2010年08月08日

「日本人は半分縄文人」−地球セミナ28-2

<梅原猛・他著「ブナ帯文化」第一章 日本文化の深層 その2>
                              楢 水明子(13期風)

ミドコンドリアDNAとY染色体DNA
 日本文化の深層を考える場合、やはり日本人の由来を知っておかなければならない。とくに重要なのが日本人と縄文人や弥生人との関係、それに縄文人や弥生人とは何かということ。それがかなり明らかになってきた。現生人類は20万年ほど前にアフリカで誕生したと考えられている。日本人はシベリア経由で何波にも分かれて日本列島にやってきた。どうしてそういうことが言えるのだろうか。
 私たちの細胞のひとつひとつに数百から数万ものミトコンドリア(図1)という細胞器官があり、細胞を駆動するエネルギー物質を生産している。ミトコンドリアはもともと好気性細菌が共生したもので、退化したとはいえそれ自身のDNA(図3)を持っている。ミトコンドリアは卵細胞を経て遺伝するので母系遺伝である。このため世代を超えて何千年もの長い間変わることなく伝わっていく。普通は、母親も母方のおばあさんもひいおばあさんも同じミトコンドリアDNAを持っている。けれども突然変異によってときたま新しいものができるので、その変異を追っていくとヒトの系統を調べることができる。

図1 ミトコンドリア モデルと顕微鏡写真[1]
ミトコンドリア











 男性にはY染色体(図2)がある。Y染色体もミトコンドリアDNAと同じ目的に利用できるが、こちらは父系遺伝である。Y染色体による人類史の研究は21世紀入ってから急速に進んだ。ヒトの拡散を調べるにはY染色体のほうがすっきりと解りやすいが、過去の人骨を調べる場合にはミトコンドリアDNAの数が多いだけ見つかる可能性がずっと高い。
 DNAは図3のような構造の安定な高分子である。4種類の核酸塩基(A、T、G、C)の配列が遺伝する。その中の1個または複数個の塩基の違いからヒトを分類することができる。このように分類されたものをハプログループという。塩基が置き換わる速度も解るので、あるハプログループがいつ元のハプログループから分かれたかおよその年代を推定することもできる。
          
図2 X染色体とY染色体[1]                     図3 DNA[1]
CamXY染色体CamDNA











Y染色体DNAから見たヒトの拡散
 ミトコンドリアDNAによるヒトの拡散の研究は1980年代に始まったが、Y染色体については後発で21世紀に入ってから急速な進歩を見ている。その成果に基づいて崎谷満が「新・日本列島史」[2]とその要約である[3]を2009年に出版した。この小文はそれらをベースにしている。
 図4は文献[4]の図を「新・日本列島史」に基づいて描きなおしたものである。現生人類は20万年ほど前にアフリカで誕生し、いくつかのDNAグループが65000年ほど前の氷河期にパキスタンのあたりに移住した。そこから3方向に移動し、やがて南極大陸を除くすべての大陸に拡散した。日本列島にたどりついたグループはすべてシベリア経由である。日本列島へは4〜3万年前の氷河期に最初の現生人類がたどりついた。

図4 現生人類の拡散([4]の図を[2]のデータにより改変)
ヒトの拡散













旧石器時代から新石器時代(縄文時代)にかけて日本列島に移住したY染色体ハプログループを図5に示した。日本列島へはサハリンと朝鮮半島を経由する2つのコースが主なものである。2万年前までは氷河期で海面が100m以上も低く、シベリア、サハリン、北海道は陸続きで津軽海峡はわずかに海が残っていた。九州と対馬は陸続きだったが朝鮮海峡は狭い海だった。サハリン経由のハプログループはC3で北海道から東北あたりまで来た模様である。そのほかのハプログループは朝鮮半島を経由し、その一部が東北まで北上している。これらがいわゆる縄文人であるがその起源や構成は複雑である。
 縄文時代とか縄文人とかいう用語は本州、四国、九州で成立つローカルな言葉である。それぞれ、新石器時代と新石器人と呼ぶ方が一般的であるが、ここではこれまでの慣例にしたがい縄文という言葉を使っておく。しかも縄文人は単一なハプログループではない。2800年前までに本州、四国、九州に住み着いた人たちの総称である。
 弥生時代になると図6のように主に朝鮮半島経由でいわゆる弥生人が到来した。O系統がほとんどだがやはりその構成は複雑である。大陸の政治情勢に大きな変動があるたびに渡ってきたと考えられる。

