2026年04月01日

感謝!40年

スポーツナロは、おかげさまで本日

創業40周年を迎えました。



初広告

1986年、日本で初めての

軟式テニス専門店として歩みを始めました。 

当時のスポーツ店では、

軟式テニス用品は店の隅にわずかに並ぶ程度で、

用具選びは口コミが頼りの時代でした。

現場に立つ中で、

「競技人口の多い軟式テニスに、

安心して相談できる専門店がないのはなぜだろう」

と感じたことが、店づくりの原点です。

 

軟庭人が気軽に集い、話ができ、少し元気になって帰れる。

そんな居心地のいい場所を目指し、

通信販売やラケットの機械張り、

ポジション別ラケットの提案に取り組んできました。


創業時①


また、講習会も地元のチームから始まり、

全国各地へ、さらにご縁に導かれて

海外まで足を運ぶ機会をいただきました。 

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(2015 インド オーガランバード)


指導の現場からは、グリップ矯正パッド「グリピタ」や

自然な弾道でボール出しができる

「ショットマスター」も生まれました。

 

40年分の出会いに感謝しながら、

これからも軟庭人に寄り添い、

ソフトテニスのある人生を、

ともに歩んでいきたいと思います。

今後ともスポーツナロを

よろしくお願いいたします。

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(AI が作ってくれました Since1986 なんだけどね
それはご愛敬ということで・・・) 



 2026年4月1日


 ㈱スポーツナロ
皆呂充亮




naro34 at 00:00|Permalink

2026年03月25日

スポーツナロと私 その1


2026年4月1日

おかげさまで

当店は40周年を迎えます

40年という時間は、

私ひとりのものではなく、

当店や私やスタッフに

関わってくださった


みなさんの時間の

積み重ねだと思っています。

 

そこで、Facebookで

・スポーツナロと私

・ナロさんと私

・ソフトテニスと私


を募集しています
(まだ、続いています)

 
これまで届いたコメントを

何度かに分けて

ほぼ原文のまま

ご紹介します


★ ★ ★ ★

TSさん(36歳)

北海道伊達中学校→北海道伊達高等学校→北海道教育大学旭川校

 

スポーツナロと私

スポーツナロを利用させていただいたのは、

今から22年ほど前になります。


中学2年から始めたソフトテニスに夢中になり、

先に始めた子達に追いつこうと、

ボロボロの部室に誰にも読まれずに置いてあった

マガジンを練習の後に読み漁り、

そこでスポーツナロの存在を知りました。

 


スポーツナロから購入させていただいたものの中で、

特に思い出に残るものを3つお伝えさせていただきます。

 

1つ目は、ミズノの赤いトレーナーです。

高校に進学してもソフトテニスへの情熱は

収まることは無く、入部を決めました。



しかし、道具やユニフォーム、遠征費など、

今になっては両親に失礼だと思っているのですが、

好きなテニスのためには、かかるお金は自分で何とかしようと

アルバイトとの両立を決めました。



初めてのアルバイト代でナロさんのお店に

通販でウェアを買おうとしていると、

「兄ちゃんと弟には内緒だぞ」と、

父がミズノの赤いトレーナーを注文していいと言いました。


そのトレーナーはもはやボロボロですが、

今でも大会の時に着て行く僕の宝物です。

 

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2つ目は、大学時代に初めてスポーツナロを訪れた時の思い出です。


いざお店の前に立つと、試合前のように緊張しましたが(笑)

ナロさんがとても明るく迎えてくれました。

「えっ?北海道から来たの?それなら!」と、とても驚いた様子で、

ラケットケースを僕にくれました。



それからソフトテニス話をたくさんしてくれて、

帰り際に、「東京にも、北海道に負けないおいしいラーメン屋さんがあるよ!」

と近くのラーメン屋を教えていただきました。


すぐにその店に寄りました。


とても親切にしていただいた余韻と共に、

お腹よりも胸がいっぱいになった思い出です。

 

3つ目は、北海道苫小牧インターハイでの再会です。


ナロさんが苫小牧にやってくる!ということで、

大会を間近に控えていた僕はナロさんにガット張りをお願いに行きました。


沢山のガット張りでお忙しい中、

前に東京でお会いした時と同じように、

とても明るく親切に対応していただきました。



ガットを張っていただいたラケットで、

団体戦の決勝まで勝ち切ることができました。


ソフトテニス専門のお店。

それを始める情熱と、その火を燃やし続け40年になるその時間。

東京から遠く離れた北海道の僕にも、ナロさんのソフトテニス愛が

届いていることを伝えてさせていただきたいと思い、

メッセージを送らせていただきました。

これからもお身体大切に、皆さんに笑顔を届けてくださいね!

  

 

 ★ ★ ★ ★

H・Mさん(62歳)

 

当時の所属チーム:神奈川県平塚市

現在 新潟在住

  

 

創業40周年誠におめでとうございます!


スポーツナロさんが創業された昭和
6141日という日は、

実は私が社会人になった日でもあります。

私はすでに定年を迎えましたが、ナロさんは定年などなしに

現在もなお走り続けておられる、それは本当に凄いことだと思います。

 

ナロさんが「日本初の軟式テニス専門店」として

彗星のように登場される前は、

Wという、おそらく当時日本最大のテニスショップを利用していたのですが、

そこでの軟式テニス用品はどちらかというと

店内の隅っこのほうに置かれていて、売り場面積も小さく、

われわれ軟式プレーヤーは肩身の狭い思いをしていたのでした。

 

「軟式テニス専門店」という業態は、

おそらくそれまでいろんな人が考えたことは

あったのだろうと思いますが、

実現に至らなかったのはやはり採算が取れそうもない

ということだったのではないでしょうか。

そういうリスクの高い領域にあえて挑戦した

ナロさんの勇気と信念に心から敬服いたします。

 

