2006年04月29日

愛国心2

 私は、私が生まれ育った日本が大好きです。
 『愛国心』 は恐らくとても強い部類に入ることでしょう。



 そうだ、そうあるべきだ――、

 ……そう思った方?
 たぶん私の思想は、あなたと真逆に近いものと思われます。
 そんな今、教育基本法に 『愛国心』 を盛り込もうという動きがあります。

 今日は、そんなお話。


 

 私はこの国が好きです。



 山と海が迫った坂道だらけの小さな世界が、
 そこに住む親切で優しい人たちが、

 異文化を何でも呑み込む節操のない国民性が、
 言論も思想も自由な気風が――、

 大好きです。



 だからこそ、思うのです。
 笑いながらこう仰っていた議員さんがおられました。



「国を愛するなんてことはね、
 国民として当たり前のことですよ」




 ――それは、絶対に賛成できない考え方だと。
 それは私の思想とは正反対だと思ったのです。

 私はこの国で自由に育ち、そして自由なこの国を愛する人になりました。

 この 『愛』 は教えられたものではありません。
 自然に芽生えたものなればこそ尊いのです。


 もちろん、違う育ち方をした私も有り得ました。
 そこには 『愛国心』 を欠片も持たない私もあったことでしょう。
 そんな私は、 『当たり前の国民』 には入れてもらえないのでしょうか?

 ――そうだとするなら、それは 『私の好きな日本』 ではなくなったということなのです。

 国を好きになる自由と、
 国を嫌いになる自由は、
 全く等価で無ければならないのですから。



 国を愛していない人は国を害するかもしれない――、とも思いません。

 嫌いだということと、破壊や犯罪を是とする思想とは、根本的に別のものだからです。
 仮に大嫌いな人がいたとしても、別に傷害/殺人事件なんて起こさないですよね。
 それと同じことです。

 行動には他者の自由や尊厳を害しない限りという制限がありますが、思想は、それが内面のものである限り、全く自由でなければならないし、自由であって何の問題もないのではないでしょうか?



 大統領が一言演説するたびに拍手する国があります。
 首相の施政方針演説のときに 『同じように席を立って拍手しよう』 なんて書面を小泉チルドレンたちにファクスした与党議員が日本にもいたそうですが、それは実際にはほとんどの議員にスルーされたそうです。

 立席する自由と、
 立席しない自由は、
 等価でなければなりません。

 拍手する自由と、
 拍手しない自由は、
 等価でなければなりません。



 みんなで、
 ひとつの方向を向いて、
 ひとつの思いを抱いて、
 ひとつの行動をする。

 そうでない日本だからこそ、私は愛しているのです。



 子どもは純粋なものです。
 『国を愛するべきだ』 と教え込めば、ある程度はその通りになることでしょう。

 ですが。

 教えられて覚えた 『愛』 が同じように尊いとは思いません。
 自然発生的に芽生えた 『愛』 の尊さを知る私だからこそ、そう思うのです。



 『愛国心』 を盛り込むなどというのは、教育基本法にとって、それが自然発生する機会を奪ってしまうという 『改悪』 ではないでしょうか?



 教育基本法は、60年も前に制定された法律です。

 いろいろと時代に合わないところや、露呈してきた欠陥もあることでしょう。
 改訂を論議することには、私にも異議はありません。

 でも、なぜ教育に、 『愛国心』 の文字が必要なのか。
 どうしても納得が行きません。

 それは 『愛国心』 の価値を貶める行為ではないでしょうか?



 私は、生まれ育ったこの国が大好きです。
 強い 『愛国心』 を持っています。

 『愛国心』 を持っている私だからこそ、教育基本法に 『愛国心』 を盛り込まないで欲しいと思っています――。


natsu_ki00 at 20:03│Comments(26)TrackBack(0)clip!政治 | 法律

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この記事へのコメント

1. Posted by シバッチ   2006年04月29日 22:05
どうもです〜〜。

「愛国心」と一言で言っても二種類あるそうですよ。
一つは郷土とか文化とかを愛する意味で、もう一つは国家とか権力とかを愛する意味だとか。

そんで近代国家における愛国心といえば前者な訳ですが、今回愛国心を加えたがっている人たちは後者でしょうね。
そうする事で自分たちを敬ってもらいたいんじゃないですかね。
きっと「地位=尊敬」という図式が欲しいんだと思います。

まあ、国歌を歌わない教師に罰則規定を設けてる様な状態ですから、そういう人たちが役人や政治家にはまだまだいるって事なんでしょうな。

そもそも愛国心なんてものを法律に書く必要はないと思うので、私としてもなっきーさんと同意見ですね。
教えなくても自然と生まれてくるのが正しい姿だと思うので。

って、自然と尊敬してもらえない人たちだからこそ、強制したいんでしょうけどね(笑)
2. Posted by なっきー   2006年04月29日 22:32
5  シバッチさん、こんばんはー。
 いつもコメントありがとうございます!

