2013年12月

2013年12月13日

レッドはどうした?

ちくしょう、レッドが来ない。












大体この季節だって、この服は暑いんだ。
しかも、転勤して、いなくなった山中の背丈に合わせてあるから
俺にはちいさいんだ。
前が見えやしねえ。

俺の前には『ブルー』の東さんがいる。
そして横に、『イエロー』の横山くん。
後ろに『パープル』の竹中さんだ。








われわれ、正式名称『アクア・スコードロン・池水・ファイブ』は
我が池水町の、いわゆる『ご当地ヒーロー』である。

町長が、近隣の町との飲み会で
『うちは、こんなゆるキャラが。』
『うちはご当地ヒーローが』なんていうのに刺激されたらしい。


『うちの町もなんかつくっぺ。』、と。


トップ指令である。
さすがにゆるキャラの「中の人」に立候補する人はいなくて
従って、押しつけあうように『5人戦隊』となった。









責任上、というか気の毒だとは思うが
メンバーは商工観光課を優先にして選ばれた。

ブルーの東さんは40歳で商工観光課の副課長である。
トップスターの『ブルー』を獲ったあたり役得、だともいえるが
5人の『ヒーロー』の最年長でありながら
一番からだが動くからでもある。


イエローの横山君は一番若くて、確か20代後半。


パープルの竹中さんは嘱託の人だ。
30前後の痩せた人だが、あまりしゃべったことはない。
ショーのあとには、一応打ち上げなどもするのだが
参加したのを見たことがない。


そして、レッドが井上さん、という33歳の女性なのだ。
別に『レッド』だからといって女性にする必要はないと思うのだが
背丈の関係で選ばれたらしい。
もっとも横にはだいぶ広くて、
いつも衣装を着るのに苦労している。
独身だ。



そして俺が『グリーン』だ。

緑地課だからグリーン、という洒落だ、といわれたが
5色揃ったら、グリーンなんて、
パープルと並んで一番目立たない位置じゃないか。







こんな仕事、とも言いがたい仕事だが
本来の所管は観光課だろう。

その手が足りなくなって嘱託の人や、
緑地課の俺まで駆り出すのは
『役所の高齢化』が原因でもある。



ご他聞にもれず我が町も人口が減り
役所の人間を削減する、ということで10年ほど前から
新規採用を押さえてきた。

だから『体力仕事』を30代以下に回す、となると
俺のような奴まで駆り出される。
どうせ『借り物』なら、
もう少し大事に扱ってくれてもいいんじゃないのか?

『ブルー』になるのは遠慮するが、
着ぐるみの着丈くらい直して欲しい。

前が見にくい。








真面目な話だが
当然、役所のスタッフの高齢化も進む。

ブルーの東さんなど優秀な人で、20年くらい前であれば
その年齢で課長、という人は珍しくなかった。

ただ残念ながら、今の観光課には50年配の『課長』がいて
この人は動かない。


確か一昨年嫁さんに先立たれて、広い屋敷に
年老いた両親とともに住んでいるはずだ。

そんな事情もあってこの課長は、役職以上に影が薄い。
そして、年齢以上に老けて見える。


もちろん、イベントを見に来たことなんかありはしない。









そしてこの5人のうちに独身が二人いる。
イエローの横山君と、レッドの井上さんである。

この田舎で
独身の男女が同じ職場にいることも信じられないのだが
とにかくそういうことになっていて、周りは、
はやし立てるほどではないが
あれこれ噂をする。

実際、イエローがレッドに猛アタックしているのは
街中が知っていて、
いやな町だな。

ともかくレッドは30を超えても独身を守り続けている。













さて、今日の演し物である。

所詮、素人なのだ。
殺陣はおろか、受け身さえ怪しい連中だ。

前転もバック転も出来やしないのだ。
だから今までは市内の祭りや商店街の演し物で
カラオケ舞台の横で『やー』とか演っていたらよかった。

当然練習なんかしない。
全員役人なんだから当たり前だが、時間も合わない。

『出演』の前にA4一枚ほどの『本日のあらすじ』を
渡されるだけだ。








ところが今日はちがう。

いつもの商店街なら、屋台やカラオケに紛れて
なんとでもなるが、今日は自然公園の
オープンステージなのだという。

別にステージだから緊張する、というわけではなく
ストーリーがあるのだ。






   
『地球侵略を狙う氷の帝国』からやってきた
サンタマンと、ソリダーの攻撃を
われわれ『池水・ファイブ』が防ぐんだと…


『サンタマンが悪役』ってのはまずくないか?
スウェーデンとかの『本家』に怒られないだろうか?

