2013年08月

2013年08月31日

ペットボトルロボットの憂鬱

『コータ早くするんだよ。』
ばあばの声がする。












返事もせずに体操服で走り出した。
ラジオ体操に遅れる。
あのラジオ係のじいさん、遅刻すると
わざと出席のはんこを、斜めに押すんだ。
この辺の子は、あっちゃんのお兄ちゃんの時から
あいつがいたって言うから、斜めのはんこがあると
みんなに笑われるんだ。
     

それに、僕は『コータ』じゃない。
どうしてばあばは、僕の名前をいつも間違えるんだろう。
『コータ』じゃなくて『ソータ』なのに。











    
『おはよー。』と、背中から声がする。
なつやすみの1ヶ月半で真っ黒になったハルトが
目と歯で笑った。

    
そこだけは真っ白だが、体操服は真っ黒だ。
明日から新学期だぞ?


公園に続く川の横の道を歩くと
朝の風が、ほんの少し冷たい。

















『昨日さあ、ここでシオカラ見たんだよ。』ハルトが言う。
『川じゃ、まだ捕まえらんねえな。』
『大学のラグビー場の横の草っぱら、今年も行こうな。』


いつも誰もいないラグビーコートの横に
子どもなら背丈が隠れてしまうくらいの草っぱらがある。
ポールが立っているからラグビーコート、と教えられただけで、
いつ行っても乾いた土を風が舞いあげていただけだ。


でもそこの草むらに入ると、
掌ほどのバッタがいる。
赤とんぼなんていくらでもいたし、
シオカラトンボなんて誰も獲らなかった。
1日粘れば、オニヤンマがいた。
草を倒し、その匂いの中で夕方を過ごした。
あんなに楽しい夏はなかった。














うちに帰ると、ばあばはいなかった。
めずらしく台所が乾いていて暗い。
おかあがいなくなってから、ばあばが来て
うち中のことをやり始めた。
家の中に、『ばあばの匂い』がするようになった。


『美佐子が男なんか作っていなくなるから、
こんな年寄りがかり出されるんだよ。』
といって、一日中台所のものを入れ替えている。
晩ご飯は作ってくれるけども、味が薄い。
でもそれを言うと怒る。
ときどき、小麦粉とか片栗粉とか、いろんな粉を間違える。


おとうが起きていた。
ぷうんと、お酒の匂いがする。
おとうは、最近しゃべらない。
どこにも出かけない。


でも、今日だけは僕が帰った気配に気づいて
こっちを見て一言いった。


『お前は俺と一緒にいるんだぞ。』






















日曜日は、早く寝た。
じいじが来たからだ。
おとうと二人でお酒を飲む。ばあばも飲む。
いつもおかあの悪口になるから嫌いだ。
だから早く寝る。









『…なあに心配するな、美佐子がいなくなっても安男君は
もうすでに我が社の跡継ぎだ。』

『でもパートの土井さんなんか、「マスオさんでも怖くないのに
お嬢さんに逃げられた専務なんか、ねえ。」って言ってるわよ?』

『馬鹿野郎っ。そんなパートはクビだっ。』

『この田舎でそんなことしたら大騒ぎになるわよ…?』

『あの、私はどうすれば…』

『ああ、だから安男君は心配しなくていい。』

『じゃあ、ソータを引き取ることも出来るんですね…』

『もちろんだ。弁護士の山岡君は
イソ弁の頃から面倒を見てやった。
必ず手許においてやる。』

『でも、あたしコータのこと好きになれないわ…』

『お義母さん。コータじゃなくてソータです。
どうしてきちんと呼んでくださらないんですか?』

『でも、あの美佐子がつけた名前だと思うと
腹が立ってねえ…』


『……』
  

















夜の中で雷の音がしたような気がする


















目が覚めると朝で、誰もいなかった。
じいじはどんなに酔っても自分の車で帰る。
おとうはきっと一緒に出たんだろう。


ばあばもいない。
台所の片隅に、昨日のお皿なんかがそのままだ。
かわいた酒瓶が窓辺で鈍くひかって動かない。


台所にあった食パンを食べて冷蔵庫の牛乳を飲んだ。
もう8時だ。
昨日あわてて作った『自由工作』のペットボトルロボットを抱えて
外に出た。
家の中で電話が鳴ったような気がしたが、もう時間がない。
    