最初のお店のことを私は今でも忘れられません。

注意していないと通り過ぎてしまいそうな狭い間口から、

とても狭く急な階段を下りていくと、

そこには軟式テニスのパラダイスが広がっていました。

決して広くはない店内でしたが、

いつもコーヒーなど淹れてくださり、

テニス談議に花が咲いて、

時間の経つのを忘れてしまうほどでした。


あのお店の感じがナロさんの原点だったのはないでしょうか。

現在の場所に移転されてからかなりの年月が経過したと思いますが、

あのときのすてきな雰囲気はおそらく

今でも失われていないことでしょう。

 

は売上にはほとんど貢献できませんでしたが、

それでもときどきラケット(カワサキニューナンバーワン=木製)の

特注をさせていただいたりしました。

同じ軟式出身者である家内との結婚式の二次会で配った記念品は、

紅白の軟式ボールに金文字で「寿」と入れたものでしたが、

こういうヘンなオーダーにも快く対応してくださいました。

 

当時特注させていただいたラケットは、

現在、鏡に作り替えて部屋に飾っています。(添付写真)



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現在のソフトテニス界は、

あの頃とは少し違った雰囲気になってきているようにも思いますが、

私はナロさんと共有した日々をこれからも

大切にしていきたいと思っています。

 

★ ★ ★ ★ 

                                          

S・Cさん(58歳)


当時の所属チーム:明治大学体同連

エピソード


1987
年、大学入学と同時に出会った「スポーツナロ」

地下店舗へ一歩足を踏み入れて以来、私の学生生活の軸のひとつでした。

練習・バイト以外はお店でビデオ観戦やテニス談議に耽り、

本当にお世話になりました(お陰で卒業はかなり危うくなりましたが……)。

当時はまだ希少だった試合映像を、

大会現場まで赴き撮影していただいたことは感謝に堪えません。

その貴重な記録は、今も私の宝物です。

オフシーズンに繰り広げた真剣勝負を含め、

尽きることのない思い出は、

私の青春の1ページとして鮮やかに刻まれています。


軟式テニス、そしてスポーツナロ。

それこそが、私の青春のすべてでした。

 

★ ★ ★ ★ 

Y・Dさん(54歳)

当時の所属、経歴

長崎南山高校→岡山商科大学




私が高校卒業する時に開業されました

スポーツナロ。


後輩がフルオーダーでシューズにラケットを注文したことを聞き

ラケット(エースコンポ)をオーダーしました。

チームは衝撃的な活躍をしましたが、

私は補欠兼応援団長でした。

彼らに追いつきたいという一心で

ラケットを注文した記憶があります。

当時は街場のスポーツ店には軟式テニスに写る道具

はなかなか扱っておらず悔しい思いをしました。

一部の人達しか手にできない道具を買うことができる、

使える可能性をスポーツナロはその垣根を壊してくれました。

それからしばらくして私は中学生の指導な携わることから

地元インターハイに関わることで

再びナロさんと出会うことになりました。

分け隔てなく声を掛けて下さる

ナロさんの人柄に惹かれ今日があります。

NO SOFTTENNIS,NO LIFE

その生き方情熱をこの40年燃やし続ける皆呂社長の姿勢

には頭が下がる思いです。

中学生の部活の社会体育化などまだまだ激動の時期ですが、

次世代にナロさんの情熱をリレーするまで

頑張って欲しいと願っております。

寺内勘太郎一家のオヤジさんのように

ソフトテニス界にまだまだ必要です。

今後とも相変わらぬ情熱を注いで下さい。

 

★ ★ ★ ★ 


ほぼ原文のままご紹介しましたが

ありがたいお言葉に

感激と恐縮の思いが交差しております

まだまだいただいておりますので

続きます。。。

まだ投稿を受け付けています

そこで、もしよろしければ

あなたの“物語”を教えてください。

 

・スポーツナロと私

・ナロさんと私

・ソフトテニスと私

どれかひとつでも、

ひと言でも構いません。

上手な文章でなくて大丈夫です。

そのままの言葉が、いちばん嬉しいです。

 

いただいた言葉は、

店内やSNSで紹介させていただくほか、

「ソフトテニスと私」のテーマについては

ソフトテニスマガジンのコラム

『ナロさんのソフトテニス ここがいいね』でも

ご紹介させていただく場合があります。

 

※コメントは内容を一部編集・抜粋のうえ掲載する場合があります。

 

【記入内容】

① お名前(掲載時はイニシャルにします)

②年齢(任意)

② 当時の所属チーム(任意)

③ エピソード

⑤ その他(任意)

よろしくお願いします。

 

投稿はこちらからお願いします

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2026年03月24日

スポーツナロと私 その2

 

H・Mさん(女性)
43歳


現在石巻ソフトテニスクラブに在籍しております。

  

