2017年07月22日

追いかけられる

最近よく、追いかけられる夢を見る。
よく知っている街を、ひたすら走る。
 
なにに追いかけられるのかは、わからない。
具体的なだれか、でもない。
学生の頃、テストが近いから焦る、
というのとも違う。
修論の提出が近いけど、何もできていない。
あ、これは少し近いかもしれない。
でも、違う。
  
 
 
今朝の夢では、気がつくとバーの中にいた。
長い壁一杯に長いソファとやはり細長い
テーブルだけ。窓はない。
私はソファに座って、
『顔はよく知っているけど誰だか思い出せない
ひと』たちに囲まれて『店を出なくちゃ』と
思っていた。
 
『誰か』が外に出たから、おれも外に出た。
みんなの膝を開けて茶色の扉を開いて、
坂道にでると、もう『彼』はいない。
 
左にゆったりとカーブすると信号があって、
その信号が、灰色の街の中で大きくせわしなく
黄色く点滅している。
  
走るように坂の街を登る。
大きなビルがある。地元のデパートだ。
でも人はいない。
通りには他にも店がある。喫茶店、ブティック
どの店も人の気配はするが姿がない。しかし
少し遠くを見ると歩いているひとがいる。
黒いシルエットになっている。
 
今度は右に曲がって、広い道を坂と直角に歩く
緑色の広い境内の神社がある。
更にむこうに裁判所がある。裁判所の隣に
パチンコ屋があった。
 
 
 
駅に降りる。
会社の最寄り駅に似ているが、改札廻りの
雰囲気が20年前の改装以前のものだ。
ここはたくさん人がいて、
しかし、みんな無言で歩いていく。
 
 
南側の広い国道を渡る。
中洲のような細長い安全地帯があって、
ちいさな店が、押し合いながら並んでいる。
奥行きのない店に、カラフルだけど
疲れた色合いのミニチュアモデル、 
車や飛行機が並んでいる。
手を伸ばせば届く。
隣の店には、何の本だかわからないが、
毒々しい色彩のカラー雑誌が棚に並んでいる。
  
中洲の店を一通り冷やかして、
残りの信号を渡る。
信号を渡って狭苦しい街を通り抜けて、
アーケードの商店街に降りる。 
 
 
駅の南は高さ15m程の崖になっていて、
そこには3層ほどの商店街がある。
 
信号を渡って、狭い通りを抜けて急に開けると
半円形を幾重にも重ねた、コロッセヨのような
すり鉢状の階段がある。
ここを降りて商店街に入る。
 
 
  
暗い通路を通ると部屋が並んだ地下道。
安い内装で天井が低い。通路の幅だけ広い。 古いビルの地下のような雰囲気で、
蛍光灯の照明が暗く、時代遅れにさみしい。
スナック、居酒屋、その他用途がわからない
部屋が、人がいる雰囲気だけ湛えている。
賑やかではないけれどひとの気配がある。
 
地下道を横切ってまた、更に天井が低くて暗い通路を通ると3層ほどの
背の高いアーケードにでる。
 
入ると、こちらは対比的に明るくて広い。
しかし、照明に暖かさはない。
床はレンガタイル。
屋根のアーケードはキャンパス。
明るいだけで、どこか古くさい店が並ぶ
アーケードも横断すると、こちらは、
4,5階くらいの小さくて無口なビルが 
並んでいる。 
 
 
そこをまた越えていくとまた、
アーケードがある。
しかし、アーケードは屋根しかなく、
並んでいたはずの家々は、
無人か、壊されかけているか、更地になって いるか、いずれにしても、ひとけがない。
 
『この街は再開発するんだったな。』と思う。
 
 
 
あるいはこどもの頃の夏の午後に、

 




 

natsu_0117 at 06:31|PermalinkComments(0)

2017年06月20日

洗濯する

晴れた。
 
 
 
 
六月の空はいつも深い青、じゃなくて
水蒸気を孕んで柔らかく白いんだけど、
珍しくきょうは真っ青だ。 
 
おれがいままで寝ていたシーツの上で、
顔を洗いながら、猫が天気予報を見ている。
『今日は全国的に一日中晴れ。
最高気温は35℃越えになるから熱中症に注意。
紫外線も強いから注意してください。』と、
繰り返し言っている。
 
夕べも暑かった。
猫をどけて、シーツの上に手のひらを当てたら
しっとりとした。
 
 
  