図5 新旧石器時代に日本列島に             図6 弥生時代に日本列島に来た
来たY染色体のハプログループ               Y染色体のハプログループ
(両図とも文献[5]の図を[2]のデータにより改変したもの)
日本人−旧石器人の流入Yヒトの拡散弥生時代














現代日本人を構成する主なY染色体ハプログループをまとめたものが表2である。上部のD2〜Nがいわゆる縄文人で45%ほどを占める。なかでもD2は30〜40%もあり日本列島にしかいない。縄文人の3分の2を占めるD2の言葉が日本列島の共通言語の役割をしていたかもしれない。後から三々五々渡って来た弥生人は高い技能を持っていたとしても常に少数派であり、多数派の言語を取り入れざるを得なかったのだろう。それで、D2の言葉が日本語のベースになった可能性が高い。
 表2の下部が弥生人で現代日本人のほぼ50%にあたる。ほとんどがO系統である。この系統は3万年ほど前に中国で誕生したと考えられている。O3a3b が揚子江文明の担い手、O3a3cが黄河流域を拠点とした漢民族の主体と考えられている。O3a3bは漢民族に追われ、東南アジア、中国南西部、日本列島に移住したと考えられる。漢民族由来のO3a3cも日本人の10%ほどを占める。中国の政変のたびに日本列島に来た人たちだろう。弥生人で一番多いO2bは朝鮮半島にも多い。弥生時代以降の朝鮮半島からの移住者と考えられる。
 このように日本人男性のY染色体の由来は縄文人と弥生人がほぼ半々ということになる。それぞれが複数のハログループから構成されている。日本人は世界でも稀なDNA多様性を持ち、近縁のハプログループが全世界に分布している。

表2 日本人を構成するY染色体ハプログループ[2]
新日-Yハロ言語p800














 日本人のミトコンドリアDNAについても見ておこう。ミトコンドリアDNAについてはY染色体DNAほど縄文人と弥生人の区別が明瞭でない。まず日本人のミトコンドリアDNAのハプログループの数はY染色体の3倍もある。その上、弥生人と関東縄文人はかなり共通の成分を持っている。男の集団は排他的だが、女は集団に包含される。そのため、集団の移動経路を調べるにはY染色体の方が解りやすい。
 関東縄文人のハプログループは現代日本人に見劣りしない多様性を持っている。関東縄文人になくて弥生人にあるのはZとN9aくらいである。ミトコンドリアDNAで見ても、現代日本人は縄文人と弥生人がほぼ同じ割合で混成したもの。すなわち、日本人は半分縄文人、母系遺伝からもそう言うことができる。
 次稿ではアイヌ・縄文・日本人の関係を見ることにしよう。

図7 日本人のミトコンドリアDNAハプログループ[5]
日本人−弥生人ハプログループ


























文献
[1]「キャンベル生物学」N.A.Campbell,J.B.Reece,丸善(2007)
[2]「新・日本列島史」崎谷 満(勉誠出版、2009)
[3]「新日本人の起源−神話からDNA科学へ」崎谷 満(勉誠出版、2009)
[4]「日本人になった祖先たち」篠田謙一(NHKbooks、2007)
[5]「最新版 日本人の起源」Newtonムック(ニュートンプレス、2009)


