2014年06月19日
ミトコンドリア 「内部取引 ー複雑さのもとー」
＜地球セミナ７３−１ ニック・レーン「ミトコンドリアが進化を決めた」第3部＞＜大村 沙紀＞
はじめに：この章では２０億年くらい前、最初の超大陸が出現し光合成で酸素を放出するシアノバクテリアが繁栄した頃に古細菌と細菌の融合が起こり真核細胞が出来たこと、それがミトコンドリアを内部に持つ真核生物の祖先である事、なぜそのような体系が有利に進化して行ったかという事を中心に展開する。
真核細胞において複雑さの進化を促すものは？
• Darwinの結論は自然選択では適者生存という考え方で進化が進むとした。DNA構造が解明され遺伝子配列が判明すると進化のきっかけは複製エラーにある事が分かった。しかし DNA配列 に変化が起きる確率は数10億に数百の変化の可能性しかない。
複雑さの坂の上
• 細菌は40億年そのままの歴史を今も継続している。
• 真核細胞(生物)は20億年前に突如として化石に現われ、機能的に複雑化して動物、植物、菌類へと進化をたどる。
真核細胞の起源
遺伝子を内包するDNAが細胞膜で覆われた構造を持つ真核細胞の起源についてはミトコンドリアの祖先である細菌との融合・共生なしにこの進化の飛躍はなかった。
• トム・カヴァリエ=スミス説：原核細胞が細胞壁を失いながらも内部の細胞骨格(タンパク質)の支えで生き残った、とするもの。
• ビル・マーチンとミクロス・ミュラー説(水素仮説)：原核細胞同士の化学的相互依存から合体に至る、とするもの。
• 細菌と真核生物との溝を越える手段→共生とミトコンドリアの融合
細胞骨格
細胞骨格は細胞の形状を保ち内部の小器官などを保護する役目で発達したタンパク質構造である。
（以下画像はアメリカ版大学生物学の教科書 参考文献(2)、またはキャンベル生物学 参考文献(1)より）
７ なぜ細菌は単純なのか
• 細菌の増殖速度
増殖速度は他を制圧して生存競争に勝つための条件である。速度の速い例と遅い例を示す。
E. coli（大腸菌）20分に１回、つまり72回/Day 一方結核菌は18〜24時間に１回分裂。細菌類はおよそこの範囲内の分裂を繰り返す。
• 細菌の DNA複製には約40分かかる。ゲノムが小さいほど複製に掛かる時間が短くその分生存競争に勝つことになる。
遺伝子の欠失は進化のプロセス
• 遺伝子を失う選択圧とは生残りを賭けた方向であり不要なDNAを消し去る変異は複製を早くする。損傷をきっかけに遺伝子が完全に失われるがそれ以外にも遺伝子の移動が頻繁に行われることが知られている。
遺伝子の欠失と獲得の証明
• 細菌遺伝子の環状プラスミドに抗生物質耐性遺伝子(サイズ 大・中・小)を挿入。
画像は研究net 参考文献(5)より
大腸菌培養液にこの加工したプラスミドを添加すると大腸菌がそれぞれプラスミドを取り込む(Transfection)
実験1（抗生物質添加培地で培養
繁殖速度はプラスミドサイズに応じて 大:増殖遅い 中：中程度 小:増殖早い
実験2（抗生物質なしの培地)
繁殖速度は殆ど同程度、つまり不要な遺伝子を短時間で消失することでプラスミドを単純化する。この実験で細菌が遺伝子を欠失する速度が極めて速い事が証明された。
遺伝子の欠失は無茶な事か？
• 遺伝子の水平移動：一度失った遺伝子でも新しい遺伝子でも他の細菌との接合でDNAのやり取りが可能である。(細菌の耐抗生物質挙動が短時間で変化し感染を拡大する事の証左である。)
• 遺伝子の積極的な獲得が遺伝子の欠失を補う。生物の多様性を促す。参考文献(3)(4)
遺伝子の転移 (接合とFプラスミドの転移）
ある集団に自然選択が起こるためにはその集団の遺伝的な多様性が必要で原核生物の多様な対応を例示する。突然変異で遺伝的な多様性を示す機構として図のようにプラスミドを持つ細菌が接合を経て複製した遺伝子をプラスミドを持たない細菌に移入される。
遺伝子の転移 (接合とHfr 細胞染色体の一部の転移）
DNAの一部の遺伝子も同じ機構（接合）により複製した遺伝子としてその遺伝子を持たない細菌に移入されることもある。接合を終えたのち、受容体内部では移入された遺伝子断片が元の遺伝子と組み換えが起こり受容体の新しいDNAとなる。このようにして新たな形質が転移される。
細胞の接合
細胞が接合する様子を示す。先ず性線毛というたんぱく質ユニットが供与体から受容体に伸び、その後収縮して両者が接合橋を介してDNAのやりとりをする。
