2013年09月

2013年09月12日

県内3位の街の恋

なつやすみにはこの道も渋滞していたんだけど
今日は空いている。


青いアスファルトの道が
夏よりはすこし色が薄くなった
やっぱり青い空につながっている。


助手席の山下さんは、きっちりと膝をそろえてしゃべらない。
膝頭がつるつるしてまぶしい。












2週間前、酔っぱらって帰った時に
パソコンの画面にあった、『婚活パーティー』という
派手なバナー広告をクリックしてみた。


酔っていなければ絶対にやらないことなのだが、
プロフィールやら年収やらを、嘘のない範囲で適当に書いて
送ってみた。


クレジットカードの番号を登録しろ、とか
書いていなかったせいでもある。



















翌日、すぐに電話とメールが来た。
『プロフィールシートを作りにいらしてください。』と。


なるほど。
いきなり『女性を紹介します。』では警戒されるだろう。









その週の土曜日に、メールに添付してあった地図を頼りに行くと
いちおうは駅前の大通りに面していた。
もっとも、県内で人口3位の街だから、たいしたことはない。


それでも、あからさまに貧相なビルだったら
引き返そうと思ったのだ。










しかし、そこは市内ではもっとも古い鉄筋コンクリートの
オフィスビルだった。


大正時代に製糸会社が造ったらしいのだが
製糸会社は昭和恐慌で倒産。


その後所有者は転々とするが
現在は雑居ビルのような形になっている。  











だから招じ入れられた部屋は天井のみがやたらと高い
殺風景な部屋であった。


「○○コーディネーター」と書かれた名刺を差し出した女性は
私が酔っ払って書いたプロフィールシートの
欠けている点を拾うように丁寧に質問し
最後に、『プロフィール写真を撮りましょう』という。


残り少ない髪をくしけずって見事に盛り上げ
私など持っていないようなスーツにネクタイを与えられて
青い紙の前で写真を撮られた。 















そのあと「コーディネーター」の人は
「参考ですから。」と女性のプロフィールを差し出してきた。

なんで、3日前に酔っ払って入力した情報に
即座に対応できるのか、と思うのだが、
『市役所勤務の方ですから。』と言われた。
人気があるらしい。

この街、最大の雇用先は市役所だ。
3人ほどの資料が揃えられていた。

そのうちの一人が山下さんだった。
とくに奮いつきたいような年齢ではお互いにない。
しかし、おとなしそうな印象に好感が持てた。
もちろん写真だけの話で、自分自身の
髪の毛が増量されたことを思うと、なんとも申し訳ない。



















『明日。簡単なパーティーがあるんです。
山下さんも参加されますよ。』と言われて参加した。
そのビルの1階がレストランになっており、そこでやるのだ。   

古いオフィスビルの1階はさらに階高が高く
天井には漆喰の廻り縁、
シャンデリアもあって壁には腰の高さまで板がはってあって、
ニスで光っている。

大事にされてきた建物だ、ということは分かる。
料理は、期待以下だった。


しかし、コーディネーターのお姉さんは
くるくると飛び回り、
全員のプロフィールを暗記しているんだろう、という勢いで、
カップルを見繕っては、デートを確約させていた。

       
     
     
        
 






    
    








だから、俺は山下さんと初デートに来ている。


          
   
    






      
         

     
      







酔っ払って、登録してからたった2週間後だ。
我ながら驚いている。

       
『会いたい』という意思は、向こうが出してきた。

       
もちろん田舎のことなので、そういう意思の伝達は
何重にもくるまれて届けられた。
       
      
       
       
       
       
     
        


         
      
       
     
    

デートはパーティの次の週。
場所どこにするか、希望がありますか?と聞いたら
『お任せします。』とメールが来た。


だから、俺たちは、海岸にある水族館に向かっている。
我ながら「中学生みたいだな。」とも思ったのだが
いまの勤務地の公民館は海に突き出した丘の上にあって
窓から海が見える。


こんなに近いのに、毎日の行き帰りでも行かなかった。 
だから選んだ。















実をいうと、この水族館は20年前、
この地方で初めて出来たもので
俺も行ったことがある。

その時俺は高校を卒業したばかりで
彼女は高校生で2個下の後輩だった。

そして、よく考えると。俺が38歳、山下さんが36歳だから
「20年後のシチュエーション」という、ことになる。


そうか、俺は20年経って同じデートをしているのか… 













『喉が渇きませんか?』といって
彼女が遠慮がちにペットボトルを差し出した。


こっちもいい加減緊張していたから、
『ありがとうございます。』と
カップホルダーに置かれたペットボトルに触れると冷えている。
保冷剤も持ってきたのだろうか?

