感想だけでは物足りずに考察を。ドクターペッパーの暴投がちょっと切なくなる。

 まずはサンテレビ。お前に言いたいことがある。地震速報のタイミング悪すぎだろ!! 静寂と感動のキスシーンに被せてくんな!! 仕方ないのは分かっているけど、びっくりしたよ! しかも、震源地は関東地方なのになぜに関西だけに!? サンテレビはアニメ番組をよく放送しているからありがたいけど、こういった肝心なときにやってくれるとはな。


 では、考察だったり補足などをいきます。


電車のホームで牧瀬紅莉栖の「ガッ ガッ」というなぞの掛け声

 
  これは本編でもあった「ぬるぽ」「ガッ」のやり取りでまちがいないでしょう。彼女は駅のホームで岡部のことを考えていました。そして、この「ガッ」というのは「ぬるぽ」に対する即応的な言葉です。

 そこで彼女は、近くにはいないけど心は寄り添っている岡部と、一度だけ彼から言われた「ぬるぽ」という言葉を重ね合わせて、「ガッ」という返事を自らしたのでしょう。
 
 問いかけはないけれども自分から返事をする。その思いというのは、問いかけを発した岡部が自分の中にしっかりと存在している、そんな事実を確かめようする想いそのものなのでしょう。単純だけど人と人の繋がりを感じさせるやり取りです。


 それと、牧瀬紅莉栖はネラー。その意外な一面が、これまでラボメンとの距離を縮めたようであったので、そういう意味でも思いがあったのかなと予想しています。

 

秋葉原の駅前で何と言おうとしたか


 
牧瀬紅莉栖の暴投。あれはドクターペッパーをわざと外して投げたのでしょう。あれはミスったのではありません。なぜそうしたかといえば、岡部が後ろを向いてるときに「さよなら」と言おうとするためです。口の語りから明らかですね。

 でも、彼女は言葉にはださなかった。その言葉を口にだしたら、きっと本当に終わってしまうと考えたからでしょうね。「思い出して」という彼女の切なる願いのように、けっしてさよならではないのです。


 「じゃあ」ってくらいに気軽な別れにしたかった。でも、じっさいはそうではなく断絶した別れになるのです。そんな複雑な思いから、あえて岡部には聞こえないように、口だけで別れを告げたのでしょう。


 なんて健気な……。

青空と暗闇


 シュタインズゲートのアニメでよく耳にする意見が、暗いというものです。明度が低いですよね。


 このアニメは「暗闇」「青空」「白」という三色を使い分けているようです。証拠として参考画像を利用しての考なはできませんので、気づいたことを印象の範囲で言及することにします。
  

 通常のシーンは暗闇がメインです。たいていはうすぼんやりした景色の中でストーリーが進んでいきます。



 で、一方の青空のシーンでは「残酷なシーン」や「真実が暴かれるシーン」などの負の感情が伴って登場します。本来ならば、快晴というのは精神的にプラスの作用をするように思われますが、基本の明度が低いこのアニメではあえて切ないシーンをもってきて、その対比によってより残酷さの輪郭を浮き彫りにさせているようです。


sora

 








 例えば、上の画像の鈴羽の「失敗した×100」の手紙を読むシーンや、FBの自害シーン、牧瀬紅莉栖が死んでしまうと気付いた後のコミマ、どれも心から苦しくなってしまうようなシーンです。そしてその背景はどこまでも透きとおった青空でした。


 白いシーンは大事なシーンなどで見受けられますね。14話で心が心が折れかけていた岡部を牧瀬紅莉栖を庇うシーン、今回のお別れのシーンなどです。ちょっとだけ眩しくて幻想的な雰囲気が、登場人物たちの心のゆらぎなんかを、ほどよく演出しているように思えますね。


 どれも印象での推測なので根拠は薄いです。ですが、明度による演出には、こういった意図があるのはきっと確かです。

セミとまゆり


  泣き声は死骸としても登場したセミ。儚い命の象徴。つまりはまゆりの象徴ともいえるでしょう。

 今回の最終話で、紅莉栖の犠牲によってまゆりが助かったときのシーンで、セミがみんみんと元気よく鳴いていました。それはまゆりが助かったことを象徴しているのでしょう。

 



おわりに

  
 さいきんは精神的に落ち込んでいてブログを書く元気がどんどんなくなっていました。しかし、この第22話を見ていたらむしろ感想を書きたくなっている自分がいました。


 あれですね。面白い作品や感動する作品と出会ったら、まとまらない思いのせいか、つい感想などを書いてしまうんですね。語れるひとは書くかわりにきっと語るのでしょう。

 そういう作品に出会えたのは嬉しいですね。シュタインズゲート大好きです。