2017年01月26日

レンズの彼方

小学校の朝は早い。
今日はさらに早い。
       
今日は運動会なのだ。
従って『場所取り』のお父さんが並んでいる。






    
    
    
          
      
   
ちなみに、まだ朝の8時だ。
運動会の開会式が10時なのにすでに長蛇の列である。
        
みんな心得ていて折りたたみ式の椅子を持参して
長期戦の構えだ。
これだけは、俺も持ってきた。
        
去年、『朝一番のカメラ位置取り』を担当した
お義父さんからさんざんに聞かされていたのだ。
       
畜生、逃げやがって。












カメラがビデオのハンディカムからデジカムになっても
結局は場所取りがすべてである。


いや、被写体の子どもは、できあがった映像など
一度見たら飽きてしまうのだし
画角がどうの、露出がどうの、ズームのタイミングがどうのといったことは
正直どうでもいいと思うのだが
それ以降、その画像は、実家、義実家、そして嫁、と
果てしなくリフレインされるのである。


そしてうまく撮れていなければ『下手くそ。』、と。
そして、結局は機材が大がかりなことは
昔も今も変わりない。


俺でさえ、スチール用の一眼レフと
動画用の、ちょっといいデジカメを持ってきている。
いや、一眼レフで動画も撮れるんだが
静止画と、動画を同時に録画することに
なんの意味があるんだろう。













しかし、まだ2時間ある。
開門まででも1時間だ。
       
この時間でも日差しは強く、気温は低いが、とても眩しい。

       
       



律子の奴、このことを知っていて俺に席取りをやらせたのだ。

『こどもたちにご飯食べさせなくちゃいけないでしょー?』
と、いいつつ、
奴がお稚児さんのように日焼け止めを塗り込むのに
30分以上かけているのを知っている。












腕時計を見て、舌打ちしてそして
胸ポケットに手を伸ばしてから気がついた。

『ああ、そうか。小学校じゃタバコは吸えないよな…』

そんな風にもぞもぞしていると、隣にいるおっさんが
『あのー…』といって声をかけてきた。


すごいカメラを持っている。
俺だってカメラマンをやらされるくらいだから
素人以上の知識はあると思うが
このおっさんの持っているカメラは、ボディとレンズで
軽く俺の機材の倍はする。












『タバコをお吸いになるんですか?』というから

『はい…』と答えると、

『学校の周りじゃ吸えないでしょう。
少し歩いたところのコンビニに喫煙所がありますから
行ってらっしゃい。』という。






        
        
ありがたい話だが、こっちのカメラだって、
普通の会社員の初任給以上はするのだ。

もじもじしていると、
『荷物は見ていてあげますよ。
ご心配ならカメラとレンズは持っていらっしゃい。』という。

そこまで言われたらもう、断れない。
『じゃあ、すいません。』と
間抜けなあいさつをして、カメラを提げてコンビニに歩いた。














コンビニの入口に置かれた灰皿の前で
素晴らしくいい天気の青空を見上げながら、
そういえば、あの人は誰だったんだろう、と思った。

最近の小学校は、第三者の侵入に神経質で
俺も、首からIDカードのようなものを下げている。


当然学校から配布されるのだから本名で
俺の名札には『山村』と書いてある。


品質的にはIDカードとしては役にたたず、
言い訳のようについているバーコードに意味はない。














あのおっさんの名札にはなんと書いてあったかな。と
思いつつ、そのままでは悪いような気がして
ペットボトルのお茶を2本買って、学校に帰った。

例のおっさんは、黙然と素寒貧な青空を眺めていた。


『ありがとうございました。』といいながら
ペットボトルを差し出すと、

すごく意外そうな顔をして
『ありがとう。』といった。












彼の名札を改めてみると『咲川』とある。
『何年の方ですか?』と聞いてみた。

各学年1クラスで、全校生徒でも200人いないから
こういう質問が出来る。







彼は、思い出したように自分の名札を見ると
『…3年の咲川理恵の叔父です。』と言った。
      
一瞬『叔父さん?』と思ったのだが、
『実は弟に頼まれて、席取りに駆り出されてるんです。
義父母を連れてくるために車を出さないといけない。
だから兄貴に、席取り要員になって欲しい、と。』