サンタマンが誰なのか明かされていない。
というか、主役のくせにまだ来ていないのである。
ソリダーは施設課の後輩の中村で、
首を脱いで、舞台下手の袖でくつろいでいる。

そもそも、サンタの『手下』は、そりじゃなくて
トナカイだろう…



しかし、いくら何でも『芝居』がある以上打ち合わせがいる。
誰が最初にかかって、誰が仕留めるか
というぐらいは決めておかないといけない。


だから、レッドが来ないのはいらつく。













舞台袖、というほどもない野ざらしの場所なのだが
そこで待機しながら、出演の10分前に
そのことを東さんに言うと、
『うん、まあ。大丈夫だよ。』という。


なにかを知っているらしい。



舞台が始まった。








悪の手下、ソリダーが舞台のそばにいたこどもを捕まえ
びーびー泣き叫ぶそのこどもを抱えながら、
『この子を返して欲しければ、俺を倒してみろ。』
みたいなことを言う。

レッドの足りないわれわれ『池水・ファイブ』は
舞台に上がってソリダーと対峙する。

なにしろ、脚本がA4一枚、
練習は皆無だから、舞台の上にいる俺でさえ
先の展開が読めない。


ついでに、俺よりも10cmも低い山中の身長に合わせて
発注された着ぐるみは、前が見えない。

メッシュの目隠しがさらに邪魔だ。














ソリダーとわれわれファイブが対峙する舞台を見つめるのは
おそらく散歩の途中に足を止めた
十数人の親子連れのみなさんである。

一応、ネットや広報で告知をしているのだが
この程度の人出である。

これでもとなり町に大きな工場と社宅が出来たせいで、
この公園ができた。
親子連れが来るようにもなった。





俺がこどもの頃には果てしない草っぱらだったのである。
こんなきれいな公園が出来るとも思わなかった。
俺がその公園でグリーンをやってるとは思いもしなかった。
















と、そこに『結婚行進曲』が流れてきた。

舞台の中央から、サンタマンとレッドが降りてきた。
サンタの扮装をして白いひげをつけているが
『中の人』は丸わかりに観光課長の池水氏である。

地名と名字が同じあたりが、つまりまあそういうことだ。
副課長のブルーが一切を承知していたのも、
そういうことなんだろう。

ご丁寧にレッドこと井上さんは、
マスクの上からウェディングベールさえ被っている。
いつも以上に幅が広い。






誰でも意味がわかる状況だ。

そして、サンタマンとレッドは
こどもの手を捕まえたソリダーを優しく諭し、
こどもの手を引いて舞台中央から客席に降りていった。


まあ、これほど意味のはっきりしたイベントを
役所の金でやるなよ、とは思う。
俺にだって、わずかながら『休日出勤手当』が出るのだ。


ただ、舞台に引き上げられたこどもが
ソリダーとか、サンタマンとかウェディング・レッドとか
訳のわかんない連中にいきなり囲まれて、
びーびーびーびー泣いていたのがせめてもの慰めだ。






































俺とブルーは、その晩
イエローを誘って夜中まで飲んだ。










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2013年12月10日

オレンジ色の夜

夜が低い。






12月らしからぬ南からの低気圧が、
速い雲と、強い風を送る。


いずれ暖かい水が、雨となって街を洗うのだろう。
雲が低い。

















この空を見て、思い出した。
むかし、夜の雲ってオレンジ色じゃなかったか?


俺が生まれたのは海沿いの工業都市だ。
それこそ海沿いには巨大な製鉄所、コンビナート
そんなものがいくらでもあった。

そんな夜、こんなふうに雲が低いと
空はオレンジ色だったのだ。

なぜだろう。
でも、確かに製鉄所の方角からオレンジ色の光が
雲を照らしていた。


もちろん、上空から照らすのではなく、
地上に光源があるのだろう。
だから、それは腹の底に響くように
雲の下からオレンジ色だったのだ。











どこまで共感してくれる人がいるかわからない。


1970年代の工業都市ならみんなそうだったのか?というと
まったくわからない。

ただ、よその街から遊びに来た子が
『なに?火事?』、と怯えていたから
珍しいことではあったのだろう。

戦前からの古い工業地帯では
街中から工場の明かりが見えるが、
戦後のコンビナートは、道路や緑地帯が視線を遮って
中の様子が見えなくなっていたのだ。


だから正体がわからない。
工場の前の緑地帯に植わっているのはキョウチクトウで
俺はこの暑苦しい木が嫌いだった。















地元のこどもの間では、
『あれは、製鉄所の溶鉱炉から
溶けた鉄が出てくる時のオレンジなんだぜ。』
というのが、なかば、伝説のように語り継がれていた。


いま考えれば、そんなはずはない。
出銑する場所が夜空の下の露天であるはずはないし
それほどの光量もないだろう。


おそらくその時代から流行りだした
ナトリウムランプの光だったのだ。

今でも、高速道路やトンネルに使われている
オレンジ色の照明だ。

















いまみたいにLED照明とかが、なかった時代
消費電力に対する効率が最もいい、
そして寿命が長い、ということで、この時代、
このナトリウムランプが一気に増えた。


しかもこの光は指向性が強い。
遠くまで届くのだ。

だから高速道路や工場の照明に多用された。
別に『工場デート』のマニアのためではない。


もちろん欠点があって、
オレンジ色であること。

それはまあ、蛍光灯だって白熱灯だって
固有の色があるからと責めるのはかわいそうなのだが、
ナトリウムガス、というのは
オレンジ一色しか出さない。


赤と黄色を混ぜてオレンジね、とか
いろんな色があるけどオレンジ寄りだよね、
ということではなく、
すぱんと一色、オレンジだけなのだ。
光源の周波数がものすごく偏っている。


