成田アキラのオンナは女神さま

オトナ専用のブログです。 刺激的な表現もありますが、制限を加えておりません。 ★18才未満立入禁止(笑)

2014年10月

拡大モザイクと小人(コビト)のプール振動



拡大モザイクと小人(こびと)のプール振動


(色即是空、空即是色への道)


ワシは仕事柄、漫画の線画原稿をスキャンして、パソコンに取り込み、それを画像処理して、色をつけたり、さらに線を書き加えたりしている。

写真なども、画像処理できる。

そんな時、画像を拡大して、作業することがある。

拡大していくと、だんだん荒くなっていき、正方形のモザイクになっていく。

四角ばかりになってしまったら、もう元の絵がどんな絵だったか、まったくわからなくなってしまう。

見た感じは全くなんの絵だかわからないが、その四角は確実に、絵の一部であり、重要な部分、パーツを成していることは疑いようもなくそのとおりなのだ。

そんな重要なパーツなのだが、こんなに四角に分解されると、なんだかその四角はあやふやで、色だってぼけた感じで、希薄で、役に立っていないようにも見える。

しかし、元の絵はその、あやふやそうな四角のパーツで出来上がっているのだ。
構築されているのだ。

 

さて、ここから先が、ワシはこんなイメージを頭に思い描いて、またぞろ、ワシのライフワークでもある、「色即是空、空即是色」の考察へと没頭していくのである。

 

画像や動画は2次元である。
特に動画
(2次元+時間)を取り上げてみる。

我々が動画を見るということは、小さな画素の緻密な集まりを絵
(ピクチュア)として見ていることになる。

そのまま、拡大してみよう。だんだん、画像が粗くなり、正方形の集まりになっていく。

さらに拡大していくと。
その正方形が大きくなって、ついにはその正方形がひとつしか見えなくなる。

さらに拡大していくと、その正方形の中というか、一部が見えるのだが、それは、ただの単色の広がりしか見えない。

さらに拡大しても、この先はなんの変化もないし、ただの単色の広がりが延々と続くだけ。

動画だから、単色だが、色だけは、刻々と変化している。


言わば、この薄まった、超希薄な、正方形が集まったのが絵
(ピクチュア)なのだ。

スカスカの正方形が集まったのが絵なのだ。

動画なら、この希薄な正方形の色が微妙に変化しているだけなのだ。



ここから、さらに、想像を飛躍させる。


これを3次元
(立体)に置き換えてみると、正方形が、原子であり、さらに拡大したのがクオークであり、

さらに拡大したのが電磁気なのだ。

拡大したからというよりも電磁気はもともと、どこにも普遍している。

この世は究極的には

“なんだかわからないが電気的なモノで出来上がっている”のだ。

 


この、3次元
(立体)を念頭において、先ほどの画像(2次元)、あるいは動画(2次元+時間)のことを、考えてみよう。


この画像を10年掛けて拡大したとしょう。
(100億年掛けてもいいし。137億年掛けてもいい)

どんなに拡大しても、ただ単色の、時と共に色が変化する、なんの形も影もない、ペッタリとした平面が延々と続くだけである。

モニターには色がパッパッと素早く入れ替わったり、ゆっくりと色変わりしたり、そんな感じがあるだけだ。


この10年をもの凄いスピードで巻き戻ししたとする。
10年分を5分にしてみよう。

すると、たった5分で、最初の画像
()が現れ、さらに縮小して行くから、画像が見えた瞬間は、瞬きするほどの、あっという間しか見えない。

このアッと言う間が、この画像の存在している時間、広がりなのだ。

こんな比喩と回りくどいいいかたで、何を言わんとしているかというと、

この画像にとっても、我々の現実世界にとっても、存在している時空間は瞬きするほど狭い瞬間なのだ。

むしろ、その狭い瞬間の時空間より、希薄でスカスカの時空間の方がはるかに膨大な時空間なのだ。

ワシが言わんとすることは、希薄でスカスカの電磁気のような電気的なるものの時空間の方が“普通のこと”で、

画像や現実の世界のほうが“超稀(まれ)なこと”、奇跡的な世界だとワシは言いたいのだ。

今まで述べて来た画像を使った考え方、この画像を3次元として考えると、物質ということになる。

つまりは、この世で“物質”とは全存在から見たら、真砂の砂、いや、あるかないかの、微々たるものなのだ。

そう考えると電磁気、電磁波、光たちが主で、
我々はシミのようなものだとわかってくる。

電磁気達の“おこぼれ”あるいは“幻”が我々物質なのだ。

 



もうひとつ、こんなアプローチの仕方がある。


例えば、正方形の一辺2メートルくらいの底の浅い箱状の容れもの
(小人(コビト)のプール)に水を張り、

縁のところに等間隔、(例えば10センチ置きに)に、振動子を取り付け、

その振動子をコンピュータで水面にあらゆる振動を与えて、微細な波を起こしたとすると、

波形が様々に干渉しあい、干渉したところに瘤のような水の塊ができる。

その瘤をコンピュータで振動数と波形の大きさを上手く調節すれば、瘤の連なりによって、文字やイラストが描ける。

ワシは以前、テレビでこれを見た時、
これは、世界を解くカギになるのではないかと直感した。

これで、できた図形がワシのいう“物質”に当たる。

なんの協調性もなく、ランダムに振動させると、図形はできない。

振動に、ある規則性やアイデア
(原理)を与えると、図形(物質)ができる。

この考え方は、奇しくも、現代物理の最先端、超弦理論
(ヒモ理論)と呼応している。

ヒモ理論も、超「弦」理論と言って、弦、つまり、この世は弦のように“振動する”ヒモですべて出来上がっているとする理論なのだ。


小人(こびと)のプールの振動する干渉瘤、この瘤で出来た形が「物質」なのだ。

この物質は時間と共に目まぐるしく変化し、消えてはまた生成され永遠に続く。


鴨長明の方丈記

 

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。


「淀みに浮かぶうたかた()は、かつ消えかつ結びて・・・・」


鴨長明はなんとなく直感的にこの世の本質を記している。


 

2D瞬間移動は今や誰でもやっている。

2D瞬間移動は今や誰でもやっている。


SF漫画や、SF映画で「瞬間移動」するシーンが頻繁に登場する。


ワシは、1000年後には、3D瞬間移動は完成していると根拠はないが、予感している
()


まあ、そのように考えたほうが楽しいし、理詰めで考えても不可能ではないと独断している。

それは、ともかく、2Dつまり平面画像、平面動画においては、もうすでに、皆さん、瞬間移動を楽しんでおられる。

メールで写真を送ったり、動画を送ったり、さほどタイムラグもなく直ちに交換している。

これは、まだ、容量が大きいと、厳密には瞬間とは言い難いが「2D瞬間移動」と言ってもいいと思う。

もうすぐ、本当に、かなりな容量の画像でも動画でも、瞬間に送れる日が来ることは間違いない。

うる覚えだが、新聞7年分を1秒で処理できる日が来るとか。すでに、試作しているのかな?


