なりゆき通信

東京なりゆき通信 は このページに引っ越しました。   引き続きよろしくお願いします。

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サーティーワン

 高校のクラスが31HRだったことから、その有志が「サーティーワン」と称してちょくちょく集まっております。お盆は帰省の仲間も見込んで17日に開催。昨年は結構集まったのですが、今回はやや少なく、東京のM君のほかは地元のいつものメンバー(レギュラーメンバーのWちゃん、O君は都合があって欠席、残念!)。会場は前回に続き、かくみ小路の「ふじや」さまです。


 J君が仕事で少々遅れるということで、幹事のI君、T君、M君、Fちゃん、Mちゃんと私で取り敢えず生ビールで乾杯。まめに集まっているというのに、よくもまぁ、毎回、毎回、高校時代の話で盛り上がれるものと、われながら感心してしまいます。酔う前に写真を撮ろうとスマホを向けると「お腹出てない?」「顔が大きいから遠近法を使って少し下がるぞ」「遠近法でもたいして変わらないよ」とか、わいわいがやがや。そうこうしているうちにJ君も合流です。

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 みんなで話をして思うのは、人の記憶とは意外と適当だなということです。自分のいいように記憶がかたどられていて、58、59歳になって初めて「そうだったんだ」と思うことが多いです。例えばJ君が高校卒業から2年ほど行方知れずだったという「J君謎の2年」伝説は、実は卒業すぐの夏の会合に、J君が出席している写真が見つかり、そうではなかったということが最近判明ーなどという具合にです。


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 宴会は生ビールからワイン、日本酒「じょっぱり」「ハイボール」に移行。ふじやさまのおいしい料理を食しながら、それぞれの近況と60歳以降どうするかという話まで話題が尽きることなく、宴会が進みました。



 2次会は、今回、T君の紹介でスナックMへ。高校1個上のMさんがやっているお店。金曜の夜とあってなかなかのにぎわい。T君の中学校の同級生らもおりましたが、われらサーティーワンは臆せずカラオケタイムに突入。風の「ささやかなこの人生」で口火を切り、J君が陽水の「桜三月散歩道」、M君が西城秀樹シリーズを熱唱するなど盛り上がりました。それにしても千春が得意なJ君がまさか陽水を、しかも、あんなにもうまく、歌うとは。新しい発見でした。恐るべしJ君。そのJ君は翌日から奥さまと奥州(欧州ではありません)旅行に出るということで、ひとあし先に戦線離脱。



 しかし、われらサーティーワンはまだまだ宵の口。お次はなじみのスナックSへ。そこでワインなど飲みながらわいわいがやがや。ここでは風の「あいつ」で口火。「あいつ」と言えば、気が付けば、あいつ、そうT君がおりません。中学校同級生と盛り上がり、Mに残った、というか、置いてきた、というか。でも、そんなことはお構いなしにカラオケタイムは続いたのです。

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 I君の「かぐや姫メドレー」などで盛り上がっていると、 時計が午前零時を回り、女子2人が帰ることに。今回はFちゃんが紅一点という状況でしたが、直前になってMちゃんが参加してくれたのでした。高校のマドンナたちはいまなお私たちのマドンナです。ありがとう、Fちゃん、Mちゃん。



 残ったI君、M君、私の3人も解散と思いきや、幹事の労をねぎらい、東京からこの会合のためにだけに帰省したM君に感謝をこめ、しめの「もう1軒」ということになり、これまたなじみのスナックHへ。最後は時間も忘れ、飲んで、歌ってまいりました。

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 ちなみにT君は、私たちが帰って間もなくSへ行ったそうです。すれ違いになってしまいましたが、さすが、律儀なT君です。

 翌日、J君からは「平泉着いたよ」とLINE。奥さま思いに頭が下がります。残念ながら欠席となったO君からも、ようやく最近使うようになったLINEで「出たかった~」。

 いやぁ、今回も楽しい会合でした。次はいつになるのか。I幹事、またよろしくお願いしますね。

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諏訪堂の夜

 東京でいろいろお世話になったT子さんが古里の田舎館に帰省し、先日、「良かったら来ませんか」と宵宮のBBQにお招きを受けました。ちょうど、妻が上京しており、私としては子どもたちにご飯を作る主夫の役目があったのですが、お言葉に甘え、娘とともに参加させていただきました。