だから高速道路でもなんでも、あの照明の下に行ったら
濃淡はともかく、どんな色の車も同じ色に見える。












陰影もなくなる。


色彩がなくなるのもすごいが、
その、工場や高速道路のナトリウムランプを
低い雲で乱反射したオレンジ色の光は
地上に降りる時には、方向を見失って、影も失う。




だから、そこで見る人影は凹凸のわからない
オレンジ色の輪郭になる。
















俺が、紀子から告白をされたのは
そんなオレンジ色の夜空の下だった。

高校を卒業する時だからもう、30年も前か。

突然呼び出されて、
地元では『名水』で有名な泉のそばの小径で
唇を奪われた。

いや、男が『奪われた』とかいうのは情けないが
ともかくそうだったのだ。












オレンジ色の雲のせいで鼻の低さに気がつかなかった。


キスに舞い上がって翌日、青空の下で彼女の顔を見たら
平板なのでびっくりした。





俺が生まれた街の夜が、いまもあんなふうにオレンジ色なのか、
知らない。

おそらくちがうだろう。
































急がないといけない。
久しぶりに、暖かくて低い雲を見ていたら
そんなことを思い出した。




病院から連絡があって
入院している妻の紀子の容態が急変したのだ、という。









あの、オレンジ色の空の下のキスを、思い出す。





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2013年12月09日

暁の放尿

先週の日曜日の朝、グラウンドの脇を歩いていたら、
少年野球の子どもたちがいる。
メンバーは小学校低学年、というところだろう。



まだ練習は始まらないらしく
周りを走り回ったり、道具を出したりしている。
監督らしき人物もコーチのような人と無駄話をしているし、
熱心なお母さんがなにやらお茶の用意をしているが
大人はそれだけだ。










『こどもの血圧って高いんだなあ。』と思いつつ
その元気を横目に見て歩く。











そうすると、少年のうちの一人が
『トイレに行ってくる。』と叫んで走り出した。
そうすると数人が、『俺も。』と走り出す。



公衆便所なんかあったかな?
公民館はあるが、この時間では開いていないだろう。

と思ったら、奴らは
陽の当たる公園の植え込みに、
のびのびと立ち小便を始めた。









野球のユニフォームのジッパーを開けて数人が放尿する。
かわいらしいちんちんで全員を束ねても俺にはかなわないが
小便の勢いだけはすごい。


若いだけあって早くて、手も洗わずにグラウンドに戻っていった。
きたねえな。

















しかし、立ち小便をしたことなんて20年くらいない。

いや、20年前でも成人だろ?、ということはともかく、
世間が、そういうことに厳しくなってきてるだろう。




それこそ学生の頃には、飲み屋街では
立ち小便しているおっさんが
野良犬のように電柱ごとにいた。

そういえば、野良犬って見なくなったな。







駅前で、マーライオンのような勢いで
げろを吐いているおっさんもいた。

あ、これはいまでもいるか。









ところがいまは立ち小便が許されない。
繁華街に行けば、まだそういうおっさんもいるのかも知れないが
少なくともこんな住宅街、
しかも街中に監視カメラがあるような御時世では許されない。

いや、つかまるかどうかよりも
倫理観とか道徳心の問題だ、という話は措いといてくれ。











いまの若い人も立ち小便なんかしないんじゃないか?


一昨年の東日本大震災の時に、海外で
『日本のために祈ろう』というスレッドが立った。

その中に、『電柱の根本に立てかけてある小さな鳥居』の
写真があった。

海外の人がわからないのは仕方ないとはいえ、
あれは『どこにでも神様を祀る日本人の象徴』ではなく
『立ち小便禁止の表示』だ、ということは、
もう、いまの人にはわからないんだろうか。


























そうか、



立ち小便しよう。









そう思った。




最近は家の中でも便座に座って小便をさせられる。
あれが、朝 いかに辛いか、ということを
便器メーカーの女子設計部員は知らないんだろう。

一生知らなかったらいい。













といって、いま少年達のあとに立ち小便をするのはまずい。


なんか悔しいのはもちろん、
少年野球の練習が始まっているのだ。

監督だかコーチだか、父兄だか
この早朝にご苦労なことだが既に5.6人の大人がいる。




彼ら、彼女らはこどもの立ち小便には寛容でも
知らないおっさんの立ち小便は許すまい。















ではどうするか。
これで私の灰色の脳細胞が無駄にフル回転を始めた。




まずは太陽の下でしたい。

だってそうじゃないか、
いつもマンションの内法850×1350の
窓もないような便所に坐らされるのはたくさんだ。








陽光の下、出来れば天空に向かって放尿したい。

といって、この季節そんなことをしたら
ただでさえ大事なところが大事なことになりかねないし、
間違いなく通報される。

しかし、そうなると日中は無理か?