nara_suimeishi at 12:22│Comments(14)TrackBack(0)観察と学習 

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この記事へのコメント

1. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:30
本土日本人と沖縄県民(琉球民族)は「縄文人」と「弥生人」との間に産まれた混血民族です。Y染色体ハプロタイプでは、
●縄文人:DE系統D亜型D2A (今から3万年前より日本列島にいた先住民)
●弥生人:NO系統O亜型O2B1 (今から約3000年前に日本列島に渡来)
と推定されています。
2. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:30
本土日本人は、Y染色体ハプロタイプでは「DE系統D亜型D2A(約40〜50%)」と「NO系統O亜型O2B1(約22〜30%)」「NO系統O亜型O3(約15%)」による混血(ハーフ)です。「DE系統D亜型D2A」と「NO系統O亜型O2B1」は、世界中で「沖縄県民(琉球民族)」と「本土日本人」しか持っていません。中国人は「NO系統O亜型O3」、朝鮮人は「NO系統O亜型O2B*/O3」となり、基本的に「NO系統O亜型」しか持ちません。
3. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:30
「DE系統」としては他に「DE系統E亜型」があり、アフリカ、中東、南ヨーロッパに分布する民族となります。日本人の混血の約半分を占める「DE系統」はいわゆるモンドロイドではなく、特徴の一つとして、立体的な顔が上げられます。日本人と「朝鮮人、中国人」で異なる点として、「個人差はあります」が、多少彫りのある顔、多少濃い髭、目が長くなく丸い、耳が離れている、顎がするりと丸い、子供っぽい容貌等は、「DE系統D亜型D2A」由来と考えられます。
4. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:31
(アイヌ人(D2*)、沖縄県民(琉球民族:D2A)は本土日本人より更に「DE系統D亜型D2」の比率が高くなります(アイヌ人は88%、琉球民族は58%)。また、容貌が日本人と似ていると言われる、羌族などのチベット人は「DE系統D亜型D1/D3:両方足して48%」と「NO系統O亜型」との混血です。今から約68000年前のアフリカにおいてDE系統DEからDE系統Dが分岐、また約38000年前の東アジアにおいてDE系統DよりDE系統D2が分岐したと推定されています。チベット人のD3は数はD2より上ですが、分岐年代が一番新しいのはD2の方となります。参考までに、主に中国人など東アジア一般的な「NO系統O亜型O3」の分岐は、今から約25000〜30000年前と推定されています。DE系統とNO系統は、極めて遠い民族同士であり、20万年と言われる現世人類(サピエンス)の歴史の中で、10万年以上さかのぼらなければ接触点がありません。)
5. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:31
東大と総合研究大学院のプレスリリースについて、確かに東大と総合研究大学院は嘘はついていません。しかし微妙ですね。総合研究大学院の調査方法では、アイヌ人(D2*)と本土日本人(D2A)の遺伝的違いが判別出来なかったようです。アイヌ人(D2*)は、縄文人(D2A)ではなく、同じ系列(D2亜型)の別集団(C3亜型が入ったのが証拠)と考えます。言語が違うのもそのせいでしょう。琉球(D2A)と似ているのは、本土日本人(D2A)です。アイヌ人(D2*)とは若干の違いはありますが、
6. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:32
本土日本人のD2Aに近い系統と言えます。朝鮮人(O2B*)と弥生人(O2B1)は、O2Bとしては系統が近いですが異なるので、韓国人=弥生人とはならないでしょう。総合研究大学院の(核遺伝子を使用した)調査方法では「系統分析」が出来ないので、アイヌ人と日本人、琉球人共通の「DE系統D亜型」内の違いと、弥生人と韓国人の「NO系統O亜型」内の違いまでは判別は出来ない欠点があります。竹島より尖閣を優先した政治的配慮が伺えます。中国が沖縄を口にしたので、急きょ発表したのでしょう。
7. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:32
