2017年01月08日

山極氏の転職

山極氏は悩んでいた。 
義父から、
家業の電器屋を継いでほしいといわれているのだ。
 
 
 
 
 
山極氏は銀行員だ。
 
高校を卒業して、当時は相互銀行といった
地元の銀行に就職した。
諸事情があって大学に進学できなかったからだが
就職先が銀行、ということで親は喜んでくれた。
 
その後、
世界を舞台に大企業相手のマネーゲームをするような
エリートコースとは無縁の
『地域の銀行屋さん』として、銀行というより、
どちらかというと信用金庫に近いような仕事をしてきた。
 
 
 
 
 
 
就職して10年経って、見合いをして結婚した。
交際しているときは、
『おとなしい人だな。』くらいに思っていたが
結婚したら、その暗さに驚いた。
 
ものすごくネガティブなのである。 
 
話をしていると、がっつり疲れる。
ママ友からも敬遠されているらしく、
それが余計に彼女の暗さを加速させているのだが
自業自得だから、なにもアドバイスできない。
 
 
それでも子供には恵まれた。
なぜか義父さんだけ『きい君』と呼ぶ、その男の子は
嫁にそっくりで真っ暗に暗い。
 
 
うちに帰りたくないな。
 
 
 
 
 
 
 
家がそんな具合だから、
嫁も実家によく行っているようだ。
 
それでも、まあ盆暮れだけの付き合いなら構わない。
嫁が、時々きい君を義父さんに預けているらしいが
それで嫁の機嫌が晴れるんなら、
それでいい、と思っていた。
 
 
 
 
ところが、年末から急に義父さんからの
『店を継いでくれ』コールがひどくなったのだ。
 
 
 
 
なぜだ?
 
 
 
 
どうも義父の店も、流行っていないらしいのだ。
いまや、家電電器は量販店や、ネットで買う時代。
街の電器屋さんに生き残る余地は少ない。
 
山極氏も銀行員だからそういう大状況は読める。
 
 
 
だから、義父の『店を継いでくれコール』に
応える気は起きない。
 
地元では名門の『銀行員』の地位を捨てるには
あまりにもバランスが悪い。
 
だから、それに対しての返事は曖昧にしていた。
 

 
 
さらに、仕事も忙しくなった。
 
12月に山極氏は一つのプロジェクトを立ち上げた。
というとかっこいいが、
倒産間際の地元の不動産会社に自ら参加して
店を作ったのだ。
 
 
 
 
 
 
実をいうと、山極氏には
銀行員以外にやりたい仕事があった。
 
 
うどん屋だ。
 
 
祖父が香川の出身で遊びに行くと、
自分で打ったうどんをご馳走してくれる。
 
あまりおいしいので何回も作り方を訊き、
自分で出汁を引き、
実際にうどん玉を足で踏んだりもしたから、
いまでも、水準以上のうどんを作る自信がある。
 
 
 
しかし、銀行員という
世間的に固くて安定した職業に就いてしまうと、
なかなか『うどん屋になりたい』とは言い出しにくい。
 
あの暗い嫁が、世界が終わるような顔をして
義父に泣きつくか、と思うと『見果てぬ夢』であった。
 
 
 
 
 
 
そこに、市内で不動産業を行っている古田氏の会社の
立て直しの案件が来た。
 
古田氏は市の中心部にある、といっても
今はすっかりさびれた地区にある、
戦前からのビルを所有している。
そうしてそこは、
中規模の証券会社の支店が、ビル一棟ごと借りていた。
 
安定した会社である、として
たいした金額ではないが山極氏の銀行も融資をしていた。
 
だから緊急の運転資金というわけではない。
 
 
 
 
ところが証券会社の本店が
支店の整理、統合ということで、
このビルの賃貸契約を解除することになった。
 
古田氏の不動産会社の収入は、
ほとんどこのビルの賃料だったから、
契約を打ち切られたら大変だ。
 
 
貸出残高は大したことはないが、
この危機を機会に、山極氏の銀行がそれを引き上げたら
おそらく耐えられまい。
 
 
『だから、助けてやれ。』
 
 
という支店長の命令を聞きながら、
『人間味のある銀行でよかったなあ』と、思う反面、
『こんなことやっているから、
一流の都市銀行になれないんだよな。』とも思う。
 
 
 

 
 
 
 
さて、どうしよう。
 
支店がなくなるくらいだから
にぎやかに華やかな通りではない。
 
世間的には『シャッター商店街』である。
 
しかし、とにかくテナントを入れなくてはいけない。
『一棟丸ごと』というのは、もはや不可能なので
2階から上はオフィス以外にも、学習塾、ネイルサロンなど
いろいろな業種から募集してはどうか、と提案した。 
 
1階は商業施設、店舗でも飲食店でもいいのだが
高い賃料が期待される1階には、客が来る店に来て欲しい。
 
 
 
