2016年01月

2016年01月05日

猫を飼うまで

麻亜子が、白猫を拾ってきた。















日曜日の夕方、
玄関先で『あー』という声がする。


麻亜子の声だ。


なにをしてるんだろう。
 
俺がいつも家にいるとは限らないので
うちの玄関は中に人がいても鍵を掛けるようにしている。

『玄関とは鍵を開けてはいるものだ。』ということを
麻亜子に教えるためだ。


だから、今年から彼女に鍵を持たせるようにした。
我が家の安全を考えると、
こんなセキュリティホールみたいな奴に
鍵を持たせるのは、自殺行為なのだが、
きれいに赤いキーホルダーに鍵をつけて渡すと
とてもうれしそうに笑った。

だから、いつもは黙って
鍵を開けて家に入ってくるのだが
今日はなにやら声を上げている。




 
どうした?と思って鍵を開けると、玄関先に
麻亜子が白猫を抱えて立っていた。

割と大きな猫で、身長1mちょっとの麻亜子には
大きすぎて手が届かないのか、重たいのか、
猫の脇の下に腕をまわして
『だいている』んじゃなくて、文字通り『抱えて』いる。

そんな恰好だから、彼女は
腰のポーチに入れた鍵が取り出せず、
苛立って声を出していたらしいのだ。





おろせばいいのに。
羽交締めみたいになってるから
ぐったりしてるじゃないか。

あああ、それじゃ首が締まる。
とりあえず玄関に入れてやると、
そのまま、抱えて部屋に入ろうとするから
待て待て待て。
 
 



狭い三和土に寝かせたら、手に顎を載せて眼をつぶる。
洗面所からバスタオルをとってくると
麻亜子が猫を引っ張って中に入ってこようとするから
ちょっと待て、ってば。

バスタオルを広げてそこに寝かせる。
白猫だろうけど、全体に薄汚れていて茶色い。
砂か?

風呂に入れてやりたいけど、細かく震えているし、
眼の周りもぐじゅぐじゅと濡れていて、
お湯につけたりしたら死んじゃうだろうなあ。
 



せめて体を拭いてやるか、と
もう一度洗面所にタオルをとりにいくと
入れ替わりに痲亜子が
持てるだけのバスタオルを抱えて出てきた。

だから待てって。

俺だって、どれがいらないタオルかわかんないから
適当に取ってきたけど
家中のバスタオルを猫にかけたりしたら
たぶん、由布子が激怒する。




まず、ハンドタオルをお湯で洗って、体を拭いてやる。
眼の周りは、脱脂綿にお湯を含ませて、これも拭く。
そうして寒いか、と思ってドライヤーで温めてやると、
どうも臭いな、おい。
でも仕方ないから。もう一枚だけバスタオルをとって、
三和土の上に古新聞を広げて積み、
バスタオルを敷いて猫を寝かせて、
その上から2枚目のバスタオルを掛けてやった。



ふう。



今日はあったかいから、これで大丈夫だろう。
 
 









とりあえず、医者に連れて行ってやろう。
今日は日曜だから明日だな。

そして、痲亜子がこいつをどこから拾ってきたのか
聞きださないといけない。



ひょっとして迷い猫なら、
飼い主に返さないといけない。
しかし見つからなければ、うちで飼うことになる。
いまのご時世、保護した猫とはいえ、
自然に帰して、野良猫にさせたら虐待だ。

しかるべき機関に届け出るとしても、
彼のような成猫は貰い手がないだろう。
そうなれば、つまりそういうことだ。
それは寝覚めが悪い。
 
 
 
そうした事情を
痲亜子がどこまで理解しているのかわからない。
しかし、体を拭いているあいだじゅう
猫の頭をずーっとなでてるから、猫が寝られなくて
『びぃ』って言ってるじゃんか。
そうして、頭をなでながら、
『しろー』とか呼んでいる。


もし飼うことになるとしても、
そんな単純な名前、却下である。







ネットで近所の動物病院を探していると、玄関先で
『あーっ。』という声が聞こえる。
由布子だ。

どうしてうちには、こうやって叫ぶ女が多いのだろう。
気も重たく、玄関に行くと、

『ちょっとなによ。このタオル、
姉ちゃんが買ってくれたやつで、すごい高いのよ?』
という。





怒るところは、そこかい。





一通り説明しても、顔は怒っていたが
痲亜子が、泣きそうな顔をしているので
それ以上は騒がなかった。

あとで見ると、
『ミネコ、ミネコ』と呼んで頭をなでていた。
もちろん、そんな三四郎みたいな名前、却下である。

そもそも男だ。





痲亜子を由布子に任せて、コンビニに行って、
猫砂と猫缶を買ってくる。
でも固形物は食べらんないかな。

鉢植えの下に敷いていたプラスチックの皿を洗って
痲亜子に言ってミルクを注がせた。
そうしたら、ゆっくりとなめてくれた。
二人して頭をなでてやると迷惑そうだ。




ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ。




疲れた。

寝よう。








翌朝の月曜日、猫を医者に連れていく。
猫を入れるケージなんかないから、
洗濯物を入れる籐のかごにタオルケットを敷いてやって
猫を入れ、もう一度、お姉ちゃんからもらったという
『すごい高いタオル。』を掛けてやる。