 
よし洗濯しよう。 
 
 
 
 
まずは自分から洗うぞ。
 
裸になってシャワーを開ける。
温度は40℃。
夜中も暑くて、薄く汗を巻いていた皮膚が
心地好い温度のシャワーによって開かれる。
タオルに手早くボディーシャンプーをつけて、
皮膚をすべらせる。
皮膚が最後の膜を失って、息を吹き返す。
 
 
 
身体の裏に手が届かないな。 
昔はなんてことなかったのに。
 
 
  
肝硬変になって、身体が浮腫んだ。
腹が張って苦しくて、立ち上がれなくて、
呼吸もできなくなって、病院に運ばれた。
処置室に入るとマスクをした先生が、太い針で腹の中から、溜まっていた水を抜いてくれた。
 
少し楽になった。
 
こうして5年くらい前から、
腹水が溜まるまで、できるだけ普通に暮らして
腹水が溜まって、生活が辛くなったら入院して水を抜く、という暮らしがはじまった。
 
 
 
ところが、誰しもが想像できるように、
このサイクルは次第に、
入院側に片寄るようになった。
  
そうなると会社に通えない。
無理を言って休暇を重ねたが、有形無形の圧力によって、ついにやめざるを得なくなった。
 
資格はあったから、自宅を事務所にして
独立した。
ところが半病人が独立する、なんていう無理が
通るほど、世の中が甘いはずはなかった。
 
経緯を知っている人が、
仕事を回してくれたりもしたが、
結局は不義理を重ねる結果になった。
仕事はクレームばかりだ。
 
たくさん喧嘩した。
たくさん迷惑をかけた。
多くの人が離れていった。
最初は支えてくれた祐子も、離れていった。
笑いかけてくれる人が、誰もいなくなった。 
  
 
 
 
腹水を溜めて太って入院して、
少し戻して自宅に帰ってくる。
また、このサイクルを繰り返す。
2,3ヶ月単位の病気のサイクルを生きる。
 
その一方、日々の生活でも変化が起きた。
たとえば、無理をしてでも昼間起きて
食事を摂っていたのが、独立すると、
どちらもリズムが乱れてきた。
 
たとえば、今度は太ったのが戻らなくなった。
食欲は全く無くなっているから、 
肥る要素は何一つないのだが、背中に
手が届かなくなるくらい太った。
 
お腹廻りが1mを超え、はっきりと乳房が現れ
背中と二の腕の脂肪の厚みが倍になった。
 
 
 
しかし、そうして苦労して腹水の始末をしても
その苦労は本来の肝硬変の治療とは関係ない。
腹水という派生症状を追い掛けているだけで、
本丸の『肝硬変』という病気は手付かずだ。
 
おれは故あって身寄りがなく、離婚したから
移植の当てはない。
病院の医者も『先の事を考えておくように』
ということを、最近はかなりはっきりと
言うようになった。
 
  
 
 
洗濯しよう。
 
 
  
 
クロゼットからXLのTシャツを取り出す。
シャワーを浴びた醜い身体にすっぽりと被せる
さらさらとした真っ白な木綿の生地が心地いい
 
 
 
TVに飽きた猫が丸くなっている白いシーツを
ベッドから引き剥がす。
にゃあといって猫が転がる。 
毛布がわりのタオルケット。
一週間分のワイシャツ。
 
 
くそっ。もういっぱいか。
洗濯機も
大きなやつに買い換えないといけないな。
買い換え?
どうして?
 
Tシャツ、トランクス、くつした。
木綿の真っ白なTシャツ。
  
 
 
 
 
 
満艦飾に風にはためく洗濯物を見上げると
真っ青だった空に、いつの間にか
緑色が薄く差してくる。
 
不思議な色だ。
 
 
 
 
夏の色だ 
 
 
乾け。
 
 
みんな、まっさらにしてしまえ。
 
 
   
  
 
 
 
乾いて全部取り込んだら今度はまた、
シャワーを浴びよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
今度は冷たいシャワーだ。
 
 
 


natsu_0117 at 13:43|PermalinkComments(1)

2017年04月12日

マッシュルーム ガールズ

あたしの目の前に3人の女がいる。
 
 
左にいるのがマリーさん。
本名は麻里絵。
うつむいてテーブルの上を見つめている。
 
あたしより3つ上だから27。
明日の朝結婚式をあげる。いま夜の10時。 
いいのか? 
 