どうして細胞壁を失っても死なずに済んだか
細胞壁を失うという事
• 細胞内での代謝など生きる機能を維持する最低限の容積を保つのが宿命である。
細胞壁をなくすことで原理上は、小さな粒子を取り込む捕食は出来たが、真核細胞の捕食性に は至らない。マイコプラズマ、テルモプラズマという細胞壁を失った例外はあるが寄生と発酵でしかエネルギーを獲得できない。細胞内での代謝など生きる機能を維持する最低限の容積を保つのが宿命であることより大きさは0.1〜1.0μｍと小さい。通常細菌1〜５μｍ、真核細胞10〜100μｍ。 結局捕食性真核生物への習性はミトコンドリアとの共生でしか有り得ない。
• 複雑な構造を持つ真核細胞への進化にとって細胞壁の消失が重要なイベントであった。細胞壁が形態維持の役割をしていたが前述の細胞骨格の獲得で運動に伴う細胞の変形に対する復元力を持たせ大型化、捕食性の食細胞への変化を可能にした。参考文献(4)
なぜ内部取引が有利になるか？
• ミトコンドリアが宿主細胞内部の中に存在するという事はエネルギー生成を内部で賄え、更に細胞壁が不要になることで内側の細胞膜が信号伝達、運動、食作用に利用可能となり生命維持の機能がアップする事になる。
８ なぜミトコンドリアが複雑さをもたらすのか
• ミトコンドリアは内膜系での呼吸制御に遺伝子を要する。宿主特有の遺伝子との水平移動を経て共生ができるようになった。一方、細菌は余分とみられる遺伝子を捨てる傾向にありエネルギー生成に関する遺伝子が重要視されるような方向へ選択圧は働かなかった。
核(膜)の起源
• 古細菌と細菌の細胞膜の違い：細胞膜の構成脂質がエーテル結合によるイソプレン系のものかエステル結合による脂肪酸とのトリグリセライドかが大きな違いである。
• 古細菌の細胞膜構成要素であるイソプレンを作る遺伝子を真核生物は今でも維持しているがステロイド、ビタミン、ホルモンなど生物学的基本物質を生成する目的に変化している。
• 真核細胞は古細菌の細胞膜を持つはずだが、細菌の膜に置換されている。(選択圧と解釈）
なぜミトコンドリアに遺伝子が残っているのか?
• ミトコンドリアに遺伝子を残す不利益を以下にあげるが、必須のものを残す選択が為された。
○分裂のたびに大量の複製を要す
○同じ細胞内に異なるゲノムがあると競合により破滅的な結果を生む
○ラジカルの発生(膜呼吸鎖から生じる副産物、通常液胞などに廃棄物として保存される)というリスクのあるミトコンドリア内に、脆弱な情報(DNA) を保存する危険性
• 細胞呼吸に関わるタンパク質生産コードは温存する必要がある(地産地消)。核に移動(移管)すれば作製されたタンパク質の的確な移動用タグ(行先を示すアミノ酸によるマーク)が必要で煩雑である。
従ってDNA保存庫として核では十分機能がタイミングよく実施されず、呼吸に必要な遺伝子を最低限温存する結果となった。
平衡の問題
• 呼吸の速度調整は細胞内での需要に左右される。酸化還元平衡を保つことでエネルギー生成を最高レベルに保つ。
なぜミトコンドリアに遺伝子が必要なのか
• 呼吸鎖の最後はチトクローム酸化酵素でありその必要量の調節は細胞ごとに違うミトコンドリア呼吸鎖の情報として、いち早く遺伝子に伝達されチトクローム酸化酵素を増量しなければならない。その為に呼吸鎖に必要な遺伝子がミトコンドリア内部に温存される選択圧が生じた。
細菌の複雑さを阻む障害
• ATP運搬体の遺伝子配列は動物、植物、菌類では近似しているが、細菌にその遺伝子はない。真核細胞の祖先であるキメラ形成時期以降に獲得したものである。
• 早く増殖する事が必須の細菌ではATP生成を犠牲(邪魔な遺伝子として切り捨て)の対象とした。結果として多くの子孫を残す戦略が進化した。参考文献(4)
• ミトコンドリアの存在が、大型化と複雑化を可能にし、確実にした。
参考文献
(1) キャンベル生物学 原著9版 丸善出版
(2) 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 D.サダヴァ他著 ブルーバックス
(3) 生物進化を考える 木村資生著 岩波新書19
(4) 分子から見た生物進化 宮田 隆著 講談社ブルーバックス
(5) http://www.kenq.net/kenq/what.html 研究net.
