歴史性把持への道標(弁証法・認識論・医学部学士編入・潰瘍性大腸炎など)

目的的に学び、主体性を確立し、歴史性を持つことを目指すブログ

本日は【看護の日】です

今週は看護週間だったみたいです
「なぜに今週は看護の週間なのか?」と思っていました

すると、院内放送で
「5月12日は看護の日です。」
と流れていました


日本看護協会1)によると、
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21世紀の高齢社会を支えていくためには、看護の心、ケアの心、助け合いの心を、私たち一人一人が分かち合うことが必要です。こうした心を、老若男女を問わずだれもが育むきっかけとなるよう、旧厚生省により、「看護の日」が1990年に制定されました。市民・有識者による「看護の日の制定を願う会」の運動が、きっかけでした。
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とのことです


ではなぜ5月12日なのでしょうか?

1820年、フローレンス・ナイチンゲールが伊フィレンツェに生を受けました
1965年から、国際看護師協会(本部:ジュネーブ)は、この日を「国際看護師の日」に定めています

2年後には生誕200年周年ということで、この機会を経験することができて嬉しく思います
(2年後に看護の日を覚えているかどうかは別として・・・笑)


ナイチンゲールは看護論の祖であると共に、統計学に精通していたことは有名みたいです

これを機に、一度医学を否定して看護学を、すなわち『看護覚え書』や看護関連の本(薄井坦子の著書など)をパラパラと紐解いてみることで、医学との連関を再認識し、日々の診療やチーム医療に活かせればな、と思った次第でした



1)日本看護協会WP
https://www.nurse.or.jp/home/event/simin/about/index.html

今年(平成30年)の目標~この世界で生き残るのは、変化する者である。

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It is not the strongest
of the species that survives,
nor the most intelligent that survives.
It is the one that
is most adaptable to change.

誰かが言った。

この世界で生き残るのは、
強いものでも、賢いものでもなく
変化する者である。
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(序)
第112回医師国家試験も終わり、すっかり草木が萌え動く頃となってしまいました。
現在、未だ合格していると同時に合格していない状態であります。
まさにどこぞの猫の鳴き声がきこえてきそうであり、奇妙な心境の今日この頃です。
(まぁ、鳴き声がきこえてきたら、その瞬間に観測したと同義であるならば合格を意味するのであり、それは愛でたいことなのですが・・・)


(破)
ミクロではそんな不確定性を有するとされるこの世界で、私は冒頭のような文言を観測してしまいました。
どこでそんな文言を認識したかというと、トヨタの店舗でトヨタ・カムリ(10代目XV70型)のパンフレットをふと手にとったとき、表紙をめくったら偶然、目に入ってきたのでした。

トヨタ・カムリは私にとっては思い出深い車です。
ハイカラな祖父が3代目V20型(おそらく)に乗っており、幼少期から祖父と祖母と私3人でよく色んな場所に連れて行ってくれました。
祖母が他界し、私が中学生に入ってからは、そのカムリで遠いバス停までよく送り迎えをしてくれたのでした。

そんな思い出のあるトヨタ・カムリですので、今回そのパンフレットをとったのは偶然ではなく必然であったように思います。
パンフレットをめくっていくと、さらにこんな標語が目に入ってきます。

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それは、正当な進化でありながら、
数値で表される機能的な価値を超え、
「官能」の域にまでたどり着いた新しい姿。
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CHANGEは、
CHALLENGEの中にある。
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つまり、変化すると同時に、トヨタ・カムリとしては変化していない。
その変化による進化は、その時その時の時代を背景に、開発チームのチャレンジと言う名のいわば冒険心・勇気力によってのみ可能となりうる、ということだと理解しました。
まさに、いのちの歴史においてサルが樹上生活で形成し得た問いかけ的な像を脳に描く実力によって、頭脳活動に大きな変容をもたらし、木を降りることをチャレンジした結果、私達の祖先ヒトへと歩みを進め、私達すなわち人間となっていったのと同じようにであります。
トヨタ・カムリの進化の歴史を、そのようないのちの歴史の過程の論理に重ねてしまうのは、私だけでしょうか・・・。


(急)
トヨタ・カムリのパンフレットを観て、今年の目標はより良い頭脳活動を営むため!という目的的意識を持ちながらのチャレンジをしていければな、と思いました。
今年のというよりかは、これは生涯の目標となってもいいものかもしれません。

早速というわけではありませんが、つい先日、岩登りにチャレンジする機会を偶然に得ました。
(ボルダリングではありません、念のために・・・。)
岩登りの最中の認識の揺さぶられ方には大変驚きました。
まさに生きるか死ぬかの境で、恐怖という二文字が幾度となく襲いかかりました。
(もちろん命綱はあります!それでも、怖いんです・・・。)
もともと高所が得意でない私には、とても刺激的でした。
「猿はこうして問いかけ的像を作っていったのか!!」と腑に落ちるほどの体験だったのでした。


