2006年09月05日

「炎上の力学」 の記事に思うこととか、雑記とか3

 最初に記事本文へのショートカットなどを貼っておきます。

1.「炎上の力学」 の記事に思うこと
 (♯前回記事 ブログ炎上に見る意見発信の難しさとか、〜

2.今日の雑記



 まずひとつ、告知をば。

 私の地域ではアニメ 『桜蘭高校ホスト部』 が本来放映される曜日だった昨日深夜の時間帯には世界女子ソフトボール決勝トーナメントが放映されていました
 従って 『殿観察日記』 は一週跳びになります。

 まあ決勝トーナメントを放映するのも大切ですけど、これでまた 『ホスト部』 は2週遅れに逆戻りなわけで(汗)、どこかで2話連続放送などを(きっちり事前告知をした上で)やって欲しいものです。



 もうひとつ、報告ということでトップに書いておきます。

 『謎の彼女X』 (1) とか、MMR(@ひぐらし)とかの記事コメントで、R−30さん、ミダスさんにお勧めいただいた 『ディスコミュニケーション』 を入手しました。
 本当は作者に印税が入る新品が欲しかったのですがどうしても揃う目処が立たず、結局は中古で全冊セット売りを見掛けたのでそちらで購入しました。

 お二方、いろいろありがとうございました。


 

「炎上の力学」 の記事に思うこと

 ブログ炎上。

 それは、思想的な側面を持つ意見を表明する場合があるブログをお持ちの方の中には、他人事ではないとお思いの方もおられることでしょう。
 特に思想的にマイノリティに属する場合は、常にその危険を背負っていると言ってもいいと思います。

 以前にも記事にした題材ですが、 ITmedia News さんに良い記事があったので、ここで再考してみたいと思います。

 なぜ起こる? 「炎上」の力学 (1/2)
 なぜ起こる? 「炎上」の力学 (2/2)

 まず、この命名↓が絶妙だと思います。



 ネットの世界での炎上とは、主にブログやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の日記に批判的なコメントが殺到する状況を指します。私もライブドア事件の影響で、一つの発信について、批判や、それに対する議論のコメントが1000以上付いた経験があります。

 私は炎上を、度合いに応じて3つに分けて名づけています。(1)炎上した結果、再び元の状況に戻る「小火(ぼや)」、(2)コメントやトラックバックを閉じ、一方的に情報配信するだけの「1.0型メディア」となってしまう「半焼」、(3)管理人が耐えられなくなり閉鎖してしまう「全焼(または焼け落ちる)」です。


(♯記事1より一部抜粋)



 見事なネーミングセンスです。

 例のコピペ+アフィリエイト問題で某巨大掲示板とトラブった末に、移転して縮小再開したブログさんなどは、どういった位置付けになるのでしょうね。
 アフィリエイト断念などの影響がある以上は 「小火」 よりも 「半焼」 となりそうな気はしますけれど。
 ……さらに言えば、トラブル前の状態に戻せないなら小火とは言えないというのが、この分類基準に則した考え方にも思えます。



 炎上と混同されやすい現象として「荒らし」があります。これはサイトの運営を妨害するだけの目的のもので、私の定義では、炎上により発生する反対意見や批判的な意見とは異なるものです。

 反対意見や批判的な意見は、あくまでも貴重な意見であり、妨害ではありません。それを勘違いして荒らしと決め付け、切り捨ててしまうことは、ブログやSNSの目的である情報発信を放棄するに等しいことであり、さらなる炎上を生むか、受信者から見放され、誰も見ない個人的な秘密の日記のようなものになり果てるでしょう。


(♯記事1より一部抜粋)



 はい、仰る通りです。
 これは、数多の炎上ブログでわかったことでもありますが、正当な批判を荒らしと決め付けるのはガソリンを撒くような行為です。

 私もときどき似たことを書いていますが、正当な批判は有益なものであり、それを認めないという行為は、そのまま自分に跳ね返る愚行だということなのでしょう。
 正当で有益なものを否定する意見はつまりは正当ではなく、有益ではないとなってしまうわけですね。