>「愛国心」と一言で言っても二種類あるそうですよ。
>一つは郷土とか文化とかを愛する意味で、
>もう一つは国家とか権力とかを愛する意味だとか。
 なるほど…。
 今回の一件は、それらを混同させる狙いがあるのかもしれないですね(汗)。

>自分たちを敬ってもらいたいんじゃないですかね。
 正しい国民のための政治をしていたなら、国家や政治家はいくらでも尊敬されるわけですが、現状は違っているわけで(苦笑)。
 なるほど、そこに根っこがあっての動きなのかもしれませんね。

>国歌を歌わない教師に罰則規定を設けてる
 それも変な話ですよね。
 そもそも半強制的に歌わせた国歌が、そんなに尊いのか、と私は思うのですよ。
 歌いたい人だけ歌った方が、余程純粋じゃないかな、という感じで。

(続きます)
3. Posted by なっきー   2006年04月29日 22:33
>教えなくても自然と生まれてくるのが正しい姿
 …ですよね。
 そして、結果的に愛国心が生まれなかったケースを問題にしたりしない、それが自由社会の美しさだと思ってます。

>って、自然と尊敬してもらえない人たちだからこそ、
>強制したいんでしょうけどね(笑)
 なるほど(笑)。
 でも強制した愛って、実は何か別のものじゃないかという気もします。
 「はひ」とか「変」とか…(笑)。
4. Posted by garo   2006年04月30日 09:50
愛国心を否定する人達が変な事をしてなければ、いちいち明文化する必要も無いんですけどね。
知ってますか?日教組教師やザイニチ朝鮮人教師が、日本の学校で日本の小学生に対し、愛国心を持つことは悪であると教えている事を。日本国旗を掲げるな、日本国歌を唱うなと「強制」している事を。
5. Posted by なっきー   2006年04月30日 18:13
5  garoさん、こんばんは。
 コメントありがとうございます。

>日教組教師やザイニチ朝鮮人教師が、日本の学校で
>日本の小学生に対し、愛国心を持つことは悪であると
 わざわざ「持ってはいけない」と言う人たちは、それが過去の戦争に利用された、次の(?)戦争に利用されるという意識があるからでしょう。
 ですが、非常に正直な意見を言えば、「愛国心=国家に対する忠誠」という解釈自体が多分、日本人の「若い世代の」意識からは外れていると思います。

 でも本来強制力がないはずの国旗国歌法に基づいて東京都が罰則規定を設けたように、「愛国心を教える」ことを教育基本法に盛り込んでしまうと、現場ではさらに「行きすぎた」愛国心教育がなされる可能性が非常に高いと思うのです。

(続きます)
6. Posted by なっきー   2006年04月30日 18:14
 そう思うと、変な愛国心否定教育を排除するためには愛国心肯定教育を推進するべきだ、とは言えない気がします。
 対策を取るにしても、私には他の方法を模索した方がいいように思えてなりません。
7. Posted by garo   2006年04月30日 19:38
そうですね、愛国心が戦争に利用された…そう「教えられてきました」
ではその「戦争に利用された愛国心」とはいったい何でしょう。
強制されたものではありませんよ、それこそ貴方の言う自然発生的に生じた愛国心です。
そもそも、戦争とは外交の一手段に過ぎませんからね。
平和を愛する愛国心も、戦争においての愛国心も同質のモノであり、区別するものではありません。
そしてソレをふまえた上で教えるのが教育というものでしょう。

あと他の方法と言いますが、何かにつけて「差別だ、強制だ」等と騒ぐ相手にどんな方法が有るというのでしょうか。
8. Posted by なっきー   2006年04月30日 19:56
5  garoさん、こんばんは。

 まずはっきりさせておきたいことがあります。


>愛国心が戦争に利用された…そう「教えられてきました」
>ではその「戦争に利用された愛国心」とは〜
>強制されたものではありませんよ、

 私はこのあたりに関して一切触れていません。
 そう思う人が否定教育をしているのだろう、と推測したに留まっています。
 戦前戦中の愛国心教育がどうであろうと、現在には関係がありません。

