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車椅子で、どうやって電車に乗るの? かかる時間はどれくらい?ぜひ見てね! 障害者の暮らし 車椅子ユーザー編【フリー・ザ・チルドレン・ジャパン】

カテゴリ:コラム 記事 > 琉球新報「おはなしありんくりん」

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琉球新報 2014年8月1日
「子どもは誰でも幸せ」

 町中の子どもにジロジロ見られる車椅子の私。子どもはこそこそと、時には堂々と「見て!」「大人?子ども?」と言い、なんともおもしろい。しかし、先日、私が列をなして歩いている幼稚園児たちの横を通っても、誰からの視線も感じなかったのです。あれ?いつもと違うなぁと思い、よく考えてみると、そこは日本でも有数の、自立した障害者が多い東京都国立市でのことでした。ヘルパーをはじめ、様々な制度を使いながら、普通に生活している障害者がたくさんいます。きっと子どもたちも、車椅子ユーザーを目にすることが当たり前なのでしょうね。


 ヘルパー制度や児童デイサービスなどの制度が整えられ、障害者の住みやすさは20年前と比べると進んでいるでしょう。しかし障害者に対する偏見や、マイナスイメージは、どこまで変わってきたのでしょうか。


 いま話題の出生前診断でも、胎児に障害があるとわかった場合は、中絶するのがほとんどですし、障害者を目にすると、大変、かわいそうと思う人もたくさんいるでしょう。


私は、自分でも不思議なのですが、障害がない方が良かった、と思ったことが一度もないのです。障害があっても、なくても、人は大変なこともあるし、嬉しいこともあると思っていたからです。

 私にとって一番身近にいた健常者は、姉二人で、そのどちらも普通に歩き、車椅子は使っていませんでしたが、それなりに大変なこともあるようでした。もちろん時には歩ける姉たちが羨ましく、友だちと手をつないで、足を上げて「はないちもんめ」をしたり、学校帰りに草むらで冒険したりと、私もやりたいことはありました。でも私にもできる楽しいことが、毎日たくさんありました。


 子どもは誰でも、人生を楽しむ才能に溢れています。あたたかく見守ってくれる大人がいれば、どんな状況でも笑顔が絶えないでしょう。「発展途上国の子どもたちの笑顔に励まされた」という人がいますが、子どもにとって、貧しいか、お金持ちかは、関係のないことなのです。

 
 しかし、幸せのものさしが別にある、と教えられた時、人は笑えなくなってしまうのかもしれません。私は「歩けた方が楽しいんだよ、車椅子は大変だよ」と言われた記憶がなく、それが私を無邪気に、楽しくさせていたのでしょう。


 国立市のように、人の考え方のソフト面と、建物のハード面、両方で必要なバリアフリー。でも日本の多くでなかなか進まないものなので、まずは自分の中でのバリアフリーを築き、楽しく過ごしたいです。

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琉球新報 2014年7月18日
「育児で知る 新たな自分」

映画「チョコレートドーナツ」を見てきました。舞台は1970年代のアメリカ、同性愛のカップルが主人公で、差別、偏見と戦うストーリー。辛い場面もあるのだけど、二人がお互いを想い合う気持ちが素敵で、チャーミング。私も幸せになりました。そして障害を持った子どもを育てる二人の、愛情の深さにも号泣。映画後は、私は留守番させた息子に早く会いたくなりました。子どもができて、私の中で新たな視点、感情が出てきて、親の気持ちに共感せざるをえません。一年前の自分には想像もできなかったことで、なんだか不思議な感じがします。


新たな感情といえば、親バカの私。一時保育に息子が通い始め、彼が保育園で何をしているのか気になって仕方がない。水遊びでどんな顔をするのかな、友だちに噛み付いたりはしないかな、昼ごはんは何を食べたのかな、どんな椅子に座るのかな、お昼寝ではどうやったら眠るのかな、などなど興味はつきません。一日中、陰から見ていたいくらいです。


 それなのでお迎えに行った時、先生に聞きたいことはたくさんあるのだけど、うるさい親だと思われないように、また忙しい先生の邪魔にならないように、我慢がまん。保育士の友だちに相談したら「一日ふたつくらいの質問ならいいかもよ」とアドバイスをもらったので、迎えに行く前にはじっくり考え、ふたつの質問を考えていく私。