 一方で批判によって萎縮してしまう/萎縮させようとする人たちも、少し間違えていると思います。
 正当で有益な意見と対立したとしても、本当に正しいと思っているのなら自説を曲げる必要は全くありません。

 相互に完全否定する二つの意見が、どちらも正しいことは有り得ると思います。
 つまりは、

 あなたの意見は全く以て正しいけれど、
 私も間違えているとは思わない

 私は私の正論を書いているのだけれど、
 対立するあなたの意見を否定はしない


といった考え方をして、それをきっちり表明すればいいだけだと思うのです。
 マジョリティ(多数派)はマイノリティ(少数派)を圧殺するべきではありませんし、マイノリティもマジョリティに遠慮するべきではありません。

 自分の思想が認められるか、意見が通るかどうかなどは大した問題ではなく、思想や意見の自由な発信をしない/できない状態になるかどうかこそが重要ではないでしょうか。



 もうひとつ、批判について蛇足。
 誰かの記事に文中リンクを貼って批判記事を書き、なおかつトラックバックをしないやり方をしている人たちが一部おられますが、それは正直どうかと思います。
 しかもそうした人たちがしばしば 『言及リンク文化圏』 を表明していることが、その違和感を拡大しています。

 その人たちの記事は元記事がなくては存在できない二次創作物であり、そういったときに送信しない人が 『トラックバック本来の用途』 などと言うのは矛盾していないでしょうか?

 トラックバックをしなければ悪口を書いても見つからない、といったことはなくて、案外見つかってしまうものです。
 目の前で悪口を言うのは悪いが、陰口なら良い。
 そんな考え方に見えてしまいますし、もうひとつ、見つからないと思って書かれたらしい批判はなぜか独善的思考に終始していることがやたら多いという問題もあります。

 それが正当な批判だと思うのなら、まして 『言及リンク文化圏』 を表明しているのなら、必ず元記事にトラックバックを送信するべきだと思うのですが……。

 閑話休題。



 お次は炎上例が列挙されているのですが、割とこのブログでも取り上げた題材が多いですね。
 それはともかく、誰かの失敗から学べることはいつだって、とても多いものです。



いじめや反社会的な行為などを自慢するような書き込み

 今年8月中旬、岩手県内にある大学の学生が、アルバイト先の書店に来店した皮膚病患者を隠し撮りし、中傷した文章を付けてSNSの日記に掲載しました。このことが「2ちゃんねる」などで話題となり、学生の日記のコメント欄や、所属していた部のホームページ(HP)の掲示板が炎上。HPは閉鎖に追い込まれ、学生は学校から厳重注意を受けることになりました。

 この炎上は、学生が「ネットに掲載すること=公に発表すること」だと認識していなかったのか、忘れていたために起きたことだと思われますが、そもそもこのような行為は現実の世界でも非難されることであり、ネットであってもまったく例外はないどころか、より責任をもって発言すべきであることを認識すべきです。

意見が割れている微妙な問題に関して、知識があまりないにも関わらず、よく知っている風に書いてしまう

 最近ですと、首相の靖国参拝にまつわるエントリーで炎上したブログや、ボクシングの亀田興毅さんのWBA世界ライトフライ級王座決定戦で微妙な判定があったことについて発言し、炎上したブログがありました。

 このような微妙な問題に対して、あいまいな知識とノリで意見することは、その問題を真剣に考えている人たちに不快感を与えるため、炎上につながるのだと思われます。

 しかし、確固とした考えがあっての意見であれば、発言し、議論し、間違いがあれば正し、それでも正しいと思えば貫くという態度を取れば、炎上することはないと思われます。

根拠もないことで非難・侮辱したり、断言する

 あまり他人事のように言えた立場ではありませんが、民主党の永田寿康議員のガセメール事件で前原代表が強気な発言に終始していた時期に、民主党の長島昭久議員がブログで「この勝負絶対勝てる。今日初めてそう確信した。代表や野田国対委員長があくまでも強気である意味が良くわかった」と書き込みました。