ゲームの世界では瞬間移動の連続でこれが成り立っている。ゲームは、はるか先を行っている。

 

ワシのスケベ友人、Y氏がワシの仕事場アトリエにやってきた。


彼は、スマホをすでに自由にこなしている。
ワシはいまだに、スマホは購入していないし、もちろん使いこなせない。ガラケー所持者だ
()


前から、スマホに乗り換えようか迷っているのだが、替えない理由は、とりあえず、ガラケーとパソコンで間に合っているから、何も、スマホにすることはないと考えていた。


例えば、タイの女性を獲得するために、パソコンで、ワシは「タイの出会い系サイト」を頻繁に使っている。

このサイトのなかで、メールができるし、望めばチャットもできるし、テレビ電話チャットもできる。

(ただし、チャットや動画チャットは、時間が取られるのでワシはやっていない)。

画像のやり取りをする時はGメールでやっている。
画像は一度に20カットくらい送れる。

いまは、サクサクと授受している。

さらに、グーグルのサイトに入り込めば、世界中の人々と顔写真付きの仲間になれるし、交際できる。

もちろん、チャット、テレビ電話チャットもできる。

(しかし、これも、間口を広げると際限なく人を知ることになり、めんどくさいことになるから、時間もないし、これらはやっていない)。


というわけで、ワシはガラケーでこれから先もやっていこうと決めていた。

ところがである。

流行りのというか、すでに普及している「
LINE」。
これがメチャ便利であり、しかも無料だ。

電話はもちろん、それを文字化したフキダシとして時系列で掲示される。

そこにお互いに、写真を即、入れられてやり取りができる。

このあたりまでは、実際にワシ、
LINEをやったことはないが、人妻や女友達がやっているのを横目で見ているから知っている。

ここに新しい交流サイトが現れた。

Y氏が今ハマっている「
TANGO」タンゴだ。

どこが
魅力的かというと、内容はLINEと変わらないが、

一番違うところは二つある。

ひとつは自分が現在いる地点より何キロの範囲にその相手がいるかがわかることだ。

もちろん相手も自分の位置がわかる。

すなわち、その時点でコンタクトが取れたら、すでにお互い近くにいるので、すぐに会えるということになる。

すぐに、友達あるいはセックスフレンドに会いたい男女はモノスゴク便利なツールだ。

ふたつめは、ナンパツールとしてなんのお咎めもなし。どんな画像を送ろうとまったくの規制がないことだ。

お互い裸を送っても、性器画像を送ってもセーフなのだ。

いまのところ、登録者は外人、特に東南アジア人が大半だが、白人も増えており、このサイトが知られるにつれ、日本人のオンナも急増することが予想される。

テレクラ漫画で世に出たワシからすれば、こんな超便利なツールが出てくるとは隔世の観がある。

何でもそうだが、早い者勝ち。

Y氏は昨夜、会った白人美人、慎重174、バスト100以上のヨダレもの写真を見せてくれた。

もう、積極的でこんな女は初めてだと、目じりを下げて鼻息荒くワシに息巻いていた。

事実、ワシの仕事場、アトリエで、ここから半径5キロメータ以内のフィリピン人とコンタクトをとり、

相手から電話OKの点滅サインが来たので、ワシの横で彼女と話を始めた。

ここでお互い意気投合すると、20分後にはホテルの中という実にスピーディな展開が待ち受けていることになるのだ。

この後、彼女とどうなったかは、いまのところ聞いていない。
というか、腐るほどコンタクトが取れるから、彼女に拘ることはないと言っていた。

この
TANGOなんぞは、このスーピディさ、サクサク写真の交換、すぐ近くの人を検索できる。このツールはまさしく2D瞬間移動ツールと言ってもいだろう。


かって、全盛期を誇ったMIXIも今や哀れな状態に、FACEBOOK、LINEとて、うかうかできないほど、この世界は、猛烈な勢いで進展している。


ワシの頭の中では、この先の先まで、アイデアは出来上がっているが、ここでは、発表するのは控えておこうかね(笑)

この
TANGOを知ってから、
ワシ、スマホにしようか迷いが生じて、まだ決め兼ねている。


どうしょうか・・・まいったなぁ~~

3Dプリンターで美人女体を作ってみる。

3Dプリンターで美人女体を作ってみる。

 

3Dプリンタ-が世に登場したとき、衝撃的だった。

プラスチックを原料として立体印刷していく。
さらに、金属の粉を原料にして、レーザーで瞬間的に溶かしながら、3Dプリントしていくと聞いて、スゴイと思った。

金属物までもプリントでモノが作れるのだ。
これなら、ピストルでも、車の部品でも作れるわけだ。

この分野は、製造のターニングポイントになるだろう。
想像を越える発展をしていくとワシは思っている。

原子の粒子を原料にプリントできれば、究極の集積回路LSIができる。
昆虫の脳のような微細なLSIができる。

金属の極めて精密な合金もでき、その合金が特別な資質を持つようになり、もしかしたら常温超伝導が実現できるかもしれない。

―――と想像していけるが、

もう一つの方向としては、何かの形をそっくりに作れるという製作もある。

スケベ漫画家のワシの事、なにやら良からぬことを、考えている。

大型3Dプリンターで、美人の女体を作ってみたいのだ。
美人モデルの裸体をスキャンして、データを取り、

プリントアウトして、それこそ、毛穴まで、そっくり精緻な女体を製作してみたい。

それに、体温や脈泊などを付け加えれば、全く、実物と同じ“物体”が在ることになる。

ここまで想像してきて、こんなものが本当にできたら、ワシは一体、この物体をどんなふうに扱うだろう。

ひとつ、確実に行うのは“セックスだろう”。

次にやりそうなことは、
車に乗せて、混浴温泉に行き、このそっくり“物体”と温泉を楽しみたい。

このとき、ワシの心になにが起こるだろうか? 

これは、実際にこんなことが実現できて、やってみなければわからないと思う。

いろいろ考えられるが、イタズラごころが旺盛なワシは、わざと人に見せるだろう。

相手がジロジロと見ているのを、笑いをこらえながらその状況を楽しむ。

気付かれなければこんな美女といるんだぞという優越感に浸るかもしれない。

「実は人工女体だ」とバラした時の、彼の驚きを楽しむ。

こんな現実的な快感は、簡単に想像できるが、

もっと深く考えると、こんな、まったく人間として認めたくなるような肉体だったら、

つまり、心だけはないものの、他は動かないだけで、“人間”だったら、一体ワシはどんな気持ちになるだろう。

たぶん、一般的な人だったら、“気持ちが悪い”と感じるだろう。

つまり、死体といるように思うだろう。

しかし、ワシだったら、なんだかワクワクする気持ちの方が勝つかもと思う。

楽しみ方はいっぱいある。カメラを取り出し、この裸体をあらゆる場所に置いて、写真撮影する。

草原、川、森の中、そんな自然の中の、美しき、あるいは妖しげな女体。

逆に都会の、人が向うに見える死角に横たわる女体。

3Dプリンターで100体くらい作って、海岸線に並べるとか。

想像すると、ワシのことだから、いくらでもイメージが湧き上がってくる。

どこかの草庵の中で、畳の上に横たわる美しき女体を、日がな一日眺める。

こんなことを考えるだろう。

造形の妙というか、女の裸体はタダの造形に過ぎないのに、人に(特に男に)こんなにも心に影響を与える。

一体、なぜにこんなエロチック、あるいは美しく
(あるいは気持ち悪く)感じさせるのだろう。

エロチックに見えるのは、この“物体”をエロチックに見せる“心の仕組み”がワシの中にあるからだと気づく。

つまり、その“物体”がエロチックなのではなく、ワシそのものがイヤラシク、エロチックだから--- と悟ることになる。

こういうことが明らかになってくると、

いわゆる、猥褻裁判における“わいせつ”が何であるか、考えさせられる。

刑法第
174の「わいせつ」について、判例

「徒に
性欲興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義に反するもの」

となっているが、

“ヒワイな性器はタダのモノであるが、人間にはそう見えるから、そんなわいせつごころを起こすようなことはすべきではない”

と、こう解釈するしかない。

“ヒワイな性器はタダのものであるが、ネコにはそう見えないので、そんなわいせつごころを起すはずもないから、ネコはよーく見てもよい”となる
()


性器の3Dデータを売った女性アーティストが捕まったが、一体だれが被害を被ったんだ???



