2015年10月

2015年10月29日

桜の樹の下で

亜希子との待ち合わせはいつも桜の樹の下だ。
小学校の時から、そうしてきた。

『おはよー。』

『遅いよ。』

『なんでこんなに早く行くのよ。』

『お前が、朝一番に人に会う約束があるからだろう。』

『早いよー。』





桜の樹が朝日を受けて暖かそうだ。

春には葉っぱが、桜餅に巻くのも薄いほどに
柔らかそうだったのに、
夏の日差しですっかり緑色が濃くなって、固くなった。
その葉っぱが、秋になって陽の当たるところから
黄色く赤く、色づき始めて、それが
秋の柔らかい日差しを浴びている。


桜の樹が立っている、みどり色の乾いた丘を降りながら、
『来年の春も、ここで花見が出来るかなあ。』
と独りごちると、

『無理じゃない?』という。

冷たい奴だ。





その日帰ってきたのは、十三夜の月が
むら雲の向こうに上がる頃。
青い光が雲を波立たせて、凄くきれいだ。

『明日も早いからなー。』と言うと、

『えー。』と笑いながら、彼女は消えていく。





桜の樹は月の光を逆さまに浴びて、
黒い影になっている。
春の花見は、このくらいの時間までやっていた。

夕方に、満開の桜の樹の下に集まる。
亜希子のばあちゃんがこまごまと、お重を開いて
卵焼きとか かまぼこだとか、つまみを並べてくれる。
俺や亜希子の兄弟たち、つまり男どもは
ビールを開いて乾杯すると
早速日本酒の瓶を取り出す。
 

夕暮れの空が、
桃色の雲を巻いてさらにサーモン色を増していく。

桜の花びらは、そんな空を背景にすると真っ白で
雲が流れていくのと反対向きに
寝ている顔のうえに散りかかってきた。
それで酔いを重ねると、一人、二人と
吸い込まれるように消えていく。



夜が更けて目が覚めると、
空はやっぱり雲が早くて、あの日も月が凄く蒼かった。
 
『風邪引くよ。』って、亜希子が言うから
そのまま縁側にたどり着いて、
桜の樹がある丘を見ながら、寝た。




次の日起きたら、
ばあちゃんが、いっぱいに朝日が射す
丘の上に坐っている。
背筋をピンとして、スカートの裾を
腰の下に大きく広げて、頭を正面に向けている。

亜希子と二人で、ふらふらと向かいかけると、
背中から陽を浴びた 満開の桜の樹の下で、
ばあちゃんがにこにこしながら、
新しいお重を広げて、
海苔を巻いた、白いおむすびを食べている。

『一緒に食べよう。』と、笑って
俺たちにも、おむすびを差し出してくれた。








そうか、しばらくないか。








次の日の朝も晴れていた。
冷たくなってきた風が強い。

通い慣れた道を無言で通って亜希子を駅まで送る。

『メールしてくれよ。』と言うと笑いながら、しかし無言で
朝が早くてまだ誰もいない、
小さな改札口に消えていった。




そうした日はしばらく続いた。

亜希子を送っていく朝の改札口は
次第に朝が遅くなって
小さな庇のしたに、白熱灯のまあるい光が
ともるようになった。

彼女が帰ってきた時に 空に上がっていった月が
一度太り、そして今度は空に向かって笑うように
おなかから痩せていく。





これはしばらく決まらないな、と。
その日まで俺もそのつもりでいた。

ところが10日に、まだ日が高いうちに、
亜希子から電話があって、
『今日は早かった。もううちに帰っている。』と。

『なんで連絡しないの?』と訊くと、

『したよ?でもでなかったじゃん。』
あとで見たら、メッセージが来ていた。




仕事が終わって、桜の樹の下に急いだ。
俺の家から丘を登ると、桜の樹は
夕方のオレンジ色の光を逆さまに浴びている。
紅葉して、生気を失った葉っぱがその光を通して
ステンドグラスのようだ。

赤、黄色、土のようなレンガ色。
枝もとのほうはまだ、緑を残していて
そこは黒く影に沈んでいる。

そうした ガラス色の光の下に、亜希子がいた。
もちろん逆光なので、シルエットが見えるだけだ。
でも、頭をまっすぐに上げて背筋を伸ばした
細くて頚の長いシルエットは、ばあちゃんそっくりだ。

