成田アキラのオンナは女神さま

オトナ専用のブログです。 刺激的な表現もありますが、制限を加えておりません。 ★18才未満立入禁止(笑)

2015年09月

その11、②、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ベンツ・600SL・V12・R129(1992年―2001年)

その11、②、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ベンツ・600SL・V12・R129(1992年―2001年)

 


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ハンドリング不調。エアサス不調。アクティブサス不調。エンジンと駆動系切断。


これらのトラブルでまたしても事故寸前に陥った。


この旨、ヤナセ中古部門の担当に文句を言ったら

「中古ですから、新車とは違います。何らかのヘタリはあります」


のらりくらりとはぐらかす。

ワシは頭に来て、この車を見にこちらに来てくれと言った。


何日か経って、しぶしぶ来た。


ワシは言った。

「アンタは、ワシをまるっきり車を知らない素人と思っているんだろう。ワシはこれまで、何台も車を乗り継いできた。こんな最悪な車は初めてだ。」


「当社としましては、中古ということで、販売していますので、ある程度は仕方がないことだとご理解を得ていただきたいのですが」


「だから、アンタはワシを素人だと思っているのかと言っとんじゃ」


「そ、そんな、そうは思ってはいませんが、なにぶん中古ではありますから、新車と同じだとは・・・・」


「中古だといっても、2年落ちだ。走行距離も24000キロ。ベンツがそれだけでヘタルか?

もし、この距離でこんなになったらおかしなもんだ。

おそらく、ヤナセもこの前オーナーに騙されているんだよ。

この距離数は変だ。巻き戻しされている。

運転席のシートのヘタリがひどい。

このヘタリ加減から見ると、おそらく、6万から10万キロくらい走り込んでいるだろう。

1年で3万から5万だ。

この前オーナーは所有者名から見ると、芸能プロの車だ。

おそらく、毎日、相当の距離走っていたと思われる。タレント送迎とか、地方巡業とかね。

ワシもこのシートのヘタリは後から気が付いた。

ヤナセを全面的に信用していて、注意深く見なかったのが失敗のもとだ。


まさか、ヤナセがと言うのがワシの感想だ。


「巻き戻しはないと思いますけど・・・・」


知らばっくれるワイ(知ってるくせに)。
シートのヘタリは走行距離を物語っている。


「はっきりと言おう。この車は、ハンドリング不調。アナタが走って見ればわかる。これが正常だというのなら、アンタは車屋ではないよ。

それから、エアサスが効いていない。同じくアクティブサスも壊れている。

この三つを完全にしていないとアナタは欠陥車を売ったことになります。

中古と言っても800万ですよ。こんなに高い買い物をして欠陥車をですか?

第一、危うく、カーブで死ぬところだったんだ。

こんないい加減な商売していて恥ずかしくないのかっ!!!ヤナセともあろうところが!」

 

「社に戻って、検討してみます。少し、お時間をください」


そう言って、担当はワシの車を運転して帰って行った。


1週間後、

「確かに不具合がありました。整備に1週間ほどかかりますが、申し訳ありません、お預かりいたします」


1週間後、ベンツ600SLは届いた。試乗してみる。見事に、変身していた。

ハンドリングも良し、エアサスもアクティブサスも効いている。


「これがこのSLの本来の動きなんだな。完璧だ」


「新車と同じになっていると思います。どうもご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


「ちなみに、エアサス、アクティブサス、ハンドリング、修理にいくらかかったの?」

「軽自動車、一台分。54万かかりました」

「だいたい、中古として売るときに、その54万かけて、問題ない車にして売るのが通常なんじゃないの」

「すみません、今後、車をよく見てから販売して行きます。今回の件、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「天下のヤナセだ。ワシはヤナセだから信用して大枚をはたいたんだ。

まあ、こちらの言うことを聞いてくれたんだから許してあげるが、買い手が素人だったら、
あのまま、乗っていただろうね。

あこぎな商売はしないほうがいいな。天下のヤナセが泣くぜ」



まあ、今から20年ほど前の話だが、ヤナセがこんな状態だったのだ。 

 

こうして一件落着して、ワシは快適に、このあとは走れたが、この車は験(ゲン)が悪い。

あと一つ、突然、エンジンと駆動系が切断する可能性が十分にある。

首都高速でそうならないとも限らない。不安な車だ。

それに燃費が圧倒的に悪い。都内で4~5キロの、ガブ飲み車(笑)。


ワシは3カ月ほどで、乗り換えることにした。

ヤナセに引き取ってくれと言ったら、買い取るとしたら、200万だという。

仕方がないので、他の中古車屋で、もう忘れたが200万より少し高く売って処理した。差し引き約600万!