まあ、3Dプリントだけでも、ワシはこんな妄想を楽しんでいるということになる
()


ところで、最近、この3Dプリントで、このワシが度肝抜かれた情報を得た。

それは、巨大な3Dプリンターで、家をプリントして作ってしまうというもの。

すでにオランダでは家を3Dプリントして建築している。

アメリカでも一日で完成させる研究が進んでいるとか。

3Dプリントによるメリットは人による作業を大幅に減らし、工期短縮とコスト削減。廃棄物なし。家の複雑な模様などデザイン性も増す。


いやぁー、家をプリントアウトするなんて、想像力に関しては負けないと日頃、自負しているワシだが、

やられちゃったね―
()

高村光太郎の詩、「道程」に、ワシ救われる。

高村光太郎の詩、「道程」に、ワシ救われる。

 

僕の前に道はない

僕の後ろに道は出来る

ああ、自然よ

父よ

僕を一人立ちさせた広大な父よ

僕から目を離さないで守る事をせよ

常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ

この遠い道程のため

この遠い道程のため



中学だか、高校だか、この詩を知った時、普通のことを言っているんだなと、あまり気にも留めなかった。


後に、この詩が、ワシの心を打つようになった時が、何度かある。

ワシが高校の時、皆が有名大学を目指している時、ワシは絵に関わる方向に行くことを決心した。

高校通学中の2年生の後半から、絵の夜学に通って、デッサンや水彩画、デザイン、色彩構成など習っていた。

芸大を目指していたのだ。

自分の資質は自分が一番知っている。
ワシは絵描きでもいいし、デザイナーでも、アーチストでもいい、とにかく何かを創造する仕事に職を得ようとしていた。

しかし、高校の教室の誰もが一流大学を目指している中で、ワシのような道を選ぶ者は、変わり者として見られていた。

この、大きな流れに逆らって、ワシ一人、細くて不安な支流に入り、その道を歩み出していたワシは、時々、えも言われぬ不安に陥ることがあった。

加えて人生問題、うつ症状、それらが、一度に襲ってくるのだ。

この時だ、高村光太郎の詩「道程」が、頭に浮かぶ。

最初の出だし「僕の前に道はない」


このときの、ワシの不安は、ワシの前に「道がない」ことだ。

あっても、定かでない心細い、困難な道だ。

みんなと同じように、いい大学に入って、会社勤めしたほうが安定した生活ができる。

しかし、ワシは自分の道を選んだ。


「ぼくの後ろに道はできる」


この、たった、このツ-フレーズで、
ワシはワシの道に間違いはないと確信した。

だって、道は、自分の後ろに出来るものなんだから。

自分の道なんだから、これは、どんな他の道よりも信頼のおける、確実に自分の道なんだから。


ワシはこの「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る」
これに、ワシは高校の時救われた。


しかし、芸大を2度受けたが、落ちた。

 


この詩のあとの部分


ああ、自然よ

父よ

僕を一人立ちさせた広大な父よ

僕から目を離さないで守る事をせよ

常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ

この遠い道程のため

この遠い道程のため」


は、その当時、正直言って、わからなかった。


二度目に救われた時は、いよいよ漫画家として、漫画を描き始めたときだ。

ワシはいわゆる大衆漫画や金儲けの漫画は描きたくなかった
(今思えば、相当、高慢ちきで、世間知らず、漫画で食べて行くことがどんなに大変なことなのか、わかっていなかった)。


金を得る漫画を描こうとせず、新しい漫画の世界を構築してやろうと一人意気込んでいた。

この時も、こんな漫画を描いていて、将来、生活して行けるのだろうか、食べて行けるのだろうか。

ワシの行く道の先は茨の道か、はたまた、崖が崩れて滑落するか。

お先が真っ暗やみ。不安で不安でしかたがない。

こんなとき、不思議にあのフレーズが頭を過ぎるのだ。

「僕の前には道がない、僕の後ろに道ができる」


ワシは信じる道を突き進むことにした。



三度目が、この詩の「ああ、自然よ、父よ・・・」の後の部分だ。これに救われた。


これを、理解するに、ワシが35歳を過ぎたころから、じわじわと理解が進み、はっきりと理解ができたのは50過ぎではなかろうか。

光太郎の、この詩は、長い詩の、最後の9行の部分を抜き出したものだ。


全文を読むと、「ああ、自然よ、父よ・・・」が理解できる。


まさに、ワシも、光太郎の悟りをそっくり体験し、彼の言う、


「恰度そのとき事態は一変した

俄かに眼前にあるものは光を放出し

空も地面も沸く様に動き出した」


これは、我が事のように、涙が出るほどわかる。


このあたりの事は、ワシのブログ、成田アキラの脳感健康法・息苦しいほど幸せ、この感覚わかる人いますか?


色即是空、空即是色への道 part 5 ゲームから色即是空へ その4 と


イメージ科学科、創設。に詳しく書いてあります



簡単に述べると、

人間は大自然から生まれた、心も大自然から生まれた。心はすなわち大自然と同じ。大自然なければこころなし。

これに気づけば、まわりの見え方も変わってくる。

自然を見るとは自分の心を見ていると同義。

自然をよく見、愛しむことは、自分の存在を愛しむことに他ならない。

空も地面も沸く様に動き出した」
この部分を、ワシは

「息苦しくなるほどの幸福感」と表している。



光太郎は自然を父とみている。
自然は時に残酷でもあり、厳格だ。なので、父としたのだろう。

ワシは母でもいいと思っている。(カ-チャンも怖いときゃ怖いからねー)


しかし、高村光太郎、32歳の時の詩だ。

32でそこまで悟ったのか。やはりスゴイよなぁー。

 

 

「チボー星のやつら」と「フリフリダムダム」

「チボー星のやつら」と「フリフリダムダム」

 

ワシは26歳から28歳まで(1971~1973)、こんなかんじのシュールなSF漫画を実業の日本社の漫画週刊誌「漫画サンデー」で連載していた。


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我々、人類が滅亡した後に出現した新人類「フリダム人」という設定だ。


我々現代人が抱いている固定概念、先入観、をまったく取り払った人類がいたら、どんな漫画が出来上がるだろう。

そんな発想からこのキャラが生まれた。


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目玉は一つ。眉毛は空中に浮いている。体は性器そのもの。

スカートのように性器を捲れば、たちまち体そのものが巨大なバギナになる。
男の方も、でかいペニスが出現する。


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我々のように、性器を隠すことはしない。恥ずかしがることもない。