 しかしそんな私は、親が私にいろいろ聞いてくるのが面倒くさく、何か質問されると、機嫌が悪くなるのです。いつも「なんでそんなことまで知りたいの?」と思っていたのだけれども、今の私は息子に同じことをしようとしているじゃないですか!?自分で自分がおそろしい、笑。


 手抜き、適当な子育てをしている私が、唯一こだわっているのが離乳食。野菜中心で、肉、魚、乳製品はそんなに取らない我が家の味に、碧にも慣れて欲しく、早く私と同じものを食べてほしいからなのです。ありがたいことに、碧はよく食べる。野菜も豆腐も大好きで、あげる手を止めると「うーうー(もっともっと)」と催促してきます。先日は沖縄から送られてきたゴーヤーに豆乳を混ぜたスープをおいしそうに飲んでいました。


 私が食に手をかけているのも、料理が得意な母譲りなのかもしれませんね。子育てを通して、新たな自分の一面を発見し、自分が育った家族のことも省みることができ、なんかだ恥ずかしいような、嬉しいような。今月1歳を迎える息子、私の母親歴もやっと一年です。

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琉球新報 2014年7月11日
分断する「物差し」不要

 一時保育に通い始めた息子の碧。私は自由な時間ができ、この原稿を書く時間も取れて、ありがたい限りです。しかし、ふと思うのが、もし息子に障害があったら、一時保育に預けるのは難しかったかもしれない、ということ。

 私の障害が子どもへ遺伝する確率は50%。妊娠前から子どもも同じ障害があるだろうと思っていたし、妊娠中のエコー検査でも、骨折しているかどうかを丁寧に見ていました。しかし生まれてみると、息子には遺伝していないようです。検査をしていないので確実ではないのですが、碧はよく動き、立ち、勢いよく転んでも元気なので、骨に障害があるようには見えません。息子に障害がないことに、私は戸惑うくらいです。

 子どもに障害があると、保育園を選ぶにも、障害の説明から始まり、安全面をどこまで重視するか、ヘルパーがつけられるか、車椅子を使うか、バリアフリーなどの設備面はどうか、まわりの保護者への説明をどうするか、など考えることが山積みです。入園までに、何度も園との話し合いを重ね、通い始めてからも、日常生活だけでなく、遠足、運動会、お泊り保育などのイベントがあるごとに、細かい対応に追われてしまいます。

 小学校入学では普通学校の通常学級か支援学級、もしくは特別支援学校にするのかに悩み、希望が通らないこともよくあります。

 そういう大変なこと、めんどくさいともいえることが、今のところない私と息子。保育園には、空きがあれば簡単に入れる現状はありがたいのだけど、そうはいかない障害を持った子どものことを考えると、複雑な気持ちになります。障害があろうとなかろうと、入園や進学は希望通りに行くべきだし、日常のサポート体制が整えられるべきなのに。障害があると、壁があちこちで立ちふさがってきて、2倍にも、3倍にも頑張らざるをえないことが、悔しく、悲しく、辛いところ。

 もし碧が「お母さんと同じ小学校に通いたい」と言ったらどうなるのでしょう。障害がないと特別支援学校に通えないのに。障害がない人は、障害がある人と関わるチャンスを奪われてしまうこの仕組み。障害児だけでなく、障害がない子にとっても、これは残念なことなのに。お互いがいつの間にか分断され、分けられることが当たり前になっています。大人の作った「分ける物差し」よりも、子どものすぐに人と仲良くなれる「好奇心と優しさ」を大切にしたいですね。

 
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琉球新報 2014年7月4日
「差別」と「キャベツ」


「差別」と「キャベツ」ってなんだか似ている。時間をかけながら、いくつもの問題(葉)が重なりあい、何重にも包まれ、確信(芯)が見えにくいんだもの。都議会のヤジ問題も女性差別のひとつ。あんな発言をするだなんて、議員としてありえないし、人として許せないです。

 同時に、その場ですぐに止めに入る議員がいなかったのが残念なところ。取り囲むまわりの人たちが、見て見ぬ振りすることは、加害者と同じくらいひどいことなのに。問題は一人の力では解決できません。一緒に動いてくれる人がいることで、問題が解決されていくのです。

