natuko_book

「ママは身長100cm」

 ハフポストブックス
 5/25発売 amazonで予約受付中!

←画像をクリックするとアマゾン購入ページが開きます


「身長100cm、車椅子ユーザーの小さなママ
 まわりを巻き込み、助けあう子育てのコツとは?
 みんなと同じ、でもちょっぴりちがう 小型ママの子育て」

キャスター 有働由美子さん推薦!
「自分の命、自分の人生なんだもん 
 夏子のように生きたいな」



車椅子で、どうやって電車に乗るの? かかる時間はどれくらい?ぜひ見てね! 障害者の暮らし 車椅子ユーザー編【フリー・ザ・チルドレン・ジャパン】

カテゴリ:コラム 記事 > 東京新聞・中日新聞「障害者は四つ葉のクローバー」

20180401相手に近づく一言


























東京新聞・中日新聞
2018年4 月1日(日)
障害者は四つ葉のクローバー 
相手に近づく一言


初対面の人に会うことが多いこの時季、私は自己紹介に頭を悩ませます。まわりにとってはまだまだなじみのない「障害者」。「大変そう」というイメージを持たれ、「何か失礼なことを言ってしまわないか」と過剰に気にされ、距離を置かれがちなのです。

私から相手にさりげなく声を掛けるようにしていますが、自分から積極的に話しかけるのは面倒なこともあります。頭も使うし、気も遣うし、疲れるもの!でも声を掛けられるために相手と目が合うのを待っていても、車椅子に乗った私の高さは1メートル。子どもとは目が合っても、大人と目が合うことはなかなかないのです。だから自分から声を掛けるのはポイントです。

「ここに来るのは初めてですか?」「この帽子、素敵ですね」「お子さんのカバン、使いやすそうですね。」などなど。車椅子の私に話しかけられ、びっくりしたり、戸惑ったりする人もいますが、なるべく気にしないようにします。そして少し会話がはずむと「私は骨が弱いので車椅子に乗っているんですけど、子どもたちも一緒に乗るんですよ」「お出掛けはいつもヘルパーさんとします。一日10時間、ヘルパーさんが来てくれます」と私の生活のスタイルも伝えます。

少しの会話で、お互いの距離が一気に縮まります。時には「車椅子って便利なんですね」「ヘルパーさんがいて、たくさんの人が関わっていてすてきですね」と言ってくれる人もいて、私も嬉しいです。

 私はできないことも多いですが、工夫をし、助けてもらいながら、みんなと同じように生活しています。そして私も、私の得意なことを生かし相手の力になりたい、と願っています。

 障害のある人と出会ったら、ちょっとの会話を楽しんでみませんか?きっと発見がありますよ!


写真:子ども食堂でママ友家族と。子どもたちは大喜び、ママも楽ちんです。














20180301先生と交流続けたい



























東京新聞・中日新聞

2018年3月18日(日)
障害者は四つ葉のクローバー
先生と交流続けたい


 2017年度もあと二週間、別れの季節です。私は小・中学校は養護学校(現:特別支援学校)に通い、クラスは私一人だけことがほとんどでした。いつも担任の先生と2人で過ごすで、私にとって先生は大親友。私のことをたくさん伝えたいし、先生のことも知りたかったです。

 特に小学1、2年生は持ち上がりで、大好きでした。でも彼女が転勤することになり、それを知ったのは修了式の直前。大好きな人が急にいなくなり、会いたいのに、会えない。8歳の私は本当に悲しかったです。

 子どもの世界は大人が思うよりもはるかに狭く、生活に関わる一人一人が大切です。先生の急な転勤は「諦めることも大事」という大人の世界をつきつられた感じがしました。そして大人への信頼、期待を裏切られた出来事でした。

先生は職業的に必要なこともあり、児童生徒の家庭環境をはじめ、多くのことを知っています。でも逆に子どもが先生のことを知る機会は少なく、プライベートなことを聞いても言葉を濁されます。対等ではないこの関係が私は悲しいです。