我々の顔にクチビルがあり、舌が出るように、フリダム人にとっては、バギナもペニスもフツーの人体パーツだ。

隠すどころか、スカートをひらひらとさせ、その様を楽しむかのようにバギナをパフォーマンスさせる。

男もしかり、孫悟空の如意棒のごとく、伸縮させ女にアピールする。

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セックスは、いたるところで行われる。


フリダム人は愛の行為をまるで社交ダンスをするかのごとく愛でたり、あるいは、からかったりする。
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しかし、その行為が衆目面前で行われていても、我々現代人のように、眉間にシワを寄せて非難することは決してない。


もし、非難する者がいたら、
「んん? なんじゃアイツは???」と頭のおかしな人間と思われるだろう。

 

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この漫画を、原始人漫画「ギャートルズ」の作者、今は亡き園山俊二先生にお見せしたところ、こんな漫画にびっくりなさって、

「これ、キミが描いたのかい? 斬新な漫画だね、こんな漫画初めて見たよ。観念漫画だな。荒唐無稽でいいんだよ、このままどんどん描いて行けばいい」

と、絶賛のお褒めを与り、たちまち、漫画サンデーに電話なさり、確か一カ月も経たず、まずは、月一で16ページ連載となった。

その連載が「チボー星のやつら」だ。

これは1年続いた。

その後、正式に8ページの「フリフリダムダム」が毎週連載になったのだ。
こちらは1年7カ月しか続かなかった。


ワシを世に出していただけたのは、園山俊二先生だったのだ。


その前に、ワシの叔父に当たる、漫画家ムロタニツネ象氏のもとでアシスタント時代、優しくも厳しく漫画修行ができたことが、この連載に繋がっている。

このお二人がいなかったらワシは漫画家としてやっていっていたかわからない。

お二人に感謝である。


こんな新人類を、全くなにもない空白のような状態から作りあげて行こうとしていたのだが、

これが、連載が始まってから、新しい世界を丸ごと作っていかなければならないことに気付き、
これは大変なことになってしまったと、大いに焦ってしまった。


この連載が始まって、その当時の世間の反応は、

報知新聞には第一面に「大型新人漫画家、彗星のごとく現れる、その名は成田アキラ」とバカでかく載り、

朝日新聞,主幹の扇谷正造には
「未来のホープ、成田アキラ、私は彼をマークして行く」と書かれ、

とりあえず、滑り出しは順調だったのだが、
ウケたのは奇想天外な当時としては度肝を抜く発想性に注目が集まっただけで、

先にも言ったように、ゼロから作り上げていくには、その当時のワシの力量からは、到底無理で、

漫画を描くにも1ページに丸一日かかっていたのだから、アイデアも入れれば、すぐに行き詰ることは目に見えていた。

しかも、バギナ、ペニスが直接的に出てきて、顰蹙を買っていたことも否めない。

それでも、七転八倒しながら、なんとか二年弱くらいは連載を続けた。

この漫画の中には哲学的な課題や、政治、時空間、異次元、ダリ的空間、人間存在、人生・・・様々なテーマが渦巻いています。

おそらく、「どこでもドア」の異次元空間を日本で初めて描いたのはワシだと思います。

政治を皮肉っている場面もあります。


ワシが悩み抜いて、必死で青春の時を過ごしている様がこの漫画には投影されていると思います。


現在、69になったワシがこの漫画を見るに、
もう、この突き抜けたような、メチャメチャぶりが、面白い!

と自分の若い時の作品ながら、笑ってしまった。

これを、アニメにすれば、案外、いまの時代だったら、歓迎されるような気がしないでもない。

まずは、ユーチューブ向けに短編の「フリダム」アニメを作ってみようかと画策している。


ちなみに、この「チボー星のやつら」と「フリフリダムダム」は
12月ごろから、順次、電子出版化して出していきますので、

興味のある方は、是非、読んでいただけると嬉しく思います。

成田アキラの原点に触れることになります。

 

3D図面を使い設計短縮

3D図面を使い設計短縮


「大林組は2015年度までに、ビルの設計を3次元(3D)データでやり取りしながら完成させる仕組みを取引先500社とつくる。完成後の建物の様子を直感的にイメージできる立体画像を使って設計作業をすることで、作図にかかる時間の3割短縮に繋がる。」


こんな記事が新聞に今朝出ていた。


これ読んで、ワシは正直、驚いた。

なに~?今頃になって、そんなことをしているのか?
そんなことは、もう10年以上前に、出来上がっていて、

現在そのテクで、すでにやっているものだと、ワシは思っていたからだ。
なんという、のろさなんだろう。


つい最近のワシのブログ10月15日の「ブラインドタッチがワシの全細胞を活性化させた」に、こんなことをワシはかいている。


「例えば、どんな分野でも、コンピュータが発展したことで、
仕事のスピードが、幾何級数的にアップしていることが感じ取れます。

高層建築の現場を眺めているとその様子がよくわかります。
ものすごいスピードで完成に向かっています。

おそらく、見える部分より、設計なんて、コンピュータを使って凄いスピードでアップし、建築の骨格など、みるみるうちに製造されているものと推測できます。」

 

ワシはてっきり、3D図面を使い、それらをネットを通じて、取引先と設計しているものと思っていたから、びっくり仰天である。


う~む。これほど、遅れているとは・・・


建設設計に携わる方は、一度、最新ゲームを買って、研究されるといい。


そこには、宝の山がいっぱいある。


ワシがビルの設計者だったら、バーチャル空間で、現実と全く同じ建物を3Dで設計する。

そういうソフトを開発したものの勝ちだ。


細かいところまで、現実の建築作業と同じことができる。
配管でも配線でも何でもできる。


こうなると、従来の言い方「設計」ではなくなり「バーチャル建築」略して「バー建」という呼び名になるだろう。

バーチャル内で、すべて完成させるからだ。

もちろん、構造計算、材質、手順も当然のこと。


あとは、現場ですでに出来上がっているパーツを組み立てていけばいい。

その際、ロボットを大いに活用すればいい。

できれば、ロボットの活用を見込んだ「バー建」にしておくのが望ましい。

 


こんなことをいうと、おまえは現場を知らないから、簡単にそんなことを言う。

と聞えてきそうだが、

もちろん、「バー建」だけでは完全ではない。
現場のテクや作業とすり合わせは、絶対に必要だ。


こうして、人の手がかからなくなっていき、職を失う者が出てくるが、いまは、人手不足なので、すぐに職に就けると思う。


政府はすぐに大幅な財政出動、つまり、公共投資をして、耐用年数が過ぎたインフラに金と人を投下すれば、

たちまち、デフレ脱却し、日本は世界一の経済大国になるのに、

いまの政府はアホとしかいいようがないですねぇ・・・。

もう、ほんとに歯がゆい!!!!

 

 




 

 

 

姿なき戦争。

姿なき戦争。


皆さんは戦争になったら、戦車や戦闘機、軍艦、ミサイル、核兵器などが他国より優位であれば勝つ。

あるいは、軍隊の機動性、統率力、作戦力、頭脳戦、これらが勝利をもたらす。

そうお思いでしょう。


いまのところ、そのとおりなんですが、もうすぐ、近未来戦は、想像もしない戦争形態になっていると思う。


戦争は、実際は何を潰せば勝つのでしょう?


戦車や戦闘機、軍艦、敵の都市、これらを潰し、破壊するとその戦争は勝つのかな?