自分の考えがまわりと違う時、それを言い出すのは難しいことだと思います。特に相手が年上や上司、大勢の前だとなおさらでしょう。でも一言が、自分を救い、まわりも救うこともあるのです。

 私は結婚するとき、夫の家族、親戚から猛反対にあいました。私が障害者だからです。理解を求めて話し合いをしても、親戚一同からはひどい言葉をかけられるだけでした。彼の親族からは一人も理解を得ることはできず、結婚式には彼の親族は誰も参列しなかったのが悲しかったです。

 反対されたのは辛かったのですが、私がそれ以上に辛かったのが、私のまわりにも「彼の親が反対する気持ちもわかるわ」と言う人がいたことです。「仕方ないよね」と差別を肯定しては、差別はなくなりません。差別を目の当たりにした時、声を上げないことは、同調したことと同じになってしまうこともあるのです。そして、仕方ない、と流すことが、差別を築いているのです。

 「無視は一番の暴力」と言うマザー・テレサ。誰もがマザーのようになるのは難しいですが、見て見ぬ振りも、加害者になってしまうことを心に留めたいです。

 どんなに頑張っていても、素晴らしい人でも、「女性」「障害者」「子ども」などの弱い立場にカテゴライズされると、簡単にいじめられたり、差別されることがあります。差別をする側は、自分の行動を意識している時もあれば、無意識な時もあるでしょう。パワハラなどでは「私は部下を厳しく教育し、いいことをしている」と思い込んでいる人もいるでしょう。だからこそ、まわりの人たちが声をあげていくことが大切なのです。「差別」と聞くと、重い響きで、あまり関わりたくない気もしますが、キャベツのように身近に、そしていろんな調理方法で、上手に向き合っていきたいですね。そして「差別をなくすレシピ」を都議会のみなさんにも考えてほしいですね。

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琉球新報 2014年6月27日
情報は「ゆんたく」から

 買い物でも、旅行でも、自分で調べて選ぶのは楽しみの一つですよね。しかし、私にはそうならないことも。ネットでバリアフリーと書かれた宿を見つけても、実際に行ってみると部屋のドアが重くて開けにくかったり、トイレやお風呂が狭くて車椅子が入らなかったりするのです。ホテルの予約ひとつでも、電話をしたり、利用したことのある友だちに聞いたりと、情報を集めます。

 また車選びでも、車椅子ごと乗れる車は少ないし、車椅子を乗せることができても、シートが潰れ、人が座れなくなる車種ばかり。障害があると、得たい情報がなかなか得られなかったり、得られても、選択肢が狭まってしまうのが残念なところ。自分の好みや、流行を求めたい時もあるのにな。

 昨年の出産では病院選び、お医者さん選びが重要でした。最初から早産の帝王切開と決まっていたため、妊婦である私のケアも含めたMFICUがあるのが理想でした。それまでに産婦人科で診察を拒否されたこともあり、障害を理解してくれるお医者さんを選ぶのも大切でした。妊婦が病院選びによくあげる、「女医さんで、ご飯が美味しくて、アクセスも良くて」を求めるどころではありません。

でも妊娠、出産について、本やネットで調べることはほぼありませんでした。早産や帝王切開についての情報が少なかったからです。早産になった時のリスクは書かれていても、その対処法が書かれている本は見つかりませんでした。出産は十人十色、一人ひとりまったく違うので、何かあった時はお医者さんに聞いてみるしかないのかもしれませんが、何か起こっても対処法がある、という情報がもっとあればいいのに。私のように、平均から少しでも外れると、不安を煽られるばかりです。そんな私は、同じ障害のある友だちに聞くか、直接お医者さんに聞くことで、不安をクリアにしていきました。

 困った時、解決方法が見つからないと疲れてしまい、時には諦めることもあります。でも、一緒に悩み、考え、動いてくれる人がいるがいると、いつの間にか道が開けているのです。「一緒に考えよう!調べよう!」そう言ってくれる仲間を得ることが、問題解決の突破口とも言えるでしょう。得たい情報、欲しい物って、意外と手に入りにくいんですもの。人と繋がることを諦めずに、これからも新しいことにチャレンジしていきたいです。そして友だちとのおしゃべりが、いい情報をくれる「ゆんたくネットワーク」を大切にしたいです。

