自分宿題にしている、水サインについての考察を少ししてみたいと思います。

わたしは西洋占星術の場だと、
太陽、金星、水星が、蟹座で水サインなので「やさしい人ですね」と読まれることが
多いです。
しかも、太陽・金星の合には、MC魚座と海王星蠍座で、水のグランドトラインが
できていて、水星は2ハウスにあるので、「そのやさしさ」が職業となります、
という読みを何度も何度もされてきました。

そのたびに、わたしは、
「わたしはほんとうはやさしくないけれど、やさしさが看板で、それが商売道具なら
まあ、そういうことでやっていこう」と、曖昧に笑っていました。

あなたは実は、こういう人ですねというのは、月のサインで読むほうが
当てモノ的に説得力があるのですが、月で人となりを推察するには、
わたしの水サインたちは過剰で目立ちすぎた。

でも、水サイン「やさしい」の言説について、
わたしはいつも、ほんとかよ?と思ってはいたのです。
自分の月が乙女座なので、しかもネイタルの月にはハードアスペクトがひとつしか
ないので、この件について語る機会を逸し続けてきました。
「これは私固有の感覚の説明であって、水サイン・トライン」の説明には
当てはまらないのではないだろうか?と。

でも、事例にあれこれ当たっていくと、目につくのが
「水サイントライン持ち」の人間関係のトラブルです。

「水サイン」の性質は、くっつくです。
たしかに、乾いた喉にはやさしいし、ひび割れた大地にはしっとりとしみこむ。

他の誰かと心が通ったような瞬間、
この世界にわたしはひとりぼっちではないということを信じられるという「共感」。
涙や汗や鼻水を流し、そうだったのかと触れ合う気持ち。
必要な場所に適度であれば、水はやさしいし、やさしいというより必要不可欠。
つまり、やさしく働くこともあるよね、ということで、

水の性質そのものは「やさしさ」ではない。
「共感してくっつく」です。

なぜに「水サイントライン持ち」の人間関係はトラブルが目立つのか。
それは「時代」です。

交通のインフラが整い、一般の人でも世界中、自由にあちこちに行き来するように
なりました。
通信の革命もあって、遠く離れた場所の人とも交流を持つようになります。
しかも短期間に大量です。

こういうあわただしく多様化した環境の中では「素直にくっついて共感する」という持ち味が、
やさしさというより、距離感のつかめなさに転化してしまう場合があるのです。

一生同じ町で過ごし、嫁いでも隣町程度の狭い地域の一定の人間関係の中では、
水サインのトラインは、「やさしさ」として有効です。
というか、有効以外に使い道がない。
「あの子はいい子だ。人の気持ちを素直に受け入れ、そして気遣いができる」
多少のアレコレは置いておいて、慣れ親しんでいるのだからと、共感共鳴することで、くっついていく。

トラインというアスペクトは、特に矛盾なく「あたりまえ」の
心地よい心理状態を作るので、自分の感覚が違うのでは?とか、
別の方向の正義があるということを、頭では理解しているけれど、
心理面での共感ができません。
水のサインのトラインは、心理面での共感こそがその存在意義の全てなので、
自分の持つ感覚と共感が得られなかった場合は、
自分に否はなく、相手のせいです、ということになります。
特に、月や金星の女性天体が絡むとその傾向が顕著ですね。
風のサインの強い人からみると、ええええーーーっ?という感覚だと
思うのですが、もちろんトライン型の人は、争いはいけないし考えもつかないことなので、
絶対にけんか腰にこそならず、しかし「ほんとうにそうなのでしょうか?」と
とても丁寧に感じよく、自分の感覚を見直したり、修正を試みることはしません。
(ああ、これはまさに自分のことだなあ)

小さな集団の中、親しく近しい間柄であれば、
「考えあっての発言なのだ」と理解してもらえますが、
職場や一般的な交際の中だと、なぜこちらにはこちらの事情や考え方が
あるのだということを、予想してたちまわることができないのだ?と
驚かれてしまいます。
一般の付き合いの中では、ひとつひとつ共感していると、
あらゆることが限定され息苦しくなることが多いはずです。
共感より先に進めなくてはいけない事案があり、
多様な考え方の人がいるのだという事実を無視して、現代の社会生活は営めないというのが現実です。

本人がしまった!とは考えるべくもない「善意」は、
大雨で増水して氾濫する洪水のような結果を巻き起こしたりします。
なぜなら世間の一般的な常識とシンクロするのが、水サインのトラインの感覚。
「これはわたし個人の意見ではなく、世間一般からみての常識だ!」という
感覚に支えられた発言ほど、現実対処に役立たないものだというのは、
もうみなさん、ご存知ですよね?
世間一般というのは、水のもつ感情共鳴作用でくっついたものです。

共感を原則におくと、反対意見や事象がまとまらないことへの
犯人探しが始まります。
犯人がいれば、自分の善意の言動を曲げたりひっこめたりする必要がないからです。
自分以外の誰かのせいです、というところで終了する。
曲げたり引っ込めたりは、トラインの仕事ではなく、スクエアの仕事ですよね。
そんな誰かのせいにして、わたしは悪くないのですというのはもったいないので
自分でなんとかしていこうよ!というのは、バイタリティのあるハード持ちさんの感覚なので、
逆にその感覚をソフト持ちさんに対して振り回さないように気をつけなければ!と
考えます。

なので、水のトライン、やさしくて運がいいです♪という読みは間違ってはいないのだけど、
今の時代では、対人関係で誤解されることが多いかもしれません
(天体とハウスにもよりますが)と、付け加えて考えるようにします。

共感なきものは「敵」になるという、水サイン特有の不安定さについては、
「水サイン」を個人天体(月、水星、金星、太陽)で持つ本人と
それにつきあう周辺の人は、
いつも心のどこかに入れておいたほうがいいでしょうね。

現代を個人の力でしっかりと生きるのに、ハードアスペクトは必須です、という
読み方を今はしますよね。
でも少し昔は「矛盾が多く浮かばれないことが多い」という読み方が主流でした。

時代によって、いろいろ考えることはあるのです。