たった3ヶ月で600万が消えた。

まあ、早い話が、ヤナセにしてやられたんだね。ワシも人がいいねぇ(笑)。

もう、二度と中古車は買わないと決心した。 

思えば、5万円の中古カメラも欠陥機だったっけ。ワシは中古についていない(笑)。 


次に乗り換えた車は、ワシの一生で、最後の車にしょうとした、つまり、10年も20年もしっくり馴染めば一生乗るつもりの車に乗り換えたのだ。


それは超高級車、BMWのスポーツカー、Z8だった。

しかし、これも、これまでの地獄の車に輪をかけたひどい車だったのだ。


Z8の欠陥ぶりは次回に書きます。

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その10、①、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ベンツ・600SL・V12・R129(1992年―2001年)

その10、①、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ベンツ・600SL・V12・R129(1992年―2001年)

 


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ポルシェで死に損なって、では、ベンツはどうだろうと思い、ベンツに乗り換えることにした。

ならばベンツで最高峰のベンツSLを購入しようとしたら、ベンツ600SL(6000
CC)だと1600万円だった。

かなり高い。

でも、ベンツの最高車を味わってみたい。
ベンツならば最高の安全が保障されているだろう。

ベンツSLはオープンで乗っているとき、たとえ、逆さまにひっくり返っても、

シ―ト後ろのところから、安全バーが瞬時に出て、乗員を救ってくれるとカタログに書いてあった。

しかも、なんと、エアサスペンション(空気バネ)なのだ。

これは、かつて、シトロエンの高級車が採用していた装置で、いまや、このベンツSLにしかないサスなのだ。

これは、ものすごく乗り心地がいいはずだ。

車がロールすると、エアサスがロールと逆向きの反動を与え、ロールを押さえ込むというアクティブサスになっている。さすがベンツ最高級車。 

ワシは世界最高の車に、俄然乗って見たくなった。

そこで、ヤナセに行って、ベンツ600SLの中古車を購入することにした。


一応、30分ほど試乗してみたが、それほど乗り心地がいいとは思わなかった。

まあ、乗っているうちに良さがわかるだろうと、購入を決定。お値段は中古で800万円だ。2年落ちの24000キロモノだ。


コレが、またしても地獄の扉だったとは!!!


女性と漫画取材で、長野の温泉に行った。

運転してなんか変なのだ。緩やかなカーブを曲がるとき、ハンドルがピタッとカ―ブレーンに一致しないのだ。

いつも、切り角を修正してハンドリングしなければならない。
要は常に小刻みにハンドルを修正させてなければ思った方向に車が向いてくれないのだ。

もう、頭に来るほどのひどい車!!


緩やかなカーブを高速で走っているとき、この車、フワッと浮いたようにカーブ外向きにロールする。

うわっ!道路から落ちる!

女は悲鳴を上げる。「きゃあ――つ!」

ブレーキを踏み、ギリギリで走り抜ける。

な、なんだ?

カタログに書いてあった、ロールを押さえ込むアクティブサスではなかったのか?

初めての長距離ドライブで見事にこのベンツSLはワシを裏切ってくれた。

しかも、登り坂の途中でアクセル全開にして踏み込むと、ガッ!!という大きな音がでて、エンジンと駆動系が切断されてしまった。

ということは、アクセルを踏み込むと空ぶかしになり、ワオオオ――ンと唸る。


そこで、ワシ、駆動系が切断されたと理解して、アクセルを踏むのをやめた。


車は慣性で動いている。ワシは路肩にそのまま移動して停車した。

これが首都高速のド真ん中でこうなっていたら、重大事故になっていただろう。

壊れてしまった・・・・。

途方に暮れてどうしようか迷ってしまう。
同乗の女は笑っていた。

ワシは恐る恐るエンジンをかけてみた。

半分ほどはもしかしたら、電気系統のトラブルかもしれないと思い、リセットできるのではないかと思ったからだ。

果たしてエンジンは始動した。

やれやれ、次に、この車動くのだろうか?

ちゃんと動いた。走る。

このまま、宿に着いた。

この、エンジンと駆動系切断は車の説明書にも載っていない。

どうやら、過負荷がかかったら、物理的機構で外れるように設計されているらしい。

駆動系の限界に達したら無理やり、切断されるということだ。

これはこれで、大出力のエンジンなので、ベンツの設計者は安全を期してそうしたのであろう。


この、地獄の旅から帰って、ワシはすぐにヤナセの中古部門の担当者に電話した。

この車の挙動をすべて話した。

「中古ですから、それは、新車とは違います。何らかのヘタリはあります」と言う。

ここから、ヤナセとのバトルが始まる。地獄の車だ!!

 


バトルの結末は次回にお話しいたします。


 
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その9、懐かしくも昔の車はオソロシかった。モンスターカ―、イギリスのTVRグリフイス4.3L

その9、懐かしくも昔の車はオソロシかった。モンスターカ、イギリスのTVRグリフイス4.3L

 

以前、この車アップしたものだが、再アップします。

 

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ワシはゼロヨンに昔は凝っていて、ついには、モンスターカ、イギリスの
TVRグリフイス4.3L(車体価格858万円)を購入した。

鋼管チューブラーフレームFRP製ボディ。280PSの4280CCエンジンを搭載する。

車重はたったの
1,060kg 。


基地外のような車。

軽い車体に4280CC280馬力のエンジン。

ゼロヨン加速13.1秒

エアバッグもなし。トラクションコントロールもなし。

笑っちゃうのが、サイドブレーキが坂道で止めて置くと、いつの間にか滑り出すという代物。

停車中は必ず1速にギアを入れておかなくてはならない(笑)。

こんなところにも、重量を削っているのだ。

おかげで、坂道で滑り出し、30メートルも後ろに走りだし、後方の車にぶっつけてしまったことがある。

女とキスをしていて、後ろに下がっているのを気がつかなかったのだ(笑)。




ある冬の深夜、いつものように仕事場からこの車を運転して帰っていると、途中雨が降って来た。

雨だと思っていたから、雨のときの通常の運転をしていた。

ギアは3速である。

3速で加速すると、突然、後輪が空転した。

車はあっという間にガドレールと縁石に激突した。

タイヤのアルミホイールは真ん中からせんべいのように折れ曲がった。

FRP
ボディ(プラスチックボディ)はほとんどバラバラになって、道路に散らばった。

(
プラスチックボディパーツは泡状の接着材で鋼管にくっつけてあるだけ。この車を最初見た時、笑ってしまった。)

