板谷直樹ベースブログ

ベーシストの板谷直樹です。動画レッスン ITAYA BASS ACADEMY を開講中。HPは→こちら

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板谷ベースアカデミー(次回の動画更新は6/1
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「ボストンの夏」
5月の試験を終えた。さて、次の夏セメスターを取るか、夏はお休みにして秋セメスターからにするか?の選択があるのだが、夏の授業を休めば9月の授業開始まで長い夏休みになる。が、そんなに休んでもなぁ、、という思いだったので自分は受けることにした。アメリカ人学生の殆どは休みに入るようで故郷に帰ってゆっくりする、ような話をちらほら聞いた。なので夏は学校に出入りする生徒も少なくなり、やや緩い雰囲気になるのだ。

授業は5月の下旬からスタートし、8月の中旬に試験となる。夏セメスターは秋や春よりやや短い12週間のプログラム。授業数はちょっと少なめにして半分は夏休み、みたいな感じで授業を取ってみた。

★RHYTHM SECTION & VOCAL ENSEMBLE
アンサンブルの授業。

★EAR TRAINING 3
ソルフェージュと聴き取り。移動ドの練習がはじまり内容が高度になってくる。

★HARMONY 3
曲の分析、コード進行とスケールを学ぶ。こちらも内容が難しくなってきた。

★JAZZ IMPROVISATIONAL TECHNIQUS
ジャズの生き字引的存在 John LaPorta によるクラスをとることができた。残念なことに氏は2004年に他界している。叶うならば是非もう一度受けてみたい授業。
19970512
(Mass Ave.の南から北を見る。この通りの両側にはタワーレコード、楽器屋やスターバックス、ダンキンドーナツ、マクドナルドの他、ピザ屋、インドカレー屋などがありよく利用した。)
19970704
(7月4日は独立記念日(インディペンデンス・デイ)。チャールズ川に大勢の人が集まる。戦闘機が低空飛行し夜は花火が打ち上げられる。この打ち上げ花火は1777年からの伝統行事だそうだ。米国人の愛国心の強さと強い国アメリカを象徴するような行事に感じた。)
19970708
(ルームメイトとの生活を終え一人暮らしを開始。学校のすぐそば Haviland St. にあるアパートメント。5分前に出れば授業に間に合う近さ。乱雑で申し訳ないが普段はこんな感じだ
19970719-3
(ジョンハンコックタワーの展望台から。チャールズ川の向こうにはマサチューセッツ工科大学やハーバード大学がある。世界の頭脳が集まっていると思うと胸が熱くなり、気分を味わいにキャンパスを散歩しに行くことも

ボストンの気候はカラッとしていて気持ちがよく、梅雨のない北海道に似ている。6月に26歳の誕生日(1997年)を迎えた。その時は皆でパーティーをしてくれたように思う。ところで、お酒を買うには必ず年齢確認が必要でパスポートを店員に見せるのだ。アルコールに関しては日本より厳しいイメージがあった。夏はじっくり練習し、緑の多い公園を散歩、チャールズ川でのんびりしたり、、というような日々だった。

「そしてまた秋セメスター」
入学して1年、時間はあっという間に過ぎていった。4thセメスター(97’秋セメスター)ではアンサンブルを3つとベース実技系のクラスで固めることにした。そして PRIVATE INSTRUCTION(個人レッスン)ではかねてから希望していた Bruce Gertz のクラスを取ることができた。氏はウッドベースもエレキベースも驚異的なテクニックの持ち主で、毎週本当に多くのことを学ばせてもらったが、正直今でも消化しきれていない部分があり当時のノートを見返えすことがある。

★RHYTHM SECTION & VOCAL ENSEMBLE
★RHYTHM SECTION & VOCAL ENSEMBLE(別クラス)
★JAZZ FLUTE ENSEMBLE
★EAR TRAINING 4
★HARMONY 4
★BASS LAB - READING 2
★BLUES BASS LAB
★PRIVATE INSTRUCTION 3 - BASS
★FUNDAMENTALS OF IMPROVISATION FOR BASS
19970926
(クラスが終った部屋は18時から開放され、予約をすればセッションや練習に使ってよい。トルコからやってきた3人とは頻繁にセッションをした。)
19971201
(学内にあるカフェも夜になるとライブ会場と化す。この日は日本人グループで出演した。今では考えられないが当時は6弦ベースのフレット付きとフレットレスの2本のみ。完全な6弦ベーシストだったのだ。)
19971209
(大体どのクラスもこのくらいの人数で行われる。彼らはよく質問し発言する。一方的に聞いているということはあまりない。また教授は生徒の発言によく耳を傾け、それを一方的に否定することはない。型にはめるような風潮がないので自然と個性の強い人が育つのではないだろうか。これはあくまで日本人的な見方で、ここではそれがごくごく普通に行われているのだった。)

