2015年08月

2015年08月29日

まわれ右

麻亜子が回っている。
年長さんになった彼女は、来月の中旬に体育祭がある。




少し早過ぎやしないか?とも思うのだが
保育園の園庭では、狭くて体育祭が出来ないので、
近所の小学校の校庭を借りる。
そのスケジュールの関係らしい。

季節感もなにもあったもんじゃないが、
そんなわけで、いま彼女の保育園では、
体育祭のための練習をしているらしい。

といったところで、保育園児だから、
細かな式次第など練習したところで、すぐに忘れてしまう。
そこで、『集団行動。』、入場行進とか『前へならえ。』とかを
みんなでやってるんだそうだ。


そんなのやったっけ。


そういった練習の中に、『回れ右』があったらしい。
正面を向いて姿勢を正し、
右のかかとを半歩退いて、そこに重心を移して、
右足を軸に右回りに体をくるりと回す。



麻亜子はこれが気に入ったらしいのだ。



6歳の彼女にとっては、みんなで整列したり、行進をしたり、
ということが新鮮であるらしい。
さらに、体をくるりと回すとみんな裏返しになってる。
っていうのがうれしかったらしい。


だから、うちに帰ってきても、
公園にでかけてこれをやる。
俺も仕方ないから、散歩がてら付き合ってやる。
家で仕事するというのも、なかなか楽じゃない。

なんでこんなに楽しそうなんだろう。
と、みていると、回った時が特に楽しそうだ。
一周しても止まらずに、くるくるまわる。

保育園だと、体操服だし帽子をかぶせられるが
普段着だと、くるっと回った時にスカートの裾が広がって、
かるく体にまとわってくる。
うれしいらしい。
そして、回ってきた時に襟までの髪の毛が
ふわっと、ほほにかぶさってきて、それもうれしいらしい。

だから公園でこれをやる。



お前、もうそれ『回れ右』じゃないじゃん。
しかも、30分くらいこれをやるんだ。
よく飽きないな。
っていうか、疲れないか?


こどもって、無駄に元気だ。








そんなことで、散歩のたびに、彼女の『回れ右』に
付き合うことになった。
どうせ体育祭が過ぎたら飽きてしまうだろうし
来年になればもう、忘れてしまうだろうから
思い切りやらせてやろうと思う。


ところが、彼女が回り出してから一週間くらいすると、
知らない男の子がいっしょに回るようになった。
麻亜子と同い年くらいだろう。
保育園の体操服を着ているから同級生なのかも知れない。
ただ、体格は麻亜子よりも一回り小さくて痩せている。

気づいてから2日目に、彼女に訊いてみた。
『あの子、保育園のお友達?』

『んと、たかぎくん。』





あ、だめだ。
残念だな高木君。
女の子に名字で呼ばれるようじゃ望みはないぞ。

よしよし、うちの麻亜子を狙うなんて20年早いぜ。




しかし、たかぎくんもいっしょうけんめい回る。
もっとも、麻亜子は『回れ右』の達人だから
回転のスピードも回数も、大人の俺もかなわない。
よほど三半規管が丈夫らしい。

まあ、こういう体操で
俺みたいな運動不足の大人がこどもにかなわないのは当然か。


しかしまあ、たかぎくんのへなちょこぶりというのは
親でもない俺でさえ気の毒になる。
麻亜子が2回転する間にやっと一回転で、
しかも3度回ると足をついて止まってしまう。

それでも、顔を真っ赤にして回り続けているから
そんなにうちの娘が好きなのか、と思うと
ちょっとうれしい。


でも、挨拶に来るのはあと20年後にしなさい。




しかし、うちの麻亜子さんは
たかぎくんのことなど気にも留めていないように
うれしそうにくるくるとまわっている。

こうなると、『回れ右』ではなく
フィギュアスケートのスピンだな。






そろそろ30分以上回っている。
俺も遊んでばかりはいられないので、
『麻亜子、かえろー。』とよぶと、
『さいごー。』という。

『さいご』の一回は、彼女が好きなだけ回って
大きく両足を広げてポーズを取る。
なんだかよくわからないが彼女なりの締め、らしい。


麻亜子が公園の真ん中の噴水の池のそばで
右足を軽く引く。
それからくるりと回ると、左足に重心を移しつま先を軸に
ときどき右足で地面を蹴って、
リズムを取りながら回り始めた。

ほほにかかる髪の毛を、頭を軽く振って払いながら、
両手を肩の高さに挙げて、
左足のかかとを少し浮かせ、リズムを刻む。
そうして、スカートの裾を踊らせて、楽しそうに回る。




きれいだなあ。






『たん。』という声がすると、
両足を大きく広げて両手を高く上げた麻亜子が
頬を紅潮させてにこにこしていた。


駆け寄ろうとすると、
『わあっ。』、という声がして、水音がした。
高木君が池に落ちた。

鈍くさいやっちゃな。
助けてやるか、と立ち上がると、


『きゃー。』と声がして、
麻亜子が駆け寄っていた。

え?