鋼管チューブの骨が剥き出しになった。

車を構成している鋼管チューブのボディは、くの字に歪んだ。全損状態である。

ワシは左の肘をしたたかに打ったが、どこも怪我はしなかった。

奇跡だ・・・・と思ったが、この車は、車体構造はあのF1と同じなのだ。

つまり、激突すると、車体は見事に壊れて、衝撃を吸収してくれるのだ。アルミホイールの折れ曲がりも衝撃を吸収したことになる。

そのお陰でワシは助かった。

なるほど、こういう車だったか。すごいくるまだ。と、妙なところでこの車の良さを知った(笑)。


事故った原因は、雨だと思っていたら、実は、ほとんど雨に近いみぞれだったのだ。

道路には氷の粒が膜を張っていた。

普通は3速で加速するのはなんの問題もないのだが、馬力があるから、氷の上に乗り、たちまち後輪がスリップしたというわけ。

もし、トラクションコントロールがついていたら、スリップは回避されて、この事故はなかった。 


たった、1年3カ月で、オシャカになってしまった。

ワシがオシャカにならなくて良かったけど(笑)。

考えようによっては、この事故を起こして良かったと思っている。

なぜならば、高速自動車道で、スリップしていたら、たぶん、助からなかったと思うからだ。早めに事故を起こしていて良かったと(笑)。 


しかし、他人を巻き添えにしていたらと思うとぞっとする。
この点は、不幸中の幸いだ。

知っておられる方もいるかと思いますが、テレビ、西部警察でデモンストレーションした車で、運転制御が出来なくて、

観客席につっこんでいったやつがこのグリフィスなのだ。


乾燥道路でも不用意にアクセルを踏むとスベる車なのだ。

 


ワシ、今は落ち着いたけど、昔はヤンチャなバカ男だったよなぁ~。

 

 
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その8、懐かしくも昔の車はオソロシかった。デリカディーゼルスターワゴン(1983年)

その8、懐かしくも昔の車はオソロシかった。デリカディーゼルスターワゴン(1983年)

 

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おお、忘れていた。

ニッサン・スカイラインGT・C21
0&GT-E/S ターボ。(1980年)と、ニッサン・ブルーバードSSS・アテ―サリミテッドの間に、

デリカスターワゴン4WD(1983年)に乗っていたんだ(笑)。



アメリカ漫遊から帰って来たあと、ワシが36歳の時、なぜかアウトドア思考になっていて、

キャンピング用具を一式揃え、家族でキャンピングに凝った時代があった。

テントを張り、バーベキューをし、夜はカンテラの灯りで過ごし、寝袋に寝る。

しかし、わが家の娘たちは、野外で過ごすオートキャンプがさほど楽しいものとは思っていなくて、数回行って、やめた。

なんで、キャンプは好きじゃないのと聞いたら、

「だって、虫がいるんだものぉ~~」だって(笑)。

虫のためにキャンプ取りやめだよ(笑)。

その後は、スキーや山歩きに行ったときなど、車中泊することに使うことが多かった。

 


さて、このデリカスターワゴンだが、車体が重くてハンドリングもだるい。

4WDだからしかたがないが、とにかくオモイ! 

その上、数か月経って、ハンドルをいっぱいに切ったとき、フアンベルトのギャンギャンいう軋み音が出るようになった。

これは何度修理に出しても、すぐに鳴り始めて、しまいには諦める。

最悪なのが、キャブレターのバルブを開閉するのに、この時代はワイアで引っ張ったり戻したりして、燃料の出を調節していた。

(今では考えられんことだが(笑))。

このデリカ、燃料バブルの開け閉めのワイアの取り付け部分がときどき外れるのだ。

山道で外れたとき、アクセルをいくら踏んでも、車が動かない。

仕方なく、運転席の座席をはねあげて、ワイア取り付け部分の外れたところを、くっつける。

簡単に挿み込んで修正できる。

ということは、すぐに外れる。

ものすごいズサンな設計となっている。もう、呆れたを通り越したいい加減さ。

アクセル動作が不能になる・・・・・信じられないバカ車!!!


このときから、数年後、三菱自動車の最悪のリコール問題が起ったが、この時、すでにこの兆候があったのだ(笑)。


ワシは当時、このアクセルトラブルとファンベルトの軋み音から、三菱自動車生産部門の頽廃が感じられた。

このあと、
ニッサン・ブルーバードSSS・アテ―サリミテッドを購入した。

このSSSは最高の車だった。

ただし、雨に強い車だっただけに、一歩間違うと、大スリップを起こし、死に至るかも、という意味で、オソロシイ車であった(笑)。
 
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その7、懐かしくも昔の車はオソロシかった。 ポルシェ911が雨降りに乗れない車であることが判明。

その7、懐かしくも昔の車はオソロシかった。

ポルシェ911が雨降りに乗れない車であることが判明。

 

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ボクスタ―


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ケイマン



ポルシェ911が雨降りに乗れない車であることが判明。

ウエット路面でスリップを起し、危うく死ぬところだった。

ワシは2週間もしない内に、売り払ってしまった。

ポルシェディーラーで売るときに、すこし強い口調で聞いてみた。


「もう、オタクから買うことはないよ。これで、お別れだから、本当のことを聞かせてよ」


「なにをですか?」


何年も懇意にしていたディーラーの人だったので、ざっくばらんに聞いてみた。


「ワシな、雨の日の次の日、裏手の駐車場にベコベコに凹んだ事故車が3~5台も並んでいたのを、

これまで何回も目撃していたんだが、あれでしょ、

やっぱ、911は雨に弱い車なんでしょ?

