2017年04月12日

マッシュルーム ガールズ

あたしの目の前に3人の女がいる。
 
 
左にいるのがマリーさん。
本名は麻里絵。
うつむいてテーブルの上を見つめている。
 
あたしより3つ上だから27。
明日の朝結婚式をあげる。いま夜の10時。 
いいのか? 
 
 
きれいな顔だなあ。
彼女の妹たちや幼馴染みのあたしにとっては、憧れの『お姉さん』だった。
  
彼女が弾けるように笑いながら、
友達とじゃれあっているのを見た記憶がない。
いつも静かに微笑みながら妹たちを見ていた。
彼女の理想的な形の頭蓋に浮かぶ微笑はむしろ
女性というよりも、どちらかというと
ミケランジェロの塑像のような、
男性的知性を感じさせた。
 
だけど、いつも妹たちを見つめる視線には、
意思の強さを感じさせるものがあるのだが、
今日のそれは、どこか虚ろだった。
 
 
そして彼女の髪型がマッシュルームカット。
いまだって、瞳の上の前髪を高く切り揃える
三戸なつめのような髪型はあるのだが、
彼女のは、前髪からサイドに至るまで
一続きの連続した曲線で作る古典的なもの。
髪の毛は裾にかけて
緩やかに内側にカーブしており、
頭全体がまるんまるんにボリューミーだ。
 
そう言えば記憶にあるかぎり、彼女はいつも
この髪型だった。
手入れするのに結構、手間とお金がかかる髪型だと思うが、いったいどうしていたんだろう。
 
 
 
マリーさんの右にいるのが、ちゃろ。
幼稚園の時からの、あたしの幼馴染みだ。
 
逆に言えば、あたしの立場も
彼女たちにとっての幼馴染みだ。
気がつくとあたしが
彼女たち姉妹に混ざっていた、
というほうが正しいけど。
 
 
で、ちゃろのやつは、髪を紫色に染めて
緩やかに波打たせている。
姉のマリーさんが、美しい黒髪を
マッシュルームカットにして
大きく天使の輪を輝かせているのとは
全然違う。
 
ちなみにちゃろっていうのは、
高校に入ってすぐの時に
こいつが自分でつけてきた呼び名。
中学のころまで、
あからさまにマッシュルームにはしなかったが
明らかに
マリーさんを意識した髪型をしていたから、
こいつが紫色の髪で教室に入ってきたときには
グラス中が驚いた。
あたしが一番驚いた。
 
ちなみに、こいつの本名は季美絵という。
いい名前なのに。
 
 
あともうひとり、
この姉妹にはいもうとがいるのだが、
子供の面倒をみているので、いまここにはいない。
 
 
 
 
 
そうして二人の姉妹の向かい側に
大橋のおばちゃんがいる。
「大橋」というのは、彼女たちの名字だから
そこに深い意味はない。
 
大橋家と、あたしんちは50mも離れておらず、
あたしたちは幼稚園も小学校もおんなじ。
ちゃろとは小中学校のクラスも、
放課後の習字教室もピアノも一緒で、
挫折した時期まで同じだった。 
 
学校が終わると、あたしたちは
うちに来たり、大橋家に来たり、
ほんとうに姉妹のようにすごした。
 
だから彼女たちのお母さんであるおばちゃんは
母親同然である。
たまに、おばちゃんは本当はうちのママの
姉なんじゃないのか、
という気がすることがある。
 
そのおばちゃんは、疲れ果てた顔をして、
娘二人の前に座っている。
 
 
  
 
『ママ。』と、ちゃろ。
おばちゃんはうつむいた頚はそのまま、
視線だけちゃろに向ける、  
 
『いつまでこんなことやってるの?』
『・・・』
『明日はもう、結婚式当日なのよ?』
『・・・』
『お姉ちゃんの好きにさせてあげなさいよ。』
『・・・髪型はだけは嫌よ。
ママが昔からお願いしてたのに』
『いいじゃない。髪の毛くらい。』
『だめ。』
『・・・』
『・・・』
『最初この娘。髪を切っていつもの髪型にしてくれる、って言ったのよ?』
『お式にあの きのこ頭で行けって言うの?』
『だってこの娘、あたし逆らうことなんて
いままでしたことがないのに。』
  
目の前にマリーさんがいるのに、
どこか無視しているような、おばちゃんの
しゃべり方に違和感がある。
 
『だから、「姉ちゃんを見張ってくれ」って
あちこちに電話したそうじゃない。』
『でも、心配だから・・・』
『見なさいよ。結局姉ちゃん、
髪の毛伸ばせなかったじゃない。』
『あたしは、いまの髪型が好きだから。』