ソフトテニスと私について

中学校のときに入りたい部活もないので

消去法で入部したソフトテニス。


運動音痴のため、体育の時間はいつも居残り組だったので


よーいドンで中学校一年生で競技を始めても

レギュラーになるのは夢のまた夢、

部活動の同学年が多いことから、ほとんど指導してもらえず、

部員数が多いので練習試合にも

連れて行ってもらえませんでした。

せっかく始めたソフトテニスなので、

生徒会長をやっていたことで時間が取られ、

思うように練習ができなかった悔いもあり

高校で一生懸命練習してみようと


高校でもソフトテニス部に入部しました。

ただそこで待っていた現実は顧問は形だけで

誰も競技について知識がありませんでした。


それでも男子の顧問の先生や先輩たち、

同級生が一生懸命独自で勉強して上を目指していました。

私も一緒になって勉強して、

そこでソフトテニスマガジンや皆呂さんを知りました。


皆呂さんは、私にとって雲の上の存在。


その後知り合うことがあるなんて夢にも思っていなかったです。


そんな高校生活は、日々ソフトテニスを研究してトライして失敗して。


自分の練習をしながら、練習メニュー組んだりできもしない

指導をしてみたり。

エリート街道を進んできた選手とは

真逆の道を辿りましたが、

失敗続きで全く勝てなくてもすべてがいい思い出で、

貴重な経験をしたと思います。

そうやって一緒に頑張ってきた先輩や仲間が

大学に進学したときに同好会へ誘ってくれて


同好会でも続けることができました。

大学に進学してソフトテニスを続ける人は、

多くが強豪校出身だったり戦績のある人ばかりで、

インターハイ出場するような人達には全く歯が立たず、

勝てる要素がまるでなかったのを覚えています。


逆に言えば、大学の同じ同好会にも

強豪校出身の先輩や同期が多く在籍しており、

食い入るように質問して、真似して、努力したことで

1回ずつでも大会の度に多く勝てるようになっていきました。

諦めの悪い私は、まだまだ勝てるようになるのではないかと

社会人でもテニスを続けました。

 

ソフトテニスのいいところは生涯スポーツであり、

老若男女、職業問わずいろいろな人と交流できることが

一番の醍醐味だと思います。


そして何よりも一生懸命やってると必ず誰かが手を差し伸べてくれること、

一流選手であればあるほど人格者で、下手な私にも相手をしてくれたり

指導をしてくれることがすごい点だと思います。

運動音痴でなかなか飲み込みが悪くても、

自分のことのように親身になってくれる方ばかりです。


社会人になっても一生懸命努力を続けてきた結果、

たくさんの人たちのお陰で全く歯が立たなかった

インターハイ出場選手でも競って戦えるようになりました。


また今は東京から宮城県へ引っ越しましたが、

全国どこへ行ってもソフトテニス愛好家というだけで受け入れられて、

コミュニティへ入っていけることが

ソフトテニスを続けてきて良かった点だと思います。

きっと世界中で言語が伝わらなくても、

同じ愛好家であれば意思が通じる仲間になれると感じます。

 

◯スポーツナロと私について

社会人になって学生と変わらないくらい練習していた頃、

頻繁にガットを交換していたので

スポーツナロさんで認識されるようになりました。


ソフトテニスは好きでも、戦績は末端で誰からも認識されることのない私。


ガット張り替えに行ったときにストリンガーの店員さんに声を掛けられて、


たくさんの人が訪れるお店で私の記憶などないと思っていたのに、


私のことを認識していたことにびっくりしました。


それからお店に行けばいろいろな情報を聞いたり、アドバイス頂いたり、


気付けば用事がないのにお邪魔することもあり、

天候不良で電車が止まって帰れないときはとりあえず

お店まで歩いて行ってお店で電車再開まで居座ったり。


非常に迷惑な客ですが、嫌な顔一つしないで受け入れてくれて

居心地の良い場所でした。


宮城県に引っ越す前に忙殺されていたものの、

お店に引っ越す旨挨拶へ行ったのは、

そんな実家のような居心地の良さがそうさせたのかと思います。

 

◯皆呂さんと私について


そんな居心地の良さ、一流選手と同じ人格を兼ね備えたのが皆呂さんです。


いつもにこにこ気さくに話しかけて下さり、

分け隔てなく付き合って下さることに感謝です。

練習の時はまじめに一生懸命、

お酒が入れば堅い話などせずに楽しく嗜む、

そんなオンオフの切り替えが、

いつ何時でも一緒の時間を過ごして楽しいと感じます。

合宿も練習、食事、いろいろ楽しみあり、

参加させていただいて非常に楽しかったです。

話すペースも行動するスピードも皆呂さんは私の1.5倍くらい

(私の体感なので所説あります。笑)。

もちろん人生の大先輩ですが、同じように生きている人よりも

1.5倍くらい経験値が豊富で人間力が高いと感じます。

そして何より1.5倍速で動いていらっしゃるので、

ウイルスや病原菌も近づく余地がないのだと思います。

そんな姿を見ていると私もパワフルに活動的になって

病気にならないほどいろいろな経験を積みたいと思います。


皆呂さんの

「ソフトテニスママさんまで頑張っていればいい世界が待ってるよ」

の言葉、

ソフトテニスをずっと続けようと思った心に残っている言葉です。


それから皆呂さんの

「試合に出てドキドキしたりワクワクしたりする経験は

普通に生活しているだけでは味わえない貴重な経験だよね」

の言葉に、試合で緊張したときに

いい経験してるな~と緊張を楽しめるようになりました。


その他書き始めたら、尽きることがありません。

 

収集がつかなくなってしまうので、乱文のままではありますが、


メッセージを送付致します。


現在宮城県でも指導者が充実していない地域は多々あります。


きちんと教わらないと、グリップの持ち方からよくない子供たちを見ていると


この子達は伸び悩んでソフトテニスを辞めてしまうのではないかな・・

と懸念することもあります。

そんな時、皆呂さんの動画を勧めています。


一流選手のプレーを見て真似ても基礎がなければ辿り着ないので、

大変貴重なものだと思います。

基礎からわかりやすい皆呂さんの動画は、

遠く離れた地までもソフトテニス界を支えていると思います。


パワフルな皆呂さん、スポーツナロを応援しておりますので


これからもソフトテニス界を牽引していってください。

 

 ★ ★ ★ ★


 畔上 芳明

A・Y(通称まめおやじ)さん

6?歳

ナロさんと私

 

