いつでもLOUPE:アンチエージング物語（３）　４千万歩の男と「ちはやぶる」の隠居

2018年07月17日

アンチエージング物語（３）　４千万歩の男と「ちはやぶる」の隠居

＜＠selected & improve 初投稿:2010年9月3日＞＜水明子＞

　「4千万歩の男」というのは先年惜しくも亡くなられた井上ひさしの小説のタイトルである。リタイアしてから4千万歩も歩いた伊能忠敬の物語である。忠敬という人には感心するというかあきれるというか、とにかく老人ボランティア活動の偉大な先輩である。

　この人、利根川沿いの佐原の豪商に入婿し、財をなして隠居し50歳で江戸に出て天文学と測量学を学ぶ。55歳から73歳で亡くなるまで日本列島の測量を行い史上初の精密な地図を作った。平均年齢40歳未満の時代に、田舎の隠居がとんでもない大事業を達成したものだ。

　今でいえば、60歳の定年後に学を志し、90歳て日本初の精密地図を作成して大往生したことになる。けれども、なぜ忠敬はこれほどの大事業を志したのか。どうもはっきりした目的があって始めたのではなさそうなのである。

伊能忠敬[2]　　　　　　　　　　　　　　　　　伊能図[2]

　伊能忠敬研究会という会があって渡邊一郎という方が主宰している。この方は電電公社（今のNTT）で、『プロジェクト・マネジャーとして、『全国津々浦々をネットする巨大データ通信システムの設計に頭を悩ませていた。日本全国をコンピュータ通信網で覆う仕事と伊能忠敬の業績を重ね合わせ、――そういえば、200年前にも日本全国を歩きまわった男がいたな――、ふと思いついたのがきっかけであった。』[1]　そして、この方自身が伊能忠敬にとりつかれ、セカンドライフとして伊能忠敬研究会を立ち上げた。次の引用は佐原の伊能忠敬記念館の冊子からのものである[2]。

　『ところが持ち前の好奇心から、江戸に出て天文・歴学を学び始め、行きがかりから、55歳になった伊能忠敬は身内の20歳前後の若者たった5人を連れて蝦夷地測量へと第一歩を踏み出す。・・・しかし、いったい何のために伊能忠敬は測量を始めたのであろう。彼自身も時と場合により、緯度1度の距離を測るためとか、「いい地図を作ります」と抱負を述べたりしているし、先輩の間重富は忠敬の蝦夷地測量を評して「人の目を覚ますようなことをしなくてはという思いで出かけた」と言っている。要するに、よくわからないのである。』

　けれども、『彼は正確な地図がこれからの社会に必須であることも理解していたと思う。キッカケがどうであれ、忠敬自身は将来を見据えて仕事をしていたに違いない。忠敬の想いは見事に的中した。彼が残した伊能図は20年後にシーボルトの日本図として、正しい日本の地形を世界に知らせることになる。・・・明治4年(1871)から伊能図に基づいた日本全図が続々と刊行される。・・・部分的には108年後まで伊能図は生きていたのである。』

日本人の平均寿命の推移[3]

　上の図の日本人の平均寿命の推移を見ると、昭和になってから、とくに第二次世界大戦後に急速に伸びている。明治大正までは子育てが終わったらあの世に行くのが普通だった。江戸時代でも80～90までも長生きした人は落語に出てくる長屋の隠居のように知恵と知識の貴重な存在で、いわばコンサルタントのような役割をしていた。今では90歳というのは当たり前で65歳以上が人口の40%になるという勢いである。これは世界初の出来事で、私たちは新たな生き方を探さなければならない状況になっている。

　正直なところ、現役時代はその日その日の仕事に追われ老後のことなど考えていなかった。70歳近くまでは半分本職を続け、半分はNPOなどにお世話になったが、これからは自前である。私にとってはっきりしていることは自分の楽しみのためだけに生きてはならないということ。伊能忠敬とまではいかなくても落語に出てくる長屋の隠居のようにささやかでも人のために生きることである。

　私の小文[4]で在原業平の『ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれないに水くくるとは』の解釈に触れたら、ある人が落語の「ちはやぶる」の全文が載っているホームページを教えてくれた。その落語に出てくる和歌の解釈があまりに面白いのでさわりを紹介しよう。

　八五郎に歌の解釈を問い詰められた隠居はとんでもない物語をでっちあげる。業平の名歌も竜田川という相撲取と千早という花魁の悲恋物語になってしまった。『いいかい、千早が振った後で、妹分の神代に話しをつけようとしたが、神代も云うことを聞かなかったから「神代も聞かず、竜田川」となる』。

　失恋でいやけがさした竜田川は相撲をやめてなんと豆腐屋になる。『三年後に女乞食に落ちぶれた千早が、竜田川の豆腐屋の店先に立って「卯の花をくれ」つまり、おからをくれ、と云ったけれど、竜田川はやらなかったろう？　だから「からくれない」じゃないか。・・・千早はとうとう、井戸の中へドンブリコと身を投じて、はかなく息は絶えにけり．．．チャンチャンチャン、ときた。・・・井戸へどぶーんと飛び込めば「水くぐるとは」じゃないか』。八五郎に歌の末尾の「とは」はなんだと追及されて、『その「とは」てぇのは．．．後でよく調べてみたら、千早の本名だった。』というのが落ちである。

　この隠居は実に冴えている。その場その場でこれだけの物語をでっちあげられるのだから。私などこの隠居の想像力にはとてもおよばないが、こういう頭の働きは維持したいものだと思う。それに人生を生きぬいてきた知恵というものがやはり隠居の値打ちである。伊能忠敬のように生きるも良し、長屋の隠居のように生きるも良し、とにかく人のために頭を働かせ続けることをもって良しとすべきではなかろうか。子供たちに森の草木の名前を教えるのも、ドングリ工作を教えるのもアンチエージングの良い方法である。

名前
	情報を記憶評価顔星

いつでもLOUPE

2018年07月17日

アンチエージング物語（３） ４千万歩の男と「ちはやぶる」の隠居

コメントする

アンチエージング物語（３）　４千万歩の男と「ちはやぶる」の隠居