大人になった今でも、同じ不安や悲しさに直面することがあります。わが子の保育園の先生と仲良くしたいのに、保護者は先生のプライベートを聞かないのがマナー。お茶をしに行くなんて絶対にできません。魅力的な先生と仲良くしたいのですが。

いま現場で働く先生方にお願いです。転勤が決まったら、できるだけ早く児童生徒に伝え、たっぷりお別れの時間を持ってほしいです。そして連絡先が分かるとよりうれしいです。「先生」「児童生徒」という肩書のせいで付き合いが途絶えると、傷を抱えてしまう子どももいます。「大好きな人とつながっていたい」という子どもの気持ち、大切にしてほしいです。

 

写真:ほとんど一人だけのクラスですごした小・中学校時代。小学四年のときの大好きな先生と。

20180304それぞれの働き方を



























東京新聞・中日新聞
2018年3月4日(日)
障害者は四つ葉のクローバー
それぞれの働き方を

別れと出会いの季節がやってきました。総勢10人以上のヘルパーさんに支えられている我が家でも、別れがあります。
 
 週二回来ている大学生のヘルパーさんが、4月から就職します。就職後も休みの日に月1回程度、来てもらいたいと思い、会社に聞いてもらいしました。でも「副業を認めていない」「休みの日に他の仕事をすることで、本業に支障をきたすと困る」という理由で認められませんでした。

 残念だったのと同時に、疑問もわいてきました。就職したら、会社を最優先することが求められているようだからです。アフター5や土日の使い方まで制約することは、人生を会社にささげなければいけないと言われているようなものでしょう?

 もし病気で休んだら「自己管理ができてない」と責められるだろうし、趣味のために休むなんてもってのほかでしょう。でも毎日の楽しさ、人生の豊かさは、仕事以外の時間にも作り出されるもの。社員それぞれの生き方を尊重しない職場では、会社にとっても不利益が出るのではないでしょうか。

 車椅子の私にとっては、ラッシュ時の電車通勤は危険だし、階段があったり、狭かったりする会社では働けません。フレックスタイムや在宅勤務があれば、より働きやすくなります。ちょっとのルール変更で、働ける人が出てくるのです。

 雇用者は試行錯誤しながら既存のルールを変えていくことを恐れず、被用者も「自分にとっての働きやすさ」を求めることを諦めないでほしいです。人は一人一人違うので、特別に配慮するのではなく、それぞれに合った形を提供していきたいですね。働き方改革が求められる今だからこそ「トライアンドエラー」を。失敗を責め合うのではなく、新しい形を模索していきませんか。



写真:昨年出演した舞台「月夜のからくりハウス」。私(中央)はマーメイド姿で、ミゼットプロレスのマネジャーをしました。

20180218「肩書」より名前で


























東京新聞・中日新聞
2018年2月18日(日)
障害者は四つ葉のクローバー
「肩書」より名前で

学生時代、米国に留学した時、困ったことの一つが、先生の名前を知らないと、質問できないことでした。「先生!」と呼ぶのではなく、「ミスター」や「プロフェッサー」に先生の名前を付けて呼ぶためです。またアメリカでは先生が保護者を「〇〇ちゃんのおかあさん」ではなく、その人の名前で呼ぶのが普通で、個人を尊重していると感じました。

結婚すると、急に夫の同僚や知り合いから「奥さん」と呼ばるようになり、その違和感も忘れられません。私の名前、言い換えると私自身は必要がないように感じられ、夫が前に立たないと何もできない気持ちにさせられました。

今は時々子どもたちに「今日はママはお休み。なっちゃんって呼んでね」という時間をつくっています。名前で呼ばれると、がんばらなくてもいいかな、手を抜いちゃえ!と、気持ちが楽になるからです。私は、友だちの子が泣いたり、イタズラをしたりしても、温かく見守ることができますが、わが子だと「どうしたんだろう」と気になってしまいます。「ママ」と呼ばれると、「母親として何かしなければならない」と思ってしまうのです。「肩書」で呼ばれると、無意識に社会的役割を担ってしまうのですね。

インターネットで「あたしおかあさんだから」という歌が、理想の母親像の呪いのようだと話題になりました。女性は子どもができると「母親なんだから、仕方ない」と諦めてしまうことの多いこと!でも名前を呼んでもらえると、やりたかったことを思い出し、自分らしさを取り戻すことができるかもしれません。

 そして相手を名前で呼ぶことで、今まで知らなかった面白い一面を発見できるかもしれませんよ。肩書にとらわれず、お互いに「名前」で呼び合うのことをひろめてみませんか?