  
 
この会話、今日だけで5周目くらいだ。
 
マリーさんの結婚が決まって、
日程が決まって式場が決まったあたりでは、
おばちゃんも幸せそうだった。
 
新婦方の親戚の招待客の選択と連絡は、
おばちゃんに一任されたから、
親戚の名前を書き出して、何日も眺めたり
意を決して電話して、
一日中話し込んだりしていた。
 
『今日はマリーがお式をあげるホテルの、
ラウンジでお茶してきたの。』
『お式の頃にはバラとアジサイが綺麗だって。』
 
 
 
ところが式の2ヶ月くらい前から
二人の機嫌が悪くなってきた。
 
おばちゃんに訊くと、
『あの娘、まだ髪の毛切らないのよ。』
マリーさんに聞くと、
『結婚式の時は長い髪にしてみたい。』
 
小学校に上がったときからさせられている 
マッシュルーム以外の髪型にしてみたい。
おばちゃんは、
『いつもやっている髪型だから、
特別な日にもして欲しい。』 
『あたしは、あれが一番かわいいと思う。』
 
これはおばちゃんに分がないな、と思いながら
ちゃろと一緒に説得すると、意外に粘る。
いつもなら、こんな程度の行き違い、
一日経ったら、どちらかが折れていたのだ。
 
二人の言い争いは次第に感情的になり、
特におばちゃんが感情的になり
おばちゃんはいかに自分が不幸かということを
誰彼かまわず言って回るようになった。
 
 
 
マリーさんにとって『式の時だけエクステや
ウィッグをつける、』という発想はない。
それができれば、
こんな騒ぎにならなかったのかもしれない。
しかし、20年間同じ髪型をしていたから、
彼女には『髪の毛で遊ぶ』という発想がない。
 
そのうえ『結婚式』で『憧れの髪型』だから、
余計、思考にゆとりがなかった。
 
そうなると、マリーさんの心に行き場はない。
逃げるようにマリーさんは実家を出たが、
好きに髪の毛を伸ばすこともできなかった。
  
おばちゃんが騒ぎ立てたため、
この小さな「事件」は、すでに街の暇人たちに
注目されていたからだ。
 
マリーさんは肩まで伸びていた髪を切った。
噂の圧力は減ったが、
もう一度伸ばし直すは時間はなくなっていた。
 
 
 
 
 
『あんたはマッシュルームにしないの?』
ちゃろが髪の毛を染めたあとで、
彼女に聞いたことがある。
 
『断られたのよ。』さみしそうに笑う。
『断られた?』
 
『高校に入ったときに、冗談みたいにして
「あたしも姉ちゃんみたいな髪に
しようかな。」って、ママに言ったのね。』
『うん。』
『そしたら、
「だめよ。あんたには似合わないから。」
って。』
『・・・』
『結構ショックだったな。あの台詞。』
 
 
『妹もマッシュルームじゃないじゃん。』
『あはは。あの娘はだめよ。天パだし、
黒髪じゃないし。』
『そうなの?』
『あいつは、うちの姉妹の突然変異種よ。』
『ふーん?』
『そもそも、
そんなことに興味がないらしいから。』
 
 
そんな昔のことを思い出しながら、
呆然とする。
 
 
 
 
 
大橋家の3人の女たちもなにも言わない。
 
 
『あー、つかれた。』
不意に大きな声がして、廊下から大柄な女が
座敷に入ってきた。
 
『もう三歳だから赤ちゃんじゃないけど、
ふたご二人を寝かしつけるのは大変だわ。
旦那が迎えに来るから、少し待たせてね。』
この姉妹の末妹だ。

『やっと寝たんなら、そのまま
寝かせてあげなさい。』とマリーさん。
『え、そう?』
『泊まっていきなさい。』
『式の前日なのに、悪いよ。』
『いいから。』
『うーん、じゃあそうしようかなあ。』
 
 
そうしろそうしろ、と、ちゃろもおばさんも
動き始めた。
『ところで、こんな時間まで
みんなでなにやってんの?』と聞くから、
ちゃろが簡単に説明すると。
 
『まだそんなことやってんの?』と
大声を出した。 
 
 
 
あたしたちがビックリして、
彼女を見つめると、黙って考え事を始めた。
あたしたち、年嵩の4人の女たちは
毒気を抜かれて、なにもできない。
 
『マリー姉ちゃん。』
『はい。』
『幼児には披露宴の席が作れないから、
うちの子達置いていくつもりだったけど
やっぱり連れていく。』
『え?でも。』
『結婚式だけ連れていく。
バージンロードを歩くときにベールをもつ、
ベールガールをうちの子2人でやったげる。』
『え?』
マリーさんは「悪いよ」という顔をしたが
目許は輝いていた。
 