『ひろくん。』

なに?





















くっそー

お父さんはゆるさんっ。


ぶー









ブログランキング・にほんブログ村へ                        
























natsu_0117 at 00:22|PermalinkComments(0)

2015年08月27日

真昼の穴

その店は床屋だ。
観光で食べているこの街の、
少し街外れにあるこの通りには
『地球の歩き方』の地図を読み間違えた人か
普通のツアーなら、名所をめぐる1日しかないのに
不思議と1日時間が空いてしまった、
貧乏ツアーの客しか来ない。





それでも、交通量が少ないくせに広い坂道の両側に
プラタナスの並木が並んで,木陰を作る。
その奥の商店街の外壁は、低く、長く
真っ白に照らされている。
しかし、その床屋に入ると、よどんだように暗い。

店に入ると、時間も止まっているかのように静かだ。
分厚い木の板で出来た床は、ラッカーで飴色に光る。

そこから続く腰板は,やっぱり木製で、樫かな?
これもワックスで磨かれている
腰壁の上にモールがあってその上は漆喰の白い壁。
天井まで続いて、天井の縁にやっぱりモールを作って
真ん中に照明を吊す。

白濁したガラスに包まれた60燭光の白熱電球が
真っ昼間なのに薄暗い店内を照らす。




床屋なんて、清潔感が命なんだから、
もっと明るくあるべきだろう、と思うが
こどもの頃から通っているから慣れた。

中に入ると妙に落ち着く。




椅子に座る。

ベースの部分や手摺、背もたれなど、
今日の『床屋の椅子』では、あり得ないようなところにも
金属が使われているのだが、
それらがみんな、
妙に艶めかしく、やわらかそうな曲線をしている。

メガネを預けて、鏡を見ると
当たり前のような顔をして、カウンターの上に猫がいる。


柔らかそうなおなかを見せて、前の腕にほほを乗せて
こちらに顔を向けているんだけれども、
多分、なんにも見ていない。

マスターが、『メロン』と呼んでいたから
名前は『メロン』なのだろう。

薄茶色の毛をしていたから『マロン』と呼んだような気もするが
もう、俺の中では、彼女の名前は『メロン』だ。

あまそう。





鏡に向かって坐っていると、
髪を短くして太ったマスターがやってくる。

白髪が増えたなあ。

まあ、俺もいい年になったしな。



飴色に磨き込まれたカウンターの上には
ガラス瓶の霧吹きがあり、
黄色く変色した、シェービング・ボウルがある。

それでも、目の前のガラスだけは磨き込まれて曇りもなく、
もちろん錆もない。
ガラスの廻りには、カウンターと同じ木材で出来た
モールの枠があり、両隣の鏡との間には
密に詰まった羽目板が、やっぱり静かに、飴色に光っている。

親父が、『今日は?』と訊くから
『いつもと同じ。』と言うと
黙って、俺の頭にぬれタオルをかぶせて髪を濡らす。

いつも親父との会話はこれだけだ。



スピード床屋ではないから、小一時間かけて
丁寧にやってくれるのだが、
客との会話を愉しむ、あるいは客を愉しませよう
と言う意識がきっぱりとなさそうなのが潔い。

店内には低くCDが流れていて、知らない女性歌手の
眠そうなシャンソンが聴こえる。




親父が無言で鏡をかざし、『これいいか?』という顔をする。
いつもと同じだから、無言でうなずくと
生ぬるい湯で頭を洗い、シェビングクリームを泡立て、
それだけ切れ味のいいカミソリで、ひげを当たってくれる。