飲んでみると、ハーブティーらしいことは分かるのだが
適度に甘くしてあるので、癖を感じない。

素直に『美味しいです。』というと
『家で淹れてきたんです。』と言って彼女は笑った。


ラベルがないのはそういうことか。
俺はそのボトルをホルダーに戻した。
     
     





     
         
        
      
      
    
     
         
        
   
彼女は、ブランドは分からないが
ピンクの清楚なしつらえのツーピースを着ていて、上品である。


俺も服装については、もちろん悩んだ。
カジュアルでおしゃれな恰好の方がいいんじゃないのか?
といっても、そんな恰好知らない。
もはや38ともなると、服の相談が出来る友達もいないのだ。

                 
白のチノパンにデッキシューズ、ダンガリーのシャツに麻のジャケットか?
我ながらバブル世代の発想に目眩がする。
もちろんそんな服はない。
デートの約束の後、『ちょい悪親父向け』みたいな本を買ったが
値段は予想より一桁半、違っていた。


おろしたての服を着てデートに行くのは嫌だったので、
俺はクロゼットからグレーのスーツを取り出した。

     
     
      
       
      
      
       
    
     
      
       
      
    
          
         
水族館は面白かった。



ただ、当たり前だけど、家族連れがほとんどで
あからさまに、『お見合仕様』のこのカップルの「見た目」について
心配になった。


同じ課のお局あたりに見られたら
大変なことになるだろう。


俺は、開館直後の賑わいの記憶しかなかったから
適度にこなれて『地元のもの』になったこの水族館の
けだるい賑わいに、逆に胸が騒いだ。


喫茶室でお茶を飲んで、その後、遊歩道を歩きながら、
「ご迷惑ではなかったですか?」と聞くと
「この方がいいんです。」と、彼女は笑った。


















それほど広い水族館ではない。
海岸沿いを散歩できるコースがあるから
歩くんだけど、結局は時間をもてあましてしまう。


『昼食をどうしますか?』と聞くと、
『ここは分かりますか?』とスマホの地図を見せてきた。 












名前だけは聞いたことがあるが、俺個人は行ったことがない。
魚料理で有名な店だった。


そこに車で行く。
もちろん俺の車だ。
10年前に買った中古車で、だから車としては15年前の車くらいになるのだが
なぜか、彼女は喜んでくれた。


彼女の兄さんがむかし乗っていた車だという。

















料亭は気持ちよかった。
まだ青々とした木立の向こうに海が見える。




『もう少したつと、紅葉になるんですよ。』


我々が席についた時、仲居さんではなさそうな服の
年配の女性が席に挨拶に来たから、常連らしい。

『予約してくださったんですか?』と聞くと。
『いえ、母が…』と語尾を濁した。











彼女と同じ、昼食コースの弁当を頼む。



『お飲み物はいかが致しましょう。』と
仲居が聞くから、答えようと思ったら、彼女が
『瓶ビールとウーロン茶を下さい。』と言った。

え?俺は車なのに、と思って顔を上げると
彼女は眼でなにやら合図をした。



だから、黙った。




















仲居がビールとウーロン茶、そしてグラスを運んでくる。
そしてグラスを当然のように彼女の前に置き
ビールを注いだ。


『ごめんなさい、緊張しているので。』と
グラスに口をつけながら彼女は言う。


それからお互いの話をした。
確かに彼女は車の中よりも、少し饒舌になっていた。










彼女は東京の、俺でも名前を知っているような
有名な女子大を出ていた。
『4年間だけどうしても、って、わがままを言ったんです。』


俺はこの市内から出たことがないから、
『うらやましいです。』というと、
『でも、大学の寮に入ることが絶対条件だったんですよ。』
と言って、笑った。


それから親父さんのコネで市内の会社に入り
事務の仕事をしているのだという。
プロフィールシートに書いてあった彼女の大学での専攻とは
まったく関係なさそうな会社であった。










『田中さんは?』と聞かれたけれど、
俺の人生なんてつまらない。


市内の高校を出て、市役所の、
当時は営繕課といった部署に入り、いまは施設課という部署で
市が保有する建物の管理や補修、
耐震補強などの仕事をしている。


小さな街だから、脚立に乗って電球を換えたりすることもあるが
基本的には、改修計画の作成を依頼し、
業者から見積もりを取って
入札し、業者を決めて工事を管理する、というのが仕事だ。


いまは、さっき言った水族館がある地区の
公民館の建て替え計画があるので、そこにいることが多い。
役所の紹介でアパートを借りている。
兄夫婦がいるから実家には戻らないだろう、と。













彼女は、俺のつまらない半生記を聴きながら
微笑を絶やさなかった。


いつの間にか手酌でビールを空けていた。
まあ、分量自体は大したことはないのだが?