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琉球新報 2014年6月20日
「ご縁の種まき」大切に

香川を離れ、関東での生活が始まり早三ヶ月。東京には大学生の時から、フリースクールのスタッフを終えるまでの五年間住んでいたので、約10年ぶりの東京生活がスタートです。転勤族の我が家にとって、右も左もわからない新しい土地での生活は大変。知り合いもいないので、心細くなります。でも今回は住み慣れた東京での新生活。友だちにもたくさん会えて、姉も近くに住んでいるので、楽しく、刺激的な毎日です。

最初はヘルパー探しが大変でしたが、知り合いのツテのツテを頼り、10人以上見つかりました。10年前、私の働いていたフリースクールの中学生も、今では成人し、私のヘルパーとして来てくれています。友だちの中にも私のためにヘルパーの免許をとってくれた人もいて、本当にありがたいです。人とのご縁の種まき、いつ、どこで花が咲き、実になるかわかりませんね。また障害者は一方的に助けてもらう存在ではなく、相手を助け、助け合うことができると思っている私。私も支えてくれる人の力になり、ゆいまーるできていると嬉しいです。

内地に住むと、恋しくなる沖縄。先日、うちなーんちゅが多く住む川崎の沖縄料理屋に行ってきました。沖縄そば、人参しりしりー、アンダースーと、久しぶりの沖縄料理を堪能。沖縄の食材が売っているスーパーにも行き、懐かしい!を連発。今回川崎に一緒に行ったのは、私が10年前、母校の首里高校で教育実習をした時の生徒さん。ソーシャルネットワークで再び連絡を取ることができ、東京で就職した彼と再会するまでに。いちゃりばちょーでーのうちなーんちゅの習慣が、インターネットを通しても受け継がれているのです。

人間関係は、楽しくもあり、疲れることも。私は車椅子で目立つので、相手に覚えてもらいやすく、町中でもよく声をかけてもらいます。でも、私は人の顔と名前を覚えるのが大の苦手。誰だか思い出せず、失礼になってしまうことも。特に今の私は息子を通して、ママ友などの新たな出会いが増え、相手を覚えるのに一生懸命。さらには内地特有の気遣い、礼儀で戸惑ったり、母親としての立ち位置に悩んだり、いっぱいいっぱいです。沖縄の、昔から知っている友だちとの時間は心おきなく楽しめるのですが。でも今までのいろいろな人との出会いが、今の私を支えているので、不安もあるこれからの出会いも、明日の私を楽しくするものに繋がっていくと信じたいです。いちゃりばちょーでー、ですものね。

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琉球新報 2014年6月13日
ヘルパー制度に「安心」を


 朝8時、ヘルパーが来て洗濯を回し、離乳食をあたため、一日がスタートする我が家。総勢10人以上のヘルパーに支えられています。仕事を掛け持ちしているヘルパーも多く、学生やピアニスト、住職、パティシエ、保育士などなど。なかなか出会えない人と関われるのがありがたく、楽しいところ。「利用者」と「ヘルパー」という関係ですが、お互いにいろいろ相談しあったり、一緒に新しいことに挑戦したり。毎週必ず会うので、まるで親友のようでもあります。

 しかし、利用者の私は、ヘルパーにやりたいことが伝わらず、イライラすることも。カレーを作りすぎたので「二等分して冷凍してください」とお願いしたら、一つには具沢山、あと一つにはほぼルーのみを入れるヘルパーも。「具もルーも二等分してください」と言わなかったことを後悔しました。人によって感覚が違うので、細かな説明が必要なことも。利用時間内でヘルパー一人ひとりの特性を活かしながら働いてもらえるよう、私の頭はフル回転。人を動かすという点では、まるで私は社長のようです。

今の日本の制度では、ヘルパー利用には制限がたくさんあります。まず通勤・通学にヘルパーは使えません。公共交通機関のバリアは多く、いくら学校や会社がバリアフリーになっていても、通うことができないことに。沖縄県の教員採用試験の受験資格には「自力で通勤できること」という条件もあり、バリアフリーの交通手段が少ない沖縄では、この問題は大きいと感じます。ヘルパーが必要なのに、制度がなかったり、受け入れ側が拒否したりと、障害者の生活はまだまだ厳しい面があります。