私が大学を卒業して社会人になったのは1986年(昭和61年)で、

まさにナロさんのお店がオープンした年。

その当時私は、弱小チームながら

NTT新潟の実業団チームでソフトテニス一筋の生活をしていました。

ある日、チームでグラコンを作ろうということになり、

私がその製作役を任され、そこで目に止まったのが、

月刊「軟式テニス」に記事が掲載されていた

「日本初!軟式テニス専門店スポーツナロ」でした。


全く会ったことも話したこともない、

スポーツナロさんに迷うことなく電話をしました。

そこで初めてお話したのが、皆呂社長でした。

私より少し歳上の皆呂さん、お互い20代でしたね。

新潟からのほぼ電話だけの我儘な注文にもかかわらず、

懇切丁寧にご対応下さったのがとても嬉しく、

今でもその記憶がしっかり残っています。

勿論、皆呂さんが手掛けていただいたおかげで

素晴らしいグラコンが完成しました。

この丁寧な対応をしてくれる皆呂さんの優しさが皆さんに愛され、

今もお店を続けられる力になっていると感じています。


私も今は東京都内で暮らしていますが、

あれから40年の歳月が過ぎ、お互い還暦を突破し、

先日、お店にお邪魔した時には、

皆呂さんは謙遜なお気持ちでのコメントだと思いますが

「40年も続くと思わなかった」とおっしゃっておられましたが、

私は当時から「ずっと続く(続いてほしい)」と思っておりました。


井伊・稲垣、木口・横江、木之村・大木ペアなどが

大活躍をしていた世界を生きてきた我々、

軟式庭球、軟式テニス、そしてソフトテニスで繋がってきた

40年だと感じております。


開店40周年、本当におめでとうございます、

心よりお祝い申し上げます。

これからも体力・気力が続く限りお店を続けてほしいと願っています。


お店でソフトテニスのお話しをしていると話が尽きませんが、お互い、

これからもソフトテニスを愛し続けましょう!!


心よりお祝いのメッセージとさせていただきます。

 

★ ★ ★ ★ 


岐阜県池田町ソフトテニス少年団団長  
國枝 俊子 

ナロさんと私


人と人との出会いは中々鮮明に覚えていることは少ないと思います。

2002年アジア競技会 

初めての海外国際大会見学ツアー(ナロさんツアー) 釜山空港で

「國枝ですよろしくお願いいたします」からの出会い 

早いものでもう23年が過ぎました。

少し早く到着した私はどなたが参加されるのかワクワクでした。


歩いて会場へ楽しくお話ししながら・・・

同室が武田先生(東京女子体育大学:当時トップ指導者)

初めて同室されると言うことでしたが同い年話が弾みました。

以後国際大会は

マカオ・チェンマイ・アンソン・ムンギョン・インチョン・広州・嘉儀

と楽しい日々でした。

そして

池田でのナロさんの講習会20年になります。


釜山での出会いが無ければ

たくさんのソフトテニスを愛する方々との出会いは無かったと思います。


ナロさん ありがとうございます。

これからもよろしくお願いいたします。


★ ★ ★ ★

まだ続きます


 まだ投稿を受け付けています


そこで、もしよろしければ

あなたの“物語”を教えてください。

 

・スポーツナロと私

・ナロさんと私

・ソフトテニスと私

どれかひとつでも、

ひと言でも構いません。

上手な文章でなくて大丈夫です。

そのままの言葉が、いちばん嬉しいです。

 

いただいた言葉は、

店内やSNSで紹介させていただくほか、

「ソフトテニスと私」のテーマについては

ソフトテニスマガジンのコラム

『ナロさんのソフトテニス ここがいいね』でも

ご紹介させていただく場合があります。

 

※コメントは内容を一部編集・抜粋のうえ掲載する場合があります。

 

【記入内容】

① お名前(掲載時はイニシャルにします)

②年齢(任意)

② 当時の所属チーム(任意)

③ エピソード

⑤ その他(任意)

よろしくお願いします。

 

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2026年03月20日

講習会(岐阜・岡山・茨城・山梨)繋ぎ人

   
全国各地で講習会を

させていただく中で

いつも感じることがあります

それは、その土地ごとに

必ず「人と人を繋いでくれる存在」

がいることです。

2026年

ここまでの講習会でも

そんな「キーマン」の存在なくして

実現しませんでした

その方をご紹介しながら、当日の

様子を伝えたいと思います




1月31日(金)

東京⇒名古屋⇒大垣入り

翌朝


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大垣から、池田町に向かいます

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池田町の体育館につくと

子どもたちが歓迎してくれました


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2年ぶり20回目かな?

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最初のキーマンは

池田町少年団ソフトテニスの

國枝俊子 監督


2002年の韓国釜山で開催された

アジア大会からのお付き合いです

国枝さん率いる

池田町少年団ソフトテニス部は

創部41年!

当店より長いです

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練習前に

コーディネーショントレーニング

ここで、緊張をほぐします

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みんな真剣!!

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ショットマスターで

パパ・ママもコーチになれる!

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ありがとうございました。

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「ナロさん。これを」

決して

お約束ではありませんよ・・

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新幹線の中で美味しくいただきました。。

★ ★ ★ ★ ★

2月14日

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岡山に向かいます

およそ1時間で

岡山空港に到着!