 しかしこの事件は、永田議員が誤りを認めた形で終わりました。つまり、長島議員が上記のエントリーを書き込んだ時点では勝てるという根拠があいまいだったと考えられます。にも関わらず「絶対勝てる」と断言してしまったため、先のエントリーは炎上してしまいました。その翌日に長島議員が「ブログが炎上した」と追記をしたことで、より炎上が激しくなりました。

 しかし長島議員は、ブログに寄せられるコメントの意味を理解し、誤りがあると気が付いた時点で、率直に謝罪をしました。その結果批判的な意見は減少し、その後は炎上する以前よりもコメントやトラックバックの数が増え、むしろ支持者が増えたように見えます。これは炎上をプラスの方向に変えた良い例だと思います。

身分を偽ってブログを書く(素人のふりをした企業のやらせブログ)

 某電気製品メーカーが、新製品の使用感についてブログを書いていた4人の一般消費者を紹介したのですが、それを見た人達から、「素人のふりをした企業のやらせブログではないか」との疑いを持たれ、ブログのコメントにやらせである根拠や批判的な意見の書き込みが寄せられ、オープン3日で閉鎖に追い込まれたことがありました。

 企業が宣伝のためにブログを利用する際、批判的なことが書かれることを恐れるがあまりに、その企業が用意したプロのライターに、何の関係もない素人が書いたように見せかけて書かせることがあるのですが、そのようなものは、やらせであると見破られてしまうとことが多いと思います。

 その理由は、ブログの中に、商品やサービスに対する批判の記載がないことが多いためです。どんなことにも長所と短所があるはずなのに、長所だけしか書いていないようではかえってリアリティーがなく、嘘くさく見えてしまいます

 また、企業がSNSを宣伝に使おうとして反感を買った例として、SNSという双方向メディアを使っているのに、オールドメディア的な手法で一方的に情報を配信し、双方向性を拒むような対応したものがあります。これは、コミュニティーの名をかたった「1.0型」モデルの広告に過ぎず、口コミ的な広告効果を期待できるものではありません。

 例えば、仲良しのグループの中に突然、自分の意見しか言わず、人の話は一切聞かないという人が入ってきたらどでしょう? おそらく相手にされず、はじき出されるのが落ちでしょう。


(♯記事1より一部抜粋)



 ひとつめ。中傷。

 まあ書いたご本人の人格自体に問題があった気もしますが、仮に反社会的な思想などを抱いていたとしても、思想だけなら無害ですし自由です。
 しかしそれを表明するときには、誰かを傷付けることは自由ではないことを理解しなければなりません。

 当たり前ですよね(笑)。
 そんなことさえもわかっていないのなら、それこそ 『そんな罵詈雑言はチラシの裏にでも書いてろ』 と言われるのがオチです。



 2つめと3つめ。知ったかぶり…という解釈で合ってるでしょうか。
 あの微妙判定に関しては、勝利を絶賛していた某アスリートさんのブログが炎上したことが、一番記憶に残っています。

 まあ言ってしまえば、所詮は人間である以上、全ての人間は無知だと思います。
 自分がそれを動かしがたい事実だと思っていても、それが事実だというのはあくまで可能性に過ぎません

 自説が事実でない可能性は、相手が事実だと思っていることが、本当はそうではない可能性と等価です。
 それを 『自分が絶対に正しくて相手が間違っている』 と言い出すと、正しいことを言っているつもりでも、単に視野の狭さを表すだけになってしまいます(汗)。

 事実だと思うことを断言してはいけないというよりは、他の可能性を指摘されたらそれを(自分の知識だけで)否定しないという方向の方が、表現の自由に則した考え方となるでしょうね。



 4つめ。やらせ。

 まあ某ボクシング選手が所属するジムの掲示板でも、やらせ疑惑が取り沙汰されていたわけですが。
 それはともかく、例え本当に寄せられた意見から抜粋したという方法であったとしても、つまりはやらせでなかったとしても、ヨイショ記事ばかりが並ぶと誰も信じないことは、わかっておいた方がいい気がします。

 もっとはっきり言えば――、そう、アレです。
 一部雑誌の裏表紙に広告がありますよね?