つづく
ベースのフィルイン
5/25〜28まで不在となります。ご注文は承っておりますが発送は29日からとなりますのであらかじめご了承ください。
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板谷ベースアカデミー(次回の動画更新は5/18
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19970201
赤レンガが美しいボストンの街並み。)

「冬休み、そして春セメスターへ」
1997年が始まった。お正月をアメリカで迎えるのはなんだか不思議な気がしたが、友達皆で集まってパーティーなどしていたように思う。また学校が始まるまで少しの休みだ。春セメスターは1月の中旬から授業の登録(Registration)があり、5月の初旬が試験となる。ここで取った授業は下のとおり。

★ARRANGING 2
前期の続き。2では管楽器のアレンジテクニック。

★EAR TRAINING 2
ソルフェージュと聴き取り。前期の続きで内容が進む。

★HARMONY 2
曲を分析しコード進行とスケールを学ぶ。宿題は学んだ進行を使った作曲が多い。

★PRIVATE INSTRUCTION 2 - BASS
ベースの個人レッスン。1対1なので気が抜けない。

★BASS LAB - READING 1
初見のクラスを取った。慣れるためにはひたすら読むしかない。

★INTRO / LATIN JAZZ BASS PLAYING
Oscar Stagnaro の授業。クラーベの構造やトゥンバオもここで学んだ。

★BASIC KEYBOARD TECHNIQUE 1
ピアノ専攻でない人のための鍵盤の授業。

★RHYTHM SECTION & VOCAL ENSEMBLE
アンサンブルの授業。教授は Walter Beasley。
19970108
(お正月が明け休み中。近所の公園 Back Bay Fens をよく散歩した。北側にはレッドソックスの球場 Fenway Park があり、南側にはボストン美術館がある。)
19970212
(授業も始まり落ち着いてきた頃アパートメントが停電に。電力会社へ電話したら「修理は明日」になるという。こんな対応は日本ではまずあり得ないが、似たようなことはしばしば起こった。宿題もあるし、うーむ、この日は仕方なしにロウソクで過ごしたのだった
19970307
(150 Mass Ave. にある校舎。3月に入り少し寒さも緩んできた。)
19970401
(、、と思いきや、4/1は何年ぶりかの大雪で休講になったのだ!)

Walter Beasley のアンサンブルクラスではスティービー・ワンダーやジョージ・デュークの曲をやった記憶がある。また Walter はたまに(本当にたまに)サックスを吹いてくれることがあったが、その音色が柔らかく暖かい本当に良い音だったことを強烈に覚えている。

ここでは後々長い付き合いになるピアノのO氏やボーカルのNさんとも知り合いになった。O氏はボストンに残り今でも活躍中。Nさんは帰国後の2000年代に多くのライブをご一緒し、今は関西を中心に活躍中だ。

因みにアンサンブルの授業を受けるには「Rating」と呼ばれる演奏評価が必要になる。これはセメスターの最初にオーディションを受けて、初見やテクニック、インプロ力などを4つの数字で与えられるもの。アンサンブルはクラスごとに Rating が決まっており、皆より良い数字を目指して奮闘していた。このオーディションは教授や上級学生のアンサンブルに交じり行われるので毎回とても緊張した記憶がある。

つづく
FILL-AH
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板谷ベースアカデミー動画更新は4/27
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「秋セメスター始まる」
1996年9月、いよいよバークリーへ入学となった。いくつかオリエンテーション的なクラスや楽器オーディションがあり、本格的な授業は次の週から。秋の学期でとった授業は下のとおり。

★ARRANGING 1
ジャズやボサノヴァ、ファンクなど曲のアレンジテクニックを学ぶ。

★EAR TRAINING 1
ソルフェージュと聴き取り。譜面を見てメロディを歌ったり、リズムや音程を聴いて譜面にする授業。

★ENGLISH AS A SECOND LANGUAGE 1
英語の授業。

★HARMONY 1
コード進行とスケールを学ぶ音楽理論のクラス。宿題は学んだコード進行を使って曲を作ることも多かった。

★BASS LAB - LINES 3
ベースラインについて学ぶ。オーディションでLINES1〜2は不要と判断されたのだが、レベルが高く戸惑った。

★INTRO TO MUSIC THCHNOLOGY
MIDIについての知識やシーケンスソフトについて。

★PRIVATE INSTRUCTION 1 - BASS
ベースの個人レッスン。自分のスタイルに合った教授を多数の中から選べる。
チャールズリバー夜景
(チャールズリバーからみた夜景。休日は川沿いをよく散歩した。)