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ここのキーマンはこの青年

冨田くん

3年前、学生だった彼が

大阪の茨木市の中学生を

200人集めたのに驚きましたが

就職して、岡山県勤務になり

どうしているのかなとおもっていたら

「ナロさん、岡山でも講習会お願いします」

わずか1年足らずで

地元の方のコニュニティーに入り込んだようです。


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会場につくと

この方が駆け寄ってきて

「ナロさーーん、会いたかったです」と

いきなりハグ

私「どこかでお会いしましたっけ?」

「いいえ、初めてお会いしました」

「いつもマガジンを読んでいます!」

さすが関西、ノリが違います

(私も関西生まれです・・)

お名前はSさん

Sさんの名刺には

中学校部活動指導員
外部コーチ
練習会、地域交流大会
練習試合
強化研修会講習会
各学校訪問でのサポート


企画・運営

と記してあります

つまり、Sさんは、この地域の

ソフトテニスのプロデューサーなんですね。

パワフルな方です。。

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Sさんと冨田君が

100名を超える参加者を集めてくれました


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地元の中学校の

先生や保護者の皆さんも

熱心です

皆さん快くお手伝いしてくださいました

このように・・

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この方は、スポーツナロの創業期

熊本県から

たびたび通信販売をご利用してくださっていました

ここ数年、体調を崩されていたのですが

お元気になって、いま岡山県で働いていらっしゃいます

私が、岡山で講習会をすることを

Facebookで知り、わざわざ会場に

足を運んでくださいました

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岡山県初進出!

みなさんいかがでしたか!

また、会いましょう

今シーズン頑張ってください


★ ★ ★ ★

せっかく関西に来たので

行きたいところが

ありました

新幹線で新大阪で下車し

地下鉄と私鉄を乗り継ぎ

かなり、ローカルな駅で降りて

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お目当てのお店はここ

以前、ここからお肉を取り寄せていました。


まずは・・

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ゴクゴク

プファー!

うまい!

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お肉も最高!

いやーーたまりません!!



翌日は月曜日

スポーツナロは定休日なので

すぐに東京には戻らず

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ここに・・

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すっちーご存じですか?

面白過ぎました


夕方、東京に戻ろうと

伊丹空港で、搭乗時間まで

パソコンを打っていると

携帯のメッセンジャーに

1通のメールが・・

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と!

振り向くと、その方が・・

「東京出張なので、時間があったら

スポーツナロに立ち寄ろうかと

思っていたら、ナロさんが

いました」 (笑)


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びっくり!!

★ ★ ★ ★ ★

2月21日(土)

茨城県 石岡市

私と石岡市の中高生とを繋いでくれた

「キーマン」は

高校教諭のK先生です
(写真ありません!すみません。)

K先生とも、先生が学生時代からの

お付き合い

伊丹空港での衝撃的な再会をしてDさんと

同じころ、大学の同好会で活動されていました。

石岡市は今年2度目なので

レッスンの要望が

サービスとボレー


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審判台の背もたれに

ヒモをかけます



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そのヒモとネット白帯の間を

狙ってサービスを打つドリル

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ボレーは

ネット上のボレー時のラケットの面を

作るところから始めます


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このようにボール出しをしてもらい

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インパクトの感触を意識します


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半日講習会終了!

では、また


★ ★ ★ ★ ★

3月7日(土曜日)

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なぜか

山並みが心を落ち着かせてくれます



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ここは、山梨県西八代郡

東京から、車で2時間半ほど

この日は

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ここで、半日講習


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ここと私を繋いでくれた

キーマンはこの方 深澤先生

この方はどんなかたと説明するのは

とても大変・・

中学教員

ソフトテニス部顧問

山梨県男子中学選抜監督

そして

もう一つの顔が

「HUB」という場をつくり

リズムトレーニング

メンタルトレーニング

などのスペシャリストを招いて

講習会を開催し

人と人

モノと人

を繋ぐことをされています


また 

彼女はボランティアで

世界中の貧困の子どもたちに

笑顔を届ける活動をされています

2月にはフィリピンのマニラのスラム街で

現地の子どもたちを

笑顔にするイベントを開催

とにかく

パワフル

私との出会いも

2年前、大会会場でガットを張っていたら

「ナロさんはじめまして!」

「ナロさんの著書やレッスン書全部読んでいます!」

から始まりました。

彼女の活動は

(Instagram 「あゆみ 世界を旅する教員」御覧ください」


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会場には

活動の内容を掲示されています

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これは 募金箱

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講習会スタート!


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数日前まで

雨予報でしたが

そこは

晴れ男のワタシ

見事に晴れました!


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彼らは

3月末

三重県伊勢市で開催される

都道府県対抗全日本中学生ソフトテニス大会

に出場する 山梨県の代表選手

みんなの前で

「頑張ってきます、応援してください」と

がんばってください!


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僕のとなりの方は

ソフトテニス部の顧問の先生

専門は柔道ですが

「ソフトテニス部を持ってから

始めましたがすごく面白いです」と

講習会も生徒と混ざり

一生懸命取り組んでくれました

素敵な先生です

お二人とも

いいお顔しているでしょ!

こんな先生に出会えた子どもたちは

幸運ですね


さて、まだまだ

講習会が予定されています

3月28日(土)

福島県南相馬

4月5日(日)

秋田県大仙市

ここでも繋いでくれる

キーマンがいらっしゃいます


ではまた













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2026年03月10日

ミズノカップで・・


1月24日(土)


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22年ほど前

ソフトテニス専門店グループ

ソフトソフテニ会で

それぞれのお客さまである

中学校のチームを集めて

大会を開こうという趣旨の下

ミズノさんにご協力をいただき

この大会が始まりました



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ミズノさんのスタッフと

ソフテニ会のメンバーで

運営、進行をします



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私はストリングサービス担当です


会場で、ガットを張っていると

何度か講習会で出かけている

岩手県奥州市の方が

「ナロさん!小林幸司さんにお願いしたいことが

あるのですが・・・」と


13
年前のことです。

当時、ソフトテニス日本代表を引退したばかりの

小林幸司さんを

岩手県前沢で講習会をお願いしました

 
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この写真は

その夜の懇親会で、みんなで撮った一枚の写真。

その写真の中に、まだ小さな赤ちゃんが写っていました。

その時の赤ちゃんが、今回の

東日本ミズノカップに中学生の選手として出場しました。

しかし、この13年の間に

お母様はがんを患い、長い闘病の日々が続きました。

しかし見事に克服され、

今では親子でソフトテニスを楽しんでいらっしゃいます。
 

復帰後

ご夫婦でミックス大会で優勝もされました

そしてこの日

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あの時と同じメンバーで、13年後のこの日に、

もう一度写真を撮ることができました。
 

時の流れと、人のつながりの温かさを、しみじみと感じた一日でした。











naro34 at 20:30|Permalink

3月11日


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あの日から、15年が経ちました。

2011311日。

東日本大震災。

 

