人のふんいきが暗くなって、いつまでも友達ができないと思うから、悲しくてもいつも元気でいることが一番いいと思うし、震災で亡くなった人達もみんながいつも元気だと、たぶんうれしい気持ちになると思うから、今まで震災のことをひきずって暗くなっている人は、これからは元気で生活してほしいと思います。僕は暗くなったことはないけど、それはみんながいてくれて、みんなで一緒に笑ったりしてみんなの元気をもらっていたからだと思います。最後に、僕もみんなに元気をわけてあげたいと思います。いままでありがとうございました。これからもよろしくおねがいします。 平成18年1月17日 湯口礼

◆父の腕の中から8時間後に救出
神戸市中央区の東遊園地で行われた「阪神淡路大震災1・17のつどい」で遺族代表として言葉を述べた市立上野中1年、湯口礼(あきら)さん(13)=同市灘区=は、父節生さん(当時26歳)、母典子さん(同26歳)、兄怜(さとる)君(同6歳)を兵庫県芦屋市のアパートで亡くした。礼君は節生さんの腕の中から、約8時間後に救出された。以来、海産物店を経営する祖父克己さん(72)、祖母幸子さん(73)に育てられた。今は身長160センチほどで克己さんも追い越すまでに成長。小学4年から野球を続けている。震災について書くのは初めてだったが、遺族代表の言葉は「書き始めたら意外とすらすら書けた」と約20分で原稿用紙2枚を書き上げた。昨年の敬老の日に置物を祖父母にプレゼントした。「素直な思いやりのある子に成長してくれた。誇りに思う」と克己さんは話した。

阪神大震災11年:語り始める、語り続ける 命の大切さと、生きた証しを 【1月17日 毎日新聞

阪神大震災の被災地は17日、あの時から11年の朝を迎えた。記憶の風化が言われるなか、これまでと変わらぬ鎮魂と祈りで満ちていた。兵庫県芦屋市の小学校では、幼い長男を亡くした母親が、追悼式でため込んだ思いを初めて語り、子ども2人を失った父親は、語り続ける決意を新たにした。決して忘れない−。被災地は、震災を次の世代に伝える新たな誓いをたてた。「亡くなられたすべての方と大志君、今を生きる子どもたちの未来のために祈りたい」 震災で児童8人が犠牲になった芦屋市立精道小(黒田導紀校長、557人)の追悼式で、生きていれば6年生になる、1歳半の長男大志君を亡くした同市津知町の児童文学作家、上仲まさみさん(44)が、遺族代表の言葉を述べた。一家は神戸市東灘区の住宅で被災した。長女(14)や震災後に生まれた二男(9)の行事で精道小を訪れるたび、大志君の同級生たちを複雑な思いで見つめてきた。転機は一昨年。追悼式で長女が追悼文を読むことになり、上仲さんも初参加した。初めて子どもたちの成長を心からうれしいと思った。昨秋、6年生の授業で話してほしいと打診があった。悩んだが「大志君が望んでいる」と考え、12月に子どもたちと対面した。「生きていれば、生きていればと思いながら、みんなの姿を見てきました。だから私はみんなのことをよく知っています」。上仲さんは授業で、率直に伝えた。「元気に育ってくれてありがとう」 教室には、大志君の服と靴を持参した。着丈90センチの黒いトレーナーと14センチの靴。足のサイズが27センチにもなる男の子がいて、合わせてみると、服も靴も、あんまり小さくて、笑いが起こった。「こんな服、着る人もいないのに、なんで取っておくんだろう。人が死ぬってそういうことだよ」 子どもたちに伝えたいことは三つあった。命を粗末にしないこと。絶望しないこと。本当の自分に出会うこと。三つのことは、今月12日、同小であった震災を「語りつぐ会」で、6年生から5年生に引き継がれた。「これからもあなたたちの成長を陰ながら見つめ、応援しています」 授業はそう締めくくった。「とても勇気のいる経験でしたが、今は感謝の気持ちでいっぱいです。震災の記憶が薄れていくのは仕方ないけれど、命の大切さを伝えていきたい」