いくら何でもそんなシチュエーションを準備することは難しい。

こうみえて、常識人なのである。





















そんなわけで、今日の夜明けにあわせて海に来た。

うちから歩いて20分ほどで海岸線に出られる。
もっとも大半が倉庫や工場なので
一般の出入りは出来ないのだが、
一部ショッピングセンターになっている区域がある。

もちろん、この時間営業している店舗はないので
本来なら立ち入り禁止なのだろう。

しかし、構内道路の入口に車両進入禁止の
チェーンバリカーがあっただけで歩行者はフリーパスだった。

事実、遙か遠くで犬を散歩させている人がいる。










理想をいえば、砂浜の海岸まで行って下半身裸で
旭日に向けて放尿、というのをやりたかった。

でもそれをやるためには車で1時間運転せねばならず、
それはさすがにモチベーションが
維持できないだろうと思ったのだ。

すでに、いま辛い。








桟橋を擬した岸壁の向こうには
むかしここが工場だった時代の小さな港があり、
防波堤を兼ねた埠頭の向こうには
青く、鈍く光る水平線がある。

まだ、頭上には明かりの残した三日月が
笑うようにして蒼い空に浮かんでいる。

風は、さすがに12月になると冷たいな。
空気が乾いて、おそらく実際の気温以上に寒い。
というか、ちくちくする。

我ながら、なんでこんなことしなきゃいけないんだ、と思う。

さらに、手順を考えて、つまり
素早くことを遂行して、同じく素早く撤収するために
ショートパンツで来たんだが、当然寒い。

手段と目的を間違えてやしないか?とは
会社でもよく言われる。


それでも、桃色に染め上げられた空に
まさに太陽が昇ろう、とするところであった。


俺は、『ああ、いまだ。』と、ショートパンツに手を掛けた。























『なにをなさってるんです?』
不意に背中から声がかかる。



振り向くと、警備員である。



『この時間の立ち入りはお断りしているんですがねえ。』

さっき遠くに見えた、『犬を連れて散歩している人』は
『ドーベルマンを引いた警備員』、だったわけだ。

ドーベルマンは重装備じゃないか?と思ったが
思いの外、眼がかわいいので、
この子も警備員さんが散歩させているのかも知れない。







かろうじてパンツを下ろす前だったから
俺は名前も聞かれずに
子猫のようにくびねっこをつままれて
敷地の外につまみ出された。

























くやしい。





ちくしょう、こんどはどこでやってやろうか。





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2013年12月06日

田中氏の懊悩

田中氏は悩んでいた。
日向びたアーケードのかかった、
200mほどの短い商店街を既に5往復している。


さすがに手ぶらでは変か、とおかしな自意識が働いて
彼の右腕には、途中の店で買った
ゴボウやリンゴやジャガイモの入った袋が
いくつかぶら下がっている。









彼の悩みは、『来年の年賀状の枚数』である。
なにも12月の始めに悩まなくてもいい、と思うだろう。










しかし、田中氏は誇り高い男なのであった。










彼は1部上場企業の部長だったのである。
今年の年賀状は300枚来た。


しかし、彼は今年の7月に定年退職したのだ。






『定年により職を解く』と

俳句よりも短い文字数の辞令をもらって、30人程の部下がいる
自分の席に戻ると、部下達が花束をくれた。
この日に関しては仕事もない。なにもない。
朝の10時にそれを抱えて電車で帰った。


まあ、多少蓄えもあるし半年くらい遊ぼうかな、
と思っているうちに年末になった。










そこで、年賀状だ。













去年来た300枚の内訳を、昨日の夜ざっと数えてみた。


7割が仕事関係だ。しかも下請け、と言うと言葉が悪いが
こういうところはビジネスの世界というのはいやらしい。
『下から上へ』の年賀状ばかりなのだ。

『上から下へ。』つまり元請けや銀行からの年賀状なんて
部長クラスには来ない。


あとの1割は部下・同僚、残り1割が親戚、
1割が友人という具合だ。









もっとも、この友人、と言うのも田中氏の勝手な分類で
『打ち合わせの帰りに飲みに行った人。』も含まれている。
田中氏は、『飲みに行ったから友人。』と思っているらしい。
年賀状に、『また飲みに行きましょう』とメッセージがあったら
その人は『友人』なのである。