俺が近づくと、その影がうんと腕を振った。
もっと近づくと、にこにこしておむすびを食べている。


『決まったよ。』という。

『そうか。』

『いやー、ご心配掛けまして。』

『いつから?』

『来月から。』

俺は、オレンジ色に光る桜の紅葉を見上げながら、
ぼんやりと言った。

『引っ越しだな。』

『うん。』




だから亜希子は小学校以来の幼なじみで、
就職の時、俺もあいつも、
別々だけど地元の会社に入った。

このまま二人してこの街で暮らすのかな、
と思っていたら、夏休み前に、俺の転勤が決まった。
11月から横浜の本社に行け、と。

本社勤務はうれしいが、
どうも帰れなさそうな雰囲気だ。
 
ここで亜希子が奮起した。
いまの事務所を辞めて、横浜の会社を探すのだ、と。
特別なキャリアがあるわけでもないし、
中途半端な時期の転職だからやめておけ、
と言ったのだが
『だって、このままじゃ結婚出来ないじゃない』と言う。

そういわれると気持ちはとてもうれしいので
応援することにした。
朝寝坊のあいつを駅まで送ったり、
土地勘のない彼女の会社訪問に付き合ったりした。

それで今日、やっと関内にある小さな貿易事務所への
就職が決まったのだという。

『来年の花見には帰ってこられないかな。』

『無理だよ。』

『そうか?』

『だって、兄貴たちは結婚して遠くに行ってるし
あたしが出て行ったら、このうち、
空き家になっちゃう。』

『うん…』

『あんたも帰ってこらんないんでしょう。
そうなったら住む人がいないから、誰かに貸すか
見つからなかったら、売っちゃうんだろうな。』

うちの家も、親父が死んだら同じことだ。
 




『どっちにしても、
来年の春なんか帰って来らんないよ。』

『うーん…』

俺はもう一度、
ステンドグラスのような桜の葉っぱを見上げた。
風が、それを散らして、
落ちた葉っぱは、たちまち輝きを失って
乾いた地面に降り重なる。

襟にはいった風が冷たい。




『はい。』

と言って、
白いおむすびを差し出す亜希子のシルエットが、
やっぱり ばあちゃんの面影に重なる。

















10月最後の夜に
今度は酒を持って来て、最後の桜見をしよう。






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2015年10月09日

手の込んだ夕食

『じゃあ、お父さん。火だけは気をつけてね。』

『うん…』

『まったく、なんで毎週こんな田舎に。』







ハッチバックを開けて、荷物を下ろす俺に声をかけて
それでも聡美の奴は、車を降りて
小さな段ボール箱を運んでくれる。

『大体2日しかいないのに、
こんな鍋まで運んでくるなんて。』

先週、通販で買ったフォンデュ鍋をつまみ上げる。
高かったんだぞそれ。と思うが
値段のことは言えない。
俺が持っている段ボールの中には、
もっと高いウィスキーのフルボトルがあって、
週末に開けてしまうつもりなのだが、当然言えない。




『お前が引っ越す決断をしてくれたら、こんな週末だけ
田舎家を借りるなんて
めんどくさいことはしなくてもいいのに』
 
『でも700万で家を買うんでしょう。』

『都内に比べたら格安だ。
そうすれば、いつでも引っ越せるし
こうやって週末にくることも出来る。
鍋でも家具でも置いておけるんだぞ。』

『嫌よ、こんななんにもないところ。』

『なんにもないのがいいんだろう。
「Iターン支援」っていうことで、こうやって
「体験週末泊」なんてのを割安でやってくれる』

『そうやって、なし崩しに田舎に住もうとするのが嫌。
今の家と、田舎と2軒、家がもてるんならいいわよ?
それなら、あんただけ泊まりに来ればいいんだし。』

『2軒に別れて住むんだったら意味がない…』

『そもそも2軒の家を買える甲斐性がないでしょ?』

『でも、俺の定年後の夢なんだし…』

『夢は勝手だけど、おかげで、食材やお酒は当然、
さらに、こうやって毎週、鍋釜まで運んで、
それをまた持って帰らないといけないじゃない。』

『むう…』





『それに古民家を買い取って住むっていったって、
どのくらい手を入れないといけないと思ってるの?
あたし、いやよ?いまどきぽっとん便所、とか。』

『この町じゃあ、
簡易浄化槽をつけてくれるから水洗だし、
難視聴対策で光ケーブルも来てるから、
テレビもネットも問題ない。』

『それにしたって、この年になって
田舎のコミュニティに入るなんていやよ。
あんたが買いたがっていた家に、
荒れた田んぼがあったけど、
お米なんか作んないわよ?』

『いやあ、農業はしなくてもいいんじゃないかな…』

『そんなわけないじゃない。
お前んとこの田んぼから虫が降りてくる。
形だけでも農業をやってくれ、っていわれて始めると、
農協のボスに顎で使われて、
地域の祭りに参加しろだなんだって…』

