2017年02月24日

ベテルギウスの夜

あつ子さんは約束を守った。
 
 
 
親父の入院が長引きそうで、
親父が家のことがなにもできない。というので,
ばあちゃんちに行くしかないか、
という話になった時に彼女が
『あたしがやります。』と言ってくれたのだ。
 
 
 
 
しかし、親父が入院しているからといっても
毎日彼女に来てもらうわけにはいかない。
おれの飯の支度や、
パンツの洗濯までしてもらうわけにはいかない。
 
あつ子さんは、『いいよ、毎日でも。』と言ってくれたが
彼女と毎日二人きりなんてそんな状況、
とても耐えられない。
 
 
 
親父は長期入院だけど、
そんなに急に変化するような病状でもないので、
特に問題がなければ、週末だけうちに帰ってくる。
だから、その時だけ来てもらうことにした。
 
おれも別に彼女の家事に頼り切るつもりはなく
掃除をしたり、
平日にしか行けない役所や銀行に行ったり、
毎日病院に行って、見舞いがてら親父に着替えを届けて、
汚れたものを持って帰って自分の分を合わせて洗濯する。
一人でも病人を養うのってめんどくさいな。
そんなことをしている。
 
 
 
 
 
あつ子さんは、土曜日の夕方に来て夕食を作ってくれる。
 
『毎日ご飯作ってあげるよ。』と、言ってくれるのだが
それはかわいそうだ。
ありがたく断ると、
『あはははは、べつに、いいのに』と笑うのだが。
作ってくれる飯が、なぜかみんなケチャップ風味なのは
指摘しない方がいいんだろうか。
 
でも、おいしい。
俺一人だと、
めんどくさいからコンビニ飯ばっかりになるのは
決まってるしな。
 
ありがとう。
 
 
結局、彼女は土日に来てていねいに家を
全部掃除して、その日の夕食と、
そのあとも食べられるように
ジップロックに肉じゃがとか作って入れて
冷凍してくれる。
大鍋にカレーをてんこ盛りで作っていってたりもする。
 
 
 
 
土曜日、彼女がうちに来てくれるのは、
部活が終わってからだから、6時過ぎになる。
それから手早く料理をして、
親父、あつこさん、おれの三人で食事をして、
なんだ?この組み合わせ。
 
終わると8時くらいになる。
洗い物までしようとするので、
そこはなんとか説得して帰ってもらう。
 
そして、こんな時間に
女の子を一人で帰らせるわけにはいかない、というか
俺がどうしても送っていきたいから、
一緒に家を出る。
 
 
 
 
  
 
 
冷たいアスファルトの道を歩く。
 
南の空を見上げながら歩く。
 
 
 

 
 
 
 
 
白い月が蒼に冴えた空に上がって、
かんかんに明るい。
南東の空にオリオン座が見えて、
オリオンの右肩の赤いベテルギウスと
青いシリウス、白いプロキオンの
『冬の大三角形』が、
十七日くらいのきれいな月に負けずに
明るく瞬いている。
 

 
あつこさんも空を見上げながら、
 
『こうやって、冬の空見がら歩くとさあ。』
『うん。』
『ベテルギウス、超新星爆発しないかなーと
いつも思うんだ。』
『え?』
『でも、しないなー。』
 
 
急に何を言い出すんだ?
 
 
『ベテルギウスって、
もう星の一生のおしまいのところまで来てて、
いつ超新星爆発を起こしてもおかしくないんだよ。』
 
うん、なんか聞いたことがある。
 
『きっとすごいよ。スーパーノヴァだよ?
空が真っ白になって、昼よりも明るい空が
何日も続くんだよ?』
『うん』
『光が束になって、一杯に地球に降ってきて
それが何日も続くんだ。』
『・・・』
『昼も夜も真っ白で、その真ん中で両腕を広げて立って、
それで、両手を拡げて、わーってやってみたいなあ。』
 
 
 
 
 
空を見上げる。
俺もやってみたい。
彼女と手を繋いで白い空の下で、わーって。
 
 
 
 
640光年彼方のベテルギウスは、
ひょっとしたらもう、すでに超新星爆発して
なくなっているのかもしれない。
その光は、しかし俺たちが生きているうちには
届かないのかもしれない。
 
 
 
 
もう一度、空を見上げて赤いベテルギウスを仰ぐ。
すぐに眼が、くらくらする。
 
 
 
 
 
『ありがとう。ここでいいよ。』
いつの間にか、あつ子さんのマンションのある交差点まで来ていた。
 
そのまま手を振って、ゆっくりとエントランスの方に向かいかけた彼女が、しかし2、3歩
あるきかけて振り向くと、小走りに戻ってきて小さな箱を渡してくれる。
驚いていると、
 
『チョコレート。』と言って、
もう一度振り向いて、今度は大股に歩いて
エントランスドアに向かった。
 
そのまま歩きながら『ハッピーバレンタイン』と
きれいな声で言った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
離れていく彼女と俺の640光年彼方に、赤いベテルギウス。 
 
 
  
 
 


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natsu_0117 at 01:07│Comments(0)

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