その時の勘定の支払いは相手もちであり、
メッセージを社交辞令だと思わないところが、
田中氏の誇り高いところであった。
世間知らずなところでもあった。


無趣味な田中氏にとって、休日はごろ寝で、
『飲みに行く人』が友人であり
長い社会人生活で、一緒に飲みに行くのは
取引先か部下だけだったのだ。










しかし、さすがに定年を迎えると年賀状が激減するだろう。
ということは田中氏にも予想が出来た。


定年後に年賀状が1/10になって自殺した人がいる、
という話を聞いたこともある。









田中氏は臆病な男でもあった。










なぜ彼が、この商店街をうろうろしているかというと
通りに年賀状印刷を請け負う文房具屋があるからだ。




パソコン以前であれば、文案の決まった年賀状を
郵便局で買うか、
文房具屋で印刷してもらうのが普通であった。


その頃は忙しかったから嫁に枚数を任せて
適当に買ってもらっていた。










ところがパソコンの時代になって画像を取り込んだり
レイアウトが自由に出来るようになると、
田中氏以外の家族は、自分で作るようになった。



小学校に上がったばかりの孫娘さえ
怪しげな日本語で年賀状を書く。


一昨年届いた年賀状で、
田中氏宛の年賀状が圧倒的に多いことに驚き
『じいじ、すごーい。』、と言っていた。


それ以来彼女のクラスでは
『年賀状』がちょっとしたブームになっているらしい。


こどものことだから鉛筆書きで、
しかも鏡文字とかあるから、よく届けてくれるな、と
感心するが、この地区だけ不着の枚数が増えて
学校にも苦情が行ったらしい。


『誰に送った、送らない』といったことでもトラブルになるから
先生は嫌がっているらしいが、チェックも出来ない。


まさかうちが発祥だ、とも言えないから
田中氏は沈黙を守っている。









田中氏は小心な男でもある。









孫に『じいじ、すごーい。』と言って受けたその尊敬を
失いたくもないのだ。


だから年賀状の枚数が重要なのだ。
まさか自殺した人のように1/10にはなるまいが
7割が取引先だったんだから、そこからは来年は来ない。


部下や同僚も何人くれるか。
全滅ではない、と思いたいが、定年の日の扱いを考えると
相当に減るだろう。


親戚は大丈夫だろう。でも甥っ子や姪っ子になるとだめだろうな。
田中氏自身、大学生の頃に
おじに年賀状など送ったことはなかった。



そういったことを総合すると下手をすれば1割以下ではないか?









年賀状が余れば半値で郵便局が買い取ってくれるのだ、
ということはもちろん知っている。


しかしそれは未使用の場合であり
見込みを込めて送って返ってこなければ無駄になる。


そして数十円のはがきの損失よりも
プライドの傷のほうが深いだろうな、と思うのだ。









田中氏は悲観的な男でもあった。











意を決した田中氏が11往復目に、ちょっと良い食パンを買って
文房具屋を訪れたのは既に夕方に近かった。


大荷物を抱えた田中氏に驚きつつも
文房具屋の婆さんは、なにもかも見抜いたかのような達観した
顔付きで対応した。


いくつかある既成のデザインの中からひとつを選び
50枚の年賀状を注文した。
















家に帰ると、妻が化粧をしていた。



『どこかに行くのか?』と訊くと、それには答えず

『なによその買い物…』と驚いた。

まさか年賀状の枚数の逡巡がこの荷物だ、
とも言えないでいると

『もー、みんな冷蔵庫にいれといてよね。』と言う。

『なにがあったんだ?』と訊くと

『あんたの、熱海だかの療養所にいたおばさんが死んだって。』

そういえばそんな人がいたな。
何年か前からホスピスのようなところにいた人だ。




年賀状の計算にすら入れていなかった。




『ほら、あんたも出かける支度してよ?』

『え?俺も行くのか?』

『あんたのおばさんでしょう。』

『でも、俺は会社が…』と言いかけて
その台詞を飲み込んだ。


























そうか、もういいんだ。








そして、『年賀状の返事の枚数』も、気にしなくていいんだ。












喪中欠礼のはがきは何枚買えばいいかな。







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2013年12月03日

黄昏の浴場

この街にも銭湯がある。
街中にあるから、残業で終電が必至だなんていう時は
わざと夕方にそういうところに出かける。

そのくらいの時間の裁量はできる立場だ。

俺がよく行く銭湯は、坂の多いこの街でも
特に谷底にあるような場所にある。
当然、海にも近い。













夕方の銭湯は客がいない。

銭湯は、洗い場と脱衣所に別れている。
洗い場は結構広くて、60帖くらいあるだろうか。

    





広い洗い場の真ん中にぽかん、と俵型の浴槽があり
壁は柔らかいベージュ色のモザイクタイル。

それでも壁には2カ所ほど大きな窓があり、
この季節になると閉ざされてしまうのだが
これが光を入れてくれる。

天井は10cm幅くらいの鋼鈑でときどきしずくが垂れる。
しずくが垂れるのも当然で、勾配が緩やかなのだ。
寄棟を造るこの建物は
棟木が集まったてっぺんに、一段高い
張り出し屋根を作っていて、そこで湯気を抜く。







