2009年03月11日

ばしょうぶ その9 卒業です。

ばしょうぶ
その9
卒業です



 お正月の一件から二ヶ月以上が経ちました。センパイは無事に大学受験を合格されたということを風の噂で聞きました。おめでとうございます、センパイ。
 ただ、センパイとはもうずっとお会いしていません。きっとセンパイは私のことを恨んでいます。お正月でのこともそうですが、私が一方的に退部してしまったせいで、センパイが苦労して築き上げた芭蕉部もこれで廃部になってしまうからです。

 ホームルームを終え、放課になっても、私は席から立ち上がることができませんでした。いつの間にかクラスメイトたちは、一人また一人と教室から姿を消してしまいます。そしていつしか、一人ぼっちになっていました。

 センパイの心境を思います。私がいない宿直室で、センパイも一人、毎日毎日部活動を続けているのでしょう。考えてみれば、私が入部するまではそうだったのです。一度は孤独から脱出したはずのに、再び孤独へ戻る。

 コホンと咳払いをします。
「日は永く 何処へ帰るや影法師」
 なんと、唐突に一句詠んでしまいました。
 でも……。
 私はしゅんと肩を落とします。私はもう芭蕉部員じゃないんです。句を詠んでも発表する場がないではありませんか。

「そんなに気を落とすことはないさ」
 突然、ドアのほうから声が聞こえ、私は振り返りました。そこに立っていたのは――。
「センパイ!」
 ガッチリと腕を組み、どこからか吹いてくる風に長い髪の毛をたなびかせたセンパイその人だったのです。

「あの日以来、君を芭蕉部に連れ戻すために、放課後になったら毎日この教室を訪ねていたのさ」
 そういえば、友達が不審人物を見たと言っていたような気がします。「ただ、どうしても声をかけることができなくてね。しかたなく、君が芭蕉部に戻りたいと言い出すのを待つことにしたんだ」
 無断で教室に足を踏み入れたセンパイが、ゆっくりと私のもとへ歩み寄ってきました。

「センパイ……」
「今、君が詠んだ句を聞かせてやるんだ。もちろん、僕にじゃなくて、春の新入部員たちにね」
 センパイの眼鏡がキラリと光りました。新入部員なんかが本当に来るのかどうかは定かではありませんが、私の胸は感動で打ち震えてしまいました。

「センパイ!」 
 私は立ち上がって敬礼しました。「私はセンパイの後を継ぎ、芭蕉部の新部長として、青春を棒に振る決意に満ち溢れています!」
「うむ」
 センパイが頷きます。
「最後に……」
 一度、言葉を詰まらせ、それから言い直しました。「後続の部員たちにセンパイの偉業を伝えるため、最後にセンパイの句を聞かせてください」

 センパイはファサーと髪をかき上げました。気をつけです。
「残り香を持ちて卒業 悔いはなし」
 センパイ……。
 私はセンパイにこっそりキスをしました。
 恥ずかったので、キスをしたのは私の影法師です。
 
 去っていくセンパイの後ろ姿に呼びかけます。

 センパイ。
 いつまでも、センパイはセンパイのままでいてください><


 ばしょうぶ 完

  


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