 この■■を買って以来、何もかもうまく行くようになりました!
 モテモテです!
 宝くじが当たりました!


…とかいう、アレです(笑)。
 つまり、リアルタイムで投稿が反映されない場所でヨイショ記事ばかりが並ぶと、それを書いた人には 『良い広告になる』 と思えるかもしれませんが、客観的にはそういう風↑にしか見えないのですよ。
 で、そこからさらに 『やらせ広告を出すということは(以下略)』 といった認識にまで発展しかねません。

 企業の皆さま、広告のつもりなればこそ、正直に、いろんな意見を紹介するといいと思いますよ?



 このように炎上の原因は現実の世界と同じで、人に向かって不謹慎な発言をしたり、嘘をついたことが判明すれば、誰かが傷ついたり、怒ったりするということです。

(♯記事1より一部抜粋)



 上でも書きましたが、バレないと考えるのは、例え結果的に批判や反論が来なかったとしても、間違いであるケースがあります(↓下記引用部)。
 しかもその確率は、結構高いかもしれない気さえします。

 正論なら常に堂々述べるべきですし、隠れないと言えないことならば、ウェブ上は諦めて 『チラシの裏』 で済ませるべきでしょう。
 そして自説がどれほど間違いなく正論だと思ったとしても、対立意見の否定にはよくよく慎重であるべきです。
 対立意見を否定しないことは、自説を曲げることとは全く違います。

 その辺を間違えなければ、割と大丈夫なのではないでしょうか。



 ブログは私的な日記としても使えるツールですが、読者が見えにくいため、みんなが見ていることを忘れてしまう人が多いようです。つまり、悪口を書けば、書かれた人も見ている可能性がと考えたほうが、たいていの場合正しいのです。誰にも気がつかれていないと思って書いていたブログが、実はみんな知っていたというケースを、私も何度か見たことがあります。
 (中略)
 無数のコメントを全体的にとらえて一つの総意を汲み取り「みんなの意見は案外正しい」的な感覚で真しに受け止め、正しいと思うことは貫き、間違ったことは謝罪する誠実な態度が重要だと思います。

(♯記事2より一部抜粋)



 まあ大抵は、自説を正しいと思う、その同じ強さで、他の人の意見も正しいのだと考えるとうまくいくかと思います。
 『うまく』 というのは炎上する/しないの話に限ったことではなくて、思想をさらに高みに向かわせるステップとしての広い視野を得やすくなるという意味です。



 炎上するきっかけとなる、あるいは炎上中に更に炎上を拡大させる行為や情報が出してしまうことを「燃料投下」と呼ぶことがあります。ブログ本文によるものだけでなく、特定のコメントにブログの管理者がむきになって反論したり、挑戦的な発言をすることで燃料投下となることもあります。

 先日、楽天証券の社員が、Wikipediaに書かれた自社に不利な情報を削除した、というニュースがありました(関連記事参照)。これは事件発覚から早い段階で謝罪を出したことにより、大事には至りませんでしたが、もし謝罪など対応がなかったならば強力な燃料投下として、関係各所で炎上を起こしていたでしょう。

 (中略)
 これほどの事典が、市民のボランティアによって民主的に形成されているものに対して、楽天証券の社員の行為は、公共の場を自分の都合で荒らすマナーの悪い人のようなものです。

(♯記事2より一部抜粋)