 ヘルパーは旅行にも使うことはできません。私の場合、沖縄帰省中にヘルパーが使えないのが辛いところ。ゆっくり里帰りをしたくても、日常生活に支障が出てきます。

 そして入院中にもヘルパーは使えません。日常生活を支えるヘルパーとの関係が切れるということは、入院中の障害者は頼れる人がいなくなるということ。また利用者の入院で、ヘルパーは仕事がなくなり、他の仕事を探さないといけません。利用者の退院後、ヘルパーが戻ってこれないこともあり、利用者も生活がさらに困難になります。

 障害者が当たり前に生活できるように、そしてヘルパーも収入が安定し、誇りを持って働き続けられるように、ヘルパー制度の改善が必要です。魅力的なヘルパーには楽しく働いてもらいたいし、利用者の私も安心して生活していきたいです。

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琉球新報 2014年6月6日
車椅子の母が当たり前


子育てで私が一番困ることは、息子をさっと抱きかかえることができないこと。新生児の時は、座布団に息子を寝かせ、引っ張って移動させていました。ハイハイが始まった今は、呼べば私のところにきてくれるようにはなりましたが、「あっ、危ない!」と思っても、すぐに危険から回避させてあげることができません。本当は料理をするところも見せてあげたいのに、怪我や事故に繋がりやすいキッチンへは進入させられないのが残念。
ちょこっと行きたいトイレや玄関へも、息子を連れていくことはできず、私が見えなくなると大泣きする息子。さっと抱っこして行けたらどんなに楽でしょう。


 息子の体重はすでに私の約半分。彼を抱く時、私は自分の体のバランスを取りながら、両手でしっかり彼を支えないといけません。一歩も動けず、携帯すらさわることができず、息子にべったり。「こんなにも一日中、子どもと密着できるのは母親の特権!」だとも思うのですが、もちろんイライラすることも。これもやりたいし、あれもやりたいのに、息子の相手だけをする私。仕方のないことですが、片手で彼を抱けたらいいのにな、と思っちゃいます。まぁそのうち、息子が私を抱っこして、あちこち連れて行ってくれるかな。


 ぐんぐん成長し、家中をハイハイし、毎日楽しそうな息子。抱っこをせがむ時、他の人へは「立って抱っこをして」と訴えるのに、私とは座ったままの抱っこで満足するよう。どんなにできないことが多くても、息子にとっては私が世界で一人の母親で、私が何をしなくても、私のことが大好き。「親の子どもへの無償の愛」とよく言われますが、私にとっては真逆で「子どもの親への無償の愛」を実感しています。本当にありがたいです。


 今の息子にとっては、身長1mしかない母親が普通で、お出かけで疲れたら車椅子でお昼寝するのが当たり前。そのうち「あれ、みんな車椅子に乗ったことないの?」「お母さんって歩いているものなの?」「ヘルパーさんは家にこないの?」といろいろマジョリティと違うことに気づいていくのでしょうね。それがとても楽しみです。

 先日保育園の見学に行ったら、園児に「どうして小さいの?」と聞かれました。私は「小さい人もいるし、大きい人もいるんだよ」と答えました。だって障害うんぬんに理由はないし、「この世の中にはいろいろな人がいる」という事実だけが真実。もちろん小さい人は稀でしょうが、稀は稀なりに、普通に生活しているのです。時には工夫や苦労がつきものですがね。

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琉球新報 2013年5月30日 
息子の笑顔は一枚上手

 
 私、毎晩寝る前に誓うんです、「明日はパートナー君に優しくしよう!」って。でも毎朝破れるその決意。東京異動になり、予想以上に忙しい夫の仕事。新しい仕事に慣れるのに彼は一生懸命、そして家ではぐったり。家にいる時間も短いので、彼が起きると同時に私はいろいろ話すのですが、彼はぼーっとしていて聞いていない。気づけば出勤時間になり、ばたばたと出ていく毎日。本当は息子と散歩にも行ってほしいのにな。

