Malala-Yousafzaiパキスタン北西部のスワト渓谷Swat Valleyのパシュトン族地域area of Pashtun で2012年10月9日、イスラム武装勢力タリバンを批判するブログを書いて世界から脚光を浴びていた14歳の少女が、タリバン兵に銃撃され重傷を負った。

銃撃を受けたのはパシュトン族Pashtun studentのマララ・ユスフザイマラーラ・ ユーサフザイ) Malala Yousufzai(Pashto: ملاله یوسفزۍ‎, born 1998) さん。ユスフザイさんは下校するためスクルーバスに乗っていたところ、乗り込んできたひindexげ面のタリバンが「誰がマララ・ユスフザイだ?」と女子学生に尋ね、指を差された彼女は否定したが頭部や首を撃たれ、別の少女2人も負傷した。ユ スフザイさんは、パキスタンのタリバン勢力の脅威にさらされた学校生活や意見を、タリバンが女性の就学を禁じた2年後の11歳の時から匿名のGul Makai ("cornflower":ヤグルマギク:写真) でブログにつづっていた。ブログの書き込みが評価され、ユスフザイさんは後に同国で最も栄誉ある市民賞 Pakistani National Peace Prizeを受賞。国際的な賞にもノミネートされた。

f0166919_12111280一方、タリバンの報道官Ehsanullah Ehsanは今回の犯行をパキスタンタリバン( Tehreek-e-Taliban Pakistan :TTP、タリバンの原理主義的一組織)によると認めた上で、「彼女(ユスフザイさん)は親欧米で、オバマ米大統領が理想のリーダーだとしていた」と批判。「彼女は若いが、パシュトゥン族が住む地域で欧米の文化を推進(世俗主義を広めていた"promoted secularism")していた」「タリバンを批判する者は、誰でもこう言う目に会う」と述べている。2007年から2009年にかけて、SWAT地区のほとんどがタリバンの支配となり、多くの住民が避難したが、2009年のパキスタン軍による掃討作戦後、住民は最近戻りつつあった。 参照記事
Malala-Yousafzai-treated--0102012年10月10日:重体だった彼女は、150キロ離れたペシャワールPeshawarにヘリで空輸され、そこの陸軍病院での銃弾摘出手術が成功し危険な状態から脱したと10日報道された。タリバンは、「彼女が助かったとしても許されないだろう :Miss Yousafzai would not be spared if she survived.」とBBCに語っていることから、彼女が故郷に戻るには多くの不安が残っている。パキスタン国内では、政府関係者、国民が一斉にタリバンの犯行を非難している。写真のデモのスローガンには「マララ・ユスフザイへのタリバンの蛮行を非難する」と書かれている。参照記事 E78147F0-1B9D-4E93-8B32-55AF09128EF2_w443_r1

参照記事 参照記事 日本語参照記事 過去ブログ:タリバンがまた女子学校に毒物攻撃 アフガン  タリバンが女子高生に毒を アフガニスタン アフガニスタンの対立は女学生にも、、。

com2012年10月12日:パキスタン政府は、犯人逮捕のため、10万ドルの報償金を用意したと公表した。パキスタン大統領は精神的介護のため、アラブ首長国のドバイへの移送を提案しているが、今のところ容態は耐えれる状態ではないと言われている。ほかの二人の少女も入院中。15日、報道官によると、アラブ首長国連邦(UAE)から救急輸送機の提供があり、ユスフザイさんを乗せた輸送機はイスラマバードを出発し、英国に向かった という。 :写真

r-MALALA-YOUSAFZAI-large5702012年10月21日:マララ・ユスフザイさん(15)が10月19日朝、事件後初めて英国Queen Elizabeth Hospital in Birmingham, Englandで病院職員に支えられて立ち上がった。16日には筆談で「ここはどこの国?」と質問したという。病院が19日、会見で明らかにした。銃弾は頭部から入り、あごと首の間あたりで止まっていたという。医師によると、頭部に感 染症の兆候があり、回復にはまだ時間がかかる見通しという。21日公開された写真。
201314103324263734_202013年1月3日:英国の入院先から一時退院し、英国で仮住まいしている家族のもとでリハビリを行い、再度1月の末か2月上旬に頭部頭蓋骨の再生外科手術を受ける予定。銃弾はすべて取り出された。摘出前、銃弾が棒に触れていて、あと1cm以内の接触で生命の危険があったと医師が語っており、回復は奇跡的だった。その後の経過:2013年4月ハリウッド女優がパキスタン少女の基金を支援 