 匿名で、身分を明かさないまま自由に編集できる Wikipedia でなければその社員さんも、こんな行動は起こさなかったことでしょう。
 そして匿名でなければできない悪しき行動ならば、匿名でもその行動をするべきではなかったのです。



どんなブログでも、きっと誰かが見ていると意識する

 ネットの向こう側に人がいることを忘れて、非常識な発言をしてしまう人がいます。ブログで書くことは、目の前に当事者がいたとしても発言できる自信があるものにしましょう

誤りがあったらすぐに謝罪

 炎上しても早い段階で謝罪すれば、炎上はひどくなりません。

やらせをしない

 やらせのブログやSNSの日記は、ほとんど見透かされ、炎上につながるので、もし、やらせでも行いたい場合は、そのことを明確に宣言した上で運営しましょう。

都合が悪いことを削除しない

 自分で発言したが、都合が悪くなってしまったことや、都合の悪いコメントを削除した結果、閲覧者の反感を買い、Googleのキャッシュなどからその記載を「発掘」され、炎上につながることがあります。先に述べたように誤りがあった時には削除せずに率直に謝罪し、反対意見や批判的な意見は貴重な意見としてそのままにしておきましょう


(♯記事2より一部抜粋)



 まとめですね。
 わかりやすくて良い記事だと思います。

 そして――、



 炎上は恐れるものではありません。反社会的な行為を自慢するような書き込みは問題外ですが、自分が正しいと思うことを、炎上を恐れるあまりに発言しなくなってしまったならば、ネットの世界は危機的な状況に陥るでしょう

 現実の世界でも、人に向かってはっきり言える自信があることは、ブログやSNSで発言すべきです。その結果、反論や批判的な意見があったとしてもそれは1つの意見であり、そのことに対しての自分の意見を述べ、議論すればよいのです。

 その結果、誤りであったと気づいたことは率直に謝罪し、それでも正しいと信じることは主張するような自由な議論がそこにあることが大切だからです。そして、真しにこれらの人たちと議論し、お互いを理解できたならば、炎上は逆に、新しい支持者を大幅に増やすチャンスに変わるでしょう。


(♯記事2より一部抜粋)



 この記事を取り上げようと思ったのは、まさにこの部分↑に私が常々主張してきたことが詰まっているからです。

 反社会的思想などは自分の心のうちだけに留めるべきでしょうが、正論だと思うことまでマイノリティだからと沈黙するべきではないと思います。
 また同時に、マイノリティだからと沈黙させるべきではないというのも等価です。

 異端でない人も、異端の意見を聞くことによって、(意見が変わるという意味ではなく)さらに視野が広がるかもしれません。
 きちんと熟考された意見というのは、原則として常に有意義なのです。

 それが熟考された意見である限りは発信者、受信者いずれの立場であっても、発信を抑圧しようとするべきではないと思います。



雑記

 『ひぐらしのなく頃に祭』 のためにPS2を買おうという人には、朗報です。



 ソニー・コンピュータエンタテインメントは9月5日、「プレイステーション 2」(PS2)の新モデル「SCPH-77000」シリーズを9月15日に発売すると発表した。価格は1万6000円(税込み)で、3年ぶりの値下げとなる。

 現行機種(オープン価格)の実売価格は1万9800円程度。希望小売価格の値下げは、2003年11月に旧型を2万5000円から1万9800円に改定して以来となる。


(♯記事より一部抜粋)



 技術革新などを既存の商品のお値段にもどんどん反映させる方針は大好きなので、ソニーさんに限ったことではありませんが、この方針は守っていって欲しいものです。



 プロ野球プレイオフ。
 来期からは、セパ合同で行うことになりそうです。



 プロ野球の12球団代表者らによる実行委員会が4日、東京都内で開かれ、来季からセ、パ両リーグが同一形式のプレーオフを行うポストシーズンゲーム(PSG=仮称)の初開催を決めた。セがプレーオフ制度を実施するのは初めてで、昨年から導入されたセ、パ交流戦に次ぐ新たな試みの導入により、球界の活性化を目指す。
 この日の実行委では、争点だった交流戦の試合数は現行の36試合から12試合減となる24試合でまとまった。実行委の議長を務める豊蔵一セ・リーグ会長は「PSGをどうするかで、セとパが基本のところで合意に達しました」と話した。来季は両リーグともリーグ戦120試合と合わせ、レギュラーシーズンは144試合制で行われる。2年間暫定で実施し、問題点などを検証する。セ、パの試合数がそろうのは2003年シーズン以来。