そうじゃないよね。残酷な言い方ですが、軍隊の「人」を殺すから勝つわけです。

戦う人間がいなくなるから勝つわけです。


相手と戦おうとする人間がいなくなるから勝つわけだ。
つまり、敵対する人間が一掃されると勝つことになる。

「敵対する“人間”」これが将来の戦争のキーワードとなる。

 

ここまでもったいぶって書いてきたが、

ズバリいうと、戦争を画策する敵の人間を殺すか、こちらの陣営に取り込むか、そうすれば勝つのだ。

 

要は、戦争を起こすのは「人間」なのだ。

ドンパチ、ドカンドカン、ダダダダダ・・・なんていう、いわゆる戦争シーンは、ただの表面的な、人の頭を惑わし、混乱させるだけの戦争と名のつくショーなのだ。


湾岸戦争や、イラク戦争をテレビで見た人々はまるでショーみたいな感覚で観ていたと思う。

まさしくショーなのだ。
あれからは戦争の本質は全く見えてこない。


ワシが言っている本質とは、惨たらしく死んで行く生々しい現実の事を差しているのではない。

利害関係、宗教的敵対関係、戦争を起こす原因は様々だが、要はそれらに関わる当事者としての「人間」が戦争を起こすのだ。


ここで再び冷たい言い方をすると、敵の戦争画策者、戦争遂行者を殺せば、戦争は直ちに終結する。

未来の戦争は、銃器火器を使わない。どういう戦争になるかというと、


戦争を画策する者をネットや監視カメラなどで、見つけ出すのだ。

ネットで流れた個人の情報、何を書きこんだか、どんな会話
(会話も盗聴文書化できる)をしたか、それをスーパー検索兵器で敵対者を検出し、

敵対度「レベル1」から「レベル5」くらいにグループ分けにして、

レベル2以上だと、常に、携帯電話、スマホのGPSからその男の行動のすべてを常時監視し、さらに、緻密なその男の情報を収集する。

レベル1になると、監視衛星で動きがあると直ちに高空の監視カメラが撮影し、映像データを蓄積、分析していく。


こうして、絞られた戦争遂行者が、とあるA国に500人いたとしよう。

A国を敵とみるB国はA国に勝つには、たった500人をなんとかすればいいのだ。

戦争遂行者に近づき、殺さずとも、例えば病気や精神異常者にしてしまえばいいのだ。

体調不良にしたり、脳溢血にするのなんて訳もないことなのだ。

ここら、あたりで、皆さんは、怖くなってきたでしょう。

ワシの勘では、すでにこの戦争は、始まっていると思う。

なんでこんな、発想が出てきたのかというと、

ひとつは、いわゆる検索サイトから収集され、データ化される「ビッグデータ」だ。

使い方をちょいと変えると、たちまち、個人の情報が読み取れる。行動履歴もわかる。

もう一つはグーグルのグーグルア―スとストリートビューだ。

グーグルアースに、自分の住所を検索にいれて、ボチッとクリックしてごらん。

たちまち、あなたの家が映像としてモニターに映し出される。

ワシも初めてやってみた時、ギョッとした。

続いて思ったことは、どんな家に住んでいるのかはっきりと晒されるわけだから、ある意味、プライバシーの侵害に当たるんじゃなかろうかと思った。

そこで、ワシは、戦争遂行者の住所を突き止め、
その家を常時、衛星から衛星カメラで監視撮影することもできると考えたのだ。

もし、戦争に加担する戦争兵器としてグーグルアースが、アメリカの軍と最初から協力関係にあったとしたら、

当然、グーグルはアメリカ政府から莫大な金と何らかの利権が提供されていることになり、急成長した理由の一端が見えてくる。

まあ、この発想はワシの尽きせぬ想像力の勝手な暴走かも知れないが、直感として、そんなイメージが出てきたのは確かだ。


戦争遂行者の個人の家やアジトをトマホークでピンポイント攻撃するのにもグーグルアースはとんでもなく貢献すると思う。


近い将来、軍事衛星に積んだ高出力殺人レーザーで、それこそ、あたまのツムジにピンポイントで照射することが可能となったら、敵対者500人を殺すことはたった10分ほどで終了するだろう。

日本は2016年だったか、解像度25センチの監視衛星を打ち上げるのだとか。

25センチと言えば、レーザーで人間を確実にアタックできる。

アメリカの当局者は笑っているかも知れない。

「解像度、25センチだとよ。アハハハ、日本は20年遅れているな。

ボケた映像を何枚も重ね合わせて、“絵を作り”あげれば、

それこそ、1メートル前から見た、解像度10ミリの映像を我々は持っている。

作り上げたピクチャーだが、ほとんど現物と変わらない。

何も、そっくりにする必要はないからのぉー。我々の目的としてはな。ワハハハハ」


もう、姿なき戦争は始まっている。


怖い怖い・・・・・

 

 

 

ロボットの進化には目を見張るものがある。

ロボットの進化には目を見張るものがある。

 

石黒浩氏、人間のミニマルデザインによるコミュニケーションロボット「テレノイド」。

高橋智隆氏、
小型のヒューマノイドロボット「エボルタ」と「ロピッド」。


吉崎航氏
、誰でも簡単に操作できるソフトウェアの「V-sido(ブシドー)」。
 

三者三様、面白い。


中でも、ワシは、
吉崎航氏、誰でも簡単に操作できるソフトウェアの「V-sido(ブシドー)」に注目である。

テレビで見たのだが、パソコン上のモニターに映し出されたロボット映像に指タッチで操作すると、

実際にある、現物ロボットがその通りに動く、動かせる。

リアルタイムで動かせるのだ。

もちろんセーブしておけば、そのあとで、その通りにリプレイしてくれる。

走ることも、ダンスもできる。

驚いたのは動的な重心移動が瞬時にできるので、どこかに負荷がかかっても、すぐにバランスを取り、倒れたりしない。

横から、例えば押しても、反対側の脚が素早く開き、踏ん張ってくれる。

もう完全に人間の生の動きをこのロボットはそっくりにやってくれちゃっているのだ。

スゴイもんだ。素晴らしい!

 