 
きれいな顔だなあ。
彼女の妹たちや幼馴染みのあたしにとっては、憧れの『お姉さん』だった。
  
彼女が弾けるように笑いながら、
友達とじゃれあっているのを見た記憶がない。
いつも静かに微笑みながら妹たちを見ていた。
彼女の理想的な形の頭蓋に浮かぶ微笑はむしろ
女性というよりも、どちらかというと
ミケランジェロの塑像のような、
男性的知性を感じさせた。
 
だけど、いつも妹たちを見つめる視線には、
意思の強さを感じさせるものがあるのだが、
今日のそれは、どこか虚ろだった。
 
 
そして彼女の髪型がマッシュルームカット。
いまだって、瞳の上の前髪を高く切り揃える
三戸なつめのような髪型はあるのだが、
彼女のは、前髪からサイドに至るまで
一続きの連続した曲線で作る古典的なもの。
髪の毛は裾にかけて
緩やかに内側にカーブしており、
頭全体がまるんまるんにボリューミーだ。
 
そう言えば記憶にあるかぎり、彼女はいつも
この髪型だった。
手入れするのに結構、手間とお金がかかる髪型だと思うが、いったいどうしていたんだろう。
 
 
 
マリーさんの右にいるのが、ちゃろ。
幼稚園の時からの、あたしの幼馴染みだ。
 
逆に言えば、あたしの立場も
彼女たちにとっての幼馴染みだ。
気がつくとあたしが
彼女たち姉妹に混ざっていた、
というほうが正しいけど。
 
 
で、ちゃろのやつは、髪を紫色に染めて
緩やかに波打たせている。
姉のマリーさんが、美しい黒髪を
マッシュルームカットにして
大きく天使の輪を輝かせているのとは
全然違う。
 
ちなみにちゃろっていうのは、
高校に入ってすぐの時に
こいつが自分でつけてきた呼び名。
中学のころまで、
あからさまにマッシュルームにはしなかったが
明らかに
マリーさんを意識した髪型をしていたから、
こいつが紫色の髪で教室に入ってきたときには
グラス中が驚いた。
あたしが一番驚いた。
 
ちなみに、こいつの本名は季美絵という。
いい名前なのに。
 
 
あともうひとり、
この姉妹にはいもうとがいるのだが、
子供の面倒をみているので、いまここにはいない。
 
 
 
 
 
そうして二人の姉妹の向かい側に
大橋のおばちゃんがいる。
「大橋」というのは、彼女たちの名字だから
そこに深い意味はない。
 
大橋家と、あたしんちは50mも離れておらず、
あたしたちは幼稚園も小学校もおんなじ。
ちゃろとは小中学校のクラスも、
放課後の習字教室もピアノも一緒で、
挫折した時期まで同じだった。 
 
学校が終わると、あたしたちは
うちに来たり、大橋家に来たり、
ほんとうに姉妹のようにすごした。
 
だから彼女たちのお母さんであるおばちゃんは
母親同然である。
たまに、おばちゃんは本当はうちのママの
姉なんじゃないのか、
という気がすることがある。
 
そのおばちゃんは、疲れ果てた顔をして、
娘二人の前に座っている。
 
 
  
 
『ママ。』と、ちゃろ。
おばちゃんはうつむいた頚はそのまま、
視線だけちゃろに向ける、  
 
『いつまでこんなことやってるの?』
『・・・』
『明日はもう、結婚式当日なのよ?』
『・・・』
『お姉ちゃんの好きにさせてあげなさいよ。』
『・・・髪型はだけは嫌よ。
ママが昔からお願いしてたのに』
『いいじゃない。髪の毛くらい。』
『だめ。』
『・・・』
『・・・』
『最初この娘。髪を切っていつもの髪型にしてくれる、って言ったのよ?』
『お式にあの きのこ頭で行けって言うの?』
『だってこの娘、あたし逆らうことなんて
いままでしたことがないのに。』
  
目の前にマリーさんがいるのに、
どこか無視しているような、おばちゃんの
しゃべり方に違和感がある。
 
『だから、「姉ちゃんを見張ってくれ」って
あちこちに電話したそうじゃない。』
『でも、心配だから・・・』
『見なさいよ。結局姉ちゃん、
髪の毛伸ばせなかったじゃない。』
『あたしは、いまの髪型が好きだから。』

  
 