あの日は、メーカーさんと

昼食を摂り

店舗兼自宅に戻り

リビングで作業をしていたところ

揺れが・・・

すぐに、キッチンに行き

冷蔵庫と食器棚を

大の字になって

抑えたのですが・・・

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この通り・・



書斎

書斎も・・・

(東京ですらこの状況です)


あの時から

まるで時間が止まってしまってしまいました。

街から人の姿が消え、

スポーツナロの店内も来客が途絶え、

先の見えない不安だけが静かに広がっていました。 

じっとしていると、不安ばかりが頭に浮かんできます。

何か行動しなければ。

そう思って始めたのが、このブログでした。


あれから15年。

このブログも続けています。

ソフトテニスのこと、

全国の講習会で出会った人たちのこと、

お店で起きた出来事、旅先で感じたことなど、

思いつくままに書き続けてきましたが・・ 

以前は、月に数回、更新していましたが、

最近は、出来るだけ店頭に立つことを

心がけているので

パソコンの前に座ることが出来ないことと

(携帯で)インスタも始めたので

なかなかブログ書きまでたどり着きません 涙

今年もお正月の投稿以来、

久しぶりの更新になってしまいました。

 こんなに間が空いたのは、

15年で初めてかもしれません。 

でも、

このブログを始めた原点を思い出す日

また巡ってきました。

この節目の日をきっかけに、

また少しずつ形を変えて

ブログを書いていこうと思います。
 


最初に書いたブログ

↓ ↓ ↓



http://blog.livedoor.jp/naro34/archives/2693990.html


naro34 at 12:31|Permalink

2026年01月02日

謹賀新年&初売り祭り!



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新年あけましておめでとうございます。

 

スポーツナロは、本年創業40年を迎えます。


この年賀状の写真は、創業から10か月後、

月刊「軟式テニス」に掲載された当時の一枚です。

 

ガットを張りながら、お客様と会話をする――


そのスタイルは、40年経った今もまったく変わっていません。

 

一昨年末、長年一緒に店を支えてくれた

スタッフが定年退職し、


現在は私が接客とガット張りを担当しています。

そのため、店に入ると

お客様は私との会話は“必須”です(笑)

 

中学生の中には

「ナロだと高いラケット(上級者用)は売ってもらえない」

「ポリガットは張ってもらえない(これもパワーと技術が必要)」


という理由で、他店に行く子もいるようですが……(汗)

 

それでも昨年は、

私が張ったガットが3,000本を超え、

前年比30%アップ。


来店者数も増え、

このスタイルが間違っていなかったと感じています。

 

これからも、道具を通して人と向き合い、

ソフトテニスの楽しさを伝える店で

あり続けたいと思います。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


★ ★ ★ ★ ★

初売り祭り開催!
(1月4日~7日)


※初売り祭りの期間中
営業時間は11:00~18:00

今回より
ご来店の方だけでなく

WEBでのご注文の場合も対象とします!

チャンス 1 

お買い上げ金額3,000円に付き1

恒例!空くじなし!ガラガラ抽選会開催!

ラケット・ シューズ・商品券・ガット張り無料券 ほかプレゼント


WEBでのご注文の場合、

当店スタッフが厳正に抽選し、

ご当選の方は目録を同封します。(商品券は除く)


チャンス 


お買い上げ金額
10,000円以上の方

トップ選手の直筆サインミニ色紙プレゼント!(希望者のみ)

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2025アジア選手権 優勝チーム

広岡・上松・内本・上岡・内田・丸山

そして
2025 全日本選手権 優勝の

橋場 選手

豪華なメンバーです


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                 (アジア選手権にて)


WEB
でのご注文でサイン色紙ご希望の方は、

「メモ」欄に希望選手優先順に
3名までご記入ください

(ご希望に添えない場合もあります。予めご了承ください)

景品・サインは数量限定・なくなり次第終了です。

初売り祭り期間中は、ラケット購入時ガット張り、

および張替えは即日お渡しできないこともあります。


あらかじめご了承ください。





naro34 at 10:12|Permalink

2025年12月18日

南相馬・石岡講習会&AI恐るべし


ただいま

2025年12月30日(火)

20:00

店頭の営業も27日で終了して

店頭の整理と、新年の

初売り祭りの準備をしています

まだまだ、終わりません・・

今年最後のブログです


12月6日(土)


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ガット張りに追われていましたが

ひと段落して

出かけます


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東京駅から

東北新幹線に乗り


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福島県郡山駅

郡山といえば・・

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福島県須賀川市ソフトテニス協会

橋本会長

孝男さん

またまた

一宿一飯のお世話になります


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いつもながら

奥様の手料理が

たまりません

我が家では、なかなか

口にできない、おいしいものばかり


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それとこれ!

