2009年01月11日
書籍紹介: 1万年の旅路
ポーラ・アンダウッド、星川 淳・訳(翔泳社、1998、2500円)
「原著で厚さ数センチ近くのこの本をはじめて手にしたときも、それから二年半ほどたって邦訳を終えたいまも、不思議な胸騒ぎがする。ひょっとしたら途方もないものに出会っているのではないかという驚きと、ありうるはずがないという疑い――その二つが入り混じって、なぜか心臓が高鳴るのだ。」
これは訳者あとがきのはじめにある文であるが、私もほとんど同じ思いである。アメリカ北東部五大湖のほとりに住んでいたインデアンのイロコイ族の口伝を文章化したものである。一言でいえば、この本は人類の知恵の書である。次のような点でこの書は類例のないものである。
1)東アジアの住処が火山と津波で崩壊してから、ベーリング海峡を渡り、北アメリカを横断して、五大湖のほとりを安住の地と定めるまで、1万年ほどの移住が物語の軸になっている。ところどころでそれより古い時代の物語、アフリカを出て今のイスラエルあたりに移住した話、中央アジアでの苦難、他の種族の伝承など、10万年をさかのぼる物語が語られる。
2)衣服の着用、植物栽培、住居の建て方、運搬器具の開発、船の製作、武器と戦いの習得など技術の獲得が物語られる。
3)指導者のあり方、合議の仕方、知識の継承と普及の方法、他の種族との交渉の技術など、歌と哲学と政治の文化の獲得について語られる。
古事記はイザナギ、イザナミの国生み神話を除けば、弥生人の渡来の話から始まるので2500年前からの物語である。旧約聖書も天地創造神話を除けば数千年の歴史を語っているにすぎない。ここで紹介する書は10万年の歴史を語りながら、神話や宗教の話はまったくといっていいほど現れない。具体的な人物あるいは集団についての具体的な事柄が理性的に語られる。一族の知恵を伝承するための歌物語なのである。
最近の1万年の部分をとってみても、数百人の語り部を経ているのでどのくらい正確に伝えられているかはわからない。それでも、陸路がなくなり始めたベーリング海峡を渡る物語などはリアルで真に迫る。しかも、知識はともかく、困難を乗り越えていく彼らの知力は私たち現代人に劣らない。私たちの祖先は1万年前に現代人を超える知恵と感性を持っていたことが示されている。
この歌物語の上にイロコイ族の政治文化が作られたようだ。著者は白人との混血であるが、イロコイ族の正統な継承者。イロコイ族は、白人到来に際してイロコイ共和国を立ち上げ、文字を開発し、教育システムも作り、白人と外交交渉も行った。形骸化したとはいえ、イロコイ共和国は今でも存続している。イロコイ共和国の政治文化はアメリカ合衆国の建国にも影響を与え、アメリカ合衆国憲法の民主主義、日本国憲法の平和主義の元になっているといわれる。
このあたりのことについては、2008年5月7日に紹介した「魂の民主主義」を御覧いただきたい。その本の著者は「1万年の旅路」の訳者である。2008年4月12日に紹介した「屋久島の時間(とき)」も同じ星川 淳の作品である。この方は屋久島で半農半著の生活をされている。
いつになく長文の書籍紹介になったが、終わりにもう一度、訳者あとがきからの引用してまとめに代えよう。
「たぶん、われわれもいま大きな橋を渡ろうとしているのだろう。モダン(近代)の大陸からポストモダン(脱近代)の原野へ――核の脅威、山積する地球環境問題、人間の社会と精神の崩壊、そして環境ホルモンによる種存続の危機まで、もしかしたらわれわれの前に横たわる<海辺の渡り>は、水没寸前のベーリンジアよりもっと狭く、険しく、渡りおおせる成算の少ない橋かもしれない。