(♯記事より一部抜粋)



 交流戦が減ってしまうのは今でもとても残念ですが、ポストシーズンゲームをセリーグも採用したこと、さらに2リーグ合同という形式を試行することなどは、大いに評価していい気がします。

 もちろんそれはベストともベターとも言えず、さらなる改善なり、場合によっては従来の形式に戻すことも必要になっていくでしょうけれど、視聴率や、そもそも中継放映自体が減っている球界衰亡の危機にあっては、向上の努力をすることそのものが非常に重要だと思っています。



 最後に、 『ホスト部』 の自称狼男なパンプキンヘッド(笑)を思い出した記事を紹介しておきます。



 「日本一どでカボチャ大会」を毎年秋、開催する香川県・小豆島で、ハロウィンの飾りなどに使う大きなカボチャを特産として育て、インターネットで通信販売する計画が進んでいる

 「オリーブだけでなく、ハロウィンの島にも」と、来年の出荷に向けた試験栽培もまずまず。大会実行委員会のメンバーは、カボチャのように大きな夢を膨らませている。

 米・国際カボチャ協会が認定する国内唯一の大会で、20回目の今年は24日に開く。これまで島では大会に向けた“作品”の栽培だけで、売り物はなく、終わると処分するなどしていた。

 しかし、カボチャのお化けの仮装や飾りで、子どもらが楽しむ米国のハロウィンが、日本各地でもイベントとしてブームになり始め、この数年で「販売していないのか」と問い合わせが相次ぐようになった。

 実行委は「巨大カボチャ栽培のノウハウで、島おこしを」と、5月から試験的に栽培を開始。直径40センチほどになったアトランティック・ジャイアントと、少し小ぶりで本場のハロウィンで使われる2種、60株が順調に育っている。来年からメンバー40人で本格生産しネット通販に乗り出す。


http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060905i407.htm
YOMIURI ONLINE さんは記事へのリンク禁止なので、アドレス表記と抜粋に留めます。

 大判の写真はこちら。
http://www.yomiuri.co.jp/zoom/MM20060905143608317M0.htm



 写真のものは、本当に凄い大きさですね。

 やや楕円というより下方向が大きい、潰れたような形になっているのは、やはり自重が重すぎるからでしょうか?
 実物を見てみたい気もします。


natsu_ki00 at 22:53│Comments(6)TrackBack(0)clip!ブログ | 雑記

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この記事へのコメント

1. Posted by كاتو   2006年09月06日 03:32
こんばんは。前回はお初にも関わらず「初めまして」を書かずにすみませんでした。

>炎上
私のサイトも今迄何度か荒らされたことがありましたが、手が付けられなくなることはありませんでしたし、今後もそうなることはないという、ほぼ確信に使い自信があります。
理由は、荒されかけたら自分で祭りにしてしまうから。荒されて、当の本人がヘコむなんて馬鹿々々しい。だったら自ら祭りを盛り上げて、ギャラリーを増やし、一時的であれ、それをキラーコンテンツにしてしまうくらいが良いのです。
2. Posted by كاتو   2006年09月06日 03:32
荒す気だった輩は、いつのまにかヘコませるはずだった管理人の手によってステージに立たされ、紹介されている。こうなれば、彼がなお荒そうが、そそくさと逃げ出そうが、いずれもその滑稽な姿をワールドワイドに披露するエンターテイメントが出来上がる。
加えて、くだんの記事にもあるように、原則としてログは消さないというものを押えておけば、二度と来ません。
あまりよくない趣味だと受け取る人もいるでしょうが、毒は毒を以って制す、これは昔からの訓示なのです。
3. Posted by なっきー   2006年09月06日 06:07
5  كاتوさん、こんにちは!
 コメントありがとうございます。