この会話、今日だけで5周目くらいだ。
 
マリーさんの結婚が決まって、
日程が決まって式場が決まったあたりでは、
おばちゃんも幸せそうだった。
 
新婦方の親戚の招待客の選択と連絡は、
おばちゃんに一任されたから、
親戚の名前を書き出して、何日も眺めたり
意を決して電話して、
一日中話し込んだりしていた。
 
『今日はマリーがお式をあげるホテルの、
ラウンジでお茶してきたの。』
『お式の頃にはバラとアジサイが綺麗だって。』
 
 
 
ところが式の2ヶ月くらい前から
二人の機嫌が悪くなってきた。
 
おばちゃんに訊くと、
『あの娘、まだ髪の毛切らないのよ。』
マリーさんに聞くと、
『結婚式の時は長い髪にしてみたい。』
 
小学校に上がったときからさせられている 
マッシュルーム以外の髪型にしてみたい。
おばちゃんは、
『いつもやっている髪型だから、
特別な日にもして欲しい。』 
『あたしは、あれが一番かわいいと思う。』
 
これはおばちゃんに分がないな、と思いながら
ちゃろと一緒に説得すると、意外に粘る。
いつもなら、こんな程度の行き違い、
一日経ったら、どちらかが折れていたのだ。
 
二人の言い争いは次第に感情的になり、
特におばちゃんが感情的になり
おばちゃんはいかに自分が不幸かということを
誰彼かまわず言って回るようになった。
 
 
 
マリーさんにとって『式の時だけエクステや
ウィッグをつける、』という発想はない。
それができれば、
こんな騒ぎにならなかったのかもしれない。
しかし、20年間同じ髪型をしていたから、
彼女には『髪の毛で遊ぶ』という発想がない。
 
そのうえ『結婚式』で『憧れの髪型』だから、
余計、思考にゆとりがなかった。
 
そうなると、マリーさんの心に行き場はない。
逃げるようにマリーさんは実家を出たが、
好きに髪の毛を伸ばすこともできなかった。
  
おばちゃんが騒ぎ立てたため、
この小さな「事件」は、すでに街の暇人たちに
注目されていたからだ。
 
マリーさんは肩まで伸びていた髪を切った。
噂の圧力は減ったが、
もう一度伸ばし直すは時間はなくなっていた。
 
 
 
 
 
『あんたはマッシュルームにしないの?』
ちゃろが髪の毛を染めたあとで、
彼女に聞いたことがある。
 
『断られたのよ。』さみしそうに笑う。
『断られた?』
 
『高校に入ったときに、冗談みたいにして
「あたしも姉ちゃんみたいな髪に
しようかな。」って、ママに言ったのね。』
『うん。』
『そしたら、
「だめよ。あんたには似合わないから。」
って。』
『・・・』
『結構ショックだったな。あの台詞。』
 
 
『妹もマッシュルームじゃないじゃん。』
『あはは。あの娘はだめよ。天パだし、
黒髪じゃないし。』
『そうなの?』
『あいつは、うちの姉妹の突然変異種よ。』
『ふーん?』
『そもそも、
そんなことに興味がないらしいから。』
 
 
そんな昔のことを思い出しながら、
呆然とする。
 
 
 
 
 
大橋家の3人の女たちもなにも言わない。
 
 
『あー、つかれた。』
不意に大きな声がして、廊下から大柄な女が
座敷に入ってきた。
 
『もう三歳だから赤ちゃんじゃないけど、
ふたご二人を寝かしつけるのは大変だわ。
旦那が迎えに来るから、少し待たせてね。』
この姉妹の末妹だ。

『やっと寝たんなら、そのまま
寝かせてあげなさい。』とマリーさん。
『え、そう?』
『泊まっていきなさい。』
『式の前日なのに、悪いよ。』
『いいから。』
『うーん、じゃあそうしようかなあ。』
 
 
そうしろそうしろ、と、ちゃろもおばさんも
動き始めた。
『ところで、こんな時間まで
みんなでなにやってんの?』と聞くから、
ちゃろが簡単に説明すると。
 
『まだそんなことやってんの?』と
大声を出した。 
 
 
 
あたしたちがビックリして、
彼女を見つめると、黙って考え事を始めた。
あたしたち、年嵩の4人の女たちは
毒気を抜かれて、なにもできない。
 
『マリー姉ちゃん。』
『はい。』
『幼児には披露宴の席が作れないから、
うちの子達置いていくつもりだったけど
やっぱり連れていく。』
『え?でも。』
『結婚式だけ連れていく。
バージンロードを歩くときにベールをもつ、
ベールガールをうちの子2人でやったげる。』
『え?』
マリーさんは「悪いよ」という顔をしたが
目許は輝いていた。
 