正直に言っちゃってよ」


「いやあ、成田さんだから言いますけど、あれは雨に乗る車ではないです。危険過ぎます。」


「そうでしょ。だって道路路面は轍もあり、コールタールの補修面もあり、ドライでも危険なのに、

ましてや、その上にウエットでは、とてもじゃないけど走れませんよ。ワシも死に損なって、もうポルシェは止めたんですから」


まあ、ワシの口調に押されて、しぶしぶ、白状したのだが、

それにしても、こんな危険な車を延々と販売しているポルシェ。

なんだかなぁ・・・・。

911の伝説が強力だったがために、911は売れて、ポルシェ社はやむなく生産し続けたのだ。

ワシ、本当に命を落とすところだったんだよ。

ただし、911の性能に関しては、文句なく秀逸である。

そこで、「ただし」が付く。

つまり、雨でない、ウエットでない、晴れた乾燥したドライの日に乗る限りにおいては最高に楽しいくるまである。

 


その後、ポルシェはエンジンを中央にマウントするミッドシップエンジンのボクスタ―に力を入れ始める。

ボクスタ―はどんどん、性能アップしていった。

しかも、フロントマスクは911と同じだ。前から見たら、911だかボクスタ―だかわからない。

ポルシェ社は911の危険性に気付いていたことが、ミッドシップ車にウエイトを置き始めたことで丸見えとなった(笑)。

最近のボクスタ―Sは最高出力は315PS、最大トルクは360Nmにもなっていて、もう、911にほとんど肉薄している。

また、横滑り防止の
ポルシェ・アクティブサスペンション・マネージメントシステム(PASM)が装着されているので安心だ。

911にも
PASMがあるが、なんせ、RR。尻が重いのは致命的に危険。


ワシが今度、ポルシェに乗るとしたら、ボクスタ―だ。

事実、かっての「ポルシェ使い」達はほとんど、MRミッドシップリアドライブのボクスタ―に乗り換えている。

 


911はいずれ消えるとワシは予想している。

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その6、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ポルシェ911・993(93~98年)

その6、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ポルシェ911・993(93~98年)

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ポルシェ911・964(89~93年)に飽きたワシは、イギリスのモンスターカ―・TVRグリフィスを購入。

これについては、すでに書いたので、今日は、このグリフイスの後の車を書いてみょうと思います。

このグリフィスの後、ワシは、ポルシェ911を再び購入して乗った。

なぜかというと、格段に進化していたからだ。

馬力も3.6Lで285馬力。
「ティプトロニックS」では、シフトレバーに加えてステアリング上のパドルシフトでの変速操作ができるようになっていた。

しかし、このパドルシフト、ワシはほとんど使っていない、こんなもんイラン(笑)。


キビキビと走れる車に変身していた。

これならいいやと思って走らせてみると、ショックアブソーバが異常にカタイ。  ガタガタガタと路面の凹凸を拾う。

乗り心地は極めて悪い。これだけの高性能車、仕方がないのかと思い、

そのかわり、カーブなどで踏ん張りがきくんだろうと、この走りを楽しんでいた。

911はタイヤ幅が前輪と後輪ではかなりの差があるため、轍のあるような高速道路では、ものすごく危険な車に早変わりする。

前輪の落ち込んでいる凹みレーンと、後輪の落ち込んでいる凹みレーンが食い違うため、

轍のある道路での走行は危険極まりない走りになる。

普通のタイヤ、前輪後輪同じタイヤ幅であれば、轍の凹みを前輪も後輪も同じレーンとして走るから、何ら問題ない。

ポルシェの場合は、レーンが前後で違うから、特に雨降りのウエットでは、

とてもじゃないが、時速100キロがやっとで、時速80キロなら、なんとか走れるという状態になる。

ウエットでカローラが120キロですいすい追い抜いていく。

ワシは80キロ(笑)。

実はポルシェ911とは、雨降りに乗れない車なのだ。

どんな車でもタイヤ幅が前後違う車は、雨に乗るのは最高に危険なのである。


それに加えて、轍だけではなく、路面をコールタールで補修してあるところを走る時も、ウエット路面では、ポルシェ911独特の挙動が出てくる。

遠くから見たら、コールタール補修面は、黒い無数の蛇がうねっているように見える。

そんなふうに見えますよね。

しかも、コールタールの表面はテカテカに光り、ツルツル状態。

この上を、ウエットのとき、911が走るとどうなると思います? 