だからこそ、二〇世紀末というこの正念場に、無数の祖先たちが見えない手を差しのべてくれるとは考えられないだろうか。いや、励ましは過去だけでなく未来からも届いているかもしれない。本書の物語からは、遠い過去と遥かな未来を結ぶ人類の集合的な祈りが立ちのぼるようだ。」
楢 水明子(06風4-05)
これは訳者あとがきのはじめにある文であるが、私もほとんど同じ思いである。アメリカ北東部五大湖のほとりに住んでいたインデアンのイロコイ族の口伝を文章化したものである。一言でいえば、この本は人類の知恵の書である。次のような点でこの書は類例のないものである。
1)東アジアの住処が火山と津波で崩壊してから、ベーリング海峡を渡り、北アメリカを横断して、五大湖のほとりを安住の地と定めるまで、1万年ほどの移住が物語の軸になっている。ところどころでそれより古い時代の物語、アフリカを出て今のイスラエルあたりに移住した話、中央アジアでの苦難、他の種族の伝承など、10万年をさかのぼる物語が語られる。
2)衣服の着用、植物栽培、住居の建て方、運搬器具の開発、船の製作、武器と戦いの習得など技術の獲得が物語られる。
3)指導者のあり方、合議の仕方、知識の継承と普及の方法、他の種族との交渉の技術など、歌と哲学と政治の文化の獲得について語られる。
古事記はイザナギ、イザナミの国生み神話を除けば、弥生人の渡来の話から始まるので2500年前からの物語である。旧約聖書も天地創造神話を除けば数千年の歴史を語っているにすぎない。ここで紹介する書は10万年の歴史を語りながら、神話や宗教の話はまったくといっていいほど現れない。具体的な人物あるいは集団についての具体的な事柄が理性的に語られる。一族の知恵を伝承するための歌物語なのである。
最近の1万年の部分をとってみても、数百人の語り部を経ているのでどのくらい正確に伝えられているかはわからない。それでも、陸路がなくなり始めたベーリング海峡を渡る物語などはリアルで真に迫る。しかも、知識はともかく、困難を乗り越えていく彼らの知力は私たち現代人に劣らない。私たちの祖先は1万年前に現代人を超える知恵と感性を持っていたことが示されている。
この歌物語の上にイロコイ族の政治文化が作られたようだ。著者は白人との混血であるが、イロコイ族の正統な継承者。イロコイ族は、白人到来に際してイロコイ共和国を立ち上げ、文字を開発し、教育システムも作り、白人と外交交渉も行った。形骸化したとはいえ、イロコイ共和国は今でも存続している。イロコイ共和国の政治文化はアメリカ合衆国の建国にも影響を与え、アメリカ合衆国憲法の民主主義、日本国憲法の平和主義の元になっているといわれる。
このあたりのことについては、2008年5月7日に紹介した「魂の民主主義」を御覧いただきたい。その本の著者は「1万年の旅路」の訳者である。2008年4月12日に紹介した「屋久島の時間(とき)」も同じ星川 淳の作品である。この方は屋久島で半農半著の生活をされている。
いつになく長文の書籍紹介になったが、終わりにもう一度、訳者あとがきからの引用してまとめに代えよう。
「たぶん、われわれもいま大きな橋を渡ろうとしているのだろう。モダン(近代)の大陸からポストモダン(脱近代)の原野へ――核の脅威、山積する地球環境問題、人間の社会と精神の崩壊、そして環境ホルモンによる種存続の危機まで、もしかしたらわれわれの前に横たわる<海辺の渡り>は、水没寸前のベーリンジアよりもっと狭く、険しく、渡りおおせる成算の少ない橋かもしれない。
だからこそ、二〇世紀末というこの正念場に、無数の祖先たちが見えない手を差しのべてくれるとは考えられないだろうか。いや、励ましは過去だけでなく未来からも届いているかもしれない。本書の物語からは、遠い過去と遥かな未来を結ぶ人類の集合的な祈りが立ちのぼるようだ。」
楢 水明子(06風4-05)