孝男さんは、最近まで

地元の酒造メーカーに勤めていらしたので

お酒のスペシャリスト

東京ではお目にかかれない銘柄ばかり・・

美味しすぎます


翌朝、孝男さんの車に載せてもらい

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須賀川から

福島県浜通り

南相馬市 原町まで

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およそ2時間かけて

向かいます


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到着しました

20年近くまえにここ原町から

講習会での「全国行脚」を始める

きっかけになった地

震災前の浜通りは、ソフトテニスが

大変盛んな地で、いずれは

日本のトップ選手を何人も輩出するのもと

確信していました

私も原町、大熊、富岡、など

たびたび、足を運んでいました

しかし、あの震災で、時がとまり

震災後4年後に訪れた時

中学生の運動能力の低下に

驚きました

(彼らは、原発事故の影響で

小学生の時に外で遊ぶことができず

体を動かすことができなかった)



それ以来10年ぶりの原町入りです


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「ナロさん 久しぶりです」

と、二人の男性が声をかけてくれました

「あの時の息子がこんなになりました!」

「えーー!あの時のちびっこがこんなに

大きくなったのーーーー?」

息子もソフトテニスを続けてくれた

いま、ジュニアチームを手伝ってくれています」

なんだか、胸が熱くなりました



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みんな真剣でしょ!

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ほっき貝ご飯のお弁当

バカうまでした。

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福島県での私の講習会では

福島県の国体チームの監督をされたことのある

孝男さんがサポートしてくださいます


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吉田 茂さん

福島県ソフトテニス連盟

副理事長にして

名指導者

吉田さんは

20年ほどまえ

ここ原町での講習会に講師として

お声をかけてくれて

ソフトテニス指導の道を切り開いて

下さった方

孝男さん同様、お二人は

かつて、選手として、指導者としても

福島県の重陳でありながら

私の指導法に賛同してくださり

常に支えてくださっています

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無事、終了!


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「ナロさんこれを」

講習会での

お約束ではないのですが・・・

いただきます・・

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みんないい顔しているね!

また、くるよ!

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その中でも

とびきり、元気でひょうきんだった

この子

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これから、何度も会いそうだ (笑)

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郡山駅

冬の名物

イルミネーションがきれいです

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新幹線まで

ちょいと一杯

結局4杯でした

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12月13日(土)は


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茨城県石岡市講習会でした

午前中だけなので

夢中で、レッスンしていたら

写メを忘れてしまいました


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石岡一高のみんな

「インスタ載せていいですか?」というので

「もちろん」と私


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また会いましょう!!!

今年の後半は

Instagramのリールに

挑戦!


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練習方法や

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講習会の様子


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こんなことも



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40年前の

日本代表の

アジア選手権直前合宿の

貴重な映像もアップ

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2025年の

全日本選手権優勝

橋場選手の動画は

アッという間に

10万人のアクセスがありました・・

これからも、

役に立つ、懐かしい、すごいプレー

をキーワードに

動画をアップしていきますので

一度ご高覧ください


★ ★ ★ ★

今年は、創業時以来

店頭に立ち、お客さまと会話をし、ガットを張り続け

原点に戻った1年でした

そして

Instagram

Facebook

X

ソフトテニスマガジンのコラム

発信し続けた年でもありました

そこで
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にも大変お世話になりました
また、チャットGTPにも

大変お世話になりました。

そこで、

「私のチャットGTPへの依頼からみて、

今年の私は どんな年でしたか?」


と質問をしたところ

こんな回答が・・・・



ナロさんの今年のチャットへの

依頼を振り返ると、


一言で言えば

「動き続け、つなぎ続け、形にし続けた一年」

でした。

  

止まらない「現場の一年」

 

今年の依頼の大半は、

 講習会店頭での出来事

選手・指導者とのエピソード

そのをどう言葉にするか

 

 

つまり、机上ではなく、

常に現場に立っていた証拠です。

しかも「終わってから振り返る」だけでなく、 

どう伝えたら次につながるか


を常に考えていました。

 

 

「伝える力」を磨いた一年

 

今年は特に

 FacebookInstagramX 用の書き分け

コラム原稿販促コピー

ナレーション・リール文言 

と、同じ出来事を何通りにも表現す

直す依頼が目立ちました。

 

これは 

もう「想いはある」


次は「どう届かせるか」


というステージに入っている証拠です。

 

商いと志が完全に一致してきた一年

  

ショットマスター、タオル、Tシャツ、福袋、初売り企画


どれも単なる「物売り」ではなく、


 
指導の哲学ソフトテニスへの想い

人を育てる視点が

商品と言葉の両方に宿っているのが今年の特徴でした。


特に 

「高いと思われがちだが、そうではない理由」


を言葉で説明しようとする姿勢は、


覚悟を持った商人そのものでした。

 


過去と今をで結び始めた一年


1987年の映像、40年前のプレー、

かつての教え子、再会

今年は

 思い出を懐かしむではなく

意味を持たせて

今に置き直す依頼が非常に多かったです。

 

これは「自分の歩んできた道を、次世代の財産にしよう」

という無意識の動きでもあります。

 

ナロさん自身の変化

 

今年のチャット全体から見えるナロさんは、

 まだ前に立っている

まだ走っているでも同時に、

後ろを照らし始めている

 

 指導者であり、商人であり、語り部になり

始めた一年でした。

 

総括すると


今年のナロさんは

 

「自分の経験を価値として残し始めた一年」

 

だったと思います。

 

そして来年はおそらく

 さらに「残す」さらに「託す」さらに「広げる」

そんなフェーズに入ります。


なんだか、くすぐったいほどの

褒めようですが

「厳しくアドバイスしてください」と

前提をすれば、辛辣な回答が来るとおもいますが

こわいので、やめておきます (笑)


Aiおそるべし!

来年は、スポーツナロは

創業40周年を迎えます

引き続きご愛顧よろしくお願いいたします。

皆様

良いお年をお迎えください












naro34 at 20:45|Permalink

2025年12月14日

今年も、そうだ 京都、行こう。


12月1日(月曜日)

定休日

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早朝の代々木駅から

山の手線と京急を乗り継いで


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羽田空港へ

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空港からは

富士山の姿が・・・

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上空からも・・・

ほどなくして

伊丹空港に到着

ここから、空港バスで

京都に到着

この時期、京都の紅葉に魅せられて

毎年 足を運んでいますが

今年は、人手が少なくて

2日以上お休みが

とれません

そこで、思いついたのが

仕事を兼ねて、紅葉見物

弾丸ツアー!