いつもの金額を無言で親父に支払い、
出口に向かいかけると、カウンターから、メロンがおりてきて
『あたしを撫でろ。』といわんばかりに、あたまをすりつけてくる。

やさしく撫でてやると、3回目にはもう
カウンターに飛び上がっている。


いつものことだ。




店を出て通りに出ると、夕方なのに真っ白く暑い。
短くした襟足が、たちまち汗で濡れてくる。
襟元をくつろげて、坂を下りて家に帰る。












ところが、その夜はひどい嵐だった。
日向臭く乾いて埃くさい街を、風と雨が
すっかり洗い流す。




次の日の朝に起きると、ずっと涼しかった。

俺は、ひさしぶりに長袖の、
しかし薄手の生地のシャツを出して羽織り
昨日の床屋に行った。

坂道は、昨日と同じく日に当たっていたけれど、
木の葉や小枝が、あわただしくたくさん散っていた。
光線も、昨日までの粘り着く感じはなくて軽くて薄い。

道路標識の赤いペイントが、かさかさと乾いて見える。
見上げると、空がうんと高くて、青い。






店に入ると、一瞬、親父が驚いた顔をしたが
メロンはカウンターの上で片目を開けただけだ。
親父も、いつもの顔に戻っている。

一時間して、肩の上についた髪の毛を払って貰って、
メロンのあたまを撫でてやる。

再び、からんと明るい坂道に出る。
ほとんど刈り上げた頭が涼しい。
襟元を合わせて、大きく息を吸い込んだ。


























昨日とは違って坂を登って、遠回りして家に帰った。











ブログランキング・にほんブログ村へ                        










natsu_0117 at 00:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年08月09日

金魚鉢の中の花火。

遠雷のような音が響く。



『あ、上がった。』

窓の外を見ると、500円玉くらいの赤い花火が
ぱあっと広がって、
鉄錆色の黄色い火花を散らしながら、ゆっくりと落ちていく。

『おー。』といいながら、俺は冷やした安い白ワインを口に含む。
どん、という発射音が遅れてやってくる。



『なんかさあ。』
『うん?』
『贅沢だよね。』

芙美子が6Pチーズをかじりながら言う。


うん。

ここは、俺達の部屋で13階にある。
この窓からは、夏に3回ほど開かれる花火が見える。

入居した10年前には、3つともよく見えたのだが
いまは、8月はじめのみなと祭り以外は
後から建ってきた高層マンションに遮られるようになった。

くやしい。


それでもこうやって、クーラーの効いた部屋の中から
花火を眺められるのは贅沢だ。




『あんたはいいわよねー。毎日外に出なくていいし。』
『お前だって出ないだろう。』
『出るわよう。』
『総務なのに?』
『…コンビニ行く時とか。』
『仕事じゃねーじゃん。』




しかし彼女が言っていることは事実で、
俺は、この7月から内勤に変わった。
坂口課長と二人、天井だけ高い分室に送られたのだ。

古くて分厚いビルの中に、
取り残されたような部署がいくつか入っている。
そのうちの一つを坂口課長が任されて、俺もそこに来た。
6人ほどの、表情のないスタッフがいる。

暑がりで小太りの坂口課長が部屋のクーラーを
やけくそのように全開にするので、俺でさえ寒い。
以前からいる井上さんという中年の女性が、
俺たちが来てから、無言でカーディガンを羽織るようになった。


寒くて殺風景に無言なオフィスで、仕事は暇なんだから
外でサボっていてもいいのだが、
真っ白な午後2時の街に出て行く気がしない。
そもそも、つまんないオフィスでもそこから逃げて
外に出たら、それで負けだという気がする。

左遷されて外でサボって熱中症で倒れたら、いい恥さらしだ。





『早く帰れるんだったら、ご飯くらいつくってよね。』



まあな。

でも、一日中オフィスで冷やされて、
元栓を閉めたように固まってしまった皮膚が、
5時になって外に出た時に、こじ開けられるように、
いっぱいに汗を噴き出すので、家に帰ってくるとすごく疲れる。

だから、7時過ぎに芙美子が帰ってくるまで、
部屋のクーラーをつけて、
窓の外に暮れていく街を眺めている。




今日が花火の日だとは知らなかった。



どん、どんと聞こえる音も、
夕方、急な雨が降って雷が鳴ったから、
まだ遠雷が聞こえるのかと思った。

ところが、花火の音だった。

花火の街から3kmくらい離れているので
花火が開くのが見えて、その数秒後に音が聞こえる。

重なるビルの頭越しに、低く見える花火は100円玉くらいだが
たまに、すごく高く上がる奴があって、500円玉くらいに開く。



遠くから見る花火は面白い。

ぽん、と上がって普通に大玉を広げたあと、
息二つ遅れて、きらきら開く線香花火のような光が
数秒かかって降りてくる。
光跡を引いて昇った筋が、天辺で開かず、
今度は黄色い火花を撒き散らかしながら
くるくると、いくつもの渦になってあふれてくる。
大きくひらいた赤い花弁が、それが消えたあと
青い球になって、その先端から銀色の火花を散らしながら、
ゆっくりと崩れてくる。




きっと、あの街に行って、花火の真下に行けば
恋人や親子連れが、
何十メートルという巨大な光の輪を見上げて、
汗だらけになりながら息を呑んでいるはずなのだ。

結婚する前は、俺も芙美子とあそこにいたな。








ワインを舐めながら、
窓ガラス越しにそんなことを考えていると
急にひとしきり火花が沸き立って、やがて静かになった。




『終わり?』
と、芙美子が聞く。

金魚鉢の中の傍観者には案内なんてないから、
終了時刻が、8時半なのか9時なのかわからない。

10年前のデートを思い出そうとしたが、思い出せない。



帰りに中華街でご飯を食べようとしたけど、
どこもすごい行列で、押し出されるように駅前まで来て、
出ていた屋台で食べたお好み焼きがおいしかった。

そんなことしか思い出せない。



10分経って、続きが上がらないので
『終わったみたいだよ。』というと、
芙美子はサッシを開けて、バルコニーに出て、
『あ、涼しい。』と言った。

夕立が街を洗って、昼間とは比べものならないくらい
空気の温度が低い。


俺も外に出て、胸一杯に外の空気を吸う。

ひさしぶりだ。






















『あ、涼しい。』














ブログランキング・にほんブログ村へ                        










natsu_0117 at 09:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
QRコード
QRコード