ワシが学生だった、その昔、
ロボット実現はかなり難しいと実は思っていた。

その理由は、ひとつは モーターの性能が悪かったし、デカかったからだ。

瞬時に力強く、しかも、ピタリと指定した位置で止めたり、発動したりはできなかったからだ。

いまでは、コンピュータ制御で、きびきびと動く。

強力な磁石ができたことで、その動力性能も小型化も可能となった。

こんなモーターができたから、ロボットの肝心要の動力部分が完成したのだ。

次に難しいと思ったのは、電池、蓄電池だ。
あまりにも大きくて、そんなもん取り付けたら、ロボットは重くて動けんやろ!と。

コンピュータだって、その当時、かなり容量を取ると思われた。

それらの問題はリチウムイオン電池、超集積回路が出てなんなくクリア。

次に困難を極めるだろうと思った事は、人間のように、重心を瞬間に移動してロボットの体を安定化することだ。

これは、とてもじゃないけど、できないんじゃないかとワシは思っていた。

ところが、新型アシモ、ソニーのクリオを見ると、ちゃんとできている。

走ったり、ダンスをしたり。

そして、
吉崎航氏誰でも簡単に操作できるソフトウェアの「V-sido(ブシドー)」ときた。

これは、パソコンで誰でもロボットを安定した動きを操作できるソフトなのだ。

これによって、ワシらの一般の者が、いとも簡単にロボットの世界に参入できるということなのだ。

たとえばワシがミニロボットのパーツをそろえてロボットを作ったとする。

そこに「V-sido」ソフトを組み込めば、たちまち、アシモ並みの動きができるロボットになるのだ。

スゴイもんだ!。

このソフトで巨大なロボットも人間の動きのごとく動かせるのだという。


ワシは、ロボットの未来を楽しみにしている。
もう、ものすごいスピードで発展していくと思います。

もうひとつ注目しているロボットはヒューマノイドロボット、HRP-4C だ。

これは女性ロボットで、歩く姿もほぼ人間並み。
顔も女性のリアルな造形になっていて、セクシー。

ワシは、昔、ワシの漫画「快楽大魔王」で、この彼女のようなヒューマノイドロボットを漫画のなかで登場させている。

スケベ漫画家ゆえ、そのロボットはセックスのできるオンナだ。

名前は美優。

美優は男と外に歩いても行ける。

しかし、ワシは現実味を持たせたかったので、男がオンナの腰を横抱きにして歩けば、美優の脚がただ単に前後に動くというだけのロボットにした。

スゴイ美人と歩いていると周りからは見える。
男の優越感をくすぐる。

それと、メカを簡単にすると価格が安くてなって、購入しやすいからだ。

外では、もうひとつ、コーヒーをカップから飲むこともできる。
これも外目では、超美人とお茶しているように見える()

外に出かけたら、その二つしかできないロボットなのだ。

だだし、外見はほとんど生身の美人に見えるほど精巧に作ってある。

皮膚もリアルで体温もあり、アバラ骨やその他の骨格もそれらしくある。

性器も膣もしっかりある。セックスをすると、ちゃんとセクシーなヨガリ声をあげ、アソコも男性器を感じさせるようになっている。

これがすぐにでも製作、販売できるリーズナブルなラブドールとして、いまから20年ほど前に漫画の中だとは言え、ワシが製作したのだ。

その美優の裸体のなかで一番苦労したのは、電池を交換する、あるいは充電するときに、きれいな裸体に無粋なドアや、ソケットの差し込み口を作りたくなかったことだ。

頭の髪の毛の中でもコンセントを作りたくなかった。

さて、どうするか・・・。

考えに考え、こうすることにした。

紡錘形の、細い弾丸形のリチウム電池を、伸縮性のある肛門から、中に挿入するというアイデアが浮かんだ。

出す時はウンチんぐスタイルで、お腹の上から押すようにして、肛門から出すのだ。

こうすれば、美優の体にはどこにも機械的な痕跡はない。(今は、電磁誘導充電という手もある)


こんな漫画を描いて、肛門から出てくるウンコ電池を、
ニタ~ッと悦に入って見ていたんだから、

ホンマこの男はスケベやねぇ~、ハハハハ。


美優が

「ねえ、美優ね、エネルギーが切れそう。お尻に入れてぇ~ん」。

ワシは妙にコーフンして、電池交換をするのであった・・・・・・・・。

 

 

実はワシは夢を作れる。特に空を飛ぶ夢が大好きだ。

実はワシは夢を作れる。特に空を飛ぶ夢が大好きだ。

 

ワシは昔、空を飛ぶ夢を見た。
30代から40代くらいがよく見た。


夢を見ながら、ちゃんと意識があるのだ。

つまり、夢の中でどの方向に飛ぶか。どんなスピードで飛ぶか、自分の心の中で話し合いながら飛ぶのだ。

話し合いながらの、そのものが、そっくり夢なのではない。

ちゃんと覚醒している自分がいるのだ。

いわば、夢と現実とのコラボ。
なんで、そんなことを確信ありげに言うのかというと、

実はワシは夢を作れるのだ。

登場人物と場所、設定さえ、与えておけば、
登場人物が勝手に動き出し、いろんな、夢ならではの展開が続いて行く。

途中、ストーリーを変えたければ、そのように持っていける。
ただし、上手くいかないこともある。

ワシがいちいちストーリーを作っていくよりも、お任せにしたほうが、はるかに、突拍子もない方向に夢が進んでいき、そのほうが面白いからだ。

ここで、この女を登場させようと夢の中に入れる。
その女がいつの間にか違う女に変身しているなんてことはしょっちゅうだ。

ここで、夢の作り方を、お教えしておこう。

夢を見るには、朝の二度寝のときがいい。
二度寝をする時、うつらうつらしているときに、夢の設定をする。

場所と人を寝入るまで頭でイメージし続ける。
そのうち、夢の中に入っていく瞬間がある。

その時、覚醒した気分・自分と、覚醒していない夢側の「気分・自分」とが現れる。

その、まさしく夢と現の両方を持つ夢空間が出現する。
これが本当のゆめうつつの世界なのだ。

いったん、夢現(ゆめうつつ)を作れるようになると、次からは楽に「夢現ゆめ」を見れるようになる。

この夢テクを知ったワシは、面白くて、ほとんど毎日3時間ほど見ていた時がある。

特にエロチックな夢にはハマり込んだ。

ワシは映画を観る必要がないのだ。
だって、映画なんて“目じゃない”ほど面白くてイヤラシのだから。

そんな毎日が一年ほど続くと、さすがに、飽きてくる。

面白くて刺激的なのだが、やはり夢なので、なんら現実への「報酬」がないのだ。

夢は夢なのだ。

どんなにエロチックな女が夢の中に出てきても、その女が現実に現れるわけでもなく、

毎日が、荒唐無稽な映画を観させられているようなものだから、ワシはすっかり飽きてしまった。

一時は、ワシは現実世界と夢世界と二つの人生を味わっている、味わえる天才だ!と、ハマりにハマった時期があった。

ワシの夢は、現実と全く変わらない緻密さの夢だ。
もちろんカラ-だ。
たとえば柱があったらその年輪まではっきりと見える。


こんな夢を見ていたワシは、ある時、夢の中に出てくる情景は、ワシが今までに見たものが記憶として、脳に堆積したものから夢として構築されたものなのだろうと考えた。

後にワシが言う、「人間はいったん見たものはすべて記憶に残る」という言説はこの夢の観察から来ている。

しかし、実際に、夢の中に出てくるものは、現実にある光景のほかに、全くワシも知らなかった、考えもつかないモノも出てくる。

脳の中で勝手に創作されたものが出てくるのだ。
だから、夢は面白い。

一時期、ワシは脳の中に出てくる新奇なもの、あるいは神々しいもの、不思議な抽象的なもの、これらを絵にするとワシは天才的な画家になれるんじゃないかと、真剣に考えたことがあった。

それらを絵にしたこともあったが、その夢の範囲があまりにも広く、無数にあり、

つまり、それらを、そっくり、絵にしていっても、ほとんど無限の絵が次から次に製作されていくだけで、

無意味で、終止が付かなくなると思い、そんな時間を費やすのは人生の無駄だと思い至り、画家の道には、その時は行くのを止めた。

いまはそんな夢から出た荒唐無稽な絵ではなく、ちゃんとした覚醒した絵を書きたいとは思っている。


余談だが、あの単純な線の幻想的、無邪気な絵で有名なミロ画伯はその絵の発想はなんと、壁や床の「シミ」を見て描いていったのだと。

それをワシ知って、ものすごく落胆した。

ワシはそんな人生はまっぴらごめんだなと思った。
例え、その絵が人々に好かれ、人気を博してもね。


さて、冒頭で言った、「空を飛ぶ夢」だが、この夢はある時期かなり頻繁に見ていて(一説によると性的な欲求不満な時に見る夢だという)、

何度も何度も見て、ワシの脳にこびりつき、

ノーベル賞の利根川教授の説、
「人間の脳は繰り返し間違ったことを叩きこんでいくとそれがあたかも本当だと思ってしまうクセがある。」
フォールトブレインなんとかという説。

