ワシの小説はこの理論を基に構成されています。

この「非風揺葉理論(空界原理)」に目を通していただいてから、ワシの小説を読んでもらえれば、理解が増し、さらに面白くなると思います。

SFとしての荒唐無稽な発想ではなく、現実的な考えに基ずいて、この理論をうち立てたつもりです。


詳しくは、拙本「非風揺葉理論」へ、どうぞ。この理論の成り立ちが書かれてあります。お時間を拝借できれば嬉しく思います。よろしくです。



色即是空、空即是色への道 part 5 ゲームから色即是空へ その5


「風で揺れている葉は、風で揺れてはいない」略して「風揺れでない葉の理論」
(
空界原理)

さらに略して「非風揺葉(ひふうようよう)・理論」

LBWOW理論 リブワァウー理論


英語では(笑)

The leaves are not blowing in the wind.

The leaves blowing without a wind.(LBWOW) 

the theory of LBWOW(笑) 
LBWOW
理論 リブワァウー理論


リアルゲームがあまりにもリアルになり、現実に近づいてくると、現実世界も、ゲームのような原理で構成されているのではないかと考える、ワシみたいな人間も出てくるのは当然かもしれない。


もしかしたら、ゲーム原理の延長線上に現実世界を解き明かす答えを追求して行くことは、的外れで、全くのナンセンスなのかもしれない。


しかし、ワシは科学者ではない。漫画家である。想像でメシ食っている者だ。


読者のみなさん、まあ、変な漫画家の変な理論だと思ってもらってもかまわない。
ひとつの読み物として読んでいただけたらと思っています。

 


さて、話を進めていこう。


コンピュータで現わされるゲーム世界は、なんの不都合も、何の齟齬もなく物事は進行していく。

バーチャル都市、東京23区の住人は、コンピュータの動作に従って黙々と事が推移していくだけだ。
つまり、オンオフが、ある一定の手順、規則に従って01100011100010101000011110101010と続いているだけだ。


では、我々が住む、現実世界はどんな感じなんだろう。


もし、我々の世界が、1000101110011101010で成り立っているとすると、
物体だと思っているワシらは物体ではなくただの0110110110101010で、
自由意思があると思っている心の動きもある法則通りに進行して行く100010111011011010なのだ。

偶然ということはないということになる。


この世が、寸分の間違いもなく、理路整然と動いているのだろうか?

 

ここで、少し、視点を変えて、こんなことを考えてみた。


この世のいろんな現象を考えてみる。


たとえば、卵子と精子が合体して、それが24816倍・・・と細胞分裂して、ついには我々人間になる。
よくよくこのことを考えてみると、よくもまあ、こんなに正確無比に出来上がっていくもんだと思う。

ミクロの構成。それを成すには何兆だか、何京だかの情報処理をしているわけなのだ。
こんなことをできるには、その動作、作業は電気的でないと不可能だ。

 

我々は、人間関係で悩む。
このことも、無数のそこに至る要素が反応して、人間と人間が諍いを起こすのだ。

その無限に近い反応を成すには、やはり電気的な処理がないと出来ないと思われる。なるべくしてなったのだと考えられないこともない。

 

そもそもが、この世は作りもので溢れている。

たとえば、外の街中に出てみよう。作り物を消去していってみよう。
まず、建物、構造物をすべて消去。

残ったものは、大地と植物と生物と空か。
植物も作られたものだ。人間も含めて生物も作られたものだ。
これらは何億年もかけて作られたのだ。

では岩や土は?これだって、原子から作られたもの。もっと、長い時間がかかっている。
原子だってはるか昔、超新星爆発の時、素粒子から作られたもの。

素粒子だって、なんだかわからないが電気的なもので出来上がっている。
空だって、真空は何もない真空ではなく、実は電気的なもので満たされている。

つまりは、またしても電気的なものでできあがっているのだ。

こんな感じで考えてくると、なんのことはない、現実世界、現実空間だと思っていたものが、なんとバーチャルだったと気づかされてしまう。


我々はまさしくバーチャルの世界に実は住んでいるのである。

 


そこで、ゲーム世界のバーチャルの構成要素の原理は電気的なもの


現実世界の構成要素の原理もまた電気的なものなのだ。


そう比較してみると、バーチャルも現実も変わらないと思わざるを得ないのだ。


この世の構成原理は今のところ、まったくわかっていない。


しかし、ゲームの方のバーチャル世界の構成原理は、はっきりとわかっている。原理は001100101110101011111だ。


ならば、現実世界も10001111011000101で出来上がっているとしてもよさそうである。

 

ゲームのバーチャルな世界では、そこに住む人間の移動は、次々とコンピュータから送られてくる一枚一枚の絵を連続して流すから、あたかも移動しているようになる。

モニター上では物の速度を光速にできる。ただし、光速を越えることはできない。そりゃそうだよね。コンピュータそのものが光速で出来上がっているのだから。

 