こいつ、妙に勉強してるなあ。
しかし、ずいぶん悲観的だ。






『とにかく来年には定年なんだから、
田舎住まいとか子供みたいなこと言ってないで
真面目に考えてよね。』

『とにかくお前もいっぺん泊まってみろって。』

『山崎さん、今日も来るんでしょ?
おっさん二人、仲良く過ごしなさいよ。
お邪魔だから、あたし帰るわ。』

『秋の夜長に囲炉裏端のチーズフォンデュとウィスキー。
最高なんだけどなあ。』

『とにかく火元には気をつけてよね。』


言い捨てると、聡美は既に真っ暗になっている山道に
ワゴン車を躊躇なく乗り入れて、
砂埃と共に帰って行った。
 
運転がうまくなりやがって。








『ははは、相変わらず君の奥さんは厳しいな。』

『山崎さん。来てたんですか?』

『息子に送ってもらってつい、さっきな。』

『鍵がなかったでしょうに。
電話して下さればよかったのに。』

『いや、待ってないよ。
それよりも君たちの会話に入れなくて…』



玄関の貧弱な鍵を開けて、
台所に行って、ブレーカーを上げる。
玄関の軒下に、まあるい白熱電球を包んだ
乳白色のカバーが40燭光の光をたたえて、
一穂ともる。

切妻の屋根の上には
まだ青い色を残した空が残っているが
谷間の地上は、どんどん闇に沈みつつある。

さすがに田舎は寒いな。
襟を合わせて、荷物を土間に運ぶ。




『ほう、グレンフィディックか。奢ったね。』

『チーズフォンデュとビーフシチューでやりましょう』

『そんな贅沢、奥さんにしてやれよ。』

『ははは…』

囲炉裏に炭を入れて、
着火剤をぶちまけて火をつける。
生木がはぜた。
黄色い火花が散る。

『おう、気をつけてくれよ。』と山崎さんが言う。





『山崎さんはなんです?』

『うん、スモークサーモンを作ろうと思ってね』
と、発泡スチロールの箱から
40cmほどの魚を2尾取りだした。

『鮭、ですか?』

『いや、サクラマス。』

『鱒?』

『英語で言うとCherry salmonだから、サーモンさ』
と、冷え冷えと言う。

『釣ったんですか?』

『いや、まあ…』と言葉を濁すから、
さては、漁協の養魚池から買ってきたな?




俺は昨日の夜から漬け込んだ肉を取りだして
紙皿に並べる。

それとは別に、チーズフォンデュの準備もする。
フォンデュ鍋にバターを塗り、
ニンニクの匂いをつけて安いワインをたっぷりと注ぐ。
チーズをちぎって火に掛ける。
なんていうんだっけ。このチーズ。

なんか、かいがいしいな、俺。




山崎さんは、というと
腹を開いて竹串で突っ張っている
変な形の魚を取り出す。
『下拵えだけはしてきたんだ。』

『へえ。』

『魚を捌いて、塩漬けして塩抜きして、風に当てる。
干物みたいになってきてるだろう。』

『あとは…?』

『あとはこれに
サクラとナラのスモークチップの煙をあてて、
4時間待てばできあがりさ。』

山崎さんは、慣れた手つきで
段ボールの燻製器を組み立てる。
その下に、囲炉裏の炭をいくつか集めて、熾火にし、
上に金色の皿を置いてスモークチップを積んだ。

『もっとも下拵えだけで、昨日1日かかったけどね』
さすがに、今年退職した人は暇だわ。
いいな。





さて、次はビーフシチューだ。
大鍋にバターの固まりをを放り込むと
じゅう、と音がして乳臭く香ばしい匂いが立った。

玉ねぎとキウイと赤ワインとヨーグルトに
一晩漬け込んであった牛肉を取り出すと、
おおう、柔らかい。
まさかグラム150円の肉だとは思うまい。

これを一口大に切って、香ばしい鍋に放り込むと、
さらにじゅうと音が鳴る。
肉が焼ける匂いって幸せだ。
山崎さんものぞきに来た。

『いい匂いだなあ。』

まあな。





肉の表面を強火で全部焼いたら、
いっぺん取りだす。
そうして、つけ込みに使った玉ねぎとセロリを炒めて
肉の焼き汁と絡める。
ちくしょう、腹が減る。

囲炉裏の真上に提げられた
昭和丸出しのプラスティックのランプシェードが
蛍光灯の光を、まるで褪色した写真のように
枯れ尽きた光線にして手許に落としてくる。
いい色だなあ。

