Mentor 島津成晃の独り言

感じたり思った事を書いて行きます。 空手や色々な趣味のお話も。

フッと気が緩んだ時が一番危険です

 修行と云うと、修行をしている間だけが修行の時間だと思って、修行そのものが終ったらつい気を抜いて仕舞う事があります。
特に身体を痛めつける荒行では、その荒行の時間が終ったら、フッと気が抜けて仕舞い勝ちです。
でも、その気を抜いた時間がとっても危険です。
修行をやる前なら、まだ緊張感がありますが、終った後の時間は最も危険な時間です。
荒行を終えて、終ったと思ってフッと気を抜いた時、心も身体もオープンになっているのでガードが緩んで仕舞います。
そう云う時に憑依や突然の被りがやって来る事があります。
魔が差すと云いますが、荒行直後の時間が一番魔が差し易い時です。
修行は、家を出る時から、家に帰って来る迄が修行の時間です。
途中で何があっても、気を抜いてはいけません。
荒行は特に危険です。
神社や仏閣にお参りに行く時でも、お参りをした後、緊張感が緩んで仕舞う時が一番危険。
お参りも立派な修行です。
また、色々な人がお参りにやって来ています。
中には目に見えない存在も来ています。
大抵は、お願い事をしにお参りに来ていて、また中には悪い因縁や穢れを落とす為に来ています。
そんな落しものを拾って仕舞ったら、大被りして仕舞います。
特に逢う魔が時と云われる夕方、日没前後は危険な時間です。

修行もお参りも、家を出てから帰り着くまで絶対に気を抜かない様にしたいですね。


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瀧修行の撮影は記念の為じゃありません

 先日、足柄の夕日の滝で行なった瀧行の時に撮って貰った動画の編集が終りました。
2台で撮影し、片方は寄り気味で、片方は引き気味で撮って貰いました。
両方の映像を編集で組み合わせて見易くしました。
と云っても、素人が撮って素人が編集しているので、決してクォリティは高くありません。
記念の為に撮った訳ではなく、あくまでも後で検証し、修行全体を見直したり、反省点を振り返り、また修業中に見える参加者それぞれの真の姿を見て検証する為です。

昔、もう20年程前でしょうか、同じ様に瀧修行の撮影をしようとしたら、記念撮影は止めて欲しいと瀧守の人に云われた事がありました。
遊び半分で瀧に来る人もいる様で、同じ様に思われたのでしょうね。
ですが、我々が瀧修行を終えて出て来た時、その人の態度は一変していました。
10数名で瀧行を行なったのですが、時間にして3時間以上かかり、その間ずっと不動真言を有らん限りの声を張り上げて詠んでいました。
撮影は、後で検証する為と云う説明はしませんでしたが、我々の修行に対する心が伝わったのかもしれないですね。

確かに軽い気持ちで瀧に来て入る人も多いと思います。
プチ修行やマスコミの番組で遊び半分にバラエティの企画として瀧修行をやってみたり、それらを否定はしませんが、真剣な命がけの修行とそう云うものとの違いは認識して欲しいなと思います。

同じものをどう云う視点で見るか、認識するか、それはその人の心のあり様でもありますね。
表面だけで見るか、そこにある目では見えない心を見るか。
昔からお伝えしている三つのみる(見る、視る、観る)を意識して、深く物事を見て行く事が出来れば、その本質が解って来ます。
そんな意識で瀧修行の検証も行ないたいと思います。

