2007年09月06日

渡り鳥とラジカル

渡り鳥は、遥かな地への旅を一生のあいだ続けます。人間には想像することさえ難しい距離を自分の力だけで移動する様子は、昔から多くの人を魅了してきました。精力的な研究は昔から続いているのですが、渡り鳥に関しては未だに分からないことが沢山あります。鳥がどのようにして方角の情報を得るかと言う問題も決着はついていません。しかし最近の研究成果から、想像以上に複雑で洗練されたナビゲーションシステムが渡り鳥に搭載されていることが明らかになりつつあります。

方角を感知するためのメカニズムとして、真っ先に思い浮かぶのはコンパスでしょう。地球には常に同じ方向を向いている地磁気がありますので、これを基準に方角を決めれば良いわけです。コンパスは自由に方向を変えるこのとできる小さな磁石ですが、これが生体内にも存在するのでしょうか?

渡り鳥でこのようなコンパスの可能性が報告されたのは1984年のことです。目の間の器官で見つかった微小な磁鉄鉱がコンパスの用に動いて方角を感知することができると考えられました。これはシンプルで分かりやすい考え方でした。

ところが、この理論では説明できない現象がいくつも報告されました。コンパスの針にはN極とS極があります。つまり地磁気に対する相対角度だけでなく極も分かりますが、渡り鳥は絶対的な方角は見分けられず磁場に対する角度しか感知できませんでした。また、コンパスの針だけでは磁場の強度に関する情報は得られないのですが、渡り鳥は磁場の強度に対して非常に感受性があります。そして決定的な実験結果として、渡り鳥の方角検知には青色の光が必要なことが分かりました。磁場と光を結びつけるにはどんな理論が必要でしょうか?

最近になって地磁気を感知するための新しい仮説が提唱されました。ラジカル対機構(radical-pair mechanism)と呼ばれる説です。

原子や分子の軌道は、電子が2つずつ入ることで安定します。しかし何らかの原因で軌道に電子が1つしか存在しない場合があります。これを不対電子と呼びます。また、電子の量子状態としてスピンがあります。同じ軌道に入る2つの電子は必ず異なる状態のスピン(上向きと下向き)でなければなりません。

ラジカルを伴った化学反応は、外部の磁場によって反応が影響されることがあります。不対電子を持つラジカルは、いわば微小の磁石ですので、磁場による影響を受けるのです。電子の数が偶数の物質では、異なる向きのスピンが対になって存在をしているため磁石としての性質は持ちません。ですから、通常の化学反応が外部磁場の影響を受けることは殆どないのです。

ラジカルを発生させる方法の中で、光励起によるものが最も良く研究されています。ですから、渡り鳥のコンパスに光が必要だと分かったときは、「ははーん」となったわけです。

実際には、どのような物質がラジカル対機構により方向感知を担っているのでしょうか?

クリプトクロームと呼ばれるタンパク質は、網膜に存在していて、青色の光により励起されることが分かっています。クリプトクロームは、体内時計の機能に直接関わるタンパク質として研究されていたのですが、渡り鳥のコンパスの候補としても注目を集めることとなりました。このタンパク質は青色の光により励起され、ラジカル対が関係していることも分かっています。

現在考えられているのは、次の様なシナリオです。渡り鳥の網膜にあるクリプトクロームが青色の光により励起されると、タンパク質内部で電子伝達が起こり、クリプトクロームと相互作用するフラビンという物質が還元されます。さらに還元型フラビンからクリプトクロームへ電子が再伝達されるのですが、このときにはクリプトクロームとフラビンはともにラジカルになります。一連の電子伝達にラジカルが絡んでくると、地磁気が影響する余地が出てきます。つまり、クリプトクロームの活性状態に地磁気が影響する可能性があると言うことです。ある計算によれば、5ガウスの磁場でクリプトクロームの活性状態が10%程度は影響されるとの結果が出ました。地球の地磁気は0.3ガウス程度ですから、クリプトクロームの活性に生理的な影響を与えることはぎりぎり可能かもしれません。さらにクリプトクロームが網膜にあることから、クリプトクロームの活性状態が視覚情報に影響を与え、地磁気の方向を視覚的な情報として鳥が認識すると言うわけです。