話の後半には、それでも『失礼します。』と言って
ピンクのジャケットを脱いだ。  


当たり前の白いブラウスの下に
意外な質量の乳があるので驚いた。 











彼女が街を出たいのは分かったが
俺は市役所職員だ。この街を出られないのだ。


そんな入り組んだ話を初デートでするのは重たいなあ、
と思っていると、酔って抑制力の取れた彼女から本音が出た。



『市内の人と結婚するように言われているんです。』


『ご両親から?』


『うちの近所に住め、と…』
       

















支払いも彼女がした。
当然、俺からも『おいくらでしょう』と聞くと少し考えて、
『じゃあ。3000円頂けますか?』という。


コンビニ弁当の俺の平日の昼飯の10倍だが
彼女が一瞬悩んだところを見ると
顔を立ててくれたらしい。
おそらく2人で1万円は超えていただろう。  













夕方になったので、『お送りしましょう』というと
なんだか、ふわふわしている。    


こんなに酒に弱い人だったのか、と驚くと
意外に帰り道の指示なんかは、妙に細かい。
別に酔ってはいないらしい。


『ここでいいです』と言って交差点で降りる彼女に
『今日は楽しかったです。』というと、
『また、お会いできますか?』と言われた。



俺は、『是非』と答えながら、
『もう二度と会うことはないだろうな。』と思って
駅に消えていく彼女を見送った。












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2013年09月03日

風が、変わった

9月になって急に涼しくなった。
はっきりと風が涼しい。




















       
今日は始業式だ。


小学校は山の上にある。
アスファルトじゃなくて
滑り止めの丸い模様がたくさん入った
長いコンクリートの坂を登ると、
ぽかん、と空の中に置いたように大きな校舎がある。


7月は登るだけで暑かったけど、
今日は風が気持ちいい。













始業式は長いから嫌いだ。

       
教室にいくといつもはジャージの大崎先生がスーツを着ている。

もうひとり、七五三みたいな恰好の子がいて
一体何だろう?と思ったら、転校生だという。






















『ササキ・リョウです。』

       
なんか不思議な感じの子で、
転校慣れしているという感じだ。
黒板の前でのあいさつも、緊張とかしてなさそうだ。









僕の隣の席に座ったので、
その日は1日、教科書とか見せてあげた。


『どこから来たの?』と聞くと。
少し考えてから、

『東京の、西の方。』と答える。


東京なら東京だけでいいのに、と思って、    
『この街は新幹線の駅があって、
この辺じゃ一番大きいんだよ?』と言うと     
なにも言わずに笑った。


なんか、ぼくらがずっと生まれ育った街を
途中下車くらいに感じているようだ。













    
家の場所を聞くと近所だったので、一緒に帰った。
そうすると、大崎先生もついてくる。


人の気配がするのでなんだ?と思うと
あちこちの窓に顔がある。
近所のおばさんが出てきた。


初めて会うはずなのに『よく来てくれたねえ。』と言う。  
よく見たら、2組のヤマサキさんのおばさんだった。



























うちに帰ると、かあさんも『新しい転校生』のことを知っていた。
『佐々木さんちのお孫さんでしょう。』

家まで知ってる。



『どんな子なの?』

『まだ、よくわかんない。』

『でも、その子が来てくれたから、
あんたたちは来年も2クラスだねえ。』、という。


意味がわからないでいると


『ほら、あんたたちの学年、7月にひとり転校したから
40人ちょうどでしょう。
ほんとだったら2クラスには分けられないのよ。
決まりでは40人までは1クラス、なのよね。』

『だから?』

『だから、その子が来たら41人になるから
1クラスに出来なくなるの。
そうしたら、あんたたちが6年生になっても
2クラスのままなのよ。』






そんなこと、考えたこともなかった。






『大体40人クラスなんて嫌よ。』と言う。

『なんで?』と聞くと

『いままで1年生から、ずっと20人クラスだったでしょう。
いまさら40人以上のママ友と付き合うのもいやだもん。』

隣のクラスの子のおばさんまで『歓迎』していたのは
そういう意味だったのか?