『式が終わったら、
ここまで連れて帰ってこないといけないから
あたしも披露宴にでられなくなるけど、
よろしくね。』
『あ、うん。』
『髪はマッシュルームで来てね。』
『え?』 
『約束よ。』
『・・・あ、うん。』
 
今度はおばちゃんの顔が、
こっちは素直に輝いた。
 
『ここに泊まるっていったけど、
朝、忙しくなりそうだから、やっぱり帰る。
明日の式12時?じゃあ30分前にいくね。』
と言い終わったところで、
彼女と子供を迎えに来た旦那が
玄関のチャイムを鳴らした。
眠そうな子供達の背中を押して、
彼女も帰っていった。
 
 
『つむじ風みたいな娘ね。』
  
ちなみに彼女の名前は、郁絵という。
 
 
 
 
 
結婚式は大成功だった。
父さんに右手を預けたマリーさんが 
バージンロードを歩きだしたとき、
後ろを ことことと歩いて、
ベールを捧げてついてくる、
二人の小さな女の子が
どっちもマッシュルームカットである、
ということが見えてくると、 
会場は暖かい笑いと祝福に包まれた。 
  
マリーさんは笑っていた。
おばちゃんも笑っていた。
郁絵も、親子そろってマッシュルームになって
いつのまにか最前列にいて
娘たちに笑いかけていた。
 
お客さんも、みんな笑っていた。
 
 
 
 
 
披露宴が終わって、ちゃろとあたしと
郁絵とでお茶をした。  
 
『いやー、お疲れさまでした。』
ちゃろと二人で郁絵をねぎらう。
 
『ほんとよー。5時起きしたから眠くて。』
『そんな大変だった?』
『当たり前でしょ?
衣装も小物もなにもない。そのうえ髪の毛を
マッシュルームにしないといけない。
それが親子3人でしかも午前中にやるのよ?』
『・・・うーん。』
『試着室のドレスから丈があうやつを
かっぱらって、ホテルの理容室をむりやり
空けてもらって衣装を合わせてそれで5分前』
『うわー。』
『姉ちゃんからコーディネーターの名刺を
預かっておいて助かったわ。』
 
 
 
 
『それにしても姪っこたちにマッシュルーム
の髪型をさせたら、あんなに酷かった
二人の偏見がなくなるなんて。』
『へ?』
『いや、お互いマッシュルームにしろだの
嫌だのって。』
『なにいってんの?』
『ちがうの?』
『まだ、わかんないの?』  
『・・・うん?』 
 
しょうねえなあ、という顔を一度だけすると
郁絵は話し始めた。 

『だから髪型なんかどうでもいいの。
あたしが二人から消してあげようとしたのは
マリーさんがマッシュルームカットにしていた
20年間、二人にかかっていた、呪縛よ。』
『呪縛?・・・』
『ふたりとも、髪型っていう同じものに
こだわっているように見えるけど、
実は全く違うものに縛られてたのよ』
『?』
『「髪型はかくあるべし」とママに言われるとマリーさんは言葉そのものに縛られた。』
『・・・うん』
『かあさんにはマッシュルームの形のことは
どうでもよくて、
「マリーはあたしにしたがうべし。」と、
二人の関係性にこだわった。』
『ああ。』 
『議論が噛み合うはずないのよ。
現に今回だって
話し合いにならなかったでしょう。』
『うん。』
『だから誰かが呪いを解いてあげないと
いけないの。』
 『・・・』
『お前がこだわっているところは、実は、
たいした問題じゃない。』って。
 
 
『・・・そうか。』
『気がついたら今日みたいにやればいの。』
『マッシュルームを?』
『違うわよ。』
『ふむ?』
  
 
 

『ママが望むような、いうことを聞くいい子になんかにならないってことよ。』
 

うん、そうか。
 
おばあちゃんもマリーさんも、ようやくそこを
乗り越えられたんだ。
 
 
 
 
 
  
 
 
『むこうの座敷で
みんなでお茶してるから行こう。』
 

 
『うん。』
  
よし、いくか。
と思って足元をみると
今日のヒロインたちが寝ている。
 
 
あれ?
こどもたち、置いていくの?
 