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一芸に秀でる為には

 一芸に秀でる者、全てに優ると云いますが、それは結果論ですね。
一芸に秀でていると認められる迄は、単なる変わり者で超頑固者、拘りが強過ぎる偏執狂と思われ、全く協調性がないと思われているでしょう。
逆に云うなら、それ位じゃないと抜きん出る事は出来ません。
人と同じ事をして、普通の人に見られていたい様な人は、絶対に特別になる事は出来ません。
何で人と同じ事をしなければならないのか、人の真似など絶対にしないと云う位でなければ一芸に秀でる事などあり得ないでしょう。
人と違う事、自分らしさ、自分だけのオリジナリティに拘り抜いてこそ、自分の道は開かれて行くと思います。
人がどう思おうと関係ありません。
どうせ他人など、その人の目線や価値観で無責任な目でしか見ません。
賛美しようと批判しようと、誰も責任は取ってくれません。
他人など所詮勝手なものです。
自分の道を貫いて、苦しい目に遭ったら命がけで道を探せば必ず見つかります。
来てもいない未来に、負の想像をし妄想して恐怖していては何も始まらないし、萎縮した生き方しか出来ません。
やるだけやって負けて打ち拉がれたら、その時に改めて立ち上がれば良いだけの事です。
恐れを根拠にした生き方は、危機管理が出来ていると見られて評価される場合もありますが、無駄や無謀、挑戦のない生き方は、夢もなく、自分らしさもない生き方に思えます。

 全ての人に当てはまる事ではありませんが、自分らしさに徹底的に拘って、変人に徹してみるのも一つの生き方ではないかと思いますが如何でしょうか。
何かの道で一芸に秀でたいのであれば、そこまで拘って、拘り拔く事は必須ではないかと思います。


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道場での稽古、小太刀の恐ろしさ。武道としての空手の動き

 今日はいつも通り道場へ行きましたが、師範とI2段、妻と私の4人だけでした。
基本をやり、その後、型の練習、そして護身術、ミット、スパーリングと云う流れで練習しました。
護身術では、転身から小手返しの練習、その話の流れで短剣等の持ち方についての話になりました。
刃先をどちらに向けて持つか、表持ち、そして逆持ちの違いと対応。
武道としての空手の動きを練習しました。
特に、逆持ちでの短剣の持ち方では、しっかり転身を行なわないといけません。
なまじの護身術では通用しないと云う事を再確認しました。
短剣と云っても、脇差を用いた武術、小太刀の流派もある様に、単に時代劇で女性が用いているひ弱なものではありません。
正しく用いれば、その対応に苦慮する程に危険です。
幾ら武道をやっていても、相手が刃物を持っている場合、実戦経験がなくては中々対応出来るものではありません。
完全に実戦を意識した練習を積み重ねておかないと、除けたつもりで次の瞬間には切られるか刺されるかして仕舞います。
武道としての空手では、転身、即ちステップワークが命とも云えます。
自分に有利な位置を確保する事、相手の動きを完全に制する位置に動く事。
また、相手が刃物等の武器を持つ場合、何処を受けるかも重要です。
腕や手首の構造を知って防御しないと、受けたと安心した次の瞬間に逆転されて仕舞います。
実戦にはルールはありません。
極端に云えばそこにあるのは生きるか死ぬかであり、何が起きるか解りません。
そんな話をしながら、楽しい時間でした。
その後にミットをやり、スパーリング。
人数が少ないので10ラウンド。
いつもながら、楽しく厳しく劇しい練習でした。
練習後、今日は身体が解れた様な感じでした。
いつもの事ですが、空手はやっぱり良いですね。

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反省点が山ほどあります

 瀧修行の写真や動画を整理編集しています。
が、カメラのセッティングが良くなかったせいもあり、中々苦労しています。
それでも、瀧修行の全容はしっかり写っていますので、撮影してくれた人達が頑張ってくれたお陰です。
三脚やアングルのセッティング等、事前の準備不足です。
また、瀧修行そのものも、滝の状態のせいもありますが、見ていて反省点は山ほどあります。
参加した皆さんに完璧な修行をさせてあげられなかったなと、申し訳なく思っています。
参加した皆さん、一部を除いては殆ど初心者の方々でしたから、それでも満足して貰えたと思いますが、あれでは瀧修行としては甚だ不完全に思えます。
私自身も滝に入って、やり切った感が全くありません。
どうにも消化不良ですね。

