2015年07月

2015年07月13日

夏のアイス

『あー、つまんないなー。』と、あつこさん。
カップに入ったチョコミントアイスを舐めながら言う。

『なんで?』と、聞くと
『雨だから。』、と。





まあな。





梅雨が、夏のすぐ手前になってまた、雨を散らす。
台風はこの街には来ないが、
暖かい風と、水を送り込んできた。
外に出ると、耳の穴の中まで女神が舌をさし込んでくる。

だから陸上部のあつ子さんは、毎日
雨の放課後をもてあましているわけだ。

もちろん、トラックに出られなくても
校舎の階段をダッシュで駆け上がったり、
体育館の隅で腹筋をしたりして、
部活に休みはないらしい。

それでも、いつもより早く終わるので、
こうして帰りにおれとアイスを食べに来たりする。





『そんなに部活したい?』
『いや、部活は嫌いだけど。』
『じゃあ、休めていいじゃん。』
『でも、走りたいなあ。』

といって、小さなスプーンでアイスを口に含む。

『元気だなあ。』と言うと、
『山下君も走った方がいいよ。』

『うん。』言葉に詰まると。
『も一個食べよ。』と言ってカウンターに向かう。

え?

彼女は、ごくシンプルなバニラアイスを
カップに入れて帰ってきた。





『よく食うなあ。』
『うるさいなー。』

『山下君、なに食べてんの?』
『えーと、アプリコットソルベ。』
『なに?それ。』
『アンズのシャーベット。』
『へー。』

『食べる?』
『いや。いい。』
『シャーベット、嫌い?』
『うーん、雨の日は、こうやって
ソフトを舐めるのがいいかなあ。』


うん。
なんとなくわかるような気がする。





『いつもシャーベット?』
『うん。』


もちろんうそだ。
あつ子さんとデートできるようになってから、
こうやってアイス屋にも来るようになったけど、
いつもは、学校の裏口の駄菓子屋で売っている
アンズアイスだ。

細長いビニール袋のシロップを溶かした砂糖水の中に
アンズのちぎったのを入れ、それを凍らせたという代物。
貧乏くさいけど美味しい。

夏になって蝉時雨の中、真っ白い太陽の光の中で
追いかけられるような時間の中で
溶けていくアンズアイスを食べる。

おいしい。






『へー。』

あれ?おれ、声に出してしゃべってたか?


『裏口の駄菓子屋って、
大きなラムネの水槽があるところ?』
『うん。』
『あそこでラムネ、飲んだことがあるよ。』
『へえ。』
『部活終わってさあ、もちろん練習中も
スポーツドリンクとか飲むんだけどさ。
氷入れても溶けるしまずいの。』
『うん。』
『だから終わって、制服になってあそこでラムネ買って
手のひらでぱんって叩いて、緑色のビー玉を抜いて、
泡が出てくるから わあっと思って うんと上を向いて
瓶を傾けると…』
『…ビー玉がひっかかってラムネが出てこない。』
『あははははは、そう。』


そうだ。夏といえばラムネだなあ。
うん。

どっちかって言うと夏は嫌いだけど、真っ白に焼けた
アスファルトの上を歩きながら飲むラムネも
アンズアイスも好きだ。

いいな。








次の日は晴れた。

台風が梅雨空の雲をみんなさらって行って、
それでも水分を大きく含んだ空は薄く白いけれど
日差しと蝉時雨と、そしてなにより
背中から抱きついてくるような暑さは、夏だ。

ホームルームが終わると、あつ子さんは
知らん顔をして友達と出て行ったけれど、
10分ぐらいしたらメールが来て
『やったー。ひさしぶりに走れる。6時に裏口でね。』
え?裏口?




図書室と本屋で時間をつぶして、裏口にいく。
あつ子さんが一人で、歩道の柵に寄りかかっている。

『いっぱい走れた?』って聞くと、
『うん。』っていう。
『アイス食べに行く?』って聞いたら
『あるよ。』っていう。え?