なんと、例え直線コースでも、お尻を左右に振るのですよ。

不思議な挙動を示すのだ。

この挙動は実は、BMWのZ8にも現れた。これについては後に書きます。

それと、ポルシェは後輪のサスがブラブラになっている。これが、さらに、尻振りに関係していると思われる。

と言っても、解らないと思われますが、

ポルシェは急ハンドルを切ると、ボディがすぐに向きを変えるのではなく、ワンテンポ遅れて向きが変わるようになっているのだ。

つまり、ピ―キ―(敏感)過ぎると、後輪がスリップする。

それを避けるために、ワザとヌラ~ツと方向転換するように設定されている。

カクッと曲がるとスリップのきっかけをつくってしまうから、ヌラ~ツとしているのである。


このような、設定にせざるを得なかったのは、911はエンジンが後部にあって、尻が重たいから(RRリアエンジンリアドライブ)、ポルシェの技術者はやむなく、この設定にしたというわけ。

 


こんなリスクがある911をワシは、高崎から碓井峠に向けた長野自動車道の緩やかなカーブ、雨上がりのウエット路面を110キロあたりで走っていた。

カーブのコールタールのに乗ったとたんRR車はスリップ。もう、いったんスリップしてしまったら重たいリアエンジン。

ブレーキを踏みながら運を天に任せるしかない。

幸いにして後続車もなく、なんとか、ガードレール寸前で止まったが、冷や汗が出て、生きた心地がしない。

心底、この車の恐ろしさを知ったワシは、この日から2週間後にこの911を売っぱらってしまった。

 


ちなみに、この993、後輪のタイヤの減りは何キロで交換だと思いますか?

ナント4000キロでワシは交換していた。
すぐに擦り減ってしまうのだ。

ディーラー曰く、

「ポルシェのタイヤは消しゴムを路面に押しつけながら走っていると思ってください。

4000キロを超えて走ると雨の日はスリップしますよ」。

タイヤ後輪1本、当時確か8万円だった。


ポルシェをこれまで3台乗り継いで来たが、これで、ワシはポルシェと完全にオサラバした。


断っておきますが、このポルシェ911、とんでもなく高性能車で、よく出来ている車だとは思います。

ただしが付きます。

路面が平らで乾燥しているところでは無敵です。

雨降りではカローラに負けます。

結論、911は雨の日に乗るマシーンではない。

 


ポルシェでもミッドシップエンジン(MR)のボクスターあるいはケイマンをチョイスすることを、ワシはお奨めします。

というか、911があまりにも人気があるため、ポルシェ社は仕方がなく造っているのだ。

いずれ、911は無くなって、ボクスター、ケイマン、カイエンにシフトして行くものと思う。

 

 
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その5、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ポルシェ911・964

その5、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ポルシェ911・964

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ポルシェ911・930(74~89年)は、この時まで、一台一台、手造りだった。

964になって、いわゆる生産ラインに載って造られるようになる。

1989
にデビューした964型は、930のデザインを踏襲した外観だが、なんと80%ものパーツを新製する。

ということは、今までの職人による、伝統的ポルシェがこの時点で消えたことになる。

新開発車といってもいい車体なのだ。

 


確かに、930は機械の感じが・・・手造り感があって、特に、ギアからシフトレバーは操作感が機械の素朴な感覚が伝わってきていた。

しかし、その分、故障が多かった。

大抵、ギアとシフトの故障が多かったと聞く。

なんせ、半クラッチで400メートル走ると、クラッチバンが壊れてしまうのだ。

極端にクラッチ盤の重量を削っていたので、薄っぺらく、すぐに壊れるのだ。

こんなに繊細なのかと当時ワシ驚いた。

なんの事はない、それほど技術が進歩していなかったのだ。

国産車で、400で壊れる車はなかった。
半クラ400でぶっ壊れる!!!笑っちゃうでしょ(笑)。

 


964になって、やっと、ABSがつく(笑)。トラクションコントロールは相変わらずなし。

不用意に踏み込むと後輪が空転しスリップする。

この、964は故障がなかった。

しかし、なんか、面白くないのだ。
930のようにリスキーでなくなったからか、ワシがポルシェに慣れてしまったからか。

ある日、長野県の温泉に人妻とドライブした時のこと、色が紺色だったせいもあるが、

人妻がこの車をポルシェだとは知らず、
「先生、この車、ディーゼル車なの?」

と聞かれて、ワシ、アングリ。

空冷エンジンだから、やたらとうるさい。女性から見たら、ただの小さな安っぽい音を出す小型車なのだ。

すこし、この964はズングリとしていて、それほどカッコイイわけではなかった。

その点、930は後ろに特徴的な大きな固定リアスポイラ―ウイングが付いていた。

その羽が「速い車ぜよ」と、アピールしていたから目立っていたのだ。

964はスポイラ―が電動格納式になっていて、時速80キロになると、せり出してくるタイプ。

とにかく、オソロシクなんの魅力もないポルシェだった(笑)。


ワシは2年後、もっとモンスター的な車、イギリスのTVRグリフィスに乗り換えることにした。

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その4、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ポルシェ911・930

その4、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ポルシェ911・930

 

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ブルーバードSSSアテ―サは、大のお気に入りだから、そのまま乗ることにした。

途中で、例のワシの漫画「テレクラの秘密」が当たったので。漫画収入が突然増えた。

ワシは憧れであったポルシェ911・930
 ボア×ストロークφ95mm×74.4mm、圧縮比10.3、排気量3,164ccエンジン。225PS/5,900rpm27.3kgm/4,800rpm


いわゆるビッグバンパーと言われるやつだ。これをすぐに購入した。空冷なのである。空冷だよ!