ま、兎に角、検証しなければならないので、頑張って整理編集します。
次回は、修行そのものも撮影の準備も完璧にやりたいですね。

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久し振りの瀧修行

 昨日、瀧行に行って来ました。
参加する皆より早い目に着いて、地形の確認をしたり、空気や雰囲気を確かめていました。
瀧のすぐ側に小さな祠があり、不動明王が祀られていましたが・・・。
その前で祈り、法螺を立てている人もおられましたが・・・。
そして皆が到着する直前、道場のI2段がやって来ました。
奥様と娘さん達も一緒で、久し振りに会えて嬉しかったです。
その後、皆が到着し、我々の前に瀧行に入っている団体があるので、ちょっと見学。
プチ修行体験としてはあれで良いのかなと云う気もしましたが・・・。
その団体が終って、我々の修行の始まり。
まず、念入りに浄化し結界を張りました。
落ちて来る水の状態は悪くないのですが、瀧壺や周囲が何とも宜しくないので、時間をかけました。

 今回の瀧はどちらかと云うと、パワーアップや精神統一の為と云うより、浄化の瀧でした。
我々が入ると、途端に水の量が増えたり、瀧が横へ逃げたり、見た目以上にきつかった様にも思います。
参加した女性陣は一回、男性陣と私は二度入りました。
終った後の皆の顔は完全に浄化されていて、とても良い顔をしていました。
まだ入りたそうでしたが、物足りない位で止めておかないと、限界を越えて仕舞います。
ま、概ね良い瀧だったのではないでしょうか。

が、私としては不完全燃焼な瀧でした。
整備が出来ておらず、行場としてはあまりにも不完全ですし、足場も大変悪くて、何より空気が乱れ過ぎています。
ま、久し振りのリハビリと思えば、良いかなと云う感じでしょうか。

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明日は瀧修行です

 明日は、本当に久し振りに瀧行に行って来ます。
20代の頃は、毎日毎晩瀧に通っていました。
1000回以上、瀧行をやったでしょうか。
30代になって仕事を始めて、何度か弟子の指導で瀧行をしましたが、最近は内弟子に指導を任せていたので、全く瀧はやっていません。
今回は、指導を任せている内弟子の一人が都合が悪く、また修行する予定の瀧の状態(穢れの状態)があまり良くないので、内弟子のサポート的な意味で同行する事にしました。
が、日が経つに連れて、私が指導すると云う雰囲気になって来て仕舞っています。

瀧の浄化と結界を私がやる予定ですが、瀧そのものの浄化は瀧に入らないと出来ません。
なので、明日は私も久し振りに瀧に入る事になりそうです。
ま、瀧の前に立ったら、自然とスイッチが入って仕舞いそうな気もしていますが。
内弟子の立場もありますし、余り出過ぎた事はしたくないのですが。
ま、行ってみて、その場の流れ次第ですね。

参加する人達は数回瀧行をやった人達や、全く初めてと云う人も一名いる様です。
死ぬ気で入って貰いましょう。
そのつもりで入れば危険ではありません。
軽い気持ちで入ると危険です。
命を捨てて命が守られる、これは荒行の鉄則。
私も同じです。
気合い入れて、死ぬ気で入って来ます。

後で検証する為に動画や写真を撮ります。
記念の為じゃなく、後でじっくり行を検証する為です。
その内、お見せ出来ると思います。

それでは、気合いを入れて!!
           押忍!!