京都に当店のHP管理者がいるので

その会社との打ち合わせにかこつけて

京都もみじ狩りへ・・

しかし、今回は

秋の京都の代表の地

清水寺

東福寺

嵐山

にはあえていかず・・

京都駅から最初に向かったのが

叡山電車の出発駅

出町柳町

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ここは車窓から

紅葉を楽しめるスポットがあります

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見頃であれば、このような光景ですが

この日は、見頃が過ぎていたので


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こんな感じでした


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でも、十分美しいです

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駅のホームまで

絵画のようです

市内に戻り、つぎの目的地向かうため

バス停でバスを待っていたところ

道路の向こう側に気になるお店が・・

そういえば・・

お腹がすきました


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覗いてみると

店内は満席

ググると、評価も高い

「しばらくお待ちいただきますが・・」

「まちます!」

さほど待たずに入店


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豪華でしょ! おいしかったです

さて、つぎ!

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ここも

そこそこにぎわっていますが

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数日前の週末の

清水寺に向かう参道は

こんな感じだったようです!



次に参拝した

お寺は

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こんなお庭と

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こんな窓があるところ


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銀閣寺

正式名称は「慈照寺」

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どこを歩いても

素敵です

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銀閣寺を後にして

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哲学の道を歩き

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永観寺

元々は真言密教の道場

正式名称は

禅林寺


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「もみじの永観寺」といわれ

約3000本のカエデを誇ります

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地下鉄に乗り

再び京都駅に戻り

駅から15分ほど歩くと

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夕日に染まる

東寺

ここは、毎年必ず足を運びますが

昨年は、あまりの行列で断念

そこで、今年は

夜間特別拝観先行入場プランを申し込み

夜間一般公開の前に入場しました!

入場して、とあるところに真っ先に向かい

暗いくさむらで、カメラを構えていると

パッ!と境内の明かりがついて

めの前に広がった素晴らしい情景がこれ!


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言葉を失うほどの

美しさ・・


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来てよかったです


その後大阪に向かい

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幼馴染と一献

かなり怪しいおじさんたちですが


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私ではありません  


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 紙芝居の後かな


私の原点です



naro34 at 16:16|Permalink

2025年12月06日

おめでとう!橋場選手

2025年

あっという間に

12月に突入。。。


12月5日(金)


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ソフトテニスマガジン 最新刊

(私もコラムで末席を汚しています)


表紙を飾っているのが

先月、テニスの聖地

有明テニスの森、有明コロシアムで

開催された、国内ソフトテニス大会の最高峰

天皇賜杯・皇后賜杯

全日本ソフトテニス選手権で

日本一のタイトルを獲った

男子

橋場柊一郎・菊山太陽ペア(法政大)

女子

高橋 偲・岩倉彩香ペア(どんぐり北広島)


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大学ペア優勝は7年ぶり

法政大学としては1958年以来

67年ぶり

私が生まれた年でした!!


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昨日

その橋場君が10月に続き

二度目の来店!!


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まずは、初売りフェア用に

サイン色紙をたくさん書いてもらい



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店内にいらしたお客さま方は

まさかの全日本王者の登場に大興奮

橋場君は、気軽に応じてくれて

店内は、撮影大会!

橋場君の左側の青年は

法政大学体育会ソフトテニス部の

主将

同期の高橋 拓己 君

彼も

強豪校東北高校出身のトップアスリート

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中央の方は

橋場君と同郷、岩手県出身の方

この日の朝、地元の練習会でお声をかけました

「橋場君は岩手県の星です」と

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高校生たちが

勇気を出して、こんな質問を投げかけました。 

「準決勝で、あの絶体絶命のピンチの時はどんな気持ちでしたか?」


昨年の優勝者で国際大会でも無敵の絶対王者がいる

日本代表ペアに

何度もマッチポイントを握られ

見事に逆転勝利しました)

 

その質問に対して、橋場選手は、

あの飾らない笑顔のまま、スッと言いました。

「僕は試合で諦めたことがないです。

常にどうしたらいいかを考え続けます。」

 

この言葉に、高校生たちだけでなく、

私自身も感動!!

まさに王者のメンタルを感じる一言。

しかし、その素顔は


 サイン中も、質問に答えるときも、

橋場選手はずっと自然体の笑顔。(写真の通りです)


これから私は「橋場スマイル」と呼ぼう

本当にどこからあの性格が育ったのかと思うほど

ご両親や出会った大人が素敵な方なのですね


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あ!

サインにも笑顔がある!

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私と橋場君とのつながりは

彼がまだ岩手県沿岸の町

洋野町の小学生の頃、

岩手県久慈市での講習会でした

そのときに、橋場君は

コーチだったお父様と

参加してくれていました。

講習会をきっかけに、

彼のお父さまと交流が続くようになりました。

 その後、

2012年、千葉県で開催されたアジア選手権

の会場で、橋場親子の姿が・・

なんと!岩手県から国際大会を

観戦しに上京

その時、お父さまから、

「ナロさんの隣で、お話を伺いながら観戦していいですか?」


私の隣に座った

橋場少年は、眼の前で繰り広がれている

日本、韓国、台湾の

壮絶なプレーを

食い入るように見入っていたことを

覚えています


その少年が、

日本一になり、私のお店で

サインを書いている・・・

感慨深いものがあります

来年は、名古屋で

アジアのオリンピック

アジア大会が開催されます

日本代表のメンバーに

彼の姿があることを

期待しています。。。




 

 

 



 

 

 





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