小さい頃からピアノをやっていた人達は EAR TRAINING や HARMONY のクラスを「テストアウト」で飛び級してしまう人もいたが、自分はここでの授業を1からじっくり受けたい気持ちもあり、焦らず経験していくことにした。一方 BASS LAB は LINES 3 のクラスへ組み込まれ、2年目の生徒と一緒になりレベルの高さに焦ることとなった。1や2のクラスへ変えてもらうことも相談したが、まぁなんとかついていった。
BPC
(1200名収容するホール、Berklee Performance Center 通称BPCでは様々なコンサートが行われる。この日は後に私の師匠となるBruce Gertz氏の演奏が聞けた。)

ARRANGING や HARMONY、MUSIC THCHNOLOGY のクラスではシーケンスソフトを使って宿題を完成させてくることが要求された。様々な作業にMacは必要で自宅にも用意したが、学内のラーニングセンターへ行けばMacがズラりと並び、必要なアプリ、音源は揃っていたのでそこも利用できる。当時学校では Opcode社の Vision というソフトを推奨していた(今はない)。自動伴奏ソフトの Band In a Box と出会ったのもラーニングセンターだ。私はMacには割と詳しかったようで、いろんな人がアプリの使い方、操作の仕方を聞いてきた記憶がある。
部屋のMac
(家ではPower Macintosh 7200/90 を使っていた。ソフトはかねてから使っていた MOTU の Performer。MOTU社はボストンにあって、日本人学生も働いていた。)
ルームメイト
(最初のルームメイトは韓国人のK氏(右端)。彼はチョー・ヨンピルのツアーメンバーで武道館でも何度か演奏したことがあるそう。根っから明るく韓国料理をよく作ってくれた。敬虔なクリスチャンでもあった。)
韓国人の友達
(K氏つながりでたくさんの韓国人留学生と友達になった。ほんの少し離れた隣の国なのに、いろいろ文化の違いがあり面白い。彼らは皆フレンドリーだった。)
花火
(大晦日。カウントダウン後、花火が打ち上げられ「Happy New Year!!」と大騒ぎになる。日本のお正月は静かに祝うがそれとは真逆なのだ。)

秋セメスターのテスト期間は12月の中頃。それが終われば冬休みに入る。ボストンの冬は寒いが、地元が北海道なので何てことはない。それより連日の宿題と練習に追われ疲れていたのでゆっくり休みたい気分だ。英語の授業にも少しづつ慣れてきたのだが、それでもまだまだの1年生。右往左往してアタフタすることも多かった。卒業に向けて一歩一歩行くしかない。そんな思いでいっぱいの96年の末だった。

つづく
ベースラインで迷わない20180409
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「語学学校時代」
語学学校では教室の建物の上階が寮になっていた。1部屋にベッドと机が2つずつ設置されている。広くはないけれどまぁ十分。窓から外の様子など眺めていたらルームメイトがやってきた。ブラジル人のRだ。英語は普通にしゃべるし彼のような人が何で語学学校へ?聞くとバケーションでやって来たと言う。遊びと勉強も兼ねて、、といったところか。実際そのような生徒は多かった、がこちらは大学へのトランスファーが目的なので、気を引き締めていこうという感じだった。

授業は午前9時〜午後3時頃まで。間に昼食タイムで1時間程休みがある。午前の授業は
グループや2人ひと組みでロールプレイング的な内容や、1人ずつ前へ出てプレゼンテーションしたりといった感じで楽しい。一方午後は苦手な長文読解のクラス。食後ということもあり集中力が落ちてなかなか辛かった。これが月曜から金曜まで続く。

友達はすぐにできた。教室のある建物のすぐそばに食堂の建物があり、そこで食事の時や授業後など同じクラスでなくとも皆フレンドリーでよくしゃべるのだ。バークリーを目指す日本人も何人かいて情報交換もできた。
寮の部屋
(寮の部屋。時々セッションも。)

平日の放課後は宿題に時間を割いたが、週末は皆きっちり遊んでいた。友達の家に集まってパーティー(いわゆる飲み会)かクラブ街へ行くかどちらかだ。それまでクラブで踊ったこともなかったが、まぁ雰囲気を楽しみによく出向いたものだ。