彼女は、アンズアイスの小さな袋をふたつもって
おれに差し出した。

『美味しいね、これ。』という彼女の左手には
同じアイスの空き袋が5つ握られていた。





















『あははははは。』と笑って、
彼女の手のひらの中で半分溶けたアンズアイスを、
ひとつ貰っていっしょに帰った。








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natsu_0117 at 00:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年07月06日

『いつものあれ』、が欲しい。。

カウンターの上を演歌が流れていく。

窓の外は雨。
広い道路を雨が均して、信号の緑と赤をくり返し映す。

都心から少し離れた、
地下鉄の駅前の居酒屋で飲んでいるのは
客先での打ち合わせがこの街であったからだ。






『まだビールいきます?』
『そうだなあ。』
食い散らかした焼き鳥の皿を見ながら
ぼんやりとメニューを見上げていると、
『おっ、芹沢と山中じゃないか。』と聞き慣れた声がする。

『あー、課長。』と山中。
そうか、課長と山中はこの駅から帰るんだったな。
『なんだ、お前ら事務所に帰っても来ないで。』
『今日は直帰だって、連絡したじゃないですか。』
『そうかあ?』

という会話の中で、課長は生ビールを頼み、
突き出しの小松菜のおひたしだけで2杯あおると
『じゃあ、冷酒大きいの。あと、いつものあれ。』と言った。

なんて手際のいい注文だろう。

と、居酒屋のお母さんが課長の前に置いたのは
コップと冷酒と、そして皿に盛られたおでんだった。

『課長、「いつものあれ」、がおでんですか?』
『うん。』
『7月なのに?』
『馬鹿、熱いおでんをはぐはぐと搔き込む奴がいるか。
こうやって出汁の中でふやふや遊ばせて冷ましながら
冷えたポン酒のつまみにするのがいいんだ。』





いいか?





そういえば、店のメニューにも、夏なのに『おでん』とある。

『それよりも、ここのお母さんは、
おでんにはんぺんを入れてくれるんだ。』
『はんぺん』?
『そう、関東じゃつみれとかはんぺんとかの
魚の練り物はは珍しくないんだけど、
こっちじゃ見ないのよ。』

ああ、たしかに。この街じゃ珍しいかな。
『そこでここに通って2ヶ月、「はんぺん入れてよ」って
言い続けたら、入れてくれるようになった。』

真田課長は大根と玉子の間のはんぺんを
箸の先でふやふやしながら、コップ酒を口に含んでいる。




そうか、『いつもの、あれ』ってかっこいいな。




燻んだバーのカウンターに坐って、通なディストラリーの
『とっておきのバーボンの一杯』っていうのもいいけど、
どうも気取りすぎて俺には似合わない。

『居酒屋の「あれ」。』っていうのが逆にかっこいい。






と、

『お母さん。ぼくにも冷酒といつものあれ。』と声がする。
『山中、お前にも「あれ」があるのか?』と驚いていると
奴のテーブルに置かれたのは小茄子の漬け物だった。

『漬け物のどこが「裏メニュー」なんだ?』
『この漬け物は特別なんですよ。』と、山中。
『へえ。』
『使っている麹と塩が違うんです。』
『自家製なのか?』
『そうやでえ。』と、お母さん。
『ひどいな母さん。麹も塩もぼくが持ってきたんじゃないか。』
『もっと持ってきてえや。麹はともかく塩がないと
あんたの分しか漬けられへん。』

ひとつ貰ってみる。
なるほど、うまい。

『あはは、専用メニューにしてくれよ。』


くそっ、うらやましい。
おれも『あれ』で通じるメニューが欲しい。








『あ、あのっ。』
『なに?』
『ぼくにも、裏メニューつくってくれませんか?』
『ええで、なんでもゆうてくれたら作んで。』



あ、おれが考えるの?
裏メニューって、秘密のまかないメシとかじゃないの?




『あはは、アホやなあ。
真田さんはおでん、この子は漬けもんやろ?
こんなもん大したことあれへん。』
『じゃあ、俺のはお母さんがなにか考えてよ…』
『しあけど、うちの店かて
ほかにも常連さんがようさんおんねんで。』
『あ…』
『いま、うちとこの店も、
20からの裏メニューがあんねん。』

そうか。
それはそれで大変だな。

20ある裏メニューを覚えるくらいなら
レギュラーメニューにすればいいのに。






当然その日は、考えつかずに帰った。
山中は、『芹沢さんの裏メニュー、楽しみにしてますよ。』
といって帰った。

むう。引くに引けない。










どうしよう。
『裏メニュー』っていうからには何か『驚き』が欲しい。

山中の漬け物は、平凡な見た目だけど
普通の塩麹漬けを越えたうまさだった。

課長のおでんは更に平凡だが、『2ヶ月通った。』
と言うのがばかばかしくていい。
驚き、もある。



そして、当然美味くなければならない。
どうしよう。珍味か?
高級なからすみとか、くちこをもっていくか?
でも、ひと皿1000円とかしたら居酒屋に行く意味がないなー。