 仕事を頑張る夫は応援すべきだとは思うのですが、「夫が忙しくて家にいない」イコール「妻の育児休憩が減る」ということ。私もどんどん疲れが溜まり、細かいことで彼に怒りが。「早くこれやってよ」「ダラダラしすぎ」「前にも言ったよ」とガミガミ言ってしまう。彼は「碧のオムツ変えた?」と聞きながら、息子の面倒をみてはくれるのだけど、イライラしている私にとってはそれが逆効果。「変えているわけないじゃん。聞く前に変えたらいいじゃん」と言ってしまう。あぁ、いけない私。妻を気遣う優しい夫の一言が、返って怒りをかうことに。できる範囲で頑張ってくれている夫ですが、その「できる範囲」が彼の仕事の状況でころころ変わるので、私はプンプン火山が噴火してしまいます。お互いに余裕がないと、こんなに悲しい状況です。

しかしそんな状況を救ってくれるのは、賢い息子くん。人見知りが始まった息子は、知らない人に抱っこをされると泣くのに、パパだと泣き止みます。それがとっても嬉しいパパ。「パパのことがわかるのね」と自慢げに、そして嬉しそうに息子を抱っこする夫。ありがたいわ。可愛い息子と過ごす時間が短いパパも、きっと辛いのよね。そして夫は仕事の合間に「時間があるから、少し家に戻ろうか」と電話くれるまでに。そんなに碧に会いたいの?いや、私に会いたいの?とルンルンしていたら、彼は会議があったことに気づき、結局は帰れないことに。そしてまた私は怒りそうになりましたが、息子を見習って、笑顔で接した方がいいのよね、と再確認するのです。良妻賢母でいるのって難しいですね、笑。

 「愛するということはわれらが互いに見つめあうことではなく、ともに同じ方向を見つめることだ」と言うサン・テグジュペリ。子どもができて、見つめ合うことが少なくなった私たちのパートナーシップですが、私たちらしい家族を作り上げて行きたいです。そして私が親になるという選択ができた、パートナーと、息子へは感謝の気持ちを忘れないでいたいです。

ありんくりん7
琉球新報 2013年5月23日
サポートで楽しく子育て

 「車椅子での子育て、大変ね」とよく言われます。私も大変だろうな、と思っていました。でも意外なことに、子育てをしていて、私に障害があってよかった、と思うことが多いのです。たくさんのサポートが受けられるからです。ヘルパーが毎日6〜9時間来てくれ、ボランティアも募っています。保育園では、障害者の親のために、子どもを優先的に入園させる枠があります。実際には待機児童が多く入園待ちなのですが。心配していた子育ても、案ずるより産むが易し!?意外にも楽しく子育てができています。

  障害者の私が、今、たくさんのサポートが受けられるのは、障害者の先輩方が、運動、交渉を続け、制度を築き上げてきたからです。平成21年度には、障害者はヘルパーを使いながら子育てができるよう、法改正もされました。母親が孤独に陥りやすい子育ても、たくさんの人が関わってくれることで、私は心に余裕を持つことができます。特に転勤族の我が家では、新しい土地では知り合いがいなく、得たい情報もなかなか得られず、困ることだらけ。でもヘルパーが毎日きてくれるので、私は人と関わることができ、情報を得ることもでき、本当にあり難い限りなのです。

 ヘルパーやボランティアを探すのは大変。そして来てもらってもトラブルはたくさん。限られた時間で効率的に働いてもらうためには、ヘルパーそれぞれの特性を生かすことも大切で、でも始めは難しい。やりたいことをうまく伝えられず、思うようにいかないこともしばしば。

 さらにヘルパーは、夫も使うトイレやお風呂、リビング、寝室の掃除をしてはいけないのです。家族なので、夫が一緒に使わないスペースなんてほぼないのですが。夫も一緒に食べるご飯の調理や、私の洗濯物と一緒に夫のをまわすこともヘルパーはできません。妻として当たり前にやりたいことなのに。私の夫は平日はほぼ家にいないので、市役所と交渉し、掃除などを特別に許可してもらえましたが、十分ではありません。ヘルパー制度も、実際の生活に応じたものになってほしいです。

 親が子どもを世話し、育てることは当たり前、と思われがちで、困っても、苦しくても、助けを求めるのが難しいママやパパがたくさんいます。そしていざ頼りたくても、子どもを預けることにはお金はかかるし、環境、制度も不十分です。親なら誰でも、いつでも、気軽にサポートが受けられたら、子育てはもっと楽しくなるでしょうね。そして子どもにとっても、親が幸せなのがうれしいですよね。

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