『うん。そのまま寝かせといてあげて。』
 
 
   
 
 
 
今日、大活躍のマッシュルームシスターズは
綺麗なドレスと立派な式に大喜びだった。
 
大人たちとたくさん笑って、いまは
真底疲れきったかのように
ぐっすりと眠っている。
 
 
 
 
 
ありがとう。
お疲れさま。

 
 
 
 

ブログランキング・にほんブログ村へ
                              




 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

natsu_0117 at 03:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年04月01日

根性花見をしよう

この街でも桜がほころび始めた。

 

 

 

3月いっぱいで、ゼミの講師の奥田先生が
九州の大学に行くことになった。 
 
送別会をしよう。ついでに花見をしよう。
と言うことに当然なった。
 
 
神戸は花見の名所がないので苦労するが
花見だ。

 

 

 

 

 

 

今日は全国的に晴れだった。
ちょうど1日の 土曜日には満開になりそうだ。しかし、土曜日は天気が崩れるそうだ。

 

 

 

  

  
 
 
 
『でも、土曜日、雨らしいですよ。』
 
『うーん。』
 
『しかも、結構強く降るって。』
 
『ええよ。』 
 
『奥田さん。』 
 
『俺も引っ越しの日は決まってるし、』

 
『・・・なるほど。』
 
『教授なんかの偉い人は
最初の乾杯しかでないし』 

 
『・・・まあ、ねえ』 
 
 
 
 
 
『せっかくだから、根性花見ってのを
やらない?』
 

 
『なんですか?それ。』 
 

『むかし「雨の中、カッパを着て外で宴会」。

というのをやったんだ。』

 
『へー。』 

 

『若さ、でもあった。』
  
『もしもし?』 

 

『馬鹿』でもあった。

 
『なんでプロジェクトXみたいに
なってるんですか?』 

  
『な。やろう。』 

 
『まあ、おもしろそうだし。』 
 
 
 
 
 

  

 
 
 
 
 

当日の昼は すでに結構な雨だった。
乾杯だけして、 教授は逃げるように
建物に引き上げてしまう。
 
ゼミの女の子達も
きゃーきゃーいいながら 桜の下を
逃げていく。 

 
 
 
 
 
宴会に挑戦したのは、15人のゼミ生のうち
男ばかり10人。 
あとは奥田先生だ。
 
 
 
 
 


 

 

 

 

 

 

酒はいい、薄くても酒だ。

 
  

 

雨が降るのは わかりきっていたから

料理は必然的に鍋になった。

やっぱり鍋が欲しいし。

ということで3つの班が挑戦した。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カセットコンロに挑戦したのは
3人ずつの3組。
 
惨敗した。

雨より、風に弱かった。
 
火力が上がらなくて、
生煮えの白菜を食った。 

 

 

 

 

 

 

 

登山用のコッヘルは健闘した。
  

なかなか優れものだが1人用なので

すぐなくなるのが欠点だった。『「ダッチオーブン」を持ってきたら
よかったなあ』『あんな重たいもん持って来れるか。』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝利したのは奥田先生が持ってきた
七輪だった。

かんかんに炭を熾すと
なかなか消えなかった。

 
 
 
 
『しかし、すごい灰ですね。』
 
 

『常に息を吹き込まないと
いけないからな。』

 
 
灰が舞い落ちるので、
ちっとも落ち着けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

料理はことごとく失敗したが
暖かい雨の中で 

みんなげらげら笑ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

若かった、

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以上に馬鹿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、雨は明日には上がる。

 

 

 

 


 

 

 
  

  

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
                              





 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

natsu_0117 at 15:39|PermalinkComments(0)

2017年02月24日

ベテルギウスの夜

あつ子さんは約束を守った。
 
 
 
親父の入院が長引きそうで、
親父が家のことがなにもできない。というので,
ばあちゃんちに行くしかないか、
という話になった時に彼女が
『あたしがやります。』と言ってくれたのだ。
 
 
 
 
しかし、親父が入院しているからといっても
毎日彼女に来てもらうわけにはいかない。
おれの飯の支度や、
パンツの洗濯までしてもらうわけにはいかない。
 
あつ子さんは、『いいよ、毎日でも。』と言ってくれたが
彼女と毎日二人きりなんてそんな状況、
とても耐えられない。
 
 
 