水平対向エンジンで、車体の後ろにエンジンが載っかっている。

もう気が狂ったみたいに、乗った。優越感でいっぱい。なんたって天下のポルシェ。人は振り向く、気分はいい。

仕事が終わったら、関越なら高崎あたりまで、東北なら宇都宮まで、深夜、ただ走るだけで行った。

どこかのドライブインでコーヒーを飲んで帰るだけ。

途中走り屋がいたら、仲良くドライブ。

ワシが43歳ころだ。

その頃、ワシはよくテレビにも出ていた。テレクラ漫画家としてイレブンPMとかトゥナイトなどにだ。
ワシはイレブン大賞も貰ったことがある(笑)。

大阪の読売テレビ局なんかには東京からポルシェで行ったものだ。

ついには、九州にもこれで行った。

帰りは元旦の早朝5時に九州唐津からウチの女房とふたりで猛烈にスピードを出して、東京に8時間で帰った。

オービスもなく、覆面パトカーも元旦なのでいない。走り放題。

そんなヤンチャクレ野郎だったのだ。

 

そんなポルシェが、なんと、故障した。クラッチが壊れた。35万円かかった。

大きな故障はそれだけだったが、地方に行っていたとき、突然ストップ。
エンジン点火系統がダメになった。

変わったところでは、ネズミが空気取り入れ口に入り、その死体が腐り、猛烈な異臭がする。

異臭を取るのにエンジンを外して清掃する。

フアンベルトが切れる。その他、もう忘れたが、細かな故障があった。


この、930はABSもトラクションコントロールもない。

ある意味、超危険な車だったのだ。

このころ、よく言われていたのが

「ポルシェ乗りでなければ、このマシーンは操れない」と。 

ワシはポルシェディーラー主催のポルシェドライブ走行会に行って、ポルシェの限界やウエット走行など、徹底的にマスターした。

なので、公道でも、なんとか事故を起こすことなくやっていけたが、普通のドライバーでは走れないマシ―ンだ。

サ―キッドでテクを磨き、国内A級ライセンスを取得した。


この、ポルシェで群を抜いてすごいところは、200キロのスピードで走っていても、吸いつくように走り、安心感が持てる。

200キロで思い切りフルブレーキをかけても、まったくブレず、安定して止まる。

100キロでブレーキかけたら、3秒で止まるのだ。


対して、最悪なのは、いったん横滑りを始めたら、もう、ハンドル操作はムリ。天にまかせるしかないという恐ろしい車・RR(リアエンジンリアドライブ)車なのだ。

なので、雨降りではこの車は、事実上100キロ以上は出せない車なのである。

なぜかというと、高速道路に轍があって、へこんでいたら、ポルシェのタイヤは前と後のタイヤ幅が極端に違うから、

轍に入ると、前輪の轍レーンと後輪の轍レーンが異なるから、いつも、フラフラと滑りながら走ることになり、猛烈に危険な走行となる。

こう言ったことは、世間には知られていない。

雨が降った次の日、ポルシェショップにいくと、裏手の駐車場に、必ず、事故にあったポルシェが数台置かれている(笑)。

コレほんとの事実。知らぬはポルシェの危険を知らないポルシェオーナー。

 

ポルシェに関しては、山ほど書くことがある。


次回はもっとすごいポルシェの危険について書きますよ。

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その3、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ブルーバードU12 SSSアテ―サリミテッド

その3、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ブルーバードU12 SSSアテ―サリミテッド

 

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ブルーバードU12 SSSアテ―サリミテッド


スカイライン2000GT・ターボの後に乗ったのがブルーバードU12 SSSアテ―サリミテッド。

1800CC
175ps/6400rpm23.0kgm/4000rpm。インタークーラー・ターボ、フルタイム4WD、4WS。

STC(スーパー・ト―・コントロールサス=後輪の応力によりト―を変化させる)。

室内からショックアブソーバの減衰圧調整ができるフットセレクター。

当時かなり高価な¥
2,845,000

ゼロヨンは14秒台前半だったような。

 


この車、速くて安全でカッコいいという、ワシの当時のお気に入りだった。


でも、フルタイムで4WDなので、かなりムチャをした車だ。


この車の他の車にないスペックは、STC(
スーパー・ト―・コントロールサス)だ。

これは、後輪に、カーブを曲がるときの横向きの遠心力がかかると、その力加減によって、後輪が、なんと、ハンドルを切った同じ向きに動くのだ。

後輪が前輪のように向きを変えるのだ。
オーバーにいうと、尻を振ることがなく車体が向きを変える。スライドする感覚。


高速で急ハンドルを切っても、尻の振りを少なくしてくれてスムーズに曲がれる。



フルタイム4WD・4WS、それにSTC。これは雨にめっぽう強いことを指す。


ある日、首都高で、クラウンアスリートとバトルになってしまった。

後ろからワシを執拗に煽ってくる。カーブではこちらが有利。

しかし、直線ではどんどん追いついてくる。こうなると、車の性能ではなくて、どれだけ危険な走行をできるかだけの度胸試しみたいになってくる。

しかし、ワシの後ろをピタッと張り付いてくる。

トンネルに入り、環状線から右に中央高速に入るところが近ずいてくる。

ワシは、枝分かれしている右高速にレーンに沿って入るのではなく、ギリギリのところまで近ずいて、急ハンドルを切って、中央高速向けの道路に入っていった。

敵は、右に切るにも危なくて切り様がない。

ここで、バトルは終了した。

勘違いしてほしくないのだが、ワシは自ら、他車にバトルをしかけたことはない。

暴走したとしても競走である。

車に熱を上げる当時の若者は、ワシもそうだが、やんちゃくれがいっぱいいた。

今の若者は、なんだか大人しい。

暴走はもちろん、重大な違反だけどね。ワシも若気の至りで・・・と、言いわけをするジジイ(笑)。

 