2014年9月12日:
女子教育の大切さを訴えたパキスタンの少女、マララ・ユスフザイ (Malala Yousufzai(Pashto: ملاله یوسفزۍ‎, born 1998) さん(17)が銃撃された事件で、パキスタン軍は9月12日、襲撃犯グループの10人を逮捕したと発表した。グループは、事件後犯行声明を出していたイスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動」51364f9d(TTP:Tehreek-e-Taliban Pakistan)の一派で、パキスタンタリバンTTPのリーダーファズルラ師Mullah Fazlullah(マウラーナー・ファズルッラー:Maulana Qazi Fazlullah;2013年11月、ハキームッラー・マフスードが米軍によって殺害された後、パキスタン・ターリバーン運動の後継指導者に選出された。右)が指示したとされる。マララさんと友人の計3人が2年前、銃撃を受けた北西部のスワト渓谷Swat Valleyに隣接するマラカンド地区Malakand Districtを拠点にし、マララさんの他にも22人を標的にしていた。マララさんはノーベル平和賞候補にもなった。参照記事 過去ブログ:2013年11月タリバンのリーダー無人機攻撃で死亡と後任 パキスタン その後:2014年6月パキスタンのタリバン掃討作戦本格化

malala-and-satyarthi-250x2502014年10月10日: ノルウェーのノーベル賞委員会は10日、2014年のノーベル平和賞Nobel Peace Prizeの受賞者を発表し、インドのカイラシュ・サティアティ Kailash Satyarthiさん(60)とパキスタンのマララ・ユスフザイMalala Yousafzaiさん(17)の2人が選ばれた。若者や子どもの教育を受ける権利を求めた運動が評価された。ユスフザイさんはノーベル平和賞で最年少の受賞者となった。ユスフザイさんは少女の教育を受ける権利を主張。その後パキスタンの武装勢力「タリバーン」のメンバーに頭部を銃撃された事件で世界的な注目を集めた。サティアティさんは経済的な利益のために子どもを搾取することに反対する平和的なデモを主導するなどした。英文記事

2015年4月30日:パキスタンの対テロ特別法廷は4月30日、女子教育の権利を訴えていたマララ・ユスフザイさん(現17歳、当時15歳)が2012年に銃撃され重傷を負った事件を受け、2014年9月、軍は、関わった10人を北西部カイバル・パクトゥンクワ州スワート地区で逮捕し、今回10人に終身刑 life in prisonを言い渡した。パキスタンの終身刑は最長25年で、25年後に仮釈放の可能性がある。事件に関与した10人はTTP(パキスタン・タリバン運動:Tehrik-i-Taliban Pakistan)と関係があり、TTPのファズルラMaulana Qazi Fazlullah指導者から襲撃命令を受けていた。女子教育を否定するイスラム武装勢力TTPは、マララさんへの攻撃について犯行声明を出していた。捜査にあたった警察官は、マララさんを攻撃した4─5人のいずれも、判決を受けた10人の中にはいないと語っている。ただ、マララさんの殺害計画に関与したことは確実だという。警察は、マララさんを撃った犯人はアフガニスタン国境を越えて逃亡したとみている。マララさんは銃撃事件以降、パキスタン北西部で活動する過激派に屈しない勇気の象徴となり、2014年にはノーベル平和賞を受賞した。参照記事 英文記事 参照記事

nappi11 at 02:15│Comments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr

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