贅沢だな、おまえ。

それでもタオル一枚だから、
寒いかな。と思ったら、なんだ、
この1月とは思えない暖かさ。




これならいいだろう。




当然のように痲亜子もついてきたので、
保育園に連絡して、しょうがねえな、連れて行く。
どうせ、こいつがどこから猫を連れてきたか、
飼い主はいないのかを探さないといけないのだ。




動物病院って高いなあ。
初診料が1000円。
眼と耳を洗ってもらって2000円。
虫下しの薬をもらって、これも1000円。
妙に元気のいい先生が、
『去勢手術とワクチンもやりますか?』というから、
いくらかと聞くと、両方で30000円だという。

それ、気楽に聞く金額じゃないだろう。

ただ、これは飼い主が見つかれば要らないので
今回は断った。
それでも4000円かあ。
お前、健康保険に入ってないもんな。
 



帰りに、女のひと、
動物病院も看護師っていうのかな、とにかくその人が
『診察券をおつくりしますから、
この子の名前を教えてください。』と訊く。

俺が『シロはだめだ。』、ときつく言い渡していたから
痲亜子は俺を見上げている。
俺も不意を衝かれて言葉が出ない。
痲亜子の下の子だからミイコか?
いや、それじゃシロ以下だ。

そうすると看護師さんが、
『いいですよ。
いまはお二人の苗字だけ書いておきますね。』と
笑いながら言って、しかしそれが終わらないうちに
痲亜子が『ミルク。』と叫んだ。

看護師さんは、
もっと笑いながら診察券を作ってくれた。



名前がついちゃった。










さて、こいつがどこから来たのか、
探さないといけない。
痲亜子に訊く。

『んと、赤い看板とボタン屋さんの間の
青い屋根のおうちのおばあちゃん。』

何だよ、その暗号は。
そして、ここまで聴くだけだって大変なのだ。

『赤い看板』ってなんだ?と思って場所を聞くと
『んと保育園にいくとこに赤い犬がいるの』とくる。
犬が看板なのか?保育園に犬がいるのか?と思うが、
その家の前にどうやらポストがあるらしい。
看板じゃないじゃん。




日本語が怪しいのは、まあいい。
イメージマップというのは、常に独りよがりなものだが、
しかし子供のそれは、ランドマークが、
『自宅』とか『保育園』とか
誰にでもわかるものを決して選ばない。
ランドマークがポストだったり、
『ボタン屋さん』だったりするのだ。
大人にはわからない。

距離感がめちゃくちゃなのもわからないところで
彼女が一人だけで保育園から帰ってくることはないから
興味があるところだけ強調される。
『犬が遊んでくれる家』の前の道は、
果てしなく長いのである。





俺は、彼女の話を、最後はメモしながら聞いて、
記述が曖昧なところを確かめた。

疲れた。




『赤いポスト』の場所はすぐにわかったから、
あとは『ボタン屋』が分かればいい。
でも、『ボタン屋』ってなんだ?

俺がガキの頃、確かに間口一間もないような細長い店で
カウンターの対面に、ボタンの箱を積んだ棚が
床から天井まで積みあがっていて、箱の小口には
そこに入っているボタンが、
サイズごとに大きいのから小さいのまで並んでいる。

そんな店、うちの近所にあったかな。




これは俺じゃわからないので、由布子に電話した。
『なに、それ。仕事中に電話してくるような話?』
と怒っていたが、『ボタン屋』については、

『あー、バス通りのクリーニング屋さんで、
ボタン買ったことあるわ。
あの子、そんなこと覚えてたの?』という。



クリーニング屋なら分かる。
そこからポストまでゆっくり歩いて、
『青い屋根』とおばあちゃんを探す。

一往復めでは気がつかなくて、
二度目を歩いた時に、痲亜子が『あー。』という。

『おばあちゃん』というのが気の毒なくらいの人で、
俺とたいして年齢が変わらないんじゃないか?
こどもって無邪気に残酷だ。


それでも挨拶すると、
『あら、預かってくださったんですか?』という。
譲ってくれたんじゃないのか?

『お嬢さんが、この子と遊んでくれてたから
そーっとうちに入ったら、いなくなってたんですよ。』
といって笑う。




お前が勝手につれてきたんかい。




何度も頭を下げると、
『いえいえ、こちらこそ、すいませんでした。
この子、あたしには懐かないです。
餌だけ食べにくるんです。
誰がお母さんかわからないんですよ。』という。

予防注射や去勢はどうしているのかと聞いたら、
『混合ワクチンだけはうったんですけど、それ以来
あたしが捕まえようとすると、
ぴゅーっと逃げちゃって。』
 
 
 
これは引き取らないといけないかなあ。と
痲亜子をみると、、いつの間にか猫を抱えて
眼をうるうるさせている。
 
『じゃあ、この子はうちの子にします。』というと、
おばさんは、真底うれしそうに頭を下げた。





猫をバスケットに戻して帰りかけると、
痲亜子がしきりに、『ミルク。』と言っている。

うん。




帰りにさっきの元気な医者の所に行って
去勢手術の予約をしてこよう。

むー。20000円か。























そうだ。
 
ミルクの皿も買ってきてあげよう。
このあいだ、雑貨屋で見かけた陶器でできた、
うんと綺麗な亜麻色の皿だ。







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natsu_0117 at 04:53|PermalinkComments(0)
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