親父は長期入院だけど、
そんなに急に変化するような病状でもないので、
特に問題がなければ、週末だけうちに帰ってくる。
だから、その時だけ来てもらうことにした。
 
おれも別に彼女の家事に頼り切るつもりはなく
掃除をしたり、
平日にしか行けない役所や銀行に行ったり、
毎日病院に行って、見舞いがてら親父に着替えを届けて、
汚れたものを持って帰って自分の分を合わせて洗濯する。
一人でも病人を養うのってめんどくさいな。
そんなことをしている。
 
 
 
 
 
あつ子さんは、土曜日の夕方に来て夕食を作ってくれる。
 
『毎日ご飯作ってあげるよ。』と、言ってくれるのだが
それはかわいそうだ。
ありがたく断ると、
『あはははは、べつに、いいのに』と笑うのだが。
作ってくれる飯が、なぜかみんなケチャップ風味なのは
指摘しない方がいいんだろうか。
 
でも、おいしい。
俺一人だと、
めんどくさいからコンビニ飯ばっかりになるのは
決まってるしな。
 
ありがとう。
 
 
結局、彼女は土日に来てていねいに家を
全部掃除して、その日の夕食と、
そのあとも食べられるように
ジップロックに肉じゃがとか作って入れて
冷凍してくれる。
大鍋にカレーをてんこ盛りで作っていってたりもする。
 
 
 
 
土曜日、彼女がうちに来てくれるのは、
部活が終わってからだから、6時過ぎになる。
それから手早く料理をして、
親父、あつこさん、おれの三人で食事をして、
なんだ?この組み合わせ。
 
終わると8時くらいになる。
洗い物までしようとするので、
そこはなんとか説得して帰ってもらう。
 
そして、こんな時間に
女の子を一人で帰らせるわけにはいかない、というか
俺がどうしても送っていきたいから、
一緒に家を出る。
 
 
 
 
  
 
 
冷たいアスファルトの道を歩く。
 
南の空を見上げながら歩く。
 
 
 

 
 
 
 
 
白い月が蒼に冴えた空に上がって、
かんかんに明るい。
南東の空にオリオン座が見えて、
オリオンの右肩の赤いベテルギウスと
青いシリウス、白いプロキオンの
『冬の大三角形』が、
十七日くらいのきれいな月に負けずに
明るく瞬いている。
 

 
あつこさんも空を見上げながら、
 
『こうやって、冬の空見がら歩くとさあ。』
『うん。』
『ベテルギウス、超新星爆発しないかなーと
いつも思うんだ。』
『え?』
『でも、しないなー。』
 
 
急に何を言い出すんだ?
 
 
『ベテルギウスって、
もう星の一生のおしまいのところまで来てて、
いつ超新星爆発を起こしてもおかしくないんだよ。』
 
うん、なんか聞いたことがある。
 
『きっとすごいよ。スーパーノヴァだよ?
空が真っ白になって、昼よりも明るい空が
何日も続くんだよ?』
『うん』
『光が束になって、一杯に地球に降ってきて
それが何日も続くんだ。』
『・・・』
『昼も夜も真っ白で、その真ん中で両腕を広げて立って、
それで、両手を拡げて、わーってやってみたいなあ。』
 
 
 
 
 
空を見上げる。
俺もやってみたい。
彼女と手を繋いで白い空の下で、わーって。
 
 
 
 
640光年彼方のベテルギウスは、
ひょっとしたらもう、すでに超新星爆発して
なくなっているのかもしれない。
その光は、しかし俺たちが生きているうちには
届かないのかもしれない。
 
 
 
 
もう一度、空を見上げて赤いベテルギウスを仰ぐ。
すぐに眼が、くらくらする。
 
 
 
 
 
『ありがとう。ここでいいよ。』
いつの間にか、あつ子さんのマンションのある交差点まで来ていた。
 
そのまま手を振って、ゆっくりとエントランスの方に向かいかけた彼女が、しかし2、3歩
あるきかけて振り向くと、小走りに戻ってきて小さな箱を渡してくれる。
驚いていると、
 
『チョコレート。』と言って、
もう一度振り向いて、今度は大股に歩いて
エントランスドアに向かった。
 
そのまま歩きながら『ハッピーバレンタイン』と
きれいな声で言った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
離れていく彼女と俺の640光年彼方に、赤いベテルギウス。 
 
 
  
 
 


ブログランキング・にほんブログ村へ
                              





 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

natsu_0117 at 01:07|PermalinkComments(0)
QRコード
QRコード