ある日の関越自動車道、雨の夜、東京に向かう途中、BMWの5リッターカーがワシの後ろに、ぴたりと張り付いて煽ってくる。

ワシはニタリと笑って、「ワシの車についてこれるかなぁ~」とアクセルを踏んだ。

雨のウエット道路。120、140、 150、さすがにBMWの高級車、しっかりと、ついてくる。

160、170、まだついてくる。

ワシもビビってくる。

今は直線コースだ。カーブがきたら、140くらいまで落とすつもりでいた。

175、ついにBMWはビビったらしく、諦めた。

なぜか、聞えるわけがないのに

「あなた、もう、やめときなさいよ。相手は命知らずの男だよ」

助手席の女が運転する男にこう言っていた。

実は、ワシの頭の中ではそう想像したのだ(笑)。

 


こんなことがあったりして、ワシはこの車の性能に有頂天になっていた。

ところが、また、ある日、雨の日、高速で140キロほど出しているとき、カーブで、ズルッと横滑りした。

このズルッがなんとも嫌な感触だった。

別にそれでスリップして事故を起こしてはいないけれど、直感で、このまま、この車で遊んでいたら、いつかは死んでしまうなと思い、それ以来、大人しく走ることにした。

しかし、いい車だった。

雪道なんか、すいすい走るしね。


 
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その2、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ニッサン・スカイラインGT・C210&GT-E/S ターボ。

その2、懐かしくも昔の車はオソロシかった。ニッサン・スカイラインGT・C210&GT-E/S ターボ。

 

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カペラの後に載ったのが、憧れのスカイラインGT。1977年だ。


この車は、排気ガス規制に引っ掛かって、哀れなほど馬力がなかった。

この時期は他の車も似たり寄ったり。

しかも、車重が重く、憧れのスカイラインGTだが、まったくのトロイ車。

なんだか、剛性とかバランスがひどく、この車をきびきびと走らせることは、ムリ。

まあ、スカイラインのシリーズで最低の車といってもいい。


1980年、排気ガス規制で削がれた出力をターボでなんとかしようと、ターボ車が出た。

ワシは嬉しくなって、すぐに乗り換えた。

1980年のスカイライン2000GT-E・Sターボだ。

しかし、これが、輪をかけてだるい車だった。

確かに馬力が115から145にアップされたが、いわゆるドッカンターボ。

ターボがかかると突然加速がかかるという危険極まりないエンジン。

突如、トルクが発生するから、雨降りで、カーブを回っているときに、ターボがかかると、スリップする。

極めて運転しずらい車だった。

馬力あげりゃいいってもんじゃないだろ!!と、叫びたくなった最低の車。


重量は重く、ボディバランスも最低。

ウチの女房もこの車を運転していたが、このターボ車で、危うく命を落としかけた。

女友達とドライブに行ったとき、いつものように、山道の広めの道路のカーブを走っていたとき、突如加速して、ガードレール寸前で、なんとか回り切ったが、崖に落ちるところだった。

おそらく、回り切れなかったら、女房は死んでいただろう。

女房は、運転はうまいほうなんだが。


といったかんじで、この車も、恐ろしい車であった。

ワシだって、例えば雨降りにカーブ切っていた時、ターボがかかると焦ってしまうだろう。

こんな運転しづらい車は後にも先にもない。ニッサン、地に落ちたと思ったね。


よって、後継車が出ても、スカイラインそのものとワシはオサラバした(笑)。

 

 
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その1、懐かしくも昔の車はオソロシかった。マツダ・ロータリー・カペラ

その1、懐かしくも昔の車はオソロシかった。マツダ・ロータリー・カペラ


いまでこそ、車は完成の域に達しているけれど、昔、発展途上の車は、どの車もオッソロシかった(笑)。


まず、車の構造がただ構成製造すればいいという代物だった。

剛性がない。サスペンション、ダンパーも貧弱そのもの。

言わばグニャグニャ。

ホンダのN360
なんて、カーブで突然、蛇行した。多くの若者がそれで死んだ。

ホンダに限らず、他の車も似たりよったり、ワシもマツダのキャロルで東北松島に行った帰り、

雨降りの日に居眠りをして、気がついて急ブレーキ急ハンドルを切ったら、

時速60キロで、修正しようにも蛇行が止まらず、田んぼの中にもんどり打って、逆さまになって停まった(笑)。

気が付いたら世界が逆さまになっていた。後続のトラックの運ちゃんがバラバラと5人ほどやってきて、

みんなで逆さまのキャロルを元に戻し、かかえて、道路にあげてくれた。

幸いエンジン、足回りは大丈夫だったので、天井はさすがにベコベコだったが、そのまま運転して我が家に帰った(笑)。

川に落ちたら、死んでいた。いまでもゾッとする。

トラックの運ちゃん、ありがとうごさいました。もう、50年ほど前のことですが。

今考えると、
ABSなし、バネはグニャグニャ、剛性もなし、あんな小さな車に大人4人は当時のスペックでは無理。

なんせ、いったん、滑ったら、ロール、揺り戻しが激しく、よほどのテクニシャンでなければ、蛇行をストップさせることは無理。

まー、しかし、居眠り運転したワシが事故の原因だけどね。

この体験でその後、ワシはちょっとでも眠たくなったら、すぐに車の中で寝ることにしている。


ワシはマツダ系を乗り継いできたけれど、ドラムブレーキから前輪だけ(だけ)ディスクブレーキになったとき、

ブレーキアシストもないから、恐ろしくブレーキが利かなかった時期がある。  他社も同じ。

なんと、自分の踏力だけでブレーキングしていたんだよ!