しかし、人様の遺伝子を政治的に利用しようなどとは、言語道断ですね。Y染色体ハプロタイプ結果を正直にそのまま発表すればいいのに、困ったものですね(誤解しない為、私はmtDNA、Gm結果も当然承知しています、念の為)。皆さんは書店で「Y染色体ハプロタイプ」による遺伝子分析に関する書籍を見た事がありますか。あったとしても極めて少ないでしょう。また雑誌でも「mtDNA」の説明は沢山あっても、「Y染色体ハプロタイプ」は全く説明がないか、あっても付け足し程度でしょう。
8. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:33
東大と総合研究大学院は何故、「Y染色体ハプロタイプ」による分析結果をあえて報告せず、全く別の「系統分析」が不可能な方法による調査結果をリリースレポートとして発表したのでしょう(内容には確かにY染色体DNAも分析したとは言っていますが)。この意味するところを考えてみる必要もあります。
9. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:39
Y染色体ハプロタイプの分岐年代には誤差がありますので、ここからは一つの説として聞いて下さい。今から7万年〜7万5千年前に、インドネシアスマトラ島にあるトバ火山がカテゴリ8の大噴火を起こし、急激な気候の寒冷化が発生、これをきっかけとして、東アフリカにいた熱帯育ちのサピエンスのうち、A系統、B系統を除く、CF系統C、DE系統DE、DE系統D、CF系統CFが5〜6万年前にアフリカを出て東へ向かった。DE系統Dの分岐は(出アフリカの前)約68000年前と推定されるので、出アフリカ前の東アフリカか、
10. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:39
中東で産まれたと考えられる。Dの祖であるDE系統DEは中東に留まり、そこからDE系統Eが分岐したと推定されるが、何故か東へは行かず、南ヨーロッパ及びアフリカ(逆戻り)へ向かった。現在、DE系統DEは民族としては存在していない(但し僅かだがチベット人もしくはアフリカ人にハプロタイプDE系統DEは発見されている)。CF系統Cは東南アジア→オーストラリア方面へ、CF系統CFはインド方面へ行きCF系統Fが分岐、DE系統Dは東アジアへ北上し氷河期最寒気をまともに受けたと推定、DE系統Eは中東、アフリカ、
11. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:40
南ヨーロッパへ(例えばエジプト人の40%、ギリシャ人の30〜40%等)。一般的な白人(QR系統R)とか、東アジア一般的な中国人などの(NO系統O)は、元々インド方面にいたCF系統Fから分岐したものである。なお、DE系統Dは出アフリカ以降、早ければ5万年前に現世人類として初めて東アジアへ到達したと考えられており、その間、ネアンデルタール人の兄弟種にあたるデニソワ人と遭遇する事はあっても、他サピエンスとは会っていないため、日本語はサピエンスの祖語である可能性との説もある(真偽はまだわからないが)。
12. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:40
DE系統Dは、東アフリカで誕生し、6万年前に出アフリカ、海岸ぞいをたどって、インドから東南アジアへ、それから東アジアへ北上して日本へ到達したと推定される(南ルート)、また東南アジア人、中国人、朝鮮人にほんの僅かD1が検出されるのも、元々東アジアの先住民だったためではないかと推定されている。なお、CF系統CとQR系統Qは、その後、新大陸へ進出したが、DE系統Dは最初は氷河で阻まれ、その後、日本列島へ閉じ込められたため、新大陸へは行けなかったと思われる。【追加:日本人のD2を調査した結果、
13. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年01月23日 00:42
「D」の範疇とはいえ、極めて大きな突然変異を既に5回発生している事が判明した。これはD系統の中心勢力がまさに日本列島の中に存在している事を示しており、D系統は中心を含めまるごと日本列島に取り込まれ孤立、閉じ込められた事を示している。チベット人にD3があるが、一番新しい分岐はD2の方である】詳しくは、インターネットで、ご自分で、「Y染色体ハプロタイプ」を検索し、ご確認されるようお願いします。
14. Posted by あ   2014年04月25日 23:10
>多少彫りのある顔、多少濃い髭、目が長くなく丸い、耳が離れている、顎がするりと丸い、子供っぽい容貌等は、D2A由来と考えられます

つまり日本人顔の傾向ってわけだね

どう想像してもhydeみたいな顔が浮かんでくるな
D2A顔

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