悩める先生、保護者へ

なちゅらるばらんすは、教師塾、子育て塾です。 子どもを変えることはできません。 しかし、自分を変えることはできます。 自分が変われば、子どもは変わります。

おねしょ

 子どもがおねしょをするときと、しないとき、何が違うのか?
 寝る前に水分をとり過ぎているのか?
 
 孫のおねしょについて質問されました。
 精神的なものからきているので、水分をとったか、とってないかとは関係ありません。
 満足得られていないことがあるのではないですか?
 妹にお母さんを独占されていないか尋ねてみると、お母さんのとりあいをよくしているということでした。
 自分が保育園に行っている間、お母さんを独占してるから、僕に譲ってって、1歳の妹に訴えているけど、理解してないのか、聞いてもらえないということでした。
 そういえば、自分の3人の子どもの時も、真ん中の子がいちばん早くおむつがとれたのに、おねしょがいちばん多かったと思い出されていました。
 自分の言いたいことを言えずに我慢している子だったのでは?と聞くと、何も言わない育てやすい子だったと返事がありました。

 言いたいこと言わないまま大人になったので、今もどう扱っていいかわからず、いちばん気を使う子になっている。

 おねしょしたときは、何か我慢しているというサインだと思って、お母さんに甘えさせてあげるようにしてみてはどうですかという話をしました。

 子どもの行動には、意味があります。
 何かのサインを発しています。
 それを怒ったりすると、自分の殻にこもってしまうこともあります。
 おねしょをしたときは、甘え足りないサインです。




 

テストになると、なぜできない?

 教師になって、2年目、ある疑問がありました。
 学習指導要領がかわり、個性を重視する教育になった子たちを教えていて、 感じたことです。
 先輩の先生の話では、急に生徒が変わって、やりにくくなったそうです。

 私の疑問は、授業ではできるのに、テストになるとできなくなるのはなぜか?
 学習指導要領の改訂とは、関係ありませんでしたが、その頃の子どもたちから、今までの子どもと大きく変わったことがありました。
 それは、ビデオです。
 それ以前もビデオはあったのですが、番組を録画して見たり、ビデオを買ってもらったりするようになった頃でした。
 私たちの頃は、絵本を読んでもらうところから始まりました。
 そのうち、自分でも読めるようになり、文字から判断していました。
 しかし、ビデオが普及するようになり、映像を見ながら、耳から入ってくる情報で判断するようになります。
 授業では、耳で聞いて、問題を解いていきます。
 しかし、テストでは、同じことをしていても目で判断しなければいけません。
 多くの生徒が、これどういうことですか?と質問する。
 書いてあることをそのまま読むと理解できる。
 情報の処理の仕方が違うのです。
 それ以後、目から文字として入ってきた情報を処理しづらい子が多いです。
 
 小さい頃に、絵本を読んでもらうって大事なことだと思います。
 自分で声に出して読んでみればわかるのですが、不思議な現象です。
 小さい頃から、本を読むってことをおすすめしています。


  

子どもに考えさせていますか?

 塾に体験にこられた親子を見ていると、子どもに質問すると、お母さんが先に全部答えてしまうということが多いです。
 ほとんどかもしれません。
  
 発達障がいの診断を受けた子も、子どもが考える前にお母さんが全部答えていました。
 そして、「この子は考えて行動できないんです」というのです。
 教師にもこのタイプが多いです。