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命を燃やして生きたいですね

 運が悪いと相談される方は多いですが、そう云う方の多くはネガティブ思考の癖があって、何かあるとすぐに諦めて仕舞って、また行動力に欠けている事があります。
ただ悩んでいるだけ、悩んでいて物事が解決するなら幾らでも悩んで下さいと思いますが、堂々巡りしているだけで、益々ネガティブになって暗くなるだけ。
時間とエネルギーの無駄なだけです。
悩まないで、解決策を考える、何か方法がないか探る。
悩むな考えろが大切です。
グダグダと愚痴ばかり云っていても、何も解決しません。
愚痴を云っている暇があるなら動け!!ですね。

運や未来を切り開きたかったら、人がやっている当り前の事はやって当然。
それにプラスして、何か人がやっていない事を付け加えてやって行けば最高です。
やるべき事はやるしかない。
やりもしないで愚痴を云っていても意味がありません。

そして、何より行動する事。
頭で考えて悩んで、行動しなければただの妄想でしかないです。
夢想、妄想しても、現実は変わりません。
練習しなければ空手が強くならないのと同じです。
幾らシュミレーションしても、本を読んでも映像を見ても、学ぶ事は出来ても、行動しなければ何も変わりません。

 まず行動する。
行動しながら考える。
絶対に諦めない。
必ず勝ち抜くと云う決心をしてポジティブな思考を心がける。
絶対にネガティブな言葉や思考を持たない。

 やるだけやって、結果はどうなるか解りませんが、命を燃やして生き抜きたいですね。

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人間が勝手過ぎて、神仏でも怒る時はあります

 ここの所、神や仏の祟りが原因で起きている様々な不調の御相談が増えています。
一見すると単なる霊障に見えて仕舞ったりします。
また、全く霊的な雰囲気や臭いがない時もあります。
ですが、現実的に起きている現象や不調を検証して行くと、そこに論理的な整合性に欠けるものが見つかり、ならばと深く深くトレースしてみると、原因となっている神や仏の存在が感じられます。

 色々な事が起きて、祈りを込めて勧請した神や仏。
その時、その場では皆さん真剣に祈り、また救いを求めたのだろうと思います。
また、神や仏もそれに応えて来た。
でも、時代が移り、時が経つ中で世代も変わり、世の中も変わって行きます。
数世代経って仕舞うと、その時の祈りや願い等、いつの間にか忘れ去られて、その有難みさえ忘れられて仕舞う事もあります。
せめて、その時の事を語り継がれていれば良いのですが、それさえもなくなって、神仏の像や祠がそこにある意味を全く誰も知る者がいないなんて事になると、時に余り宜しくない事が起きる事もあります。
土地の開発等で、何も知らぬ者が土地を掘り返して浚い、そこにある像や祠も破壊して仕舞ったり、そうでないまでも全く誰も感心を持たなくなって放置されて仕舞う。
酷い場合は、その上に建物を建てて仕舞ったりする事もあります。

神や仏にしてみれば、頼まれてやって来て守ってやったのに、その仕打ちはないだろうと怒っても当然です。
神仏なのだから、それ位は大きな度量で許してくれたら良いのに、と云うのは余りにも人間の身勝手な理屈。
何もして欲しい訳ではなく、ただ祈って欲しいと思っているだけなのに、うち捨てられ壊され、無視されて、それで怒るなと云う方が無理ですね。
大体、人間なんて自分の勝手な御利益を望んで祈るだけで、やれ御利益があるだの、ないだのと、勝手な事ばかり。
感謝の心もない輩が多いですね。
それじゃ怒るのも当り前でしょう。

 時代が移り、世の中も変化し、そう云う純粋な祈りや信仰が段々と薄れて消え去って行く中で、残念ながら祟りが増えています。
うち捨てるなら、壊すなら、せめで法要でもして、まずお帰り戴くと云う礼儀位は守りたいですね。
神仏を怒らせない為にも、祟りを受けない為にも、お互いの為に礼儀と筋は通しておきたいものですね。

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今日は空手の日

 先週は都合で休んで仕舞いましたが、今週は道場へ行って来ました。
予想していたよりはスタミナも残っていて動けました。
が、やっぱり疲れました。
基本をやり、型をやり、そして移動稽古。
そしてスパーリングでした。
今日の参加者は私と師範を含めて、黒帯4名、その茶帯が2名。
スパーリングでは4周したので都合20名となりました。
流石に疲れました。
でも、いつも通りスッキリもしました。
疲れましたが、満足満足です。


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