~ぶっけんのブログ~

釈迦の解明した最後の遺産「法華経」の解説を加えた解読をします。

出世のすすめ、善い人間も悪い人間も世界平和の達成

仏教
善い人間も悪い人間も出世さえすれば世の中のためになるのです。
世のため人のためになるのは出世を果たせた後の結果に因るものです。
お釈迦様は先ず自分自身のために出世を目指すことを指導しています。
それは、最初から心掛けて世のため人のためになろうと意気込んで目指す者こそいつまでも出世が出来ていないためです。
なぜかといえば、正直に世の中や他人のことは自分自身の事より難しくて当前なのであり、当初から必ず慎重にならざるを得ないからです。
...

そして、それはすでに先に出世している者の影響力にあやかることと同じであり、出世を目指す自分自身にとっては躊躇の始まりだからです。

だから、お釈迦様はそのような余計なことを菩薩には教えないのです。
出世を目指すことはお国の為なのではなく、
自分自身の為なのであることを思い立つ、最も手っとり早さが必要なのです。
そして、仏教で一番大事に考えられている慎重度の必要性すらもすべて自分自身の為なのです。

自分自身の為に思い付く、それが仏教なのです。
だから、他人へ教えてあげることは最も自分自身の為になるという大宇宙の真実こそが教えです。
 
ぶっけんの法華経済ぴらみっど

準備が整っているかは問題ではない【随喜功徳品】

意味が何も理解できなくても正しい教えの場とだけわかっている所へ行くだけで徳を得ることができる。
意味が解からない時だからこそ、その徳に対する大きな喜びを新鮮に実感することができる。
お釈迦様はそのように意味がまだ理解ができない喜びこそが最大な幸福であると教えています。
 
意味を理解した後に行動するだけがチャンス到来ではありませんね!
 
(ぶっけん 成安田)
第7-18日 Vol.186  身を轉じて生れん所には 【隨喜功徳品第十八】(三十五~四十行)

ミサンガのように

【ミサンガのように】

宗教組織という一種の法人格を釈迦はどう思っていたでしょう?
仏教など宗教のすべてはそもそも一人一人の心掛けを成長させるものであり、その組織存続は二の次の想定、或いはダミー的な維持が組織、つまり法人なのだと思えます

その釈迦族の組織(サンガ)の代表的な大弟子の一人であった舎利弗が釈迦よりも早く死去することになった時の釈迦の嘆きの激しさはどのようのものだったでしょう?
舎利弗こそ組織維持への忠誠と自分自身の個人的存在との間の境地に苦しみ抜いた一途の弟子だったからでしょう

舎利弗はかなり独りよがりになっている状態を釈迦に鋭く指摘されていたようですが、釈迦はその舎利弗の真剣さを貫こうとする姿勢を本当に信じ続けてあげたのです

ミサンガという手首に巻き付けるビーズ玉を組み合わせたお守りは、それが自然と切れると願い事が敵うといわれているらしいですね
きっと仏教組織(サンガ)もこのミサンガのように微妙な繫がりであることをお釈迦様は願っていたはずと思うのです

(ぶっけん成安田)

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