午前5時46分、56人が犠牲となった芦屋市津知町の津知公園。「絆(きずな)」と刻まれた碑に祈りをささげる人の輪の中に、同市浜芦屋町、会社員、米津勝之(かつし)さん(45)一家4人の姿があった。自宅アパートが全壊、長男漢之(くにゆき)君(当時7歳)、長女深理(みり)ちゃん(同5歳)の2児を失った。深理ちゃんあての手紙は途絶えることはない。震災当時通っていた市立精道幼稚園で親しかった高1の女子生徒は昨年の手紙で、高校受験や人間関係など多感な年ごろの悩みなどをやさしく語りかけるようにつづっていた。友を亡くした体験を大切に前向きに生きている姿を想像できた。ある少女は、深理ちゃんの誕生日の12月12日に毎年、幼稚園の碑にカードと花をささげる。米津さんはこれまで、漢之君が通っていた精道小で児童らに自分の体験を語ってきた。当時の記憶がほとんどない児童たちは、やさしさを学んでいく。同小で17日行われた追悼式にも米津さんの姿はあった。震災から8年(03年)の県追悼式典で「遺族代表のことば」を述べた米津さんは「年月がたてば記憶はあいまいになり、温度差は広がる。しかし、震災時の痛みや支えあい、人間のやさしさを風化で片づけてよいものか」と訴えた。今年の県式典から「遺族代表のことば」は消えた。10年の昨年から比べると、民間追悼行事も減少した。震災後に生まれた二女英(はんな)ちゃん(8)は、小1で亡くなった漢之君を超えて小2になった。二男凛(りん)君(3)は今年4月に、深理ちゃんが通っていた幼稚園に入園する。歳月の流れを実感し、風化の懸念は広がる。しかし、米津さんは「『人生は生きるに値する』ことを子どもたちが教えてくれた。伝え続けることが2人の生きた証し」と話した。

◇助け合いの心引き継ぐ/風化はあり得ない/メディアは「その後」見続けて − 追悼会場で
この朝、各地で開かれた慰霊式典などに訪れた10人の市民に「震災を風化させず、伝えていくために何をすべきか」を聞いた。

◆佐藤夕子さん(23)=神戸市中央区
今も小さな揺れが怖く寝られない夜もあるが、思い出す恐怖から逃げず、語り合い「命の大切さ」を分かち合うべきだ。
◆鈴木迪子さん(62)=神戸市長田区
おにぎり1個を分け合った助け合いの心を、世代を超えて引き継いでいく。それが犠牲者への弔いになると思う。
◆橋本伸司さん(33)=神戸市北区
神戸で生まれ育った私としては、いつまでも関心を持ち続け、震災行事に積極的に参加することが大切だと思います。
◆青木三代子さん=神戸市垂水区
震災を経験した若い世代が、国内外でボランティアに参加し、被災地の思いを発信していくことが大切です。
◆橋口利子さん(82)=神戸市兵庫区
助産師をしていて赤ちゃんを亡くした。忘れることは決してない。生きている限り、風化させないよう守っていきたい。
◆古川賀子さん(58)=神戸市須磨区
モニュメント、文章、映像など、記憶を形として残すこと。それをきっかけに、それぞれの思いを巡らせればいい。
◆石橋正裕君(14)=兵庫県西宮市
毎年、この時期になったら、みんなで震災を思い出すこと。自分も大人になったら、子どもに伝えていきたいと思う。
◆康本邦三さん(61)=兵庫県芦屋市
震災でつながった人の輪を追悼会などで確認している限り、風化はあり得ない。同じ街に住んでいるという一体感が必要。
◆浅田敏朗さん(51)=兵庫県西宮市
地震があるたび、震災を思い出すだけでもいい。またマスメディアには被災地の「その後」を見続けてほしい。
◆松下友康さん(23)=神戸市須磨区
年々行事は減るが、震災の記憶を語り継ぐために遺族から聞き取り調査をしている。それを多くの人に見てもらいたい。

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