鳥のラジカル対機構に対する状況証拠は増えてきましたが、証明されているとは言えません。この仮説に対する反論も当然あります。古くからある磁鉄鉱を用いた方向検知との兼ね合いも決着がついていませんし、さらに別の仮説も存在します。まさに目が離せない状況でしょう。

渡り鳥の方向検知は大変奥深い現象で、そのメカニズムに対する研究も非常に面白いものがあります。ただ、日本人の研究者が殆ど関わっていないことが少々残念です。



参考文献

Nature 309, 151 - 153 (10 May 1984); doi:10.1038/309151a0
Magnetic orientation and magnetically sensitive material in a transequatorial migratory bird
Robert C. Beason & Joan E. Nichols

Proc Biol Sci. 1996 Mar 22;263(1368):295-8.
A sensitive optically detected magnetic compass for animals.
Edmonds DT.

Nature. 2002 Oct 3;419(6906):467-70.
Lateralization of magnetic compass orientation in a migratory bird.Wiltschko W, Traudt J, Güntürkün O, Prior H, Wiltschko R.

Nature. 2004 May 13;429(6988):177-80.
Resonance effects indicate a radical-pair mechanism for avian magnetic compass.
Ritz T, Thalau P, Phillips JB, Wiltschko R, Wiltschko W.

Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Sep 28;101(39):14294-9.
Cryptochromes and neuronal-activity markers colocalize in the retina of migratory birds during magnetic orientation.
Mouritsen H, Janssen-Bienhold U, Liedvogel M, Feenders G, Stalleicken J, Dirks P, Weiler R.



2007年05月25日

科学技術と生涯教育

本題に入る前に、まず以下の問題を考えてみてください。答えはこのエントリーの最後にあります。

1. 地球の中心部は非常に高温である
2. すべての放射能は人工的に作られたものである
3. 我々が呼吸に使っている酸素は植物から作られたものである
4. 赤ちゃんが男の子になるか女の子になるかを決めるのは父親の遺伝子である
5. レーザーは音波を集中することで得られる
6. 電子の大きさは原子の大きさよりも小さい
7. 抗生物質はバクテリア同様ウイルスも殺す
8. 大陸は何万年もかけて移動しており、これからも移動するだろう
9. 現在の人類は原始的な動物種から進化したものである
10.ごく初期の人類は恐竜と同時代に生きていた
11.放射能に汚染された牛乳は沸騰させれば安全である

ちょっと古いですが、これは、2001年に文部科学省が行った「科学技術に関する意識調査」です。国際比較のためにアメリカが1999年に実施した意識調査が元祖だそうです。文部科学省のwebページにある分析を眺めていたのですが、なかなか興味深いことが分かります。

この調査は、全国の18歳以上69歳以下の無作為に抽出した男女3000人に対して行ったものだそうです。つまり子供ではなく、一般の成人に対する科学的理解度の調査です。2001年の調査では、日本人の正答率は51%で、調査対象国の中で下位の成績(15カ国中13位)でした。それにしても、正答率51%というのは、当てずっぽうで答えた場合とほぼ同じです。

まず、調査が大人に対して行われたという点が興味を引きます。最近のマスコミの報道などでは、子供の学力低下が盛んに強調されていますが、この調査結果を見る限り、教育が必要なのはむしろ大人であることが分かります。子供の学力調査の国際比較も幾つかありますが、日本を含むアジア諸国は、往々にして良い成績です。

この調査では、理解度の質問に加えて科学技術への関心度も調査しています。日本にとってより深刻な問題は、科学技術への関心度が低いと言う点です。

日本、スペイン、ポルトガルは、関心度と理解度の両方が低い国です。逆に、アメリカ、イギリス、フランスは、この両方が高い。ちょっと面白いのはギリシャで、関心度は高いのですが、理解度が低い結果になっています。なにか個別の事情が影響しているのかもしれません。

理解度の上位にあるのは科学技術がトップレベルの国々です。一般市民の科学技術の理解度と、その国の科学技術レベルには相関があるのでしょうか?この調査だけでは分かりませんが、色々と考えてみることは出来ます。