この夢に関しては、利根川教授の言っている事とピッタリ合致する。

ワシはこの空飛ぶ夢は今でも「あり得る」とマジに思っている。

その理由は、この夢はちゃんとそれなりの飛ぶ原理をわきまえて、その上で飛ぶからだ。

その原理とは、この夢は必ず、山の尾根の草原から飛び立つのだ。

それも、必ず強風が山の麓から吹き上げている時なのだ。
ワシは強風に向かって、両手を上げ、手でバタバタと羽ばたく。

風がひときわ強くなった時、ワシの体はふわりと浮き、空高く飛び上がっていく。

いったん上がると上昇気流とワシ自体のスピードでいつまでも飛んでいられるという、そんな空飛ぶ夢だ。

もちろん、こんなことは不可能だが、頭の中では、夢と現実がわからなくなっていて、本当に飛べると思うことがある。

台風が来たときに、伊豆の山稜を走る伊豆スカイラインにでも行って、飛んでみたくなるのだ。
本気でそう思うから怖いっちゃ怖い
()

この感覚はなってみた者しか、解らないと思うが、実に不思議な感覚だ。

後に本当に飛びたくなって、35の時、ハンググライダーで空を飛ぶようになったけどね。

それでも素手で空を飛ぶ夢はそのころ、頻繁に見た。

んん? も、もしかしたら、

鳥になる前の小さな恐竜は、素手で空を飛べると毎日、夢を見て、

その執念が、腕に羽を生やすようになって、

ついには空を飛ぶようになったのだ!!

なんて、考えたくもなる、不思議な感覚なのだ。

ブラインドタッチがワシの全細胞を活性化させた。

ブラインドタッチがワシの全細胞を活性化させた。

 

仕事にパソコンを使っている方は、当然、パソコンのキーボードは打てるし、エクセルもワードも使えるし、

パソコン操作も、インストールも、ダウンロードも、写真のコピーも、移動も、いろんなアプリも取り込んで、

ネットであちこちに飛んで、縦横無尽にアソンでおられると思います。

ワシはネットで検索したり観たりはしていましたが、メールのやり取りはキーボードを人差し指でポチポチと打つくらいしかできず、

とてもじゃないけどパソコンを操作しているという感覚は全くありませんでした。

それが、タイの出会い系サイトでタイ女をゲットするために、タイの女と英語でメールする必要に迫られ、

スケベ心が後押しし、

パソコンに両手でキーボードに高速で打てるように、猛烈に練習。

68歳の10月頃から練習を始め、約3カ月後の1月初めには、ブラインドタッチで打てるようになり、

2014年4月5日、このブログ「成田アキラのオンナが一番」を開設しました。

まだ、このブログ6カ月しか経っていません。

しかし、やってみると、書きたいことが溢れるように出てきて、
気が狂ったように、毎日、欠かさずアップし続けております。

この原動力は、このブログに訪れてきていただいているユーザー様のおかげです。

UU数は、訪問解析にグラフで出ています。

だんだん増えてきています。
涙が出るほど嬉しいです。

ワシの人生でこんな感動的なことが、このトシで味わえるとは思いもよりませんでした。

本当にありがとうございます。


ワシ、くたばるまで続けさせていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。

 


さて、こんなふうにして、いまでは、パソコン操作は、ほぼできるようになりました。

軽快にコピー、貼り付け、移動、リンク貼り、ブログデザインも自分の手で出来るようになり、
マークアップ言語(HTML
など)もかじり始めました


このワシがブログで自分の考えを発信、発表できるようになって、今更ながら、いま現代、コンピュータの威力というか、ネットの凄さに驚異を抱きつつ、

本当に新しい時代になったんだなぁ

とパソコンを使えるようになって実感しています。



例えば、どんな分野でも、コンピュータが発展したことで、
仕事のスピードが、幾何級数的にアップしていることが感じ取れます。

高層建築の現場を眺めているとその様子がよくわかります。
ものすごいスピードで完成に向かっています。

おそらく、見える部分より、設計なんて、コンピュータを使って凄いスピードでアップし、建築の骨格など、みるみるうちに製造されているものと推測できます。

テレビも車もどんな製品もそうだと思う。
テレビ、車はもう、ある意味、日用製品といってもいいでしょう。


パソコンでネットサーフィンし、あらゆることを学んでいます。
世界認識が猛烈な勢いで広がります。

経済学もネットでほとんど学びました。

いまでは、耳を澄ますと、世の中に回っているお金がまるで大きな木の中の水の流れのように、シュルシュル・・・・ゴオオオオオ・・・・と聞えてくるようです。

政治の欠陥も見えてきたし、日本を立て直すのはこれからですよ。


とにかく、パソコンを難なく使えるようになって、ワシの全細胞は活性化され、

頭もますます回転が速くなり、イイことずくめ。

 

この調子で、ボードに打ち込んでいこうと思っております。


時折、ズレたり、ヘンなこと言ったりするやもしれませんが、今後ともよろしくお願いいたします。

 

 


イメージ科学科、創設。

イメージ科学科、創設。

 

「この世は何だろう?」


人が地面に立っている―――人は原子で出来ている、

地面も原子で出来ている。―――原子が見えるくらい拡大してみよう―――

ほら、全く別の世界が見えてきたでしょう。

原子の粒が並んでいる。
こんなツブツブで出来上がっていたの? 

その世界から思考すれば、さっきの現実世界は、なんだったの?

 

さらに、ツブツブを拡大して、見てみよう。

あれっ???


何も見えない。ウソでしょう???


拡大するとなにもない?


人の体って、びっしり何かが詰まっていたんじゃないの?  地面だって。


人と地面はくっついていたんじゃないの?。


くっついていないじゃないの。

 

スカスカのスカスカじゃないの。


な、な、なんで?


私の体も、地面も、なにもない?


元々、何もないのが私だったのね。


知らなかった。知らなかった。

 

じゃ、こんなこと考えている、この考えもないのね。
私の心もないのね。


こころは、もともと、手で掴めるものじゃなかったから、
思わなければ ない のはわかっていたわ。


けど、私の体が、ない、なんて、びっくり。


一体、この世は、どうなってるの?

 

でも、なんにも ない ところから、心ができている。

これって不思議よね。

これって奇跡よね。

これって貴重よね、

もしかしたら、一番大切なものだよね。

 

 


こんなかんじで、ある意味 直感的に 数式も物理も難しい用語も使わず、

イメージを創出して、物事の理解を深める。

こんなアプローチ法を

「イメージ科学」

と呼び。


大学なんかで「イメージ科学科」を創設すればいいと思っています。

 



もうひとつ、こんなイメージ科学をしてみました。



「心ってなんだろう?」

 

私は、こころを持っています。


んん?


持っています?


どこにあるんですか?


心臓ですか?


脳の中ですか?