信じられる?

それから、だいぶ経ってから、
ABSもブレーキアシストも付いたけどね。



走り屋だったワシは、当時の人気エンジン、ロータリーエンジン搭載のマツダカペラに乗った。

コレがひどい車で(当時はみんなそうだが)、剛性ダメ、サスペンションダメ。

どのくらいサスペンションがダメかというと、カーブを、ブレーキを強く踏み込みながら回ると、つんのめり、モロでんぐり返る(笑)。

普通はそういう場合、横滑りするのだが、こいつはでんぐり返る。つまり逆さまになる。

ワシも危うく、そうなりそうになったことがある。

笑っちゃうのが、ワシの仕事場の近くの緩やかな坂道の交差点で、このマツダカペラが逆さまにひっくり返っているところを見た。

「あーーあ、やっぱりなぁ――」と思ったね。



ある日、高速道路を走っている時、斜め前の車が急にワシの車線にカーブを切った。

ワシ、急ブレーキ。

その時、ロックがかかり、車がなんとも言えない「ドシッ!」という、軋んだ音がした。

ぶつかったわけではない。危機を回避して、何事もなく走行していると、

フロントガラスの助手席側の左下に3センチほどのヒビがあった。

んん?なんで? 

そのときは、なんかが、石でも飛んできて、ひび割れしたんだろうと思っていたら、なんと、そのひび割れ、成長している。

だんだん、ひび割れが伸びて、ついには20センチほどになった。


車屋で見てもらったら、

「それは、ロックがかかった時、車体が捩じれて、フロントガラスに負荷がかかり亀裂が生じたのだと、まあ、よくあることですよ」――ーだって!!!


「なにィ、捩じれる?? 」

この時、ワシはクルマにはボディ剛性なるものがあると知った。

当時でも、ドイツ車はこのボディ剛性を考えて作ってあるのだとこの時これも知った。

 


この「懐かしくも昔の車はオソロシかった。」を次回からアップして行きましょうかね。

 
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野性の鹿を見れるぞ!

野性の鹿を見れるぞ!



もし、あなたが野性の鹿を観たいと思ったら、日光鬼怒川から塩原に抜ける「日塩紅葉ライン」に行かれるといい。


ただ、昼間もたまにいるが、圧倒的に夜のほうがたくさん目撃できる。

深夜10時ごろから夜中の3時ころまで、紅葉ラインを走ると、だいたい、20頭から40頭くらい遭遇する。

走りながら前方を見ていると、道路の脇に、目をキラキラさせながら、1~4頭くらいの頭数で立っている。

近寄っても逃げない鹿もいて、ライトの光の中で野性の鹿がすっくと立っている様は感動的だ。

距離は29キロ、車で43分かかる。

ただし、鹿を見つけるにはコツがある。

ぼんやりと前方を見て走っていたら、たぶん10頭から20頭くらいしか会わないだろう。

速度は30キロくらいで、前方、左右をしっかりと注意深く見ていかなければならない。

クマザサの中に頭だけ出していたり、じっと動かず1頭だけいた場合、まるで木が突っ立っているようにも見えて、見過ごしてしまう。

たまに、狐や狸やオコジョもいるが、はるかに鹿のほうが多い。


ワシは温泉に行く時、深夜、地方の深山を走ることが多いが、こんなに鹿に遭遇できるところは、日本で一番だと思う。今までの経験では、ここの「日塩紅葉ライン」が群を抜いて多い。

圧倒的といってもいい。

個体数が半端なく多いとワシは確信している。

あまりにも感動して往復したこともある。

往復すると40頭から50頭くらいは見れる。

ゆっくり走るから往復で2時間かかる。

 

この「日塩もみじライン」を、「日塩ナイトシカライン」と命名してほしいくらいだ。


ワシ、ここは、わざと深夜走るが、ワシみたいにシカを観るために、ここを訪れる人はいない。

やっぱ、ワシ、変わっとんのかねぇ(笑)。


 
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プロフィール

  成田アキラのツイッター
スケベ漫画家成田アキラでございます。 もともと子供向けの科学漫画を描いていたワシが、テレクラ(テレフォンクラブ)にハマり込み、会った女性との艶事を漫画に描いたら、これが大ヒット。根がスケベだったせいもありエッチ体験漫画を以来延々と描き続けることになった。 女と車と温泉、この三点セットでのめり込んでいく。女との体験を重ねるにつれ、必然的に性のテクニックも上達し、ハウツーセックスものも手がけていくことになる。 ご存知「V筋攻め」なる必殺技も編み出した。 1945年生まれの現在74歳。まだナニも現役のバリバリ(笑) ワシのことは当ブログで、すべて出ています。末永いお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。
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人はエッチ大好き、スケベである。これを共通認識・基盤として、ワシは様々な情報発信、活動をしていきたい。これをもって、世界平和を実現できればとの夢を描いています。
日本スケベ党総裁 成田アキラ





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