科学技術研究の最も基礎部分は、大部分が公的資金を使って行われます。つまり税金です。納税者の理解が無い限り、大きな資金を研究に投入出来ないことは容易に想像できます。納税者の科学理解度が深まり、研究費の増額に理解を示し、その研究費を使って成果を上げる、といった図式は巨視的にはあり得ると思います。

また、アメリカやイギリスの大学では、研究機関に対する寄付金が莫大な額にのぼります。例えば、ハーバード大学の収入の内訳はHarvard University Fact Bookにありますが、2005年の寄付金(Non-federal funding)は748億円($1=\120)もあるそうです。これを積み立てて運用してきた基金(Endowment)が3兆1000億円もあり、さらに2004年から2005年までの運用益だけで3900億円もあるそうです。日本とは、税制度や文化背景が違うので比較は困難ですが、これだけ多くの寄付金を集めるには学問に対する一般市民の深い理解が必要でしょう。

アメリカ人の科学的理解度の向上に一役買っているものとして、コミュニティーカレッジの存在があります。これは、2年制の公立教育機関なのですが、その地域に住む市民であれば、誰でも安価に高等教育を受けることが出来ます。コミュニティーカレッジには様々な形態がありますが、中には広大な敷地に立派な校舎を擁するキャンパスもあります。全米各地を広くカバーしていて、趣味の世界から職業訓練、一般教養まで様々な教科を提供しています。受講生も、10代から老人まで幅広く、正に生涯学習の場です。こうした質の高い生涯学習が、アメリカ人の科学技術に対する高い理解度に繋がっている面は、十分にあるでしょう。

また、もう一つの側面として、情報不足を原因とした科学技術に対するアレルギー反応が日本にはあります。例えば遺伝子組み換え作物に対する拒絶反応は、明らかに科学技術への理解不足が原因です。議論すべきは、遺伝子組み換えの技術そのものでは無く、組み換えられた遺伝子産物の安全性であるはずですが、一般の認識では、とにかく「遺伝子組み換え」と名の付くものは全て排除しようとする意見が多数を占めます。十分な情報を元に科学的議論を尽くして、それでもこの技術を排除したほうが社会のためであるとの結論に達したのであれば仕方がありません。しかし、現状の感情的な議論は社会の利益にならないどころか、不利益さえもたらします。日本が、感情的な理由でこの技術の導入に躊躇している間に、アメリカの企業はアグリバイオ市場の独占化を進めています。日本にも素晴らしいバイオ技術はたくさんあるのですが、一般からの拒絶反応とこれに基づく規制のため利益を生むことが出来ません。この分野は、21世紀のキーテクノロジーですから、ここで出遅れてしまうと経済的損失は莫大になります。これは、一般市民の科学理解度が足りないために起こった悲劇の代表例でしょう。

誰でも、自分の理解できないことには不安を覚えます。目の前に私の理解できない技術が突然現れて、魔法のような技を披露したら、恐らく不安になると思います(同時に好奇心も沸き上がると思いますが)。自分や自分の家族に対して安全が確信できないものを避けようとするのは当然です。今の状況の責任は、明らかに情報を提供する側にあります。研究者には、一般の人々が関心を持つような形で正確に情報を伝えて来られなかった責任があります。今よりもさらに科学技術の面白さを伝える努力をしなくてはなりません。アメリカのコミュニティーカレッジのようなシステムを、全国規模で導入することも必要でしょう。それに加え、最先端の科学技術の話題について一般の方々が今よりも少しだけ注意を向けて頂ければ、世の中は大きく変わるとも思います。


--------------------------------------------------------------------------------
答え
1. 地球の中心部は非常に高温である (正)
2. すべての放射能は人工的に作られたものである (誤)
3. 我々が呼吸に使っている酸素は植物から作られたものである(正)
4. 赤ちゃんが男の子になるか女の子になるかを決めるのは
父親の遺伝子である (正)
5. レーザーは音波を集中することで得られる (誤)
6. 電子の大きさは原子の大きさよりも小さい (正)
7. 抗生物質はバクテリア同様ウイルスも殺す (誤)
8. 大陸は何万年もかけて移動しており、
これからも移動するだろう (正)
9. 現在の人類は原始的な動物種から進化したものである (正)
10.ごく初期の人類は恐竜と同時代に生きていた (誤)
11.放射能に汚染された牛乳は沸騰させれば安全である (誤)