 
2階から上のテナントは、フロアを小分けにしたら
意外に早く埋まった。
 
こまったのが1階で、
JAがATMコーナーを作ってくれることになったが
全部のフロアはいらない、と。
 
50㎡ほどのスペースが余ってしまう。
 
 
ビル全体の収益を考えたら、
そのくらい空きフロアがあっても
もはや大差ないのだが
やっぱり、『ビルの顔』である1階、
商店街に面した一角が空きスペースになっているのは
印象が悪い。
オーナーの古田氏に、何とかしてくれと泣きつかれた。
 
 
 
 
銀行としては、再建計画を作って
それを資金面からサポートすればいいのであって、
テナントの募集まで責任を負う必要はないのだが、
ここで山極氏に、ちいさな欲がおこった。
 
 
『自分のうどん屋を開きたい』  
 
 
そのことを古田氏に伝えると、
とにかくテナントを入れたい氏は、
飲食店に改装するために必要な、
ガスや水道の容量の拡大をするための
費用を持ってくれることになった。
 
そこまでしてくれたら、引くに引けない。
 
 
 
 
といっても銀行員をやめる決断もつかないので、
『昼休みだけうどん屋に出勤するオーナー』になった。
 
接客もするが昼の12時から2時までの間に
麺を作っておく。
  
いまは頼りないバイトの子も、あと1年もしたら
麵を踏むくらいはできるようになるだろう。
 
 
 
 
 
そんなわけで、
うどん屋の店頭に立つときはネクタイ姿である。
さすがに場違いだと、自分でも思うのだが
昼休みの後に、銀行に帰らないといけないのだ。
 
古田氏のビルの再建計画については当然、
支店長に報告しているが
そのテナントの一つにうどん屋があって、
そこでうどんを作っているのが自分である、ということは
報告していない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
山極氏のうどんの特徴は出汁にある。
かつおの風味を際立たせるために、
注文のたびに出汁を引く。
注文が重なる時など泣きそうになるが、
ここだけは譲らない。
 
午前中や昼過ぎなど、山極氏がいない時間帯に
出汁が引けるよう、
手伝ってくれる、古田氏のお母さんを特訓した。
 
開店から2か月経って、
ようやく合格点をあげられる出汁を引けるようになった。
 
 
 
麺は、夜のうちに山際氏が自宅で踏んでおく。
練って踏んだ麵玉は、
少し時間をおいて熟成してやらないといけないからだ。
 
本業の銀行員としては、残業したことがないのに、
うどんを作るとなると残業もいとわない。
 
山極氏は自分で自分がおかしかった。
 
 
 
具は、ごく控えめ。
鶏肉と、なぜかナルトが入る。
 
祖父のうどんがそうだったからだ。
古田氏のお母さんには笑われるが
これも山極氏は譲らない。
 
 
こうやって書き出してみると、
意外に頑固な山極氏のこだわりもあって、
うどん屋は地味に人気を集めるようになっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
そうやって目立つようになれば、
義父さんに見つかる、とは思わないのかというと、
外食は滅多にしない人だからそこはノーガードだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それが、来た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『やあ』といって入ってきたのは芹沢さん。
うちのうどんをひいきにしてくれて、
週に1回くらい食べに来てくれる。
 
 
 
『今日は新しいお客を連れてきたよ。』
という声とともに入ってきたのがお義父さんだった。
 
しまった、この二人は
暇なとき時々つるんでいるんだった。
 
 
 
 
 
俺と義父さんと、二人して固まった。
 
 
 
 
 
芹沢さんが
『ここのうどんはうまいんだよ。
マスターがいつもネクタイ姿だから、「変な店だな」
くらいに思ってたんだが、食ってみると実にうまい。
お前も食ってみろ。』と、いってくれる。
 
  
 
しかしお義父さんは、
『安男君、銀行は辞めたのかね?』
と訊くから、
『いや、これは業務の一環で』と説明しかかると
 
『うどんを打つ銀行なんてあるのかよ』と、
真っ当なことをいう。
 
 
 
返事に詰まっていると、芹沢さんが
『何だ、知り合いだったのか?
そういえば二人とも名字が山極だったな。』
といって笑うが、、俺も義父さんも無言だったので、
 
『まあ、とりあえず食ってみようぜ。うまいから。』
と言ってくれて救われた。
 
 
 
 
うどんの鉢をふたつ調えて二人の前に出して、
なにか審判を受けるような緊張感に耐える。
 
芹沢さんは、
『いやあ、相変わらずうまかったよ。』と言ってくれたが
義父さんは、黙ったまま食べ終え、
やはり無言で会計をして、先に店を出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あの日以来、義父から
『電器屋を改装してうどん屋にするから、
後を継いでくれ』という電話が
しょっちゅうかかってくる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
改装しちゃったら、継ぐべき『跡』もなくなるんだけど、
それはいいのか。

 
 
 
 
 


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