ペットボトルに貼ったセロテープがべろべろにはがれてきて
気持ち悪い。
いつもより遅いので、通学路には誰もいない。
ハルトはどんな工作を作っただろう。
川沿いの道を走っても、そこにはシオカラはもちろん
さかな一匹いなかった。


校門から校庭を横断して下足置き場に入ると、
数人が僕を待っていた。


クラスのタケナカさんが『せんせー。山本君来ました。』と
誇らしげに叫ぶ。
そうすると、担任の尾上先生が抱きかかえるようにして、
『うん、ちょっと話がある。』と肩をつかまえた。


ペットボトルロボットは、ほとんど分解しかけていたし、
汗を反射してすごくいやだったけど
そこら辺に置いていける感じじゃない。


校長室に行くと校長先生が席から立ち上がって
『ああ、君を捜していたんだよ。』という。
『朝に電話を架けたのに気がつかなかったかい?』
















朝に聞いた音は、やっぱり電話だったのか。














『すぐに尾上先生と一緒に病院に行きなさい。
おじいさんと、お父さん、おばあさんが亡くなられたそうだ。』



『おじいさんの飲酒運転が原因らしい。』と。





















手を引かれて校長室を出て行く時
まだ僕は、ペットボトルロボットを持っていることに気がついた。
捨ててもいいかな。




もう、僕は2回捨てられたんだ。




















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natsu_0117 at 17:17|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2013年08月29日

会議室は明るすぎる

夜が明るくなる、この時間が好きだ。
真昼なら粘り気のある空気に、まだ湿度がない。
襟の内側が涼しい。





歩く。






紫色の夜が空の東側から明るくなる。
木々の梢が影になって枝葉のかたちがはっきりと見える。


早起きの老人がラジオ体操に向かう。
そういえば、なつやすみは今日で終わりだ。


通る車のない道路に信号が光っている。
深夜なら艶やかだが、夜明けだとかさついている。


建物がシルエットになってくっきりと
オレンジ色の空の下にある。  




あの中には、まだ夜がある。






























と、
      
携帯が震える。









電話を取ってみると
後輩の山田である。


こんな時間になんだ?と思ったら、
『非常呼集』だという。


『お前はいつから会社にいるんだ?』と聞くと
『昨日はもう帰ってません。先輩早く来て下さい。』という。












課長の俺に権限などあるはずはないが
去年、中途入社した山田は気の毒だ。
あいつは、まだ新婚じゃなかったか?


部屋に戻って着替える。
といってもワイシャツにジャケットを引っ掛けるだけだ。

















マンションは15年前に買った。
景気も良かったし給料も良かったからだが、
もちろんいまでもローンを払っている。
給料はずいぶん下がった。


嫁は娘を連れて10年前に出て行った。   
無駄な3LDKである。




















で、至急会議室に来い、と。
専務名義の非常呼集、だと。  


こういうのに対応するのは身軽だ。
見透かされているのかも知れないが
いちばん早く行ける。


髪の毛を濡らしてひげを剃る。
それだけだ。
最近ひげが伸びないな。


そんなことを考えながらジャケットを羽織る。
ネクタイをどうしようか、と一瞬迷ったが
ここ一ヶ月ノーネクタイで過ごしてきたのと
今日の呼び出しになんか納得できないものがあったので
やっぱりノータイで行くことにした。















夏のオフィス街の朝6時半というのは
あまりさわやかなものではない。
清掃業者がゴミを出す。
オフィスのゴミだけかと思いきや、
生ゴミのようなものまで出す。


通い慣れたオフィスビルの臓物を見るような気がして
目をそらす。
守衛さんに目礼をする。
あの人は、昨日の晩、退社時にもいたと思うが
いつ寝ているんだろう。


















夜明けのオフィスは眩しすぎる。


普通に考えて欲しい。
いまやデスクワークといっても
パソコンのモニターだけを見る時代だろう。
フロアの照明は要らないんじゃないか?