肉を戻して、
ずいぶんな分量の水とローリエを入れて煮ながら、
しばらくあくを取る。
ふう。





『一段落したかい?』

『乾杯しましょう。』

持ってきたウィスキーのボトルを取りだし、
胸ポケットからナイフを取りだして、
栓にあてて丸く回して、錫の封を切る。

ボトルを山崎さんに預けて、
彼がブリキのカップに注ぐ。
俺は、火に掛けてあったフォンデュ鍋を下ろし、
もう一度ナイフでフランスパンを切る。

『ああ、いいよ。手で切るから。』と言いながら、
山崎さんは
フランスパンを不器用にちぎって鍋につけると
左手にパン、右手にカップを持って
『乾杯しよう。』という。

俺は、パンをフォークに差し損なったから、
あわてて素手でチーズにつけると、熱かった。





それでも乾杯すると、山崎さんは
洒落たバーなら、ワンショット700円は取るぞ、という
いい酒なんだぞ。
くそっ、そんなウィスキーを口に含んで
余程うまかったのか、口に戻してもう一度含み直して
汚ねえな。それで飲み下すと、
チーズが垂れそうになっているパンのかけらを、
口から迎えてかじった。

『うん、うまい。』

なにをいってやがる。
こっちは向こうの料理を食わせて貰ってないから
冷淡だ。
『喜んでいただけて…』

『チーズは、グリュイエールかい?
うん、寒くなるとこういうのもいいね。』

ごめん、わかんねえ。





『お、ぼくばかり食べては申し訳ないな。』と
山崎さんが立ち上がる。
なにをするんだろう、と見ていたら燻製箱の中の
鱒の向きを入れ替えただけだった。

『裏側もチップにあてないと均等に燻せないからね』
『あ、急に温度を上げすぎると
生焼けになってしまうから。』
と、これはとってつけたように言う。
むー。


『しかし、すごい煙ですね。』
『そりゃ燻製だもの。』
なんか、見下すように言う。

くそっ。

『こんなに熱くしたら、スモークサーモンのオレンジ色が
白くなっちまうんじゃあ…』
『うん?白いよ。』

え?

『生食用に処理された鮭肉なら、
冷燻といって40度くらいの煙で
肉の色を残すことも出来るけど、
今やっているのは温燻といって
70度くらいまで熱くする。』

『なんでそんなことを?』

『こっちのほうが煙の匂いがつくし、
寄生虫も怖いじゃないか。』
でも、鮭で肉の色が白かったら、
朝飯の塩焼きと同じじゃないか。
なんか、ロマンがないなー。

『おや、鍋の水がなくなってきているよ?』





俺は、半分ほどに煮詰まった鍋の上に、
ホールトマトの缶詰をささげて、ぱかんと開け
中のぐしゃりとするトマトを
手のひらでつぶして鍋に入れた。

そのうえに肉を漬け込んでいた赤ワインも入れ
缶詰のドミグラスソースを入れて、
塩こしょうして味を見た。





俺が、トマトとソースの缶詰を二つ出したことで、
山崎さんの顔に、軽い軽侮の色が浮かんだ。
でも、ホールトマトは、
なにを作るにしても必然の食材だろう。

ドミグラスソースなんて、
正式に作ろうとしたらすごい手間だぞ?

牛骨をローストして、
これにセロリ、玉ねぎニンジンなんかの
香味野菜を、これも別にローストしたものを加えて、
小麦粉と油のルーで炒める。
これを水で煮だして、トマトピュレを加えてまた煮て
休ませる。
これにまた、すじ肉や野菜を加えたものを
5日間にわたって煮て、休ませてを繰り返す。
それが終わってやっと、水を入れてまた半日煮て、
シノワで漉してスープを取って、
スパイスで味を調えると、
ドミグラスソースなんだけどさ。

そんなめんどくさいもん作れるか?