ここは当然窓で、さらにベージュにくすんだ窓から
洗い場と脱衣場に、物憂い光が入る。

そんな光の中で見る湯気に塗れたベージュ色のタイルは、
ちょっとエロティックだ。

ここに来ると時間が止まるような気がする。
もちろん風呂を出たら終電まで仕事をしないといけないのだが
とりあえず、時間が、止まる。









脱衣場は板敷きでこれも広くて20帖ほどある。
ただし、そのうちの壁面はすべて脱衣箱になっているし
洗面所もある。

だから、そんなに広々とした感じはしない。

さらに、残りの面積のうち4.5畳ほどが畳敷きになって
『休憩室』のようになっているのだ。







これに関しての地域性はわからないが
脱衣場が中庭に面していて籐の椅子がある銭湯、
なんていうのはいまでもいくらでもある。

むかしの銭湯は『温泉旅館』を目指したかったらしい。








しかし、この『脱衣場の休憩所』というのはありがたい。
もちろん男女の壁があるから家族でくつろぐことは出来ない。

最近の『スーパー銭湯』なんていうのでは
だから、番台の外に休憩所があるのだが
逆に、こういう昔ながらのスタイルはいい。

これなら素っ裸で畳の上に寝転べるし、
湯冷めをしたな、と思ったら番台を通らずに
何度でも風呂に入れるのだ。

真夏の頃にこれをやると、
体中の脂がぬけて、外がどれだけ暑くても
ざまあ見ろ、と思ったもんだ。

















ところが先週から、『先客』がいるようになった。
まあ、平日の午後4時開店、というのは
普通なら俺みたいな年代の奴は来るまい。





近所の爺さんだと思うのだが
この店は不思議とそういう人が4時台にはいなかった。

俺みたいに事実上、自営業などといって
時間が自由になる奴は世の中にいないのかなあ。
その代わり金の自由もないが…




しかし今日も、その『先客』が4畳半に寝ている。
局部に手拭いをかけたままの、まことに不用心な姿勢だ。

2人で寝るには若干狭いんだが
なんか、毎日の習慣を途切れさせられるのもいやなので
横に寝た。


パンツは穿いた。










茫然と寝ていると、脱衣場は立派だ。
安普請の洗い場とは比べものにならない。

床の板だって、六寸巾の立派なものだ。
これだけ湿気の多い場所で、反らないようにさせるためには
相当な技術が必要で、金がかかっている。

壁は脱衣箱があるからよくわからないが
天井は舟底の格天井。

男女の脱衣場の間には仕切りがあるのだが
そこには幅一杯ほどに切れ目なく鏡がはまり、
欄間には、飴色に塗られた白鳥と松の彫り物があって
舞い踊っていた。


不必要に最上級な仕上げだ。














『最近よくお見かけしますな。』

隣の老人だ。
思わず顔を見たが顔は天井をむいたままだ。


『いえ、銭湯が好きなもので…』、と
不得要領に答える。


『お若い方が来て下さるとありがたい。』

もう若くもないが、『はあ、』といって
相変わらず天井をむいた横顔に答える。

『この銭湯も昔はずいぶんと流行ったものです。』

そんな時代もあったんだろうな。










『海に近いでしょう。
そうすると荷役の人が来るんです。』


『荷役?』


『ああ、そうか。いまの方にはわからないでしょうな。
戦後15年ほどして摩耶に埠頭が出来るまで
この港の貨物船は、沖取りといって
昔は、艀だったんでしょうが戦後は小型の汽船ですな。
喫水の浅い船がそうやって沖の大型の貨物船から
海岸通りに荷物を降ろすんです。』


『人力で?』


『そうです。沖仲仕といいましてね。
そんな連中がたくさんいました。
まあ、酒が入るとただのごろつきですが
仕事上がりに風呂に来るくらいにはおとなしいです。』


そんな時代があったのか。


『いまでもここの近くにソープ街とかあるでしょう。
そういうところを使っていたのは
彼らばかりじゃなかったでしょうが、
なにしろ、この街は男が多かったんですよ。』


『そういう人達で賑わった、って事ですか?』


『ええ、いまくらいの時間からそういう連中が来ます。
その時間は倶利伽羅もんもんの大博覧会ですよ。』


『へえ。』














『それから少しすると、役所とか海岸通りの
サラリーマンとかが来ます。』


『そういう人達は家に風呂があるでしょう。』


『でも、まあ銭湯が好きだなんて人もいたんですよ。
風呂がない家も、まだ多かったし。
で、そういう人は家で着替えてから出かけてくるんですな。
いま、どこの風呂屋にも貴重品箱ってのがあるでしょう。』


『ええ…』


『あれは、あの時代に出来たもんです。
財布だって時計だってメガネだって
貴重品っていう時代でしたから。』


『あ、だから着替えてくるのか。』


『そうです。脱衣籠に靴箱じゃ盗まれちまいますからね。
財布とメガネと、それから、なんでか時計をもって
出かけてくるんですなあ。』


『番台に預けるんじゃだめなんですか?』


『まあ、いまでもそういう風呂屋、ありますけど。
もうろくした婆さんじゃ信用できないってのと、
「あの品物がない。」なんて時に
もう風呂屋じゃ責任が取れないんですよ。』


いわれてみればそうだ。
めんどくさいだろうな。















『あと、爺さんとガキはいつもいます。』

『女の人は?』

『来ますよ。女の人のほうが多かったんじゃないかな?
ここの坂の上の、山手のあたりは
住宅が多かったですしね。』

そういえば、ラジオドラマの「君の名は」の放送時間帯には
女湯から客が消えたなんていう話を聞いたことがある。

『そうです。むかしの女の人ってのは夕方から晩過ぎまで
体の空く時間がないんです。』


『はあ。』


『だから、メシを食わせて子供を寝かす前の8時くらいに
集中しちまうんですな。』

婆さんは普通に来るだろうが…

『だから、NHKが「君の名は」を夜の8時半から
放送したのは罪ですぜ。』
















『この地方の風呂は、こうやって洗い場の真ん中に浴槽があって、
周りの壁に洗い場がある。
このわけがわかりますか?』

わからない。
そういえば
東京の銭湯はペンキ絵の前の壁に沿って浴槽があった。       

『いまはね。ここの風呂も、普通に坐って使う洗い場にしましたけど、
むかしの風呂屋は、
みんな壁に向かって立って洗うもんだったんです。』


『…しました』?

