ガウガメラの戦い (ペルシャ相手の決定的な勝利)古代ローマ帝国における属州ブリタニア統治問題についての疑問点

2008年04月10日

「ウルビーノのヴィーナス」について

ウルビーノのヴィーナス

先日、ウルビーノのヴィーナス展に行ってきました! 
今日は、展示会の主役の絵である、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作「ウルビーノ
のヴィーナス」についてブログを書きたいと思います。

前々から、この展示会に早く行きたいと思っていたのですが、なかなか行く機会があ
りませんでした。自分は、恥ずかしながら美術部に所属していまして、部員全員で何
処か春休みに美術館に行こうということになりまして、自分がこの展示会はどうか?
ということを提案したら、みんなが賛成してくれていくことになりました。実際に、
展示会に入ってみたら、最初は古代のヴィーナスから紹介されていて、古代ギリシア
の壷絵や、古代ローマのフレスコ画に描かれたヴィーナスが展示されていて、ちょっ
と驚きました。結構保存状態も良好で、細部にわたって見ることができました。古代からはどんどん時代を経ていって、遂に、「ウルビーノのヴィーナス」との対面の時が来ました。こんなにたくさん宣伝しているのだから、ダヴィンチの「受胎告知」のときのように歩きながら見る感じなのかなとか思いながら、展示室に入ってみると、普通に展示していて安心しました。

最初に、この絵を見ると、皆一番最初に目が行くのは、ヴィーナスの目だそうです。実際に、自分も目があってしまいました。本当に誘惑するような目で、引きずりこまれそうでした。ティツィアーノの他の作品を見ても、彼は、絵の中の人物を感情を持たせたように書くのが上手かったみたいです。当時のイタリア美術は、日本でいう狩野派などのように、いくつもの派閥に分かれていたようです。ティツィアーノはヴェネチア派で、色彩豊かな絵が特長なのだそうです。対してフィレンツェ派の絵は、素描が中心であまり色彩は豊かではないのが特長だそうです。しかし、この絵は「ウルビーノのヴィーナス」と呼ばれていますが、ヴィーナスという説が色濃いので、こう呼ばれているだけであって、実際にヴィーナスであるとは完全に特定されているわけではないようです。実際に、見終わった後、美術部の人に、「あれは本当にヴィーナスなの?」と聞かれるくらい、ヴィーナスにしては官能的すぎるような気がします。しかし、彼女が手に持っているバラ(ヴィーナスが誕生したときにバラが生えたという)や、窓辺のミルト(永遠に続く愛情の象徴で、愛の女神ヴィーナスに関連がある)から判断することによってヴィーナスではないかといわれています。

しかし、ここで疑問に思うのは、絵の注文主はこの絵を何と呼んでいて、モデルは誰かということです。この絵を注文したのは、グイドバルド・デッラ・ローヴェレという人で、彼はこの絵を「裸の女」と呼んでいます。これから判断すると、モデルは高級娼婦なのではないかといわれています。じゃあ、ただのポルノグラフィティかというと、やっぱり前の証拠からヴィーナスであると解釈しないのはおかしいと思います。

更に疑問に思うのは、何故書かれた?ということです。確かに、当時裸の女性の絵は、見て楽しむように製作された、ポルノグラフィティ画と訳してもいいくらいの絵が存在していたようです。しかし、彼は傭兵隊長でした。すなわち、宮廷人というよりは、生粋の武人というような人物であったようです。しかも、父親の代に、権力を勝ちとった様な、日本でいう豊臣秀吉には及ばないですが、彼のような成り上がり者でした。その様な人物が見て楽しむように作らせたとは自分は思いません。説としては、グイドバルド公は自身の結婚のために作らせたというものがあります。先程あげた、バラとミルトは結婚を象徴とする植物でもあるし、奥にいる侍女たちが、何かを取り出そうとしている箱は、本展示会に出品もされていますが、嫁入り道具なのだそうです。だとしたら、そうなのではないかと思いかけますが、彼が結婚したのは4年前であるし、彼は母に宛てた手紙に、早くしないとティツィアーノは他の人に売ってしまうといったようなことを書いているので、結婚祝いの絵説は信憑性が薄いのだそうです。さまざまの議論がなされているこの絵の真相は、まだ闇の中です。

自分の見解としては、全然的外れかもしれませんが、自分の妻をヴィーナスに見立てて、徹底的に美しくして、バラやミルトなどの愛の象徴などを至る所に散りばめて、自分の永遠に変わらぬ愛を妻に伝えるために作らせたのではないかと思います。だから、母親にも代金を無心したのだと思います。


napoleeeeon at 10:39│Comments(4)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by lemonodasos   2008年04月12日 07:26
今だったらこの女性は太りすぎになるかもしれませんね。どうもウエストラインがスーパーモデルとは違うようです。本当はこの方が美しいのかもしれません。
ちなみにギリシャ語で娼婦はポルニです。グラフォは書くという動詞があります。
娼婦のお話がポルノグラフィーなのでしょうか?よく分かりません。
2. Posted by napoleeeon   2008年04月18日 20:32
ずいぶん返事が遅れてすみません・・・ でも、近絵の女性のお腹が凹んでいたとしたら、そんなに美しく見えないような気がします。わざとお腹を膨らますことによって見栄えをよくしているのかもしれません。この間テレビでヴィーナスの番組を見たのですが、最終的にはこの絵は、現在に伝わるポルノグラフィティーの先駆け的存在といっていました。娼婦といっても、当時はランクがあったみたいで、この絵に描かれている娼婦は、俗にいう高級娼婦と呼ばれる人なのだそうです。貴族や侯爵などのお相手ができるように、ちゃんと教養が施されているのだそうです。普通の娼婦ではなくて、このような人をモデルにすることによってこそ、この絵は名作と位置づけられるような絵になったのではないかといったような感じに考えています。全体的に、まだ断定した説が定まっていないので、話がややこしくなってしまいますね・・・
3. Posted by ロマーヌス   2008年05月16日 20:04
この絵はひと目見ただけで引き込まれるような作品ですよね。

この絵がヴィーナスかどうかということについては、私的な意見ではヴィーナスを描くという口実で描かれた裸婦像ということだと思います。

古代の時代から裸身で描いて良いのは神々だけとされているから、人間の裸身を描くというのは、してはいけないことだったからです。
ルネサンスの時代には、そういう考え方は変化していたとは思いますが、女神というモチーフを描くということで、万人が見ても批判されない美術作品となったのだと思います。

ヴェネツィア派の絵はとても華やかで、純粋に美しい作品が多く、とても良いですね。
4. Posted by napoleeeon   2008年05月20日 18:14
コメントありがとうございます!

コメントをお返しするのが遅くなってすみません。

自分も、その意見は正しいと思っています。あの絵を見た瞬間に、神であると感じる人は非常に少ないと思います。当然、当時は今展覧会などに行っても、絵の横に説明などが添えられているので、ヴィーナスだということは分かりますが、当時の人々は絵の横に説明書きなどつけなかったでしょうから、やはり、グイドバルドが個人的に楽しむような絵ではなかったかと考えます。裸婦画を無理やりヴィーナスにこじつけたということもそういう考え方をすれば間違った考え方ではないと思ったりします。

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