それでも、さっきの山崎さんの表情は納得できない。




『あとどのくらいかかる?』、と山崎さん。
『2時間くらいでしょうか。』
『うん、ぼくもそんなもんだ。』
あんた、なにもしていないだろう。

『まあ、ゆっくり飲ろうじゃないか。』
といって、グレンフィディックのボトルを掲げる。

むー。





囲炉裏に五徳をおいて、
その上にビーフシチュ-の鍋を置くと、
時間が経つにつれて、茶色いシチューの表面に
ぷっくりぷくりとあぶくが上がってきて割れる。

いいな、こういうの。
もうすぐ、できあがりだろう。

これを、囲炉裏の上の白熱球の光で見て
外の寒気が襟の内側に入り込んでくると、秋だなあ。
グレンフィディックの酔いが気持ちいい。


それでも、それから山崎さんと、いろんな話をした。
一つしか年上じゃないのに、
なんか気押される雰囲気があるから
役人か学校の先生だろうと思っていたら、
大手とは言えない会社の営業さんで、
次長を最後に去年退職したのだ、という。

俺は、というと割と有名な機械メーカーの
設計担当部長で、来年、定年になる。
もっとも今の労働環境は昔とずいぶん変わっていて
俺にしても会社にしがみつこうと思えば、
あと5年はいることが出来る。

でも、しない。

だから田舎に移住したいんだ。
でも、聡美の奴が…。

そんな話もした。






『すごい月だよ?』
トイレに行った山崎さんが言うから、
俺もトイレに立ったら
縁側から見上げる中天の月の大きいこと。

白くて大きくて、黄色くて白い。



『山崎さんは田舎に移住しないんですか?』と訊くと
『いやあ…』と言って、
俺のグレンフィディックを口に含んだ。





そこら辺までは覚えているんだ。





それから、『出来たよ。』っていうから
山崎さんご自慢の、スモークサーモンを食べたら
やっぱり塩味のない、鮭の白焼きだった。

それを素直に言うと、
『じゃあ、君のビーフシチューとやらも食わせて貰おう。』
っていう。
パンと一緒に
きれいに青くて深いシチュー皿に盛りつけたら
『缶詰の青臭い味がする。』という。

カッとなって、
『あんたのサーモンこそ偽物じゃないか。』というと
『偽物だと思えば偽物さ。
スモークサーモンを作るために釧路の海岸で
サーモン釣りをするほど暇じゃないんだ』という。
いくらなんでも詭弁だ、と思って
『そんなこと言うんなら、ドミグラスソースだって
一から作れるわけないでしょう』というと、
『肉だって、
いろんなものに漬け込んで柔らかくしているが
安い肉だろう。』というから図星なので、
味なんかわかんねえだろうと思ったのに鋭いな。
ちょっと、うろたえる。
『それも、工夫。技術ですよ。』と言い返すと、
『料理に必要だから鍋まではわかるが
こんなきれいな皿やフォークまで持ってくる
シチューをよそう、お玉まで持ってきている。』
レードルのことか?

『あんたが、田舎に立ち向かう姿勢は生ぬるい。』
と、思わず言ってしまったら、

山崎さんは
『わかった、わかった』という具合に右手を挙げ
『そういうふうに、適当なところで手を抜くから
ぼくは君を信用していたんだ。』という。


















それから、まだ飲んで、ウィスキーがなくなると、
囲炉裏端で二人して、寝た。

目を覚ますと朝で、村の人達がいた。
聡美もいた。

火を消し切れていなくて、
鍋と燻製器から猛烈な煙が
出ていたんだそうだ。

村中の人間が来てるんじゃねえのか?




俺は一通り頭を下げて、荷物をまとめる。
聡美は、その間じゅう
あたりかまわず最敬礼している。

山崎さんは荷物が少ないから
迎えに来た無口な息子さんと一緒に
早々に俺にはなにも言わずに、
逃げるように帰って行った。





帰りの車の中で、聡美に
『いやあ、失敗したなあ。』というと無言なので
『来週は二人で泊まって、
村の人にご飯を振る舞おう』
というと。前を向いたまま、
『馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。』というから、
『どうして?』と訊く。

『あんたも、あの変なおっさんも、
金輪際あの村に出入り禁止よ。』というから
『そうなのか?』と驚くと
『当たり前じゃない。』と、
俺たちの意識がない間にかいた山ほどの屈辱を、
紅潮した頬にたたえて、絶対に俺の顔を見ない。

『あの村の周りでうろうろしていたら
すぐに駐在を呼ばれるわよ。』





そうか。





















そういえば俺は、
あの時作った自分のビーフシチューを
まだ食べていない。













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