 またアジア諸国など、他国のことは一切語っていません。
 そちらの話をする必要もないと思っています。
 彼らが対日敵視政策を採ろうと、日本政府が、対抗する「国内」政策を採らなければいけないとは思わないからです。

(続きます)
9. Posted by なっきー   2006年04月30日 19:56
 私の論旨はただひとつ。
 教えたが最後、自然発生的に生じた場合の価値は永遠に得られない、これだけです。
 だから教えない方がいいのだと。

 子どもたちが生きやすい環境を整え、良い政治をしていれば、自然に国を好きになる子どもが「増える」ことでしょう。
 増えるだけで、「国を嫌いな子どもも必ずいる」でしょう。


 それでいいと思うのです。
 それが正常な状態であり、余計な手を加える必要があるとは私は思いません。
10. Posted by なっきー   2006年04月30日 19:58
 而るに今、garoさんの文を拝読するに、明らかに論旨がずれているように見受けられます。

 以後失礼ながら、同じ論旨の投稿に関してはレスを控えさせていただきますし、恐らくは削除させていただくことになりますことを書き添えておきます。


 これは、場合によってはある側面に特化した意見の持ち主を召喚しかねないためですので、予めご了承ください。

 親/嫌論には、正直うんざりしておりますので…(汗)。
11. Posted by STR   2006年04月30日 23:45
まあ、ぶっちゃけた話、愛国心を持つのなんて当たり前ってのは確かですよね、現実的に。
持たないのも当たり前ですけど。

結局、そのあたりは個人の問題であって、誰が口を出していいって問題でもありませんし。事の正否は別として、口出しする権利があるのは、せいぜい家族くらいのものですか。

もっとも、愛国心云々の声が大きくなったのは、ここ数十年程度のことでありまして。歴史的には、持たないのが普通な国なのかもしれませんが。
最近の若者は政治への関心が薄れてる、嘆かわしいなんて意見も、むしろあるべき姿に戻りつつあるのかななんて考えたりも。

でも、愛国心はなくても、愛着は存分にあるって人は多いと思います。
なんだかんだで過ごしやすい、文化的にも経済的にも恵まれた国ですから。
この程度で、充分だと思うんですけどね。
過ぎたるは及ばざるが如し。行過ぎた愛は、狂気へと走りやすいですから。
12. Posted by なっきー   2006年05月01日 00:07
5  STRさん、コメントありがとうございます!

>愛国心を持つのなんて当たり前ってのは確か〜
>持たないのも当たり前ですけど。
 そうですよね。
 そのどちらもが当たり前だと思うのですが、前者だけを肯定すると、逆に大切なものを失ってしまうのではないかと思います。

>歴史的には、持たないのが普通な国なのかも〜
 良くも悪くも、対外戦争の乏しい土地ですしね(汗)。
 そもそも、あまりそういう議論そのものに慣れていないのかも…。

>最近の若者は政治への関心が薄れてる、
 まあ、文句を言うのなら投票に行くのはワンセットではないかとは思うのですが、それもまた個人の自由。
 そういった個々の事象にまで「〜べきだ」とか「〜べきでない」と言うことそのものが、間違えているのかもしれません。

(続きます)
13. Posted by なっきー   2006年05月01日 00:08
>愛国心はなくても、愛着は存分にあるって人は多い
 そうかもしれないですね。
 嫌いと言っても、「こういうところは嫌」といったタイプの嫌いなのかも…。

>行過ぎた愛は、狂気へと走りやすいですから。
 なるほど、そういう気はします。
 個々人だけではなくて、集団にも言える気がします。

 この国ではひとり残らず●●と思っています――、

 という状況は、賛成反対別れている状況より危険という側面はあるように思いますし。
14. Posted by なっきー   2006年05月04日 10:21
 投稿1件を削除させていただきました。

 心当たりのある方は、コメント8〜10あたりをお読みください。
 また、ここはアジア諸国に対する親/嫌を論じる場ではありませんし、正直、その手の話にはうんざりしています。

 何より、私が一切論じていないことを否定するコメントをいただいたところで、
「そんな話はしていません」
以外に返答のしようもありません。
 同様のコメントをいただいたとしても、やはり削除させていただくことになるかと思います。