 自分で考えることをやっていけば何の問題もありませんでした。
 待つということができない大人が多いのかもしれません。
 考える時間を作り、待っていると、考えられるようになっていきます。
 大人が正解を決めている場合が多いので、最初は、これであっているのかどうか、間違ったら怒られるのではないか、と考えて答えられない子が多いです。
 おそるおそる答えて、何も言われないというのがわかると、自分の意見を言うようになります。
 失敗しないように、大人が子どもを管理するのではなく、失敗から学ぶことも多いので、失敗して、何で失敗したか考え、修正するということは、子どもにとって大事なことです。
 お母さんにお願いして、先に指示して失敗しないようにするのではなく、失敗するのも見守ってあげてほしいとお願いして、実際にやってみたら、自分で考えて行動できるようになりました、と報告を受けました。
 できないのではなく、やってないからです。
 学校でも、特別支援教育が定着し、すべて先生の指示通りにするというスタイルに変わってきました。
 今の高校生、大学生ぐらいから、小学校から手厚い指導を受けている子たちです。
 高校生を教えていて、自分で考えられず、指示してもらえるまでポカンと待っている子ばかりです。
 それでも、徹底して指示せず、考えて行動するようにすると、みんなできるようになります。
 自主的に動けるように、こちらからあてたりせず、自主的に発表させていきます。
 とくに、数学は考える学問です。
 考えず、暗記教育で今まできているので、積み上げ教育ができないのです。
 でも、考えるようにすると、今まで習ったことを使って、解けるようになっていきます。
 小学校からつまづいた子でも、問題の中にでてきたときに、分数の計算、小数の計算を教えると、できるようになります。
 今の子は、基礎学力がついてないから、ベネッセのドリル形式の教材をやらせていますが、ドリルでやるとできなかったものが、必要なときに教えていくと計算ができるようになりました。
 暗記させるのではなく、質問をさせるようにして、考える授業をすると、驚くほど力がつきます。

 あまり質問して答えてもらうという経験がないのか、やっていくうちに、水を得た魚のように、生き生きと問題に取り組んでいきます。


 これから、暗記教育のドリル詰め込み教育からアクティブラーニングに変わっていきます。
 考えることが苦手な日本人。
 大人がドリル詰め込み教育を受けているので、考えることが苦手なのだと思います。
 なぜ?、どうして?と聞く子どもは、苦手なんだと思います。
 まず大人が、ただ教えられた通りに動くのではなく、いろんなことに疑問を持つところから始めないといけないのかもしれません。
 
 でも、自分にできれば、子どもにもできます。
 


 

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子どもの声は天使の声?

 子どもの声は天使の声でしょうか?

 少し前までは、そうだったかもしれません。
 しかし、子どもの泣き声、笑っている声ですら、凶器になりそうです。
 どうしてでしょうか?
 大人のストレスを、感じているからです。
 声がイライラとした甲高い声なのです。
 教師も、イライラした声で甲高い人が多くなってきました。
 感性の鋭い子は、その声がダメで授業に出られなかったり、登校できなくなる子が多いです。
 イヤフォンをしている子は、先生の声を聞くと気分が悪くなるからというのがほとんどです。
 甲高い声で話すクラスメイトの声もダメという子もいます。
 
 何にも考えられなくなってしまいます。
 
 最近、近くに幼稚園や保育園があると騒音だと、嫌う人が多く、事件になっていることもあります。
 のびのびと教育されているとそんなこともないのでしょうが、ストレスいっぱいのキンキン声が、周りの住民を不快にしているのだと思います。
 まずは、教師が楽しまないと、子どもたちもストレスを感じ甲高い声になってしまいます。

 近所はほとんど高齢者が住んでいます。
 週末になると、お孫さんが遊びに来ていますが、甲高い泣き叫ぶ声がずっとしています。
 どこのお宅も、ストレスいっぱいなんだと思います。
 自分たちのストレスを感じて泣いている子どもの声を聞いて、不快に感じて子どもに暴力をふるったり、殺してしまったり。
 大人が、楽しめば、子どもも落ち着き、天使の声に戻っていきます。


  

無限の可能性

 子どもには、無限の可能性があります。
 親や教師が、限界を作っているのかもしれません。
 限界を作らないと、子どもはどんどん成長します。
 どんどん伸びていきます。
 
 私たち大人も、これで完成ではないのです。
 自分たちもまだまだ成長できるのです。
 子どもたちと一緒に成長できます。
 だから人生はおもしろいのです。
 これで終わりというのがあれば、おもしろくないと思うのです。
 限界を作らなければ、おもしろいように子どもたちは成長していきます。
  