モニターとデスクとの照度差が大きいと眼に良くないから、
極端な照明の格差はしないということらしいが
モニターだけで仕事が出来る。
手書きの書類なんてほとんど作らないから
デスクライトだって要らない。


モニターだけ光っていたら、きれいじゃないか?
ネットカフェみたいで、あんまり良くないか。

















そういえば仕事以外でも手書きの文章なんか書かない。
娘の名前が書けるかな、と思って掌に書いてみた。


『この字はどうだ』とさんざんにあいつと喧嘩して決めた。
いま批判されるような、変な訓みではない。
いい名前だ、といまでも思う。
もう、1年会っていない。


5分悩んでその名前を書き終えると
掌から飲み込んだ。



















だから会議室は明るすぎる。


可動式にするためにパーティションがスチール製なのはともかく
アクリル樹脂塗装の安っぽいクリーム色なのは
明るすぎてやりきれない。 


どうせペンキなら、赤とか青とかにすればいいのに。
『今日はペパーミントの会議室で』なんて、素敵じゃないか。



『非常呼集』で叩き起こされた連中と、昨日からの徹夜組が、
それぞれぼんやりした顔を並べて、その数は15人だ。


朝の6時に電話を架けてくる割には
出席率は5割ほどでしかない。
女性社員は一人もいない。



















『朝早くお集まりいただいて申し訳ない…』と
社内報でしか顔を見たことのなかった重役がしゃべり出した。


いついたんだろう。
いつからいたっていいけど、
このじいさんはさらに寝ていなさそうだ。


照明が蛍光灯なのがもっといけない。
青白い光がじいさんの顔を、死にそうに浮かび上がらせる。


そして、なぜ、営業部の中堅15人だけの前で話し始めるのか?


















やたらと言い訳の多い、彼の演説は
要約すると、うちの会社は、本日をもって
外資に買収される、ということ。


銀行取引停止になるのでこんな時間に集まっていただいた、と。


そして彼が強調していたのは
『あの会社に支配されたら君らの雇用は保障されないぞ。』と


なるほど、なんとなく噂は聞いていた。
ここ数日、部長クラスがばたばたしていたのも知っている。


しかし、問題は俺自身だ。
このじいさんが経営責任を取らされるのはどうでもいいが
一昨年、課長になってしまったから組合員ではない。


そんな中途半端な立場でクビを切られてはたまらんなあ、と
ぼんやり聞いていると、   
『だから、商業債権の一部を買い取って独立することにした。
僕についてきてくれ。』と、言い出した。


すると、じいさんの周りにいた部長クラスの連中が立ち上がって
『そうだ、いま重役について行かないと後悔するぞ。』
『取引先の大多数とは話がついている。』と叫び始めた。


その中に、
新入社員の時から世話になっていた川崎部長がいた。
特に熱弁をふるっている。
朝飯を抜いてきたから腹が減った。
コンビニでなにか買っておけば良かった。
というか、こんな会議に出なくても良かったんじゃないか?と、
上を見ると蛍光灯のカバーの中に羽虫の死骸がたまっている。






























『君たちの雇用を守るためだ。』
一段と高くじいさんが叫び終えると
『さあ、ついてきてくれる人は会社への
辞表を書いて欲しい。』といって
手回しのいいことに便せんとペンが配られた。


さすがにおかしいんじゃないか?とあたりを見廻すと
意外にもみんな素直に辞表を書いている。
役職なんかなく、組合員の筈の山田も
変なペンの握り方で妙に首をかしげながら辞表を書いている。


この辞表は、あのじいさんに預けられる。
手土産にして新会社に逃げ込むのかも知れない。
どう扱うかは、あの青ざめたじいさんの腹ひとつだ。
いや、違うな。


取り巻きの連中に振り回されているだけなのかも知れない。
じいさんの首をを土産に軍門に下る部長たちを想像する。
気持ち悪い。


そして、このストーリーに手触りがない。
早朝だ、という以上に、なんかつるつるとしている。


しかし、
そういえば、これだけ大勢が書類を手で書くのを見るのは
久しぶりだ。高校時代以来か。





































と、

背中に人の気配がした。
川崎部長が立っていた。


『お前は来てくれるよな。』















ああ、負けるってのはこういう事か、と思って
俺はペンを執った。


















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