 予めご了承ください。
15. Posted by ネリコ   2006年05月05日 01:01
愛国心とは自然発生的に起こるべきであり、教えられるべきでは無いとの管理人の思想は尊重に値します。思想は自由であるべきですから…但し、貴方自身のblogで公開すべきでは無いと私は思います。貴方は内心の自由を歌いながらも不特定多数に閲覧されるblogに公開している時点で他の異論に晒される機会を与えてしまっています。無視及び削除の自由も勿論、貴方にあります。次代へ繋がれるべき貴方の思想は、秘めましょう。
16. Posted by なっきー   2006年05月05日 02:02
5  ネリコさん、こんばんは。
 コメントありがとうございます!
 仰る意見は、本質を突いたものと思います。

>公開理由
 あらゆる思想は自由ですが、唯一、他者の自由を否定する思想だけは、必ずしも自由ではないと思うのです。
 そして「愛国心を持つことは当然だ」という思想は、「国を嫌うことも許されるべきだ」という自由を奪うものだと私は考えています。

>内心の自由
 ここでは、時に思想的な意見を書くことがあります。
http://blog.livedoor.jp/natsu_ki00/archives/50125432.html
 表現の自由までは、許されるべきと考えます。
 それが誰かの自由を制限したり、中傷など、権利を傷付けたりしない限りにおいて、ですけれども。

(続きます)
17. Posted by なっきー   2006年05月05日 02:03
>削除など
 否定を許さない、などというつもりは全くなく、同じ論点で逆の意見などは、むしろ拝読してみたい気持ちが強いです。
 ですが、私が論点にしていないことを論拠に否定論を展開された場合、早々に削除せざるを得ないと思っています。

 また親/嫌論は正直、私にはこだわる人の気持ちが全く理解できず、それでいて異常に加熱するため、ここでは親/嫌論そのものを排除させていただいています。

>思想は、秘めましょう。
 仮に中庸以外の表現を一切しなかったとしたら、無論反発を受けることもありません。
 ですが、特定の思想を濃く孕んだ法律が制定されようというときに、政治を論じることが間違っているとも思いません。

(続きます)
18. Posted by なっきー   2006年05月05日 02:03
 一部の人には違った意見があるようですが、政治とは本来、批判を浴びるべきものでもあります。
 仮にそれが「間違った批判」であったとしても、批判が存在することそのものが、間違った方向へ行くことを未然に防ぐ力となるからです。



 「批判するための批判」でなく、そこに一定の理があるのならば、それで結果的に世界が変わるかどうかとは全く無関係に、声を上げる価値がないとは私は思いません。

 その一方で、一定の理が有るからと言って、それが正しく、対立する意見が間違っているというわけでもありません。
 対立する意見だからといって、一方が正しくて他方が誤りだとは思わないからです。

 …と言うか私は元々、「間違えている」と思うこと自体が少ないのですけれども。
19. Posted by カツ   2006年05月05日 09:26
 「自然発生的な愛国心」とありますが、勝手ながら自己解釈を述べさせて頂きます。「自然」とあるならば、日本特有である四季や天候、天災等を含めて例え、それらの環境に曝された上での思想である事を願います。
 例えば、一般に好まれない天候である雨も、田畑に潤いを与えますが、程度が過ぎれば洪水や濁流となって田畑や人に被害を及ぼします。
 川の上流では、細々とした支流が集まって、大きな川(歴史)となります。周囲の雨を吸収して支流となり、支流をまとめて集まった川という流れに、様々な場所から落ちてきた石は、下流まで転がりながら削られ角が取れます。流されずに留まる石もありますし、下流まで流れても角が中々取れない石もあります…現代が未だ上流付近か、海に近い下流か…それとも海にまで出て、雲になり雨となって戻ってきたのか…それは流されてきた石には分かりません。
 
20. Posted by カツ   2006年05月05日 09:26
 続き
 「自然」と述べるならば、その「自然」の脅威も、そして素晴らしさも「自然」に無力な我々に曝された結果が、下流に流れ着いた石の形である我々個々人の思想なのだ、と私は考えます。
 その石が集まって川の流れを変えるには、長い年月が必要です。そしてソレが必然でもあります。なればこそ、思想は秘めるものではないでしょうか?
 秘められた思想は強固な石(意思)となり、継承され「自然な愛国心」となる…この時代に生きる者として、貴方の論旨は自身を磨く他の石(意思)として尊重します。以上が、拙い自身の思想です。
長々と駄文失礼しました。
21. Posted by なっきー   2006年05月05日 09:55
5  カツさん、こんにちは。
 コメントありがとうございます!