『それに、5,6年はクラス替えがないから、
担任は大崎さんのままでしょう。』










近所のこどもが減っていることは知っていた。
父さんの時代には僕の学校は、
1学年10クラスあったんだそうだ。


信じられないけど、
学校に、やたらと埃くさい空き部屋がたくさんあるから
ほんとうなんだろう。


『第2図書室』とか、入ったこともない。










そして、先生のことを『さん付け』で呼ぶかあさんが
妙な匂いがするようでいやだった。



















しかし、『人数で期待された』リョウは
そのことを知っているのだろうか。


それがよく分からない。


5年生ともなると多少はいろんなことを考える。
男子と女子が、お互いを意識したりする。
でもリョウには、そんな生臭さがないんだ。
性別さえ感じない。


授業も聞いているのかどうなのか…
特別に賢いわけでもなさそうだし、
脚が速いわけでもない。


転校生だから、そんなふうに注目されていることも
知っているはずなのに、恥ずかしがるわけでもない。
人のことを気にしている雰囲気がない。


もちろんリョウが怒られるところなんか見たことはない。





なんか、空気のような子だ。












それでも、『一緒に帰ろう。』というと一緒に帰る。


リョウが知っている『時間』は、まだ5,6年のはずだが
それでも、5回くらい引っ越ししていて
知らない街の話をしてくれた。


面白かったし、うらやましかった。
外国にも行ったことがあるらしい。


『言葉とかどうするの?』

『すぐ覚えるよ。』

『じゃあ、なんかしゃべってよ。』と言うと、

『無理。』

と言って笑った。




















最後に学校に来たのは、
転校して来てからたった1ヶ月後の9月末だった。
台風が近づいて、あたたかくて湿った風が吹く朝に
めずらしくリョウの方から話しかけてきた。


『おれ、今日が最後なんだ。』

『どういうこと?』

『転校するんだ。』

『え?もう。』

『父さんの転勤が急に決まったから。』

『…どこに?』

『多分アメリカのどっかだと思う。
よくわかんない。』







帰りのHRで、転校のあいさつを済ませると、
クラスメートが昼休みにあわてて書いた寄せ書きを
恥ずかしそうに受け取った。

そして、みんなに見送られるのを嫌がるかのように、
すぐに、お母さんと帰って行った。


















リョウが転校する、という話は
もちろん大人たちにも、あっという間に広がった。


かあさんも、僕がリョウの話をすると不機嫌になった。


来年1クラスになるからか、大崎先生のせいなのか
リョウの転校先がアメリカだからなのか、
よく分からない。


それでもう、この街では
彼の噂は消えたように見えた。


もう、アメリカに行ったんだろうなくらいに思っていた。




















リョウが転校のあいさつをしてから4日後、
その週の土曜日、
正直もう忘れていた時に、たまたま
リョウの家の前を通ると、車が止まっていて、
トランクとかの荷物を積んでいた。
リョウがいる。


『きょう引っ越し?』と聞くと、

『うん。』という。

『引っ越しってトラックとかじゃないの?』と言うと

『だってアメリカだもん。』と言って、笑った。



いつの間にか、リョウの背中にいた、お父さんやお母さん。
佐々木のおじいちゃんやおばあちゃんも笑っていた。














その日は空の雲が高くて
かわいた、少しだけ冷たい風が吹いていた。



















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natsu_0117 at 09:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年09月01日

9月の雨は…

雨の匂いがする。
と、思ったら外はもうひどい降りだ。




















今年は、8月にはちっとも雨が降らなかったのに、
それが終わる頃から急に雨が降るようになった。


『大学がはじまるから東京に帰る』という和美を
日盛りの中、日向びた田舎駅の低いホームで見送ったのは、
まだ5日前だ。


『暑いな。』というと、
『あたし、晴れ女なんだ。』と笑っていた午後3時が
『その日のうちに東京の下宿まで行ける』最終列車だ。





確かにあいつがいなくなってから雨が増えた。
東京が晴れているかどうかは、知らない。



















雨のホームに立つ。
低いホームも雨に濡れ、両側の細いレールも
その下の薄い砂利も、雨に濡れて、鉄錆の色がする。


目の前に平凡な形の低い山が並んでいる。、
伐る人がいなくなった杉の木を載せ、
これも雨に濡れて、低い雨雲の下を左右に連なっていく。


反対側は、実こそつけているんだろうが
まだ青い田んぼが谷間に続いている。












左側から二両の上り列車がやってきて、のっそりと停まった。
ワンマンカーだから運転士しかいない。
ついでに客もいない。


時計を指さして確認した運転士が、線路の先を見つめる。
このローカル線は単線だから、すれ違いのために
上りと下りの列車が、この駅で同時に止まる。
ホームの端に、むかし使われていた、
大きな丸い輪っかのついたタブレットをかける柱が、
真っ赤にさびて残っている。