 T子さんは田舎館村諏訪堂の出身。うちの母親も同じ諏訪堂とあって、東京では「同郷のよしみ」で親しくさせていただきました。幼少の頃、母親が里帰りした時に何度か諏訪堂の稲荷神社の宵宮に出掛けた記憶があるのですが、もうほとんど覚えていません。今回は、多分、およそ50年ぶりの宵宮でした。

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 かすかな記憶では、道路沿いの鳥居をくぐり、少ししたら右に入る。そこからいくつもの朱色の鳥居があり、奥に鎮守の杜がある、という思い出です。今回、記憶をたどって娘を案内していると、昔々の思い出が徐々によみがえってきました。朱色の鳥居は色あせていましたが、その趣きある風情に娘も感激した様子。神社の境内には村の人たちが集まり、抽選会のようなイベントで盛り上がっていました。露店はなく、地元の人だけで楽しんでいるという、昔ながらの、宵宮らしい宵宮でした。



 散策を楽しんだあとはBBQ。T子さん手作りの料理が並び、おいしく味わっていると、T子さんの弟さんらが深浦沖で釣り上げたというマグロのお寿司がど~んとテーブルに上がりました。集まった全員が「うぉ~!」と感嘆の声。脂が乗って本当おいしいお寿司でした。アワビもあって、まさか、津軽平野のど真ん中にある諏訪堂でこんなおいしい海鮮を味わえるとは思いもしませんでした。

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  お肉もとてもおいしく、勧められてわさびを付けて食べるとさらにおいしさが増しました。ホルモンもすごく美味でした。お肉がなくなると追加、追加でお肉が出てきます。さすが、諏訪堂のT家です。

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 T子さん同様、東京でお世話になったUさんも駆け付け、キンキンに冷えたジョッキの生ビールで乾杯。初対面の人がほとんどでしたが、飲むごとに、食べるごとに会話が弾み、宴が進みました。 「東京ではよく飲みましたよね」とUさん。「本当、よく呑みましたね」と私。温厚で付き合いのいいUさんは二次会でもよく一緒になりました。およそ2年ぶりの再会でしたが、元気そうでしたよ。

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 T子さんには県人会関係の会合のほか、落語などにも誘っていただき、感謝しています。一緒の会合は笑いが絶えず、いつもみんなで大笑いしていたのを思い出します。

 今回も飲んで、笑って、本当、楽しい諏訪堂の夜でした。

 

 

洪水警報

 終戦記念日の15日。弘前は夕方、ものすごい雨となり、洪水警報が出されました。わが家も裏の側溝から水があふれ、庭に浸水。「この雨だったらやばいかも」とビビるほどの雨でした。


 この日は甲子園で光星の試合があるので、早めに買い物を済ませ、ついでにTSUTAYAに寄って…と用事を足していると、帰宅の途中で大雨に遭遇。車のワイパーが役に立たぬ大雨で、城東の道路はあちこちで水があふれ、かなりやばい雰囲気でした。

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 帰宅すると、すぐ近くの川があふれそうな危険な状態。テレビでは記録的短時間大雨情報が出され、弘前などに洪水警報が。自宅裏を通る側溝は川に注いでおりますが、その排水口は増量した川の水で隠れてしまい、行き場を失った側溝の水が庭に浸水するという事態に。浸水の量が次第に増え、冠水してしまうのかと本気で心配になりました。弘前に住んで20年ぐらいになりますが、初めての出来事でした。

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 とはいっても何もすることができず、ただ呆然と見ているだけ。このままではまず物置が危ない、室外機は大丈夫か、と不安だけが募っていきます。とても甲子園どころではなかったのです。


 それでも激しい雨はしばらくしてやみ、すると庭の水もみるみる引いていったのでした。雨も短時間なら、心配も短時間で済み、取り敢えず良かった、良かった。

 さて野球は…と見ると、光星は龍谷大平安に大差のリードを許しておりました。本当は帰宅してシャワーを浴び、いとこからもらったエビスビールで優雅に観戦するはずだったのですが、雨に気をとられ、集中して応援できなかったのが、残念でした。


 

 


 
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