     
『効率よく客を回転させるためです。
立って洗った方が面積も時間も取りませんからね。』



『あの、ずいぶんこの銭湯のことに詳しいようですが…』

『ええ、あたしは、ここの2代目です。』

『ええっ?』と思わず起き上がって顔を見る。


『最初にいいませんでしたかな。』といって
爺さんも起き上がる。

『少し冷えましたな。』といって
爺さんは先に立って湯船に向かった。











   
『浴槽だって深いでしょう、これも立って客を
湯に浸けるためです。
そうすれば浴槽の面積以上に客が入れられるでしょう。』

どうも、「流れ作業」だ。

『それだけ客が来たんですよ。
いまは、どんな小さなマンションにもユニットバスがある。
だから客が来ない。』

まあ、そうかな。
















『そもそも、銭湯なんてのはね。
何代も続けてやるようなもんじゃなかったんです。』

『どういうことです?』

『とてつもない重労働なんですよ。
親父が雪国から出てきてここで銭湯を開いた時
燃料は薪だったんです。』

『薪?』

『いまは重油のボイラーで沸かしちまいますけどね。
でも、僕が継いだ時なんかまだ薪でしたなあ。』

『いつ頃の話です?』

『戦後10年、15年くらいまでは
そういう時代があったんじゃないでしょうか。
薪はね、近所の材木屋とか大工と契約して
端材を卸してもらうんです。』


そういえばむかしの銭湯には材木が積まれてたっけ…


『ああいう端材は本来「捨てるもの」ですからね。
大工と組めば安く手に入ります。
木造住宅ばかりの頃にはそれで成り立ってたんですよ。』


知らなかった。


『大抵が間仕切りに使う杉だったんですけど
ヒノキなんかもありましてね。
それで焚くもんだから、「うちの風呂はヒノキ風呂だぞ」
なんていってずいぶん自慢したもんです。』

『浴槽はタイルなのに?…』

『そうです。そうです』


『ははは…』
















『戦前に一度石炭に変わる動きがあったですけどね。
戦争があって、石炭も石油も統制品になって
街の風呂なんて住宅の端切に戻っちまったんですなあ。』


『ははあ…』

『ところが木材なんてのはカロリーがないでしょう。
のれんをあげるのが3時だとしても昼の1時くらいから
焚いていないといけない。』


『ああ…』 夏にいったキャンプのことを思い出した。
あの夜、薪をくべるのは大仕事だった。


『夜は12時くらいまで開けてたんですよ。
僕もやりましたけど、薪の時分は
「かまたき」っていう若い子を雇ってましたなあ。』

ああ、家族じゃ出来ないよな。


『しかし一日中釜を焚いてないといけない。
かまたきの兄ちゃんには他に雑用も頼みましたが
彼も重労働だったと思いますよ。』

『いくつくらいの子なんです。』

『戦前なら尋常を上がったらすぐに来ました。
戦後は、ふふっ建前は中学を出てないと雇えないんですが
12、3の子がいましたなあ。』

それで1日働くのか…


なるほど、風呂屋というのは番台に座ってるだけの
幸せな仕事ではないのだな。













『それでまあ、重労働なんですけど
なにしろ夕方になると街中から客が来るわけです。』

『儲かったんですか?』

『そうらしいです。』といって爺さんは薄く笑った。

『もっともね、』と言って

『僕は戦前の時代をあまり知りませんがね。』 とも言った。


しかし、欄間の彫刻や天井の細工などを見ると納得できる。
建物の贅沢を競ってでも惜しくないくらい客が来たんだろう。


『だから一代で儲けて、田舎に田畑を買って
それで引き上げる、っていうのが
風呂屋の心意気だったんです。』


『じゃあ…』と言いかけてさすがに言葉を飲んだ。


『うちみたいに街中の銭湯は、もう生き残れません。
スーパー銭湯のミニ版みたいに、小さな露天風呂やサウナ、
水風呂、ジャグジーなんていうのを作っているところもありますが
なかなか…』

