2015年09月18日

子午線の街

シルバーウィークだ。
だから、帰省した。

っていうよりも、
久しぶりにあいつに会いに帰ってやるんだ。




高校までは同じ学校で、
大学もお互い地元の海の街だったから
高校生の時はなんとなく放課後に、そして
20になっても
夕方に時間をつくって会うことができた。

でも、今年、あたしが卒業したのに、
あの馬鹿は留年したもんだから、
あたしだけ就職して
子午線の街に配属されることになった。
実家がある海の街とは、
西に500kmくらい離れている。
日の出と日没が20分遅い。






就職して半年、いろんなことがあった。

まず、朝起きなくちゃいけない。
当り前だと思うだろう。
でもこれは、
学生だと『当たり前』じゃないんだよな。
ちょっと遅刻しても、学生だったら代返で済むところが
新入社員はそうもいかない。

スーツに着がえる。っていったって、
2回生の時から着ていたリクルートスーツなんか
全部使えない。
新しく買い直す。
でも、もったいないから安物を買うんだけど、
就職して20㎏痩せて、そのあと15kg太るっていう
過酷な挑戦に耐えられるタフな奴なんかいない。

なんだろう。
もう就職して何着スーツをつくりなおしたかなあ。


痩せたのはうれしいけど、いや、全然うれしくない。
研修もそうだけど、実務に現場に放り込まれたら
『お客さん期間』なんて、あっという間だ。

学生時代なにが専攻だった、とか関係ない。
ひたすらコピー。
あと、プレゼン資料の作成。
模型作り。
またコピー。荷物運び。

パワポもスチロールカッターも、
就職して初めて使ったよ。






それでも、この子午線の街は雨が降らない。

日本の各地で、台風だなんかで
大雨が降って洪水が起こっても
昼に降った雨が夕方には晴れていて、
放り投げたように青空だ。
9月に入ったら青空が高くなった。

朝は、不機嫌な雲が低く速く流れていても
夕方になると、空気が澄んで、山の峰が近くに見えて
筆で刷いたような長い雲が、
高い空で寒そうにまいている。

そして、秋分の日には、
きっぱりと昼と夜の時間が同じになるから
そこに向けて、
一日ごとにかさかさの昼間が短くなって
きちんと夕方の時間が遅くなっていく。




20分の『時差』なんて、
大したことないと思うだろう。




でも、朝、いつもの時間だとあまり変わりないけど、
早起きすると、空が、まだ暗い。

夕方、電車で居眠りして起きると
空が明るくて、電車が進んでいないように思える。


なんか、つかれた。





春のうちは、
あいつからたくさん電話が掛かってきた。
自分だけ留年したから、
ちょっとは悪いと思っていたのかもしれない。
でも、向こうは学生だから、
平気で夜の12時過ぎにかけてくる。
こっちは研修と、毎晩の『懇親会』っていう
新人目当てのコンパ、
断れっこないじゃん新人なのに。
それで毎晩へろへろになって帰ってくるのに、
長電話。

お盆には、もちろん海の街に帰った。
久しぶりにデートをして、楽しかったんだけど、
こっちに帰ってきて会社が始まっても、
向こうは学生だから、まだ夏休みだ。
朝に電話が掛かってくる。
朝の5時に、『おはよー、もう陽が出たよー』って
こっちは、まだじゃ。

なんか疲れたなー。
やっぱり遠距離って無理なのかな、と思いながら
それでもシルバーウィークだから帰省した。



新幹線から、長いコンコースとエスカレーターを
乗り継いで、普通列車で40分。
ふるさとの駅はずいぶん変わったな。

夕方の5時半過ぎだ。
この街では、すでに日が沈んで、
それでもまだ残った光が空を高く照らしている。
でも、もう低いところでは素早く影が染み透って
駅前に並ぶタクシーのテールランプがきれいだ。



と、思ったら、
ふわっと涙が出てきた。

そうだよ。あたしは中学、高校と6年間、
昼と夜が裏返る、この9月の日没の時間に
チャリンコをこいで家に帰っていたんだ。

その時に、まだライトをつけない車が、
スモールライトとテールランプだけで、
夕陽の光の中に溶けていくのを見て、
秋だな、って思ったんだ。

遠くなったなあ。



もういいや、あいつと別れよう。と思って
メールで、その晩の約束をキャンセルした。

その後、あいつから何回も電話とメールが来たけど
出なかった。

だって、電話に出たら会っちゃうじゃん。
それでまた、あいつが就職できたとして
だらだらと半年以上、いまのまま待たされるんだ。


今回、海の街に帰る前に
『就職どうなったの?』って電話した。

『まだ8月だからわかんない。』っていうから、
『優秀な子なら内々定が出てるでしょう。』って
思わず言っちゃったら
『おれ、優秀じゃないもーん。』ときた。

この野郎。





もういいや、一日早いけど行こう。

結局、帰省してもあいつにも、友達にも会わず
母親のご飯だけ食べた。
美味しかった。

あと、おばあちゃんと一緒に、
お彼岸の墓参りをした。
喜んでくれた。

ふう。





だから500km移動して、
休みが終る1日前の秋分の日に、
また子午線の街に来た。
昨日までいた、海の街と同じ時刻なのに、
まだ太陽が出てる。

や、確かにもう、沈みそうに水平線の上で
鈍くオレンジに揺らめいているだけだけど、
街はまだ、からからに乾いて明るい。

夕方を見下ろす丘の上で、
遠くに見える海に沈んでいく太陽を見ていた。

太陽が、じりじりと水平線に沈んでいく。
ゆらゆらする火炎の舌が、
いつまでも水平線の縁から消えないでいたのが、
空が、かすかに紫色を濃くすると
不意に消えた。








あたしはケータイの時刻表示を確かめて、
あいつに電話した。

コール3回で出てきた。




『あ?お前何やってんの?』

『ねえ。太陽、沈んだ?』

『え?』

『だからあんたの街、太陽沈んだ?』

『…いま、どこに居んの?』

『うち。』

『なんで?まだ、会ってないじゃん。』

『だから、太陽沈んだ?』

『…あ、うん。20分くらい前、かな…』

『あははははははは…』

『……』

『……』

『どうした?』

『あんたの街のほうが間違ってるわ。』

『え?』

『だって、あたしがいるのは子午線の街よ?
今日は、午後6時に太陽が沈むのが、
理科的には正しいの。』

『…なに言ってんの?』

『だって、この街。』

『…うん?』

『この時間にまだ、明るいのよ?』

『……』

『……』

『帰って来い。』























だから、あたしは来週、海の街に帰る。










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natsu_0117 at 22:34│Comments(0)

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