 

写真:私の車椅子に乗って、車掌さんを見るのが大好きな子どもたち

20180204



























東京新聞・中日新聞
2018年2月4日(日)
障害者は四つ葉のクローバー
「恋する車椅子ガール」

子どものころからおませで、恋バナ(恋の話)が大好きな私。「好きな人と目が合ってドキドキしたり、わざといじわるをしたり、手を繋いでデートをしたり。あ!でも車椅子だから手を繋ぐタイミングが難しいな…抱っこはしてもらえるから、それがポイント高いかな」などと思い描いていました。

高校の時、好きな男子のいるクラスによく遊びに行っていました。彼とは学校ではあまり話さないのですが、毎晩12時間も電話をする仲でした。

 ある日、彼が「夏子が教室に来ると、目立つから困る」。ショックでしたが、友だちに相談すると「声が高いし、うるさいから、目立つのかも。少し静かにしてみたら?」とアドバイスをされました。車椅子だから目立つのかも、とも思いましたが、車椅子を使う私を変えることはできないので、仕方ない。できるところで努力をしなくちゃ、と思っていました。

やりたいことをなんでも試してみる私は、恋愛でも常に積極的でした。偶然を装って下校時間を彼に合わせてみたり、デートの約束をしたらお弁当をちゃっかり作っていったり。

 「好き」アピールのあからさまな私は、時には男性たちには重かったことでしょう。大学で出会った夫とも、付き合うまでに何度もふられましたが、いろいろな出来事が重なり、いつの間にか彼の気持ちが私に向いていました。

もちろん障害があると恋愛・結婚にハードルはあるでしょう。でも私の障害をなくすことはできないので、それを理由にしていたら何も始まりません。そんな私の恋愛の数々は、若気の至り、今思いだすと恥ずかしいことばかリ。でも本当に楽しかったです。

 そしていっぱい泣いたつらさや悔しさも、今の私を作っています。いろいろな気持ちを味わえる恋愛が、私は大好きです。


写真:2005年に今の夫と行った東京・葛西臨海公園でのデート。


20180121



























東京新聞・中日新聞

2018年1月21日(日)
障害者は四つ葉のクローバー
「痛くても楽しみを」

もうすぐバレンタイン。子どもの頃からお菓子作りが大好きだった私は、当日に向け試作しまくるのが恒例!味が良く、見た目もよくて、そんなに手間もかからず、常温で保存でき、ラッピングしやすいもの。ガトーショコラ、トリュフ、スイートポテト、クッキーなど、いろいろなものに挑戦しました。

 

しかし骨の弱い私にとって冬は体が硬くなり、骨折しやすい季節なのです。せっかく計画、準備をしても、骨折のため諦めざるを得ないときも。悔しいけれど、それも私にとっては日常茶飯事。計画を立て直して、「二週間もたてば痛み治まるからこれならできる」「動けない代わりに今年はこうしよう」考え、その時間を楽しみました。

 

時々、周りから「障害があるのに、どうしてそんなに前向きなの?」と聞かれることがあります。いま思うと、子どものころから骨折、入院を繰り返したおかげで、どんな状況でも楽しむことが得意になったのではないかしら。

もちろん、痛いし、動けないし、嫌だと思うことはたくさんありました。でも動けない間はビデオを見たり、お菓子を食べたり、ゲームをしたり、友だちを家に呼んだりと、それなりの楽しみ方がありました。そして治った後にやりたいことを考え、楽しみを膨らませていました。

 

また私は姉が二人いますが、二人とも障害がなくても、それぞれに、うまくいかないこともあるようでした。だから私は「歩いている」ということに、そこまで魅力を感じなかったのです。歩けても歩けなくても、いいところ、悪いところは同じだけある。うらやましく思ったところで、私は歩けるようにはならないので、考えないようにしていたところもあるでしょう。歩けないことが当たり前だと、自然に受け入れる子ども時代でした。