そうだったのか…


『うちみたいなのは、「引き際」を間違えたんでしょうなあ。』

















『え?』


『戦後になって銭湯は最盛期を迎えるんです。
それこそ戦後15年くらいはおもしろいように儲かりました。』

『それはうらやましい。』

『しかも土地の値段がどんどん上がっていく
売らないで持っておけ、というのはこの辺の地主の
暗黙の諒解でしたよ。』

『そういうことだったんですか…』

『ところが、戦後30年くらいしたらボイラーの燃料が
重油に変わる。
その時にちょうど石油ショックですよ。』

『じゃあ、薪をやめなければよかったじゃなかったですか。』

『その時分にはもう、
「かまたき」なんかに来てくれる人はいないですよ。
人件費を考えたら、まだ重油の方が安いですしね。』












『それに戦後30年くらいしたら沖仲仕もいなくなりましたし、
家に風呂を作るのが流行って
小さな石鹸、ことことさせて銭湯に来る人も減りましたしね。』


どうもこの人の時系列は「戦後何年」ということに徹底していて
年代を換算するのがしんどい。


因みに今年(2013年)は「戦後68年」だ。














『それとこの通りは地下水が出るんです。』


『はあ…』


『この店の前の通りは昔は川だったんです。
いまは暗渠ですがね。
この通りだけで、3軒銭湯があるでしょう。
ちょっと掘れば、沸くように地下水が出るんですよ。』

そうだったのか…

『ところが、戦後30年、さっきの重油への転換の頃から
お国の規制が厳しくなりましてね、
お湯は水道水でなければならん、と。』

『はあ…』

『地盤沈下とかね。そういうのが批判された時代でした。
公害問題がうるさくなって
衛生面での問題もあったんでしょうが…』

『それじゃ大変だったでしょう。』

『そうですよ。
客は減る、地価は上がる、当然税金も上がりますな。』

『はあ…』

『そのうえ燃料代が上がる、水道代が上がる。』

『銭湯が廃業するわけだあ…』


『引き際を間違えた、という意味がわかって貰えましたかな?』












まだ黄昏は光を失わない。

垢じみた、といっては失礼なのだろうが
窓から入る光とともにベージュ色の照らされた
浴槽はがらんとしている。


















『温泉が出るところがうらやましいですよ。』
と突然いう。

『はあ…』

『温泉も取水量の権利とか大変らしいですけど
沸かさないで、役に立つ湯がいくらでも沸いてくるんですよ。』

『はあ…』 どう答えていいものか。
返事が間抜けだ。








『温泉の定義をご存じですかな?』

知っているわけがない。

『単に熱いというなら、25℃以上なら無条件に
「温泉」です。』

『はあ…』

『それ以下の温度でも、指定された19種類の物質が
規定の濃度を超えれば『温泉』になれるんです。』

『はあ、温泉になりたいですか?』

『まあ、水道代を払わないだけでも楽です。』

『あれは全部、「源泉かけ流し」ですか?』というと。


こいつは馬鹿か?という顔をしたきり、
振り向きもしないでこう言った。


『そんな風呂屋あるわけないでしょう。
高級温泉は知りませんよ?
でも町場の銭湯なんて湯を沸かして循環してろ過して
お湯を使いまわしています。
風呂ってのはね、ボイラー以外の設備が膨大なんです。』







なんで怒ってるんだろう。







『去年ね、この風呂の一切のことを息子に譲ったんです。』

ああ、腹立たしい物言いもそういうことか?
ふてくされたように一番湯を占領しているのもそういうことか?


『するとここをマンションに建て替える、と言うんですな。』

なるほど、そりゃショックだ。





『それで風呂だけはやめないこと、
マンションでもいいけど分譲はいかん、と
この二つだけ言い渡したんですな。』

『分譲がだめ、というのは?』

『狭い土地、ちんけな建物ですけど愛着はありますんでね。』

確かに、洗い場はあばら家だが、脱衣場の内装を
つぶすのは惜しい。











『なんとか建物を残してくれ、と言ったんですが
12階建てで80戸のワンルームマンションの図面を持ってきて、
「親父が言うから、低層階だけは駐車場と銭湯にしてやる。」と
恩でも着せるような物言いなんですな。』

ワンルームとはいえ80戸は多い。

『それで1階を駐車場と機械室、2階をロビーと脱衣室にして
3・4・5階に、今はやりの、ジャグジーとか、露天風呂とか
たくさんの浴槽を集めたふろを造る、と言うんですな。』
           
『3階に?』

『まあ、風呂とマンションじゃ高さが違いますから
実際には建物の高さの1/3位が風呂らしいんですが…』























それは無理だ。




マンションには規模に応じて
『駐車場の附置義務』というのがある。

80戸のマンションで来客やサービス用の車を考えたら
1階の半分で駐車場が納まるはずはない。


構造的にも不安だがこれは図面を見ていないから
いわないことにした。


しかし、法律は法律だ。
『マンションに併設した銭湯、というのも
ないことはないですけどこの敷地じゃ無理じゃないでしょうか…』

格天井に欄間のこのセピア色の銭湯が消えるのも惜しい。
ということも言い添えた。


おそるおそるだが。










爺さんは、跳ね起きるようにがばっと上半身を起こすと。

『そうか。』といった。


そうか…








なにが『そうか』なんだろう。


『やっぱり風呂として残さなけりゃなりませんよね。』

『ええ。』気押されながらいうと、

爺さんはもう一度
『そうか。』といった。
























半年後、その風呂屋は解体されていた。
『ああ、やっぱりなくなるのか。』と思ったら、
有名なゼネコンの看板の下に
『○○温泉ビル新築工事』とあった。








































温泉を掘り当てたらしい。









いいな。








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natsu_0117 at 23:29|PermalinkComments(2)TrackBack(0)
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