世界大会いってきます!世界大会でのつぶやき①

2019年11月16日

米山 稔 さん ありがとうございました・・・


今朝、ネットニュースで

衝撃の報が・・・・


ヨネックスの創業者の

米山 稔 氏 が

11月11日に

ご逝去されたとのこと・・・


バドミントン、テニス、ソフトテニス、スノーボードなどなど

ヨネックスを世界的メーカーに成長させ

ヨネックススポーツ振興財団も設立し

スポーツの振興に尽力されていました


米山稔さんは

会長だったころ

ヨネックスの展示会などで

お会いした時なども

こんなちっぽけなショップの私にも

気さくにお声をかけてくださり

私の話に耳を傾けてくださいました

以前、このブログで

私と米山稔さんとのエピソードを

ご紹介したことがあります

それがこれ

↓ ↓ ↓ ↓

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大型台風が、西日本に近づいています

みなさまの地域ではいかがでしょうか

大きな被害がないことをねがいます・・・


先日 都内某所で

150707 ヨネックス展示会1

ヨネックスさんの展示会に足を運びました!

ラケット

シューズ

ウエア

NEWモデルが会場いっぱいに展示されていました!

その商品はまだ公開できませんが・・・

楽しみにしてください・・・


その会場で・・・・

150707 ヨネックス展示会3


6月23日に

ヨネックス4代目社長に就任された

林田 草樹 氏 をパチリ!


歴代のヨネックスの社長は

初代 米山 稔  (創業者)

2代 米山宏作 (米山稔氏の弟さん)

3代 米山 勉 (米山 稔氏の長男)

と歴代創業家が務めていて

林田氏は社長は創業家以外で初の

社長

大抜擢!!です


林田社長は熊本出身でバドミントンをされていたらしい・・・

お名前で検索していたら

なんと!

1975年インターハイで シングルス 優勝 

されているではないですか!!

まさに

輝かしい戦歴を持つ

アスリート社長です

もう知り合ってから何年も経つのに

知りませんでした

ご本人からお話もありません

紳士で、物腰はやわらかく、全く偉ぶることなく

私の話しに じっくり声に耳を傾ける

(仕事上の会話では、常にメモをとられています)

そのような方です

林田社長の抜群なバランス感覚に期待しています!


この林田さんに社長の座を譲ったのが


BlogPaint


前社長 

米山 勉 会長


林田社長・米山会長は57歳で同い年

(実は私も 57歳!!・・私は零細企業のタコ社長ですが・・)

展示会会場でお話する機会があり

質問しました

私:(若いことと、創業家以外からの社長交代に) 

ずいぶん思い切りましたね!

会長:少し楽な立場で、ヨネックスが関わっているスポーツの

現場をたくさん観たいので・・・

確かに

ベン(勉)さん(スミマセン こう呼ばせていただいていました)は

社長時代も、テニスやバドミントンそして

ソフトテニスの大会会場にはとてもマメに足を運ばれ

現場を大切にする経営者でした

(この写真は3年前のインターハイ 会場にて)

それも、秘書やお付きの人を引き連れることなく

いつもお一人で目立たず、さりげなく です


ベンさんとは、台湾でダブルスを組んで現地のシニアの選手と試合をしたり

チャリティのパーティに、私夫婦にお声をかけてくださったり

とてもお世話になりました・・・



林田 社長、米山勉 会長

歴代のヨネックストップの

姿勢やお人柄のルーツは・・・


150715 ヨネックス3

                             (2006年発刊)

ヨネックスの創業者

名誉会長 米山 稔 氏 

この人に原点があるのかもしれません




ヨネックスは、米山 稔氏が戦争から戻り

150715 ヨネックス1


ヨネックスの歴史は

このひとつのモーターから始まりました



1946年 新潟県で 「米山木工所」を創業

当初は漁業用の木製浮きを製造していて

のちに漁業の技術革新により、

木製浮きは必要とされなくなったため

1957年(昭和32年)に バドミントンラケットの製造を開始

1969年 アルミ製の硬式テニスラケット製造を開始

1974年(昭和49年)には社名をヨネックススポーツ株式会社に改称

ソフトテニスラケットもそのころから製造されました

しかし

当時は、カワサキラケットやフタバヤラケットが全盛で

上級者でヨネックスのラケットを使用する人は皆無でした

そんな劣勢を跳ね飛ばしたのが


150707 ヨネックス1979ラケット2


この名品カーボネックス

当時の軟式ラケットのイメージを払しょくした

斬新なデザインと使いやすさで大ヒット!


1982年(昭和57年)には、社名をヨネックス株式会社に改称し

いまに至っています

150715 ヨネックス4
                        (創業当時の工場)


21歳で創業後は、ピンチの連続でした

あるとき

工場が全焼し、それをなんとわずか3日後に操業を再開

という「逸話」ではなく「実話」もあるほど

さまざまな困難や経営危機に陥ると

「”ピンチはチャンス”と言い聞かせてきた」(本人談 著書より)

不屈の経営者精神で

世界のスポーツブランドに育て上げられました



私も

米山 稔 名誉会長とはこんなエピソードがあります

10年ほど前

ヨネックス機関紙の取材で

名誉会長が当店にいらっしゃることになった

スポーツショップのオーナーと対談のような記事だったと思う

その時の会長のお話がとても興味深いものでした


「『当時、カワサキやフタバヤと契約している学校の監督から

ヨネックスのカーボネックスは、ラケットのフレームに

ガットの溝を彫っていないから、ガットが切れる』


という風評がありました

カーボネックスはフレームの外側にカーボンを貼ってあり

そこに溝を彫ってしまうと、性能がでないんです

とても大事な部分なんです

そこで、私は地元のテニスコートで、「キレる」と言われる部分を

何百回も擦り、ガットが切れるかテストしました

その結果、その指摘は全く 事実無根でした」



など 貴重なお話をしていただき

緊張のうちに、取材終了。。

そして

記事向けに会長と並んで写真を撮るだんになり

その時 ふと思ったことが

この偉人とミツトシ(息子)を会わせたい

ミツトシが大人になった時 「ヨネックスの創業者と会ったことがある」

これは人生の財産になる!

しかし 残念なことに 平日の昼間のため

子供たちは学校。。

後日、ベンさん(先ほどの現会長)にお会いする機会があって

取材のお礼と、子供に会わせたかったことをなんとなくお話しました

すると、数日たって 会長の秘書?の方から

「ナロさん、お子さんたちは ・・月・・日 自宅にいらっしゃいますか?」

との問い合わせがあり

そして、お伝えしたその日

なんと! 

名誉会長の長男で当時部長だったベンさんから

私の思いを訊いて

再びいらしてくださったのです!!
  

150707 米山稔さま


それが

ヨネックス創業者の米山 稔 さんと皆呂家とのこの写真

まさに

我が家の家宝です



名誉会長は現在 90歳

2年前、米寿のゴルフコンペでは、見事なティショットを

放っていらっしゃいました

いつまでもお元気でいてください・・


(2015年 7月16日のブログより)

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米山稔さん

ありがとうございました

ご冥福をお祈り申し上げます。






naro34 at 20:48│
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