写真:姉と一緒にミカン狩りをする私。家族であたらこちらに出かけました。

20180107心配するより応援を


























東京新聞・中日新聞
2018年1月7日(日)
障害者は四つ葉のクローバー
「心配するより応援を」

 明けましておめでとうございます!皆さんはどんな一年にしたいですか?私は今月、トークショーに出演。本も出版したいと思っていて、ステップアップできる年にしたいです。

 私の三十五年間を振り返ってみると、やりたいことを周りから反対されることの多かったこと!つらいこともありました。

 十五歳のとき、養護学校(当時)の中学部から普通高校への進学を、両親や先生方から反対されました。階段だけの校舎での移動や骨折時のことを心配されたからです。前例のないことに周りは同意してくれず、最後は私が無理を言って受験をし、合格しました。

 沖縄から東京の大学へ進学も、一人暮らしも心配され大反対されました。これも強行突破、笑。

 さらに結婚をするときは、パートナーの親戚一同から大反対。何度も話し合いましたが説得できず、結婚式の招待状すら受け取ってもらえず、未開封のまま返送されました。彼の親族は両親を含め、一人も出席しないままの挙式でした。

 そして出産も猛反対されました。障害者に子育てができるはずがない、障害が遺伝したら大変、私の体も心配ーなどなどです。信頼でき、出産を応援してくれる医師がいたこと、障害がありながら子どもを育てる先輩方の情報があったことで、妊娠・出産を乗り越えられました。

 周りが私のことを思って心配してくれるのはありがたいのですが、「大変よ」「無理よ」を言われ続けるのはつらかったです。私は「話を聞いてくれ、一緒に解決策を考えながら助けてくれる人がいた」からこそ、ここまで来れました。

 私も新たな挑戦をする人に、心配だけなく「大変なときは助ける」「一緒に考えよう」と伝えたいです。お互いに支え合いながら、新しいことにチャレンジできる年にしましょう!


写真:沖縄の「琉装」で昨秋、七五三をお祝いしました。





20171217車椅子乗れないの?




















東京新聞・中日新聞

2017年12月17日(日)
障害者は四つ葉のクローバー
「車椅子 乗れないの?」

 「入院のため」なら新幹線に乗ってもいいですよー。あなたがそう言われたら、どう思いますか?

 先日、筋ジストロフィー患者で寝台型の車椅子を使う詩人の岩崎航さん=仙台市在住=が、仙台から北海道まで新幹線を利用しようとした際、乗車を一度は断られた出来事が報じられました。車椅子がJR東日本の規定より大きかったのが原因でしたが、交渉の末、入院が理由だったために許可されました。でも、私は納得がいきませんでした。

そもそも新幹線に乗るには特別な理由が必要なのでしょうか?普通の人は紅葉を楽しんだり、おいしい海産物を食べたりするためにだって、新幹線に乗ります。しかし、車椅子ユーザーには、それが許されないのでしょうか。

 もちろん大きい車椅子は通路をふさいだり、他のお客さんの迷惑になったりすることもあるでしょう。でも、例えば東海道新幹線のように一日何百本も走る中で、
1時間に1本だけでも大きな車椅子が乗れるスペースがあってもいいのではないでしょうか?

若い人、高齢者、小さい人、大きい人、歩ける人、歩けない人、聞こえる人、聞こえない人。いろいろな人が生きています。しかし商品、サービスはマジョリティのために提供、開発され、平均からずれてしまうと利用できないものが多いのです。

 いま話題の幼児教育・保育の無償化でも、三〜五歳の幼児教育・保育を無料にするより、一時保育や夜間保育、障害のある子の保育など、現状では非常に少ない子どもの居場所を増やしてほしいのです。

当事者が声を上げ続けるのは疲れるし、批判されることもあります。だからこそ「みんなが便利で、幸せ」のため、みんなで声を上げていきましょう!


