2007年04月23日

31 原子力と民主主義

 「東洋町の戦い」は、反核の圧勝に終わりました。沢山さんは、いつも硬い表情の人ですが、当選のとき、万歳の両手に花束を持って、幼児のように表情を崩していました。出番のめぐってきた沢山さん、おめでとうございます。思う存分、実力を発揮してください。 

 町選管最終発表(開票率100%)による最終得票数は、沢山保太郎さん1821票(得票率70.5%)、田嶋裕起さん761票(得票率29.4%)でした。有権者数2934人、投票率89.26%(2619人)、投票総数2619票、有効票2582票、無効票37票でした。
 
 しかし、昨日の沢山圧勝を受けての、国の反応がかわいくありません。「沢山さん、おめでとうございます」くらいのことを言って雅量を示すべきなのに、「残念、まだ努力します」みたいなことを言っております。最近の日本国は、どこまで気色悪いのでしょうか。今日から始まる(沢山VS国)が見ものですね。沢山さんは、国家権力の手法を熟知しているわけですから、・・・。

 そもそも、国の「東洋町でいきたい」という表現がおかしかったです。東洋町でいいのかどうかを調べるのが「調査」のはずだから、「東洋町を調べたい」が正しい表現です。最初から、国は、住民の意思は一顧だにしていなかったし、今もしていないようです。国の原子力行政は、おかしいことのオンパレードです。どうしてか? それは、原子力というものが内包している「危険」に起因するのだろうと思います。原子力行政は、「危険」をごまかさなければ、推進できない宿命なのだと思います。

 昨日、橋本知事は、「・・・原子力は、一般の人にはわからない・・・」とコメントしたけれど、そんなことはありません。時々、わかっていないことをわからせてしまうのは、あなたです。? 「東洋町の戦い」で勝利したのは、わかっていた一般の人です。原子力行政を民主的に進めるということは、そもそも不可能なのだということを、オピニオンリーダーとして、橋本知事もいい加減にわからなければいけません。原子力行政を批判するとき、その道具として、お経のように、「民主主義」を唱えてはなりません。ないものねだりだからです。

 危険すぎる原子力は、民主主義とは両立しないのです。それがために、沢山さんは、原子力を捨てるべきと考え、国は、民主主義を捨てるべきと考えているようです。日本国の未来のために、どちらを捨てるべきか、橋本知事もよーく考えてみてください。はい。


narijun1 at 11:06│Comments(1)TrackBack(0) 環境 

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この記事へのコメント

1. Posted by さくら   2007年04月24日 00:43
確かに、原発は普通の人にわからないというのは違いますね。
私も専門的なことなどあまりわかりませんが、それでも国や電力会社の説明を聞いていると、「あれ?」と思うことがたびたびでした。
最近、原発推進側の人が書いた「原子力防災」という本が出ています。
もういい加減「安全」「事故は起こらない」という宣伝はやめ、チェルノブイリの教訓から真摯に学び、事故は起こりうるという前提できちんとした防災対策を立てようというもの。
推進側からこういう本が出ること自体驚きですが、この本にも、地震による放射能漏れ事故については書いていません。
でも、私の住む地域の住民の最大の関心事はそれなのです。
そして、これに納得のいく回答をくれた専門家は、今まで誰一人いません。
これひとつ取っても明らかなように、専門家でなくても、国の原子力政策の重大な欠陥はわかるのです。

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