5月、6月と寮で過ごし7月にはアパートメントを借りた。2部屋にリビングが付いて十分な広さ。ルームメイトを見つけてシェアすることにした。生活にも慣れてきた頃にバークリーのアドミッション・オフィスへ度々顔を出し、9月からの入学を打診していたところ、7月下旬から同校のIMELI(International Musicians' English Language Institute)に参加せよ、とのことでそちらへ移る手続きをした。IMELIは留学生のための準備、英語教育をする4週間のプログラムで、これに参加するということは半分入学許可が下りたようなものだろうか、、、。
553Boylston St
(最初に借りたアパートメントはBoylston St.にある。日本のように建物の名前はなく番地+ストリート名+部屋番号というのが住所になる。)
部屋1
(語学学校の友達がアパートメントに遊びに来た。)

IMELIに参加していたのは100名程だったろうか。ヨーロッパ、南米、アジア圏と国籍は様々だったが、目的は同じ音楽、すぐに仲良くなりたくさんの友達ができた。授業内容は語学学校に比べてやや易しく安心した。(この時点で入学後相当きつくなることはまだ知らない。)ロールプレイング的なものが多く他は音楽用語と簡単な理論の授業があった。
IMELI
(IMELIの仲間)
IMELI2
(IMELI最終日は船上でジャムセッションが開かれた。)

不安だった入学許可は8月中に無事おりて、9月から正式にバークリーへ入学することになった。入学時期は年に3回あり、それぞれの学期がはじまる秋、夏、春にできるのだが、普通は9月(日本の4月みたいなもの)なのでホッとした。できるだけ語学学校の時間を短くし、ひとまず計画どおり進んできたので、入学後は順調に行くかどうか、、、期待と不安が入り混じる96年の夏だった。

つづく
ベースラインで迷わない20180409
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「日本からボストンへ」
出発は5/17(1996年:25歳)の朝。
航空券は格安チケット店でボストンまでの片道分を購入していた。そうだ、片道なのだ。行ったらしばらくは帰らないのだから。当時は書籍で「地球の歩き方」というのがポピュラーだった。各国各都市編があり交通から食事、宿泊まで細かな情報が載っていた。それを見ながら空港に着いてからの行動をイメージしたりもしていた。

成田の出発便は16時過ぎ。午前に千歳空港から羽田へ向かい、そこから成田まで移動する。国内だけでも結構な移動だ。5月の北海道はまだ肌寒く上着はフリースを着ていたが、東京に入ってからは気温がかなりあったと思う。無事に成田に着き出国手続きを済ませるも、機内に外国人が多いのはやはり国際線。千歳から羽田の様子とはちょっと違っていた。これまで海外旅行に行ったことがない。出国は初なのだ。フライトは13〜14時間で機内食が2回。度々トイレに立ったりしたが、まぁ長い。トイレそばの後部座席には少しのスペースと窓があって「一体どこまで行くんだろう、、」とぼんやり空を眺めていたりもした。

当時はボストンへの直行便はないので、一旦シカゴへ降りてそこで入国審査。そこから国内線でボストンへ向かうのだ。が、シカゴ空港の広さには驚いた。ボストン行きターミナルまでの移動に空港内の鉄道を使うのだ。係りの人にどちらの車両に乗ればいいか聞きやっとターミナルに着いた。ここまで来ると日本人は皆無、日本語も聞こえてこない。
まぁ国内線だから当然か、、。飛行機も一回り小さくなってなんだか急に心細くなった。

1時間位のフライトだったろうか、、ローガン空港に到着。預けた荷物をピックアップしなければ、、とここでトラブル発生。自分の荷物がいつまで経っても出てこないのだ。結局最後まで出てこない、、。インフォメーションで調べてもらったら「荷物だけ到着が遅れる。明日になる。」とのことだった。空港内カフェの無料チケットをもらい「明日の何時に来ればよいか?」のような会話をし空港を後にした。

日も暮れて暗くなってきているし、ホテルを探さなければ、、空港そばのホテルは満室で、タクシーでダウンタウンへ向かうことにした。とりあえず「地球の歩き方」に載っている The Lenox Hotel へ向かってもらうことにした。タクシー代は15ドル位だったろうか、、、20ドル渡したのになかなかお釣りがかえってこない。数秒の沈黙の後、わけがわからず「Thank you」とだけ言ってタクシーから降りた。が、これはチップ分を差し引いた額を自分から言わないといけないのだ
。この場合だと「3 dollar back please.」と言えば2ドルは相手のチップということになる。何も知らない自分は、まんまと相場の倍近いチップを払ってしまった。まぁなんというか日本のように親切ではないんだね、、。

ホテルも部屋が取れホッとしたが、着替えなどの荷物は明日にならないと、、。1日長い移動だったのでまずは寝ることにした。明日は語学学校の入寮の日だ。
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(ネットが普及する前はガイドブックが頼りだった。)
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