lrg_20402900lrg_204028962012年3月9日:ロシア紙がAFP通信を引用し、中国が脱北者31人を北朝鮮へ強制送還したと報道した。過去ブログ:殺人船長と脱北者を交換しようと、、中国  国際ルールより、難民は処刑しろ!と言うのか中国よ、、。    国際機関が国際法を守れといい、オバマ大統領が人道的配慮を求めても聞き入れなかった中国を、一体どのように罵倒してやろうか? 元はといえば、北朝鮮の先軍政治のために国民は飢えから死を覚悟して脱北したが、たどり着いた異国からまた死のふちに追いやられるとはあまりに悲惨な運命だ。中国吉d23cc121林省 図們(ともん)辺境管理所に仮収容された脱北者31人は、収容所近くの北朝鮮との国境に1941年に建てられた全長514.92m、高さ6m、幅6mの図們国境公路橋(国境公路橋 :通称「図們大橋」を涙にくれて渡っただろう。(写真手前が中国側。、この向こうは北朝鮮)参照記事

終戦当時吉林省には日本人が多く居住し、今も当時の住宅が残っている。この橋は、日本が無条件降伏した1945年8月9日、不可侵条約を無視して北朝鮮側から攻め込んでくるロシア軍(当時ソビエト軍」から日本人を守るため、橋の中ほどが日本軍によって爆破された歴史を持っている。当時、「裏切った」ソ連の参戦に大混乱の図們駅では、日本人の避難列車がソ連に空爆され300人の死傷者が出た。橋の向こう北朝鮮側は南陽という町で、左の白い建物の後方に当時の日本軍の東寧重砲兵連隊陣地が在った。ここでは余り知られていない日本軍の悲劇があった。

lrg_24111516橋を9日に爆破していることから、自らの退路を立ち死守を誓ったのだろうか?昭和20年8月17日、15日の終戦を知った渡辺連隊長は火砲と運命を共にして自爆を決意。渡辺大佐は正式に部隊を集め、詔書を奉読、訓示を行い訣別の宴(うたげ)を催した後、自動貨車、砲車に分乗させ自爆を決行した。次々と爆薬の周りに円陣を組み日本兵が自爆し、結局この集団自決の参加者は合計325名で、連隊長・渡辺大佐、第二大隊長飯田常雄少佐以下192名が死亡するという壮烈かつ悲劇的なもので、 日本兵は昭和20年8月26日までソ連と戦い守備隊901名が26日投降した。

今この橋は、中国の「裏切り」を象徴するかのようにそこにある。


nappi11 at 00:49│Comments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

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