考えるのは脳ですから、心は脳の中にあります。今じゃ、常識です。


脳のどこにあるんですか。


脳の中にある脳神経細胞にあります。


それらがネットワークを形作って、記憶したり、記憶を取り出したりして、活躍しています。


その活躍のことを「心」といいます。


ふーん、つまりは、記憶と記憶の動きなんですね。


それを、情報といいます。


心は「情報」なんですね。


はい、心は、つまるところ、「情報」です。しかし、固定した情報ではありません。


まあ、「生きた情報」と言いますか「反応する情報」と言ってもいいでしょう。


生きた情報として、たとえば、

「何か食べたい」

という意思のある情報があったとします。


食べたいと言うからには、何か食べるものを意識しなければ、食べたいという意思は発生しませんよね。

つまり、心の中に、脳の中に、無限大に近いくらい食べ物のイメージがないと、

「何か食べたい」という情報は全く意味のない、関連性のないものになってしまいます。


では、その食べ物をイメージとして脳が捉えたとします。

食べます。口に入れます。

ここで「口」が出てきましたね。

つまり、肉体が出てきました。

そのあと、舌、歯、喉、次々と肉体関係
()が出てきます。

食べるというのは肉体が必要なんですね。

肉体って「人間」ですね。「人」ですね。

人が生きて行くには、それこそ、たくさんのモノや情報が必要ですね。

さーーて、こんなふうにどんどん関係性を増やしていくと、

最初の「何か食べたい」という「生きた情報」は、
この世のすべてと繋がっていることになります。

つまり、「生きた情報」、「反応する情報」はこの世のすべてと反応する情報ということになります。

答えが出ましたね。

「心」とは「この世に存在しているもの、すべてと反応するもの、すべてと交わるもの」なのです。

それが「こころ」です。

だから、この地球、この大地、この世界、動植物、人間、存在するすべてが、実はこころを構成しているパーツなのです。

世界が心なのです。

世界がなければ心も成り立たないのです。

世界がなければ心もないのです。


よって「心」は、それ単独では存在しないのです。


人間の心はまわりに存在する大自然から初期情報を与えられて、最初は造られたのです。

その後、人間との関わりにおいて後期情報を与えられて造られたのです。

それが心です

 
 

―――と、まあ、イメージ科学してみたんですが、ここで、気が付いたんですが、こういう思考法を「論理学」というんじゃなかったっけ?


なんか、また、ズレちゃったかなぁ
()

 

まあ、言いたいことは、「心はそれ単独では存在しないもので、心とは世界、宇宙と不可分なもの。言ってみれば、心とは宇宙と同化したもの」ということを言いたかったのです。

 

 

「この世に現実にあるものは、いつかは人間が作れる」

「この世に現実にあるものは、いつかは人間が作れる」

と、言うのは、ワシが学生だった頃からのワシの信念だった。

その頃、ワシなりの熟考からそういう結論に達していた。

ある日、友達、数人でこんなことをテーマに話すことになった。

「コンピュ-タで人間のような心を造れるか?」

ワシが20歳の頃だから、いまから49年前だ。

その頃は、やっとIC(集積回路)の初期のものが出ていたころで、このICを重ねると数倍の記憶容量になるとか、そんなレベルの時代だった。

まだ、LSI(大規模集積回路)はなく、もちろんパソコンなんてなかった。

しかし、ワシはオンとオフでかなりの動作ができることや、記憶の仕組みなんかを自分なりに考えていた。

一方、脳というのは当たり前だけど物質である。
その物質が記憶し、心を作り上げている。

ICも物質である。

「今はそれほどの能力はなくても記憶はできる。記憶ができれば、あとは開発していけば相当なところまで行くはずだ。その先は、脳と同じ能力になるだろう。脳が記憶する物質なら、ICも記憶する物質だ。」

と、その当時推論していた。

その頃、友人たちは言った。

「成田よ、おまえ、漫画家になるんだって? 頭、大丈夫? そんなのできるわけないだろう。アハハハハ」。

ワシを頭のおかしいヤツと思っていたのだ。

今日、コンピュータの進歩は、目覚ましい。

インターネット、スマホ、ゲーム、最近の進展ぶりは驚異的だ。

コンピュータで3D動画が将来できるだろうと、30代の頃考えていたが、今、まさに、リアルゲームで完璧になされている。

感動ものだ。


ほぼ、若きワシが考えていた通りになった。


まだ、今現在AI(人口頭脳)は完成していない。

しかし、もう、その目途はついている。
あとは、着々と開発進歩していけば、10年ほどで出来上がるだろう。
2045年完成という学者の説が一般的だが。


今でも、

「この世に現実にあるものは、いつかは人間が作れる」

という信念に揺るぎもない。


人間そっくりのロボットはできるし、有機体の人工人間もできるだろう。
大量生産ができる光合成物質工場もできるだろう。


受精卵から赤ちゃんになるまでのメカニズムがわかれば、その間に十カ月かかっているが、これを短縮して、一カ月にすることもできるかもしれない。

さらに一日で赤ちゃんへと。さらに10秒で受精卵から赤ちゃんになることも可能かもしれない。

なんで、こんな突飛なことを考えるのかというと、ワシの持論である

「人間も、この世にある、すべての物は、究極的には“電気的なもの”からできている」

という、理屈からきている。

受精卵から赤ちゃんまで本来は数億年かかっていたのだが、

それをどうやって、どんなメカニズムが作用したのか、たった十カ月で赤ちゃんにしてしまったのだから大自然はスゴイ!

数億年から見れば十カ月なんて、瞬きする瞬間になる。

こう考えれば、一秒で赤ちゃんになってもなんら不思議ではない。

これを不思議だというなら、目に見えない点のような1個の受精卵がたった十カ月で赤ちゃんになったことほど不思議なことはないではないか。


さらに、ワシの妄想は続く。


今、3Dプリントが話題になっている。
コンピュータに、ある物体の3Dをインストールして、ポンとスイッチを押すと、

コンピュータ内にあったバーチャル物体が現実の物体として目の前で造りあげられていくのだ。

これをたった1秒で造ると、何もない空間に忽然として物体が現れたと見えるだろう。

瞬間移動が可能になることをこれは示唆している。


遠い将来、原子一個一個を材料に3Dプリントできるようになれば、瞬間移動はできる。


さらにその先で、この世を作っている究極の材料「電気的なもの(たとえば超弦理論で登場するバイブするヒモ)」で直接プリントすれば、もう完全に、瞬間移動は完成である。

こうなると、本当に瞬間なので、人間を瞬間移動させても血の一滴も外に出ない。

今現在、ワシはこんなことをブログで言っている、これを読んだ友人達から言われるかもしれない。「成田よ、スケベ漫画、長いことやっててさ、とうとう頭イカレたな。アハハハハ」

プロフィール

  成田アキラのツイッター
スケベ漫画家成田アキラでございます。 もともと子供向けの科学漫画を描いていたワシが、テレクラ(テレフォンクラブ)にハマり込み、会った女性との艶事を漫画に描いたら、これが大ヒット。根がスケベだったせいもありエッチ体験漫画を以来延々と描き続けることになった。 女と車と温泉、この三点セットでのめり込んでいく。女との体験を重ねるにつれ、必然的に性のテクニックも上達し、ハウツーセックスものも手がけていくことになる。 ご存知「V筋攻め」なる必殺技も編み出した。 1945年生まれの現在74歳。まだナニも現役のバリバリ(笑) ワシのことは当ブログで、すべて出ています。末永いお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。
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人はエッチ大好き、スケベである。これを共通認識・基盤として、ワシは様々な情報発信、活動をしていきたい。これをもって、世界平和を実現できればとの夢を描いています。
日本スケベ党総裁 成田アキラ





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