>「初めまして」を書かずに〜
 あまりお気になさらないでくださいね。
 私も特にこだわってませんし。

>炎上
>私のサイトも今迄何度か荒らされたことがありましたが、
>手が付けられなくなることはありませんでしたし、今後も
>そうなることはないという、ほぼ確信に使い自信があります。
 それは凄いです。
 何て言うか、悪意/敵意を持って粘着する人というのは、同意も反論もできなくて困る感じですし…。
 と思いましたが、↓

>理由は、荒されかけたら自分で祭りにしてしまうから。
 これは面白いですね。

(続きます)
4. Posted by なっきー   2006年09月06日 06:08
>荒す気だった輩は、いつのまにかヘコませるはずだった
>管理人の手によってステージに立たされ、紹介されている。
 理に適っている気がします。
 嫌な雰囲気になってそれが管理人への形のない嫌悪になったり、自分以外が書き込む気を失くしたり、過疎化したり閉鎖したり。
 そういう末路を見たいのでしょうから、逆に自分が何か書くたびに盛り上がられては、次の手に困るのかもしれませんね。

>原則としてログは消さないというものを押えておけば、
>二度と来ません。
 なるほど、それはそうですね(笑)。

>毒は毒を以って制す、これは昔からの訓示なのです。
 面白いですし、効果は高そうですね。
 ただ、何かあったときに私にもできるかというと、ちょっと難しいかも…(汗)。
5. Posted by ユキ   2006年09月06日 18:41
5 やあ、久しぶり!!元気にしてたかい?僕だよ、富竹。
ついに死亡率100%を下回った富竹さっ!!!

>>ブログ炎上
えっと…ぶろぐ…っていうのかい?何だかよく分からないなぁ、すまないね
でも炎上って付いてるぐらいだから……もしかして雛見沢絡みかい?弱ったなぁ……ついでに僕まで死んでしまいそうだよ

>>某ボクシング選手
よく知っているよ(笑)
本当によく出来たコントだよね、尊敬するよ
ところでダウンした瞬間を写していたんだけど見てみるかい?


>>ひぐらしのなく頃に祭
いやあ…もう、あと三ヶ月で発売だね
とても嬉しいけど、僕、新シナリオでもまた時報代わりなのかな?
いやいや、人気者はつらいよ…ホント
咽掻きむしるのはちょっと痛いから遠慮したいんだけどなぁ……

>>カボチャ
うん、決めたよ
今度はこれで撲殺してくれな…ドガッ(何かが当たった音)
6. Posted by なっきー   2006年09月06日 23:16
 ユキさん、こんばんは!
 コメントありがとうございます。


>>ブログ炎上
>ついでに僕まで死んでしまいそうだよ
 悪いことをするとうぇぶ上で虐められて、かぁいそかぁいそなのです。
 反省してるなら赦してあげて欲しいのです。
 にぱ〜〜☆ 川 ⌒ヮ⌒)|

>>某ボクシング選手
>本当によく出来たコントだよね、尊敬するよ
 ボクにはまだ、運動かコントかよくわかりませんです。
 どちらかちゃんと言わないから、どちらからも虐められるのではないのですか?

>>ひぐらしのなく頃に祭
>僕、新シナリオでもまた時報代わりなのかな?
 ボクの顔が何だか別人みたいなのですよ。
 でも未来の可能性が増えるのはよいことなのです。
 楽しみなのです!

>>カボチャ
>今度はこれで撲殺してくれな…ドガッ(何かが当たった音)
 でもきっと、最後にはやっぱり喉を引っ掻いてると思うのです。
 かぁいそかぁいそなのです。

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