2025年09月

2025年09月12日

大野美紗子さんを偲ぶ 

ご無沙汰しておりました

前回の投稿が7月7日だったので

8月はゼロ

9月ももう半分過ぎてしまいました


このひと月半、決してブログのネタがなかったわけでは

ないのですが。。。。。

営業時間中は

ありがたいことに

ガット張りが例年になくおおく

(前年比20%)

ずぅーーーと店頭に立って

ガットを張っていました


ガット張りが増えた

その要因として

①気温が高くて、ガットが伸びた

②伸びが早い、ポリエステルガットが増えて

頻繁に張り替える人が多い

(早い人で20日・平均1.5か月)

③周囲のお店が即張りに対応できない

(2,3日待たされる)

④当店のガット張りの評価が高い・・・

(自分で言っちゃいます)

などが考えられます

ということで、営業時間中は

ストリングマシンの前に立っています

そのほかの仕事や作業、打ち合わせなどは

営業時間の前後や定休日に行っているので

なかなか、筆が進まないのです。

とは言え、いろいろとお伝えしたいことが

あるので、頑張って書いていきます


このひと月半、講習会や大会サポートなど

いろいろありましたが

もっとも大きな出来事が・・・


それは

かつて、女子実業団の名門「ナガセケンコー」

や女子ナショナルチームを率いた大野美紗子監督が、

7月25日、84歳で永眠されたこと・・・

大野美紗子さんは

ソフトテニスの長い歴史の中で、

最も実績を残した女性指導者だったと

いっても過言ではありません。

大野さん(旧姓右近)は

プレーヤーとしても

超一流選手でした



広島女子商業時代

1年生でインターハイ準優勝

2年で優勝

3年時には個人戦連覇・団体戦3連覇

という

前人未到の偉業を達成しました


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社会人(電電中国:現NTT)

になってからも皇后杯を3度制し、

日本を代表するプレーヤー

として長く君臨しました。

大野さんは

ご結婚を機に上京し、

「長瀬ゴム」現ナガセケンコーに

選手兼監督として入社。

以後は、たぐいまれな指導力でチームを率い、

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皇后杯11回、

全日本実業団9回、

日本リーグ5回

という圧倒的な成績を残されました。

 

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1990年からの4年間は

女子ナショナルチームの監督を務め、

2002年釜山アジア大会を含む数々の

国際大会で計6つの金メダルを日本にもたらしました 

※同期間中、韓国は金メダル4個、台湾は2個でした。

その実績は、日本女子ソフトテニス界の

黄金期を築いた証といえるでしょう。

 

この偉大な監督

と私との出会いは、

20数年前の全国大会会場でした


私はメーカーさんのブースで

ガットを張っていたところ

大野さんがやってきて

(私は緊張!!!)

「ナロさん、初心者の教え方が上手と訊いたのだけど

私にも教え方を教えてくださらない?」


あまりに恐れ多い申し出に、

私は直立不動で「とんでもありません」

とその場では、お断りしました。

なぜ、大野さんは

私に声をかけたのかというと、

大野さんは、ナショナルチームの監督なり、

ナガセケンコーの指導から退いたところ、

全国から、「ぜひわが県で指導をしてほしい」

とオファーが殺到したのだが、

「私は、上手な子ばかり教えてきたけど、初心者の指導経験がないの」

と大野さん

そこで、そのころ、小誌で連載していた、

「ナロさんの簡単エクササイズ」の連載をご覧になり、

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(1996年~2001年 連載)

私に白羽の矢を立てたとのこと

が・・・!


先ほどのお断りのやりとりの数カ月後、

大野さんは私が講師をしていた渋谷区の初心者教室に、

なんと「生徒」:受講者として申し込まれたのです。

それを知らされていない私は

初心者教室初日

初心者にのシニアの方々の中に

大野さんの姿を見た時

「え!」と一瞬戸惑いましたが

ここまで来たら、観念するしかありません

大野さんは

「初心者の気持ちが分かるように」と、

左手にラケットを持ち、

一般受講者の中に溶け込む

ようにして

一つひとつのメニューに真剣に取り組まれていました。

ほかの受講者は、大野さんのことは

「普通のおばさま」程度の認識でしたが

隣のコートの中級クラスを指導しているベテランコーチ(ママさん)が

私のところに寄ってきて

「あの方、大野監督じゃない?」

私「そうです」

コーチ「なんで、ここにいるの?」

そんなやりとりがありました。

大野さんの姿勢と行動力には

ただただ頭が下がる思いでした。


講習会最終日

「ナロさん、大変参考になりました」

「私も(教え方を)使わせていただいていいかしら」

ということで

その後、大野監督は、全国各地の講習会で

「これ、ナロさんに教わったの」

などとおっしゃってくれたおかげで、

私も講習会に声がかかるようになりました。
 


講習会での大野監督は、技術だけでなく

「ソフトテニスをする心」を大切にされていました。

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特に中高生には、

「挨拶」「礼儀」「取り組む姿勢」「感謝の心」の大切さを、

やさしく、時に厳しく語りかけておられました。

ボール出しの一球一球にも「うまくなれ、うまくなれ」

と念じているような愛情がありました。


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こちらは

数年前、私の地元渋谷区で

シニア対象の講習会の時の様子

「ナロさん、私ここで、ナロさんに教わったのよね」と


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大野さんが一番気に入ってくれた

スマッシュの指導

ラケットのグリップを電話の受話器にみたて

「もしもし」「ガッチャン!」


大野監督の存在は、これからも語り継がれることでしょう。

その背中から、私たちは何を学び、何を受け継いでいくのか。


これからの指導者にとっても、大きな道しるべとなる方でした。

昨年、全日本でご挨拶したのが、最後でした


もう一度、大野監督と一緒に講習会をさせてもらい、

そのあと、おいしいお酒が飲みたかったです。

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大野美紗子監督

どうか安らかにお眠りください

合掌



心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

 





naro34 at 19:35|Permalink