そもそも安酒場で、そんなのは粋じゃない。


うーん…











『いやあ、感心感心。』
『なんだよ。』
『最近飲んで帰ってこないからさ。』

いまは日曜日で、遅い昼飯を食っている。
たしかに先週は一度も飲みに行かなかった。
別に、あの店に行かなければならない理由はないのだが
山中が『まだですか?』と冷やかしてくるから
『裏メニュー』が思いつかない以上、
飲みに行けないような気になっていた。

そこで美佐子さんに『裏メニュー』の話をした。




すると、くるくると笑うから、
『なんだよ。』っていうと、
『男の子っていくつになっても馬鹿ねえ。』
『でも…』
『食べたいもん頼んだらいいじゃない。』
『あ…』
『珍しいメニューっていうんなら、
いま食べてる「酢っぱそうめん」なんかいいんじゃない?』
『珍しいか?これ。』
『変よ。』
『…そう?』
『結婚して最初の夏に、お酢の瓶が何本もなくなるから
変な人だなあって思ったわよ。』
『むう…』





ちなみにこんなレシピだ。

大根おろし どんぶり一杯。
これに白ネギの小口切りをたくさん入れて、
お酢を思いっ切りいっぱい入れる。
大葉を刻んだ奴とわさびと七味を、お好みで入れて、
適当に醤油をかける。

そうめんは茹でて氷水で締めて水を切って皿にあけ、
ごま油を廻しかけておく。

これにさっきの大根おろしをお酢ごと入れて
ざくざくと混ぜて食べる。

蒸し鶏を切った奴とかを上にのせればなお美味しい。



さっぱりしていて夏にはぴったりなので
学生時代から、暑い日にはこればっかり食っていた。

おかげで体が柔らかい。







よし、これでいこう。








好評だった。

飲み屋でそうめんを頼むのもどうかと思ったらママさんは、
『ええよ。そうめんも大根おろしもあるし。』と言って
作ってくれた。
そうめんだし、お酢の香りが匂い立つから、
山中も課長も興味を示してくれて
食べて貰うと『美味い。』と言ってくれた。
課長なんか、そのまま人の皿を取って食べ始めた。

おでんと冷やしそうめんを一緒に食うなよ。





『どうだ?』と、おれ。
『そうかあ、酢かあ…』と、山中。






何日かして、また、あの店に行く。
山中は、何か用事があると言うことだったので
課長と一緒だ。


『いらっしゃーい。』
『あ、芹沢さん。』
『山中、お前来てたの?』
『ちょっと買い物があったんで。』

と、見ると何か食っている。

『なに食ってんの?』
『食べます?』と、
フランスパンのバゲットを薄く切った奴を一切れ差し出してきた。
『ガーリックトースト?』
『これをのせてください。』
ステンレスのボウルを差し出す。

中に入っているピンク色の『なにか』を
スプーンですくってのせる。

『あ、美味い。』
『酢っぱ美味しいトースト、です。』




『どうやって作るの?』と聞くと、こんなレシピだそうだ。

バゲットを薄く切り、オリーブオイルを塗って
おろしたニンニクと、パセリをのせて
ガーリックトーストを作る。

トマトのサイコロ切り、どんぶり一杯。
玉ねぎを格子切りにして、どんぶり半分。
これにワインビネガーとマスタードを思い切りたくさん入れ、
塩こしょう、おろしニンニク、ドライバジルをお好みで適当。
これをざくざく混ぜて、トーストの上にのせてどうぞ。



『お、美味いやん。』
課長も食っている。

演歌が流れるカウンターで
おでんと冷酒と一緒にトースト食うなよ。



しかし自由な店だな。

『お母さん、よく作ってくれたな。』
『材料みんな持ってきてくれたら作る、って。』
『へ?』
『玉ねぎとトマト以外は全部持ってきました。』
『バゲットも?』
『はい。でもそれ以外のオイルやスパイスなんかは
しばらく使えます。』
『置かせてくれたの?』
『先輩も、バゲット持ってきたら
作って食べていいですよ。』

自由な店だ。




















カウンターの奥で、
別の常連さんとお母さんが話している。

『あんたも「裏メニュー」かいな。ええで。どうすんの?』

と、説明している常連さんが持っているものを見たら
刺身とあんこだった。

















自由だ。







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natsu_0117 at 09:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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