2007年05月22日

波動拳を出すエビと核融合

熱帯の海にテッポウエビというエビが生息しています。このエビがはさみを勢いよく閉じると「パチン」と音が出ます。この音は、潜水艦の通信などにも影響を与えるほど遠くにまで届きます。なぜこんなに大きな音(200dB以上)が出るのでしょうか?実は、ここに大変面白い現象が隠されていました。

参照論文1
Science 22 September 2000:Vol. 289. no. 5487, pp. 2114 - 2117
How Snapping Shrimp Snap: Through Cavitating Bubbles
M Versluis, B Schmitz, A von der Heydt, D Lohse
筆者らのWebページでデータを見ることが出来ます

先ほど、はさみを閉じる時に音が出ると書きましたが、実はこれは正確な表現ではありませんでした。参照論文1の研究では、超高速カメラと水中聴音機を使って、はさみが閉じるタイミングと音が出るタイミングとを比較しています。この実験の結果、はさみを閉じてから650マイクロ秒後に大きな音が記録されました。これはいったい何を意味しているのでしょうか?

論文に掲載されている写真をよく見ると、はさみを閉じたあと「波動拳」のようなものがはさみの先から放出されています。これはキャビテーションと呼ばれる「泡」です。エビのはさみがすごい勢いで閉じると、そこから発生した水流がとんでもない速度(時速100Km以上)に達します。ベルヌーイの法則によれば、流体の速度が速くなると流体の圧力は低下します。この時の圧力が蒸気圧を下回ると水は「沸騰」して、キャビテーションが発生します。



キャビテーションは短時間で崩壊してしまいますが、この時に発生する衝撃圧が大きな音の原因でした。

キャビテーションは、大きなエネルギーを小さな空間に閉じこめます。高速回転するスクリューの周りでキャビテーションが発生すると、金属製のスクリューに穴が開くことがあります。また、超音波でもキャビテーションが発生しますが、めがねの洗浄機などは、これをうまく利用することで汚れを落としています。

では、テッポウエビはこのキャビテーションをどのように利用しているのでしょう?テッポウエビが発生させたキャビテーションは、時速100kmで前方へ進んでいき、獲物に当たって相手を気絶させます。まさに波動拳です。



さて、この論文が発表されてから1年後に、同じ研究グループからまたもやすごい報告がありました。

参照論文2
Nature 413, 477-478 4 October 2001
Snapping shrimp make flashing bubbles
Detlef Lohse, Barbara Schmitz and Michel Versluis

なんと、テッポウエビが出す波動拳が光るというのです。

これは、ソノルミネッセンス(sonoluminescence、 sono = 音/luminescence = 発光)と呼ばれる発光現象です。現在の主流な見解では、キャビテーションが急激に収縮する時に内部の気体の温度と圧力が爆発的に上昇し、内部気体がプラズマ化して光る・・・と考えられています。このプラズマ化に必要な温度は約5000 kelvinと言われているのですが、太陽の表面温度とほぼ同じです。圧力も1000気圧程度に上昇します。

以上の事から考えると、テッポウエビが作り出すキャビテーションが光るということは、波動拳の温度が瞬間的に5000 kelvin程度まで上昇していることになります。これをまともに食らったら、獲物が気絶してしまうのも無理ないでしょう。もっとも、この温度上昇は非常に局所的で、且つ一瞬の出来事ですので、テッポウエビが辺り一面を焼き尽くすと言うことはありません。

参照論文2では、一つの波動拳から5万個程度の光子しか検出できなかったそうです。これは、高感度検出器なら検出できるレベルですが、残念がら、肉眼では暗すぎて見ることが出来ません。それにしても、ソノルミネッセンスを生物が作り出すというのは世界で初めての発見ですので、世界で最も権威のある科学雑誌の一つである「Nature」で発表されたのです。このグループの前回の報告は、科学雑誌の双璧のもう一方を成す「Science」で発表されました。大変面白い研究だと思います。

さて、先ほど、5000 kelvinは太陽の表面と同じ温度だと書きました。太陽と言えば核融合です。そうです。あなたと同じ事を考えた人達がいます。キャビテーションの中で核融合を起こしてしまおうと考えた人達がいます。

これはバブル核融合と呼ばれています。重水素を含むアセトンに超音波を当ててキャビテーションを発生させると、トリチウムや中性子が検出されたとの報告が2002年にあり、大騒ぎになりました。核融合が起こるとトリチウムや中性子が発生するからです。

全世界で、この実験の追試が行われました。しかし、現在までのところ、最初にこれを報告したグループ以外では、この現象の再現性が取れていません。ガセネタだったのでしょうか?