(海老名教授@ドクターXから一言・・・「チェンジ あんど チャレンジ~!」)



世界は美しくなんてない。そしてそれ故に、美しい。

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世界は美しくなんかない。そしてそれ故に、美しい。
-The world is not beautiful.Therefore,it is.-
        『キノの旅- the Beautiful World』
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(0)
ついに2017年秋アニメで、『キノの旅』が放送開始となります。
2003年に既に一部がアニメ化されているので、リメイク+続編みたいな感じでしょうか。
(ホームページの作画を見るに、2003年の雰囲気とはかなり違っているので、果たしてどうなることやら・・・)

私がいわゆる深夜アニメを本格的に見始めるようになったのは2006-7年のことです。
アニメの面白さに目覚めたのは、忘れもしない夏の自動車学校合宿なのですが・・・宿の飯が不味かったなぁ。
合宿中なのに風邪を引いて、最寄りの診療所で坐薬を入れられて、宿でアニメみてたなぁ。
一緒に免許をとりにいったO君は、結局仮免許とれずに1週間帰るのが遅くなっちゃったなぁ。
それらを含めて、懐かしくていい思い出です。

(1)
そんなこんなで、当時テレビアニメ版『キノの旅』も鑑賞して、その世界観に目を奪われ、息を呑みました。
ついつい電撃文庫の原作を読み始めてしまう始末・・・。

塾の非常勤講師をしていましたが、生徒の前で雑談で唯一アニメの話をしたのが、この『キノの旅』でした。


「みなさんは何か日頃、本を読んでいますでしょうか?本というのは過去から現在にわたって、時間的空間的に遠くにいる人と対話ができ、そして考え方や世界観を共有できる最高の道具なんです。」

「もし内容が硬い本を読むのが苦手なら、オススメなのがライトノベルっていうジャンルです。先生が最近読んで良かったのは『キノの旅』ですーー」

黒板に『The world is not beautiful.Therefore,it is.』と書いて

「これ訳せますかー?そうですね、SVCの第2文型ですのでS=Cで・・・

『世界は美しくなんてない。そしてそれ故に美しい。』

となりますね。みなさんにはこの意味がわかりますでしょうか。ヒントはこの本『キノの旅(電撃文庫)』に書いてあります。気になる人がいたら読んでみてもいいかもしれませんね。」

みたいな感じのことを雑談した気がします(ちなみに集団授業では中学英語を主に担当してました)。

数日後、20名生徒の中で、成績がトップクラスだったS君ら数名が
「先生、これ(=『キノの旅(電撃文庫)』)買いました!めっちゃ面白いですね!!」
と報告してくれたのは、なんとも喜ばしい思い出として私の中に残っているのでした。


あれから10年、当時中学1年生であった彼ら彼女らは、元気で勉学に励んだり、就職して健康に働いているのでしょうか。

最近そういう昔の思い出に押しつぶされそうになることがたまにあるのですが、それだけ私も年をとったということなのでしょうか。
先生は皆さんの健闘を祈ることしかできませんが、それぞれの道で自分の花を咲かせてください。


(2)
年をとったといえば、非常勤講師を始めて中堅になったあたり、バイト先へはよく先輩講師や後輩を乗せて車で通勤していました。
塾からの帰り道、とある先輩講師に車内で

「君はマックス・ウェーバーも知らないのか。科学を勉強しているのなら、もっと哲学も勉強しなさい。」

と叱責されたことがあります。
当時、より未熟な私は特に哲学や宗教なんかは「昔の人の思想」「胡散臭いもの」くらいにしか思っていなかったのでした。

ひどい話、正直「科学には役に立たない過去の遺産=ムダなもの」くらいにまで思ってました。つまり、恥ずかしいことに「哲学は空虚なもの」であると勘違いをしていたのです。

まさか、「哲学とは具体的なものの発展を認識するもの(ヘーゲル『哲学史講義』)」であるとは、当時は夢にも思っていなかったのです。
(情けないことに、教養科目でカントやらなんやらの『哲学』の講義を受けていたのにも関わらず!です。)

その後、空手を始めて数年経ったあたりから、ようやく哲学の重要性に気づいたのでした(←気がつくのが遅い!)。
医学を学んでいる今では、哲学のみならず宗教の重要性についても認識し始めており、勉強しなきゃなぁと思う今日このごろです。
今でもその先輩には車内で色々と哲学や宗教の話を聞いておけばよかったなぁと後悔しています。

数年前に某大学の特任教授?になられた先輩、これからの益々のご活躍を心より期待申し上げます。


(3)
10年という時を経て、このような万物の変化の本質=螺旋状の生成発展をしみじみと感じつつ、先生は不朽の名作『キノの旅』を再び楽しもうと思いますーー皆さんとの学び舎での思い出とともに。 
Profile

(工学修士→一介の医学生→医師)
名古屋大学医学部医学科卒業

医学部学士編入受験者
[2013年度]

潰瘍性大腸炎罹患歴
[2011年5月~]


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