うまくやろうと思わなくてもいい

 親として、教員として、完璧にこなすということは、できないのではないかと思います。
 完璧にできると思っているのは、傲慢かもしれません。

 最初から何もかも完璧にこなすことはできないと思います。
 いろんな失敗を繰り返して、学んでいくのだと思います。

 私も、今までたくさんの生徒と関わってきました。
 試行錯誤しながら、子どもたちからいろんなことを学びながらやってきました。
 今から思うと、教師としての自信がなかったから良かったと思います。
 何もできないと思っていたから、子どもたちに体当たりでやってこれたかもしれません。
 最初に勤めた中学校の校長先生に、校長室に呼ばれて「お前ら女が、会社勤めしたらお茶汲みとコピーぐらいしかやらせてもらいないのに、学校に勤めたから一人前のように、仕事をさせてもらいるんや」と言われました。
 かなりの差別発言で、腹を立てたのを覚えています。
 こんなこと言う先生もいるから、クソッと思って頑張れたのかもしれません。
 でも、1年目から何もわからず授業をまかされているのだから、この一言で、学んだことも多かったです。
 2年目に勤めた中学校では、学年主任の代わりで、名前だけ学年主任がいたのですが、仕事はやるように言われました。
 教頭先生に相談すると、フォローするからやってみていいと言われ、学年通信を書いたり、学年運営の段取りまではさせていただきました。
 生徒にも、同僚の先生にも恵まれ、いろんなことを教えていただき、毎日が楽しかったです。
 生徒に恵まれたというのは、普通の逆かもしれませんが、暴れる子もいたり、いろんな生徒と関わり、いろんなことを生徒から教わりました。

 保護者の方からもいろいろと教えていただきました。
 今でいうクレーマー、2年目の中学校で出会いました。
 そのときの校長先生も、その保護者に自宅の電話番号を教えると言う、とんでもない校長先生で、いきなり家に電話がかかってきてびっくりしましたが、逆に家でじっくり電話で話せて、私にとっては学びがありました。

 
 いろんな失敗があって、今の自分が作られていると思います。
 うまくやろうと思わないほうが、うまくいくのです。

 教育は、共育だなと思います。









  

良い子は放置?

 手のかかる子と比べ、よい子は放っておいても大丈夫だと思っていませんか?
 そして、過度のプレッシャーを与えていませんか?

 これからは、よい子が壊れてきます。
 子どものうちに、症状がでればいいのかもしれませんが、大人になって何か挫折したとき、できない自分が許せず、自殺したり、薬物や性犯罪にいってしまうかもしれません。

 よい子は、甘え上手ではありません。
 何か困っていても、できない自分を見せることができません。
 教師や親の期待に応えようとします。
 できないとか、どうしたらいいのか、聞くことができません。
 できて当たり前と思われているし、プライドが邪魔をして、自分から聞くことができません。

 不登校になったり、何か行動で意思表示できる子はいいのです。
 でも、何もできず、明るく振る舞っていた子が自殺してしまうかもしれません。

 特に、兄弟に手のかかる子がいる場合は、注意が必要です。
 親に気を使って、我慢してしまいます。
 この子は大丈夫と思わず、1日のうちで少しの時間でいいので、甘えさせてあげましょう。







 
 

子どもを通して見えるもの

 子どもを見て、何を感じますか?
 自分の子ども、生徒に対して感じることは何ですか?

 それが自分に対して思っていることなんです。
 子どものいいところが見える人は、自己否定心の少ない人です。
 子どもの嫌だ、悪いと思うところは、自分の嫌いなところなのです。
 子どもに限ることではありませんが、人は自分の鏡なのです。
 自分自身を映し出しているものなのです。

 まずは、自分の嫌なところを受け入れることです。
 嫌っているから、いつまでたっても自分の中に居続けるのです。
 そんな自分も受け入れてしまえば、気にならなくなるし、いつのまにか克服していることも多いのです。
 
 子どもは自分の鏡です。
 自分と向き合えば、子どもは変わります。 





思い通りになっている!?