実はわれわれ現実世界でも、物の移動に関して、ゲームのバーチャル世界と同じではないかとワシは思っている。


真空はびっしりと電気的なるもので満たされている。この空間をもの凄いスピードで飛ぶ物体があったとする。

光速の半分くらいのスピード(光速に近いスピードでもいいのだが)だとする。
我々が日頃思っている、重たくて、質量のある物体が、びっしりと電気的なる物の中を、掻き分けるようにして、あるいは抵抗しつつ、ものすごいスピードで移動しているとはとても思えない。

超高速な物体と電気的なる場が何の関係もなく、移動しているとは思えないのだ。

例えて言えば、海を移動している船は、水の抵抗を受けながら進んで行くが、水と船は何かの反応をするわけでもなく、セパレートだ。水は水、船は船だ。


では光速に近い速度で真空中を移動する物体と電気的なる真空とは、全く関係なく、それぞれ独立したものだろうか?


相対性理論によると、物体はスピードを上げれば上げるほどその物質の質量(重さ)が増し、その物体の持つ時間は遅くなっていく。

それと同時に物体は進行方向に縮んでいく。このことは、物体は単独で、何の影響もなく存在することができないということになる。

しかも相対性理論によると、物質はエネルギにもなり、エネルギーは物質にもなる。つまり、物質はそれ自体、電気的なるものなのだ。

しかも、現実世界も、どんな物体も光速を越えられないのだ。光速一定不変なのだ。

というか、アインシュタインの相対性理論はこの光速一定不変から、もともと導き出されたのである。

面白いでしょう、
ゲームのバーチャル世界でも、我々、現実世界でも光速は一定不変なのだ。
物体は光速を越えられないのだ。

ということは、我々の世界も光速による
なんらかで成り立っているということになる。
ゲーム世界とそっくりなのだ。

 

すなわち、物体も真空も時間も全部が相互作用をしているということになる。


ということは、物体は光速に近い速度で移動している時、真空の電気的なるものと密接に関係していることになる。

この考えは、何も光速に近い速度にだけに限定しない。ゆっくりした速度にも当てはまる。

こんなことを考えてくると、我々が思う物体が移動するということ、つまり、たとえば、人間が歩いているときA点からB点まで移動したとする。
我々の認識では、体重のある重たい人間という物体がA点からB点まで文字通り移動したということになるが、

電気的なる物体と電気的なる空間(真空)という概念を持って考えれば、物体はA点からB点までその物体の情報をただ単に通信した、搬送したということになる。
あるいはエネルギーを搬送しただけのことになる。=空界原理

 

簡単にいうと、人間は歩いたり、走ったり、車で移動したり、飛行機で移動したりしているが、それは単に、人間という物質の情報が空間と相互反応をしながらを次々と搬送していっているだけに過ぎないと。

人間がただの情報の塊だというと、情報なんだから、空疎な感じに思われるかもしれないが、その情報のなかに物体を物体たらしめる情報がびっしりと精緻に組み込まれているのだ。

その情報の中には、物質を物質たらしめているヒッグス粒子も当然組み込まれている。

こんな考えの頭で、外に出て、風に揺らぐ木々の葉を見れば、揺らぐ葉は風という空気、つまり、窒素、酸素、炭酸ガスの重みに押されて揺れていると我々は認識しているが、

実はただの情報の搬送だった。

ただの電気的なるものの反応だった。

ということになる。

「風で揺れている葉は、風で揺れてはいない。」「非風揺葉(ひふうようよう)・理論」

LBWOW理論  リブワァウー理論

 


ここまで、まるで、気が狂ったみたいな考え方をしてくると、ゲームのバーチャル空間と現実の空間がそれほど隔たったものではないと思えてくるのだ。

 

ここで、ワシが何回か前にこのブログで述べたことがある、次のことを思い出してほしい。

この世にあるものはなんでも、人間でも固いダイヤモンドでも、超拡大していくと、スカスカのスカスカ。

人間も空間で出来上がっているようなもんだと。
人間も電気的なものでできあがっているのだと。=空界原理


我々、人間が住んでいる4次元時空間は目の前に見えるような、物質として成り立っているのだが、物質として成り立っている空間は逆に言うと極めて狭い、奇跡的な空間なのだ。

むしろ、何にもない、スカスカのスカスカの空間、暗黒の空間のほうが我々の世界よりはるかに無限に近く存在しているのだ。

我々の現実空間を「色」と1語で表し、非風揺葉空間を「空」と表す。

すなわち、色界は空界で成り立っている。
同じく、空界も色界で成り立っているとも言える。

色即是空  空即是色

昔の仏教は
空論を述べている。

自然を観察し、自然現象をみて、
色即是空の悟りに達したのだ。

素晴らしい!




我々、人間は、物質空間に慣れていて、ある意味、洗脳されているから、ワシがここで提示している考え方は、かなり、奇異に映る事と思うが、さて、みなさん、どう思われますか?


まだまだ、つづく、色即是空への道・・・・