>日本特有である四季や天候、天災等を含めて例え、
>それらの環境に曝された上での思想である事を願います。
 この点、全く同意です。

>流されずに留まる石もありますし、〜
 その喩えに乗りますならば、変わった石は壊してしまおう、尖った石は削ってしまおう――、そういったのは止めた方が、却って良い石が増えるのではないかというのが私の考えになるかと思います。
 人工的に石の形を揃えれば良い、というのでは人工でない美しさが得られないのではないかというわけですね。

>〜「自然」に無力な我々に曝された結果が、下流に
>流れ着いた石の形である我々個々人の思想なのだ、
 なるほど…。
 私の思想も、私のささやかな歴史あってのものですから、全く仰る通りな気がします。

(続きます)
22. Posted by なっきー   2006年05月05日 09:57
>なればこそ、思想は秘めるものではないでしょうか?
 石の歴史無しに最後の形だけ見てもわからない人は、多いと思います。
 ただ、現実に有害でない限り他人の思想を絶対に否定しない私としては、お互い同意できなかったとしても、それぞれの思想を確かめ合うことには大きな価値があると考えているのです。

 仮に二者が論理的に両立が有り得ない、互いに相反する思想を持っていたとしてすら、だからといって互いに敵意を抱く必要などどこにもないと思っているのです。
 そして敵対しない限りに於いては、他の思想を知ることは常に有益だとも思っています。

(続きます)
23. Posted by なっきー   2006年05月05日 09:59
>秘められた思想は強固な石(意思)となり、継承され
>「自然な愛国心」となる…この時代に生きる者として、
>貴方の論旨は自身を磨く他の石(意思)として尊重します。
>以上が、拙い自身の思想です。
 私も、あなたの思想を尊重します。
 そして、こうして拝読させていただく間にもいろいろと、深く思うところがありました。

 この度は本当にありがとうございました。
24. Posted by クォ=ヴァです。   2006年05月06日 00:55
 少々コメントを残します。

 多分、改正案を提示した人達は、思想的な意図はなく、その根拠は危機感や善意によるものなのでは、と、私はあえて考えています。国や国家、如いては社会に対する無関心の歯止めとして「公共」という意識を持ってもらいたかった、というような。
 だから、理念の範囲内で「愛国心」を唱えるのなら、それもいいかなと思います。

 但し、法として施行された場合、私は、法を行使する側の人達を余り信用していません。

 今は「国旗・国歌」ほど強い意味を持っていないでしょうが、この先、強制や罰則を適用する自治体が現れたら、目も当てられません。
 また、具体的に何を教えるのかも論議を呼ぶでしょう。
 
 法として定めるならば、法としての意義が変質してしまわないよう注意しないといけません。それができないのであれば、法と定める意味が無いと思います。
25. Posted by なっきー   2006年05月06日 06:19
5  クォ=ヴァです。さん、こんにちは。
 コメントありがとうございます!

>多分、改正案を提示した人達は、思想的な意図はなく、
>その根拠は危機感や善意によるものなのでは、と、〜
 なるほど、言われてみればそうかもしれない気はします。
 正義感が壊れているかのような事件が続発していることで、現実的な危機感も相当にあることでしょうし…。

>国や国家、如いては社会に対する無関心の歯止めとして
>「公共」という意識を持ってもらいたかった、〜
 連帯意識を持つことそのものは、良い事ですしね。

>理念の範囲内で「愛国心」を唱えるのなら、〜
>但し、法として施行された場合、〜
 このふたつについての考え方は、あなたと私とは相当に近い気がします。
 まあ私の場合、「国を嫌う」という人をも「当たり前の国民」のカテゴリから外して欲しくない、という前提が付くわけですが。

(続きます)
26. Posted by なっきー   2006年05月06日 06:20
>この先、強制や罰則を適用する自治体が現れたら、〜
 一旦法制化されてしまうと、文面の拡大解釈をして、自発的に罰則規定を設けるなどする自治体が出てくる可能性は決して低くないと思います。
 …多分、このあたりから本格的に意見が分かれるのかもしれませんね。
 「それでも是」「それなら非」というように。

>法として定めるならば、法としての意義が変質して
>しまわないよう注意しないといけません。それができない
>のであれば、法と定める意味が無いと思います。
 全く仰る通りだと思います。
 教えることに決め、法制化するのならするで、あまり拡大解釈などの余地を残さない、明瞭な文にした方が後々のためかもしれないという気がします。

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