 子どもは、大人の思った通りに育っています。

 親や教師が、子どもは難しいと思っていたら、難しい子になります。
 難しいと思って教えると、子どもも難しいと思ってしまいます。
 簡単だと思って教えると、子どもも簡単だと言います。

 私は、知的障害児の数学を担当したとき、中学2年生の男子でしたが、小学校の算数をやっていたのですが、とくに問題もなくスラスラ解いていくので、進んでいきました。
 すると、担任の先生から、「あんなに何回教えてもできなかった割り算を解いているんですけど、どうやって教えたのですか?前は、問題を見せただけで怒り出したりして大変だったのに、楽しそうに解いてるんです。」と言われました。

 私は、特別に工夫したわけでもありません。
 たぶん、この子は知的障害児だからできないと思って教えてないからだと思います。
 かんたんとか、できると思っていたので、かんたんだと言いながらやっていたのだと思います。
 高校生を教えていても、小学校の算数からつまづいて、数学なんてできないと言いきっていた子が、微分や積分の問題をかんたんと言って解いているのも、かんたんだと思って教えているからだと思います。
 自分はできないと思いこんでいるので、その洗脳が解ければ、できるようになるのです。
 積分の問題を解いていると、分数の計算がでてくるので、分数の足し算、引き算も教えながらやっていると、小学校から一度もできなかった分数の計算を解けるようにもなっています。

 子どもは、思った通りに育っているのです。
 教師が、学校は楽しくないと思って教えていれば、学校は楽しくないと同じような顔をしていると思います。
 授業をしていて生徒を見ていると、担任の精神状態がわかります。
 性格まで似ますから、直接関わらなくても、担任の性格も見えてきます。
 保護者も見えてきます。

 発達障がい児もたくさん関わってきました。
 小学生から高校生まで。
 みんな何の問題もなくなっていきました。
 大人の思いが変われば、子どもは変わります。
 

まじめな人が危ない!

 まじめな人の方が危ないのです。
 手を抜くことができない、すべてを完璧にこなそうと思っている人は、何か1つでもできないことがあると、自分を責めます。
 1つできないと、また1つとできないことが増えてきます。
 
 教師でも、親でも、まじめな人が危ないのです。
 ネグレクト、不登校の家庭に訪問し、お母さんとお話ししていると、まじめな方ばかりです。
 1つ何かできないことがあったら、自分を責め、自己否定心が大きくなります。
 自己否定心があると、人はどんどん動けなくなります。
 毎日きちんとこなしてきたことを、ある日を境にどんどんできなくなっていきます。
 責められていなくても、できない自分を責められていると思い、どんどん追いつめられていきます。
 そして、精神的に病んでしまって、精神科に通うようになってしまう。
 病院で処方された薬を飲むと、ますます何もすることができなくなり、どんどん病んでいき、薬もどんどん増えていきます。
 薬の影響もあり、ますます被害妄想も強くなっていきます。

 先生や児相の方が家庭訪問されると、責められていると思い、ますます追いつめられていきます。

 教師も同じです。
 保護者とトラブルになったり、学級崩壊したりする先生とお話しすると、やはりまじめなのです。
 自己否定心が強く、まわりの先生のことばが自分を責めているように聞こえるのです。
 話すのがこわくなり、自己防衛心から何も聞けなくなります。

 
 どうすればいいのか?
 何かこちらから話すのは、全部責められていると感じるので、とにかく話を聞きます。
 答えを求めているような話でも、答えを求めているわけではないのです。
 ただうなずいているだけで安心するのです。
 そして、自分の思いを話しているうちに、自分のやりたいことがわかり、自分で解決していきます。
 みんな答えは自分の中にあるのです。
 それを引き出すお手伝いをするだけでいいのです。 
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