3年1組の咲川さんといえば、可愛いいことで有名だ。
なんとかという、雑誌にもたまに出てるのよー、と
律子が言っていた。



『たまに』の部分を強調して。



そうか、あの子か、と俺も思い当たった。
なにしろ200人だから有名な子は顔くらい知っている。











『へー、それは…』といいつつ、
『うらやましいですね、』と言いかけて
さすがにその言葉は飲み込んだ。

うちの子が可哀想じゃないか。



しかし、隣のおっさんは、お世辞にも
あの可愛い子の血縁だとは思えない。
安っぽいジャンパーにジーンズ。

休日だから、この時間でも存在が許され、
高級カメラを持っているから通報されないだけで、
シルエットだけ見れば、好意的に見ても失業者、
普通に見れば不審者だ。


そこまで言うのは悪し様にすぎるか、
と思ってみるが彼が立派なのは
カメラ機材だけである。


そうはいっても、席取りに来たにしては、
あまりに立派な機材なので、お世辞がてら
『すごいカメラですね…』と言うと、
『いやあ、席取りだけじゃなく、カメラマンも任されてますから。』と言う。












まあ、そういうこともあるかな、
と思いつつ空を眺める。

8月までの濃い青い空とはすっきりと変わって
10月も近い空は薄く、高くなり、朝のこの時間なら
空気が乾いていて、襟の内側が涼しい。

茫然と空を眺める。




最近のトレンドは『ポータブル脚立』だ。
それこそむかしのベータカムの時代には
本気脚立を持ち込む奴がいたらしいが
さすがにいまは禁止されて、
だからザックに入るような小型の脚立だ。


そして、それだから『場所取り』が、圧倒的に重要な意味を持つ。
俺を含めた数十人のおっさんが、
首から怪しげなIDカードを提げて
これもポータブルの椅子に座っているのだ。


なんだろう、この週末。









こんなに晴れた秋の休日の朝、
海にでも行って、もちろん泳げる季節ではないけれど
浜辺で寝そべっているだけで最高ではないか。


運動会の天気としても、最高なんだろうが。










隣の咲川さんの叔父さんとの間とは、
その後、特に話をすることもない。
   
彼は、カメラの点検に余念がなく、
時折、投校中の子どもにレンズを向けて
シャッターを切っていた。


本気だ。













『開門しまーす。』という声が聞こえた。
西門のところに4年生の担任の田中先生が立っている。


各学年1クラスなんだから、先生の数は、
音楽や図工、保健といった専門科から管理職まで
20人ちょっとしかいない。
だから、俺でも先生の全員の顔を知っている。

彼は、いつもよれよれのジャージを着ているはずだが
今日はブルーグレーのポロシャツと
生成りのチノパンを穿いている。


ブランドには詳しくないが、あのシャツは確かすごく高いぞ?









一人ずつ校門を入る。
みんなえらい機材を持っているし、脚立やお茶その他が入った
下手をしたら、
インド横断くらい出来そうな大荷物を抱えているので
進行が遅い。

咲川さんの叔父さんも、
俺よりも大きな荷物を抱えて立ち上がった。




『大丈夫ですか?』と、思わず聞くと、

『勝負は校門を入ってからですよ。
ダッシュしないと、いいポジションは取れませんよ。』



なるほど、と納得して
俺はカメラのホルダーとザックを握りなおした。

























結局、咲川さんは来なかった。

あの『叔父さん』も、児童当人も、だ。





ほとんど意味のないIDカードだが、
田中先生はポロシャツの襟を立てながら、
一応は本人確認をしていた。


そうしたら、欠席届が出ていた咲川さんの
『叔父さん』と称する人物が現れたので
警察に突き出されたらしい。












俺も、きれいな女の娘を撮りたい。












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natsu_0117 at 07:51│Comments(0)TrackBack(0)

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