写真:車椅子、自転車、ベビーカーが何台も乗れるデンマークの電車

20171203ルールを超える一声を




















東京新聞・中日新聞
2017年12月3日(日)
障害者は四つ葉のクローバー
「ルールを超える一声を」

先日、車椅子の私、夫、息子(四つ)と、娘(二つ)で東京メトロを利用しました。エレベーターがなかったので、私は階段に取り付けられた車椅子対応の昇降機を使いました。娘はベビーカーで寝ていたので、駅員さんに「ベビーカーを夫と一緒に持っていただけますか?」とお願いすると、「お子さんが乗ったままだと駅員は持てない決まりです。お子さんが乗っていないベビーカーだけならお手伝いします」と言われました。

階段しかない状況があるのに、そんな決まりがあるだなんて!昼寝中の娘を起こすのは気が引けたので、仕方なく、夫が一人でベビーカーを持ちながら階段を降りました。周りにたくさん人もいたのですが、「手伝いましょうか?」と声を掛けてくれる人は一人もいませんでした。


「子どももベビーカーではなく、車椅子に乗った方が便利じゃないかしら!?」と思いましたが、助け合いが乏しい現状に悲しくなりました。昨年、いわゆる「障害者差別解消法」が施行されましたが、「育児差別解消法」も必要かもしれません。親が一人でベビーカーを持って階段を降りることは、事故につながる可能性が高いのですから。

また車椅子の私がヘルパーと一緒に移動をしていると「人が一緒だから手を貸さなくても大丈夫」と手助けするのをやめてしまう人も多いようです。同じように、泣いている子どもや、ベビーカーを持っている人がいても、「親が一緒だから大丈夫」とみなしてしまうのでしょう。

でも周りの人がドアを開けてくれたり、子どもに声を掛けてくれたり、荷物を持ってくれたりすると助かります。知らない人への声掛けを、ちゅうちょすることもあるでしょう。でもその一声が、ルールを超える優しさにつながるのです。目の前の人へ「何か手伝いましょうか?」の一言、掛けてみませんか?


写真:車椅子を押して手伝っているように見える息子(左)時々ぶら下がって遊んでいます(笑)













20171117男女にとらわれず




















東京新聞・中日新聞
2017年11月19日(日)
障害者は四つ葉のクローバー
「『男』『女』にとらわれず」


「ママのこと、守ってあげる」4歳の息子が私に言ったのです。突然でびっくりしたのと同時に、ついに来たか、とも思いました。男性が女性のことを守るという固定観念、あるんですよね。私は「ママは守ってもらいたいと思ってないよ。一緒にしよう、の方がうれしいな。ちなみにパパはママのこと、全然守ってないよ」と伝えました。

男だからこうしなきゃいけない、女だからこうしたほうがいい、をなるべくなくしていきたい私。その考えが偏見や差別につながることがよくあるからです。男女の性差による役割分担が少ないと言われるデンマークでは、女性だって大きな荷物を持つし、男性だって家事育児をこなします。性別や見た目にとらわれず、息子自身も好きなことをやってほしいし、相手のことを受けいれられる人になってほしいです。

私たちの身の回りには性的役割に捉われたが表現の多いこと!例えば教科書の挿絵では、医師など「職業人」のイラストは男性が描かれることが多いです。テレビ番組でも、男性と女性のペアでは男性が発言し、女性は聞き役という設定をよく見かけます。男女機会均等法ができて30年以上たちますが、性差のある考え、表現が多いことにはがっかりです。

また障害のある私を「大変そう」「助けてあげないと」と思う人も多いでしょう。でも、私は不便なことはありますが、毎日がなかなか楽しいです。助けてほしいと思うときもありますが、誰かを助けたい、といつも思っています。

男、女、大人、子ども、障害者、○○出身、などでひとくくりにしがちですが、人は一人一人違います。誰だって自由な考えを持っていいし、やりたいことにチャレンジしていいのです。また誰を好きになっても、もしくは好きな人がいなくてもいいのです。いろいろな生き方、好きの形を大切にしていきませんか。

写真:ピンクのゴムで髪を結ぶのが好きな4歳の息子

↑このページのトップヘ