危ない橋は渡るな。

危ない橋

小学校3年頃と思います。
おいどんの小学校は片道、約1里(4km)に所在して”はだし=素足”での通学は日常でした。子供には4kmは長い道のりでしたが、楽しい通学でしたよ。
途中、小高い丘(立本丘)があり、畑のあぜ道を横切り、山の方へ”通学”する
んですよ、そお学校には行かないで1日、野山で過ごすわけです。何人かで。
これを”山学校”と云うてましたな。午後3時頃まで遊び疲れて下校時分に
団体に合流して何食わぬ顔で家路へ、”ちゃんばらごっこ”なんかして。
親は子供が学校で勉強して帰って来たと思い”ちゃんと先生の云う事聞いて勉強したかよ?と聞くわけで。”うん”と云うわけ。2-3日後に誰かが密告して
”山学校”がバレるわけで、”ミミズ腫れ”ができる位、棒切れで親父にたたかれた事はしょっちゅうでしたね。
処で、この橋ですが高さは10m以上はあるでしょうね、この橋の欄干部分を
何回かおいどんだけ渡った事がありますよ、そお小学校3年ころ、”肝試し”の
延長みたいな事で。数年前帰省の折現場へ出向き、上から下を覗き込み”ゾー”として冷や汗がでましたよ。こげな、バカな事をようやったもんよ。
この事も友達には親には絶対云うな、と密約するが、数日後、やはり誰かが密告
してバレテ、又また”ミミズ腫れ”ですわ。
皆さんはこんな、”危ない橋は渡らんでくいやんせ”、と云うても”虎穴に入らずんば孤児を得ず”とも云いますな。あえて、”石橋を叩いて渡る”慎重な人生も良いですが、この時数回の危険な”渡り”の経験から、ある度胸と云うものが付いた様な気がします。しかし、踏みはずしていたら今頃、ブログを書く事もなくその時短い一生を終えていたと思えば、やはり、人生危ない橋(自分の身にかかわる危険な事は避ける)は渡らない方が良いに決まってますな。

それじゃ、皆様猛暑に負けないで過ごして下さい。
中村義昭

私の田舎から始めます。

こんにちわ。暑中お見舞い申し上げます。
毎日、暑い暑い日が続いてますが皆様夏バテ対策はできてますか?
暑い田舎(鹿児島県志布志市)で生まれ育った私は夏には強いハズですがここの猛暑には自信喪失ギミです。
NTC Blog 第1号を投稿するに当たり何を書こうか迷いましたが、やはりこれしか無いと思い、数年前従弟が撮影してくれた田舎の”草野丘”(標高約250メートル)から志布志湾を望む写真を見て頂きたく画像込にしました。
皆様の中には故郷をお持ちの方も多いと思いますが、何と云う先人でしたか、
”故郷は遠くにありて想うもの”、この言葉に尽きますね。奈良に居を構えて30数余年ですが、故郷が脳裏から離れた事はありません。
団塊世代(S.22年生まれ)のおいどんの幼少時代(特に小中学校時代)の田舎の思い出は素晴らしいものでした。貧乏農家の8人兄弟の6番目に生まれた私は学校の教科書から学生服まですべて兄、姉からの”お下がり”でした。でも、これって何か愛着がありましたね。汗臭い服(ボタンがほとんど取れている)や、落書きまみれのボロボロ教科書なんか兄弟愛がにじんでいた様に思います。
今みたいに進級するごとに新しい教科書に代わる時代でなかったんですね。
周りも同じ様な”おさがり”愛用者が多い時代でしたので恥ずかしなんて思いませんでした。
さて、このつづきは次回気の向いたときに書きますね。書く方も疲れますが、よまれるお客様はもっとしんどいでしょうし。
それじゃ、お元気で。
中村義昭NTC ブログ1号写真
 
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