『式が終わったら、
ここまで連れて帰ってこないといけないから
あたしも披露宴にでられなくなるけど、
よろしくね。』
『あ、うん。』
『髪はマッシュルームで来てね。』
『え?』 
『約束よ。』
『・・・あ、うん。』
 
今度はおばちゃんの顔が、
こっちは素直に輝いた。
 
『ここに泊まるっていったけど、
朝、忙しくなりそうだから、やっぱり帰る。
明日の式12時?じゃあ30分前にいくね。』
と言い終わったところで、
彼女と子供を迎えに来た旦那が
玄関のチャイムを鳴らした。
眠そうな子供達の背中を押して、
彼女も帰っていった。
 
 
『つむじ風みたいな娘ね。』
  
ちなみに彼女の名前は、郁絵という。
 
 
 
 
 
結婚式は大成功だった。
父さんに右手を預けたマリーさんが 
バージンロードを歩きだしたとき、
後ろを ことことと歩いて、
ベールを捧げてついてくる、
二人の小さな女の子が
どっちもマッシュルームカットである、
ということが見えてくると、 
会場は暖かい笑いと祝福に包まれた。 
  
マリーさんは笑っていた。
おばちゃんも笑っていた。
郁絵も、親子そろってマッシュルームになって
いつのまにか最前列にいて
娘たちに笑いかけていた。
 
お客さんも、みんな笑っていた。
 
 
 
 
 
披露宴が終わって、ちゃろとあたしと
郁絵とでお茶をした。  
 
『いやー、お疲れさまでした。』
ちゃろと二人で郁絵をねぎらう。
 
『ほんとよー。5時起きしたから眠くて。』
『そんな大変だった?』
『当たり前でしょ?
衣装も小物もなにもない。そのうえ髪の毛を
マッシュルームにしないといけない。
それが親子3人でしかも午前中にやるのよ?』
『・・・うーん。』
『試着室のドレスから丈があうやつを
かっぱらって、ホテルの理容室をむりやり
空けてもらって衣装を合わせてそれで5分前』
『うわー。』
『姉ちゃんからコーディネーターの名刺を
預かっておいて助かったわ。』
 
 
 
 
『それにしても姪っこたちにマッシュルーム
の髪型をさせたら、あんなに酷かった
二人の偏見がなくなるなんて。』
『へ?』
『いや、お互いマッシュルームにしろだの
嫌だのって。』
『なにいってんの?』
『ちがうの?』
『まだ、わかんないの?』  
『・・・うん?』 
 
しょうねえなあ、という顔を一度だけすると
郁絵は話し始めた。 

『だから髪型なんかどうでもいいの。
あたしが二人から消してあげようとしたのは
マリーさんがマッシュルームカットにしていた
20年間、二人にかかっていた、呪縛よ。』
『呪縛?・・・』
『ふたりとも、髪型っていう同じものに
こだわっているように見えるけど、
実は全く違うものに縛られてたのよ』
『?』
『「髪型はかくあるべし」とママに言われるとマリーさんは言葉そのものに縛られた。』
『・・・うん』
『かあさんにはマッシュルームの形のことは
どうでもよくて、
「マリーはあたしにしたがうべし。」と、
二人の関係性にこだわった。』
『ああ。』 
『議論が噛み合うはずないのよ。
現に今回だって
話し合いにならなかったでしょう。』
『うん。』
『だから誰かが呪いを解いてあげないと
いけないの。』
 『・・・』
『お前がこだわっているところは、実は、
たいした問題じゃない。』って。
 
 
『・・・そうか。』
『気がついたら今日みたいにやればいの。』
『マッシュルームを?』
『違うわよ。』
『ふむ?』
  
 
 

『ママが望むような、いうことを聞くいい子になんかにならないってことよ。』
 

うん、そうか。
 
おばあちゃんもマリーさんも、ようやくそこを
乗り越えられたんだ。
 
 
 
 
 
  
 
 
『むこうの座敷で
みんなでお茶してるから行こう。』
 

 
『うん。』
  
よし、いくか。
と思って足元をみると
今日のヒロインたちが寝ている。
 
 
あれ?
こどもたち、置いていくの?
 
『うん。そのまま寝かせといてあげて。』
 
 
   
 
 
 
今日、大活躍のマッシュルームシスターズは
綺麗なドレスと立派な式に大喜びだった。
 
大人たちとたくさん笑って、いまは
真底疲れきったかのように
ぐっすりと眠っている。
 
 
 
 
 
ありがとう。
お疲れさま。

 
 
 
 

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