運転士は、ホームに一人しかいない俺の方を見て
『乗るのか?』という顔つきをした。
これに20分ほど乗れば、山間の川に沿ったちいさな駅につく。


その遙か頭上には
我々のローカル線に交差するように新幹線が走っており、
その隣に、何十年か前、地元の政治家が作らせたという
その小さな駅とは比較にならないくらい巨大な、
新幹線の駅がある。



そこからは6時間で東京だ。














しかし、俺は下り列車に乗らねばならない。
二駅先に、この地方では一番大きな街があり、予備校がある。


東京に行きたい、なんていったらお袋は怒るだろう。
そんな金がどこにあるのか、と。
浪人生のくせに、と。
そもそも、東京の有名な私立大より、
地元の国立大のほうがずっといい、と思っているのだ。


遅れてきたはずの下り列車は、これも二両で、
悪びれるふうもなく、やはりのっそりと停まり、扉を開いた。
俺は傘を閉じて、それに乗り込んだ。


















予備校の講師ってのは、
なんであんな変なテンションでしゃべるんだろう。
CMで有名になった人のようになりたいのだろうか。


空は暗い。もう午後6時近い。
雨はまだ、やまない。
帰りは多少客がいる。が、下校する高校生ばかりだ。
こいつらは卒業したらどこに行くのだろう。


朝乗った駅に、のっそり停まると、
こんどは交換の下り列車も、
ほとんど同時にやってきた。


見るともなく下車した数人の客を眺めると、若い女の娘がいる。
平日のこんな時間にめずらしい。
と、見たら和美だった。


『おい、どうした。』っていうと、振り向いて
彼女は予想外だったような、そうでもないような、
無表情な顔つきで言う。


『お母さんが死んだ。』と。


昨夜倒れた、という連絡があり、
大急ぎで品川駅まで行って新幹線に乗り
いま着いたのだ、という。


『新幹線の中でメールが来て、死んだ、って…』
泣いているかどうかもわからない。
俺は声をかけることをためらった。










和美とは幼なじみだから、もちろんおばさんも知っている。
8月にこいつの家に行った時には
体が悪そうには見えなかったが。


しかし、けさ朝飯の時に、
『かね源の所の由紀子さん、
ほら和美ちゃんのとこのお母さん、倒れたらしいよ』と
お袋が話していた。


幼なじみではあったが、和美と恋人という訳じゃない。
一人で見舞いに行くのも変だし、と、変な自意識が働いて、
返事もせず、和美の家にも寄らずに予備校に行った。
















『あたし大学やめることになると思う。』


駅を出て並んで歩き始めると彼女がこう言った。


『え?なんで…』


『だって女手は、母さんだけだったんだよ。
父さんや弟や、おじいちゃんの面倒
あたしが見なきゃ。』


『…そう言われてるのか?』


『まだそんな話してないよ。
今日が、お通夜で明日がお葬式。
そんな話、しばらく出来ないけど…』


『おじさんは、和美がそんなこと言ったら逆に怒るぜ?』


『上の学校に行くにしても、
もう東京には、住んでられないだろうな。』


…俺は言おうとしていた言葉を飲み込んだ。


『あんたんとこのお母さんも、
お通夜の支度で、もう うちに来てるんじゃない?』










ああ、そうか、喪服ってあったっけ。
浪人なのに学生服じゃまずいよな…
明日は休んでいいのかな。
晩飯はあるのかなあ。
大人達は飲んじゃうからいいけど、
予備校の前のコンビニでなにか買っておけば良かったな…


不謹慎で脈絡のないことを考えながら、
俺はさっき掌の上から落としてしまった
言おうとしていた言葉を探した。


『葬式が終わったら東京に帰れ』というのも
『おかえり』というのも、
どちらもひどく嘘くさい。


なにを言おうとしたんだっけ。
  




















『あたし、あんたと結婚したげる。』
突然、和美が言い出した。


『うちの田んぼだって、
どうせ 父さんじゃ面倒見られなくなるし…』


『…婿に来い、ってことか?』


『違う違う、ときどき来て、手伝ってくれりゃいいのよ。
あんたんちに住んだっていいし、アパート借りたっていいし…』








父さんと弟とじいさんの世話があるって言っておきながら
勝手な奴だ。


憑かれたようにしゃべる彼女の
二重の眼と長い睫を見ながら
このセリフが、いま衝動的に出ているものなのか
用意されていたものなのか、判断はつかない。


俺はまた、言葉を見失った。






















いつの間にか雨は小降りになっていた。
空の端の雲が切れて、
そこから、赤い夕焼けが見えた。



『ね、あたし、晴れ女だから。』

















それを夕焼けとは反対側での耳で聴きながら、


『来年の春は、東京の大学を受けよう。』


俺は思った。














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