あるシミュレーションによると、キャビテーション内部では、一時的に温度が100万 kelvinにまで上昇するとの結果が出ました。この温度なら核融合が起きてもおかしくありません。しかし、別のシミュレーションによると、内部温度はせいぜい2万 kelvin程度だという結果になりました。この温度では核融合は無理です。

キャビテーションの内部で、実際に何が起きているかは、現在精力的に調べられています。バブル核融合は、現在のところ、大多数の専門家には受け入れられていませんが、キャビテーションの研究が進めばあるいは、という期待もあります。2万 kelvinまで達成できるのであれば、その50倍に上げることくらい何とかなりそうだと思うのは素人だからでしょうか?



nayugon at 01:09コメント(9)研究 この記事をクリップ!

2007年05月18日

黄色ブドウ球菌と国家プロジェクト

黄色ブドウ球菌(おうしょくぶどうきゅうきん)と言う病原菌がいます。肺炎や敗血症を引き起こす怖い菌なのですが、皮膚表面などにも存在する常在菌でもあります。病原菌ですので、様々な毒素を持っているのですが、その中で面白い性質を持つαーヘモリジンと言うマッシュルームのような形の毒素があります。

(参照ページ)



α-ヘモリジン(動画)

αーヘモリジンは、細胞膜などに突き刺さるかたちで筒状の複合体を作り、膜に「穴」をあけます。これが、例えば赤血球なんかに突き刺さったら大変で、細胞の中の水や、イオンが外に出ていってしまいます。穴が開いた細胞は助かりません。

この毒素をうまく応用すると、非常に精度の高い測定を行うことができるそうです。

参照論文
Joseph W. F. Robertson, Claudio G. Rodrigues, Vincent M. Stanford, Kenneth A. Rubinson, Oleg V. Krasilnikov, and John J. Kasianowicz
Single-molecule mass spectrometry in solution using a solitary nanopore
PNAS 2007 104: 8207-8211
(フリーでダウンロードできます)


まず、小さな区画の中央に人工的な膜を作ります。この膜に毒素を振りかけると膜に毒素が突き刺さって小さな穴が開きます。振りかける毒素の量を、ほんのちょびっとにしておくと、ある確率で膜上に1つだけ穴が開いた状態を作り出せます。膜で隔てられた区画を電解液で満たし、膜の片側にDNAなどの高分子を入れて電荷を掛けるとDNAが1分子ずつ穴を通過していきます。

DNA通過(動画)

DNAが穴を通過する間は電気が流れにくくなります。この時の電気の流れにくさは通過中の分子の大きさに比例しますから、電流量を量ることによって通過していく分子の大きさを1分子ずつ測定できます。

今までにも分子の質量を測る技術はありました。田中耕一さんのノーベル賞につながった質量分析計などです。これは非常にパワフルな装置なのですが、測定する分子をレーザーでイオン化して真空中を飛ばすなど、少々乱暴な事をしなければなりません。また装置も大型(軽自動車程度)です。

今回出てきた技術は、携帯電話程度の大きさですし、何よりも水溶液中で質量を測定することが出来ます。上記の論文のデータを見る限り、S/N比は一般的な質量分析計よりも優れています。まだ特殊なポリマーの実施例しか紹介されていませんが、タンパク質などの生体高分子を測れるようになれば、相当なインパクトを与えるでしょう。

DNAの塩基配列もこのような技術で解読できるかもしれません。

DNA塩基配列の解読は、原理的には30年前と同じものを今でも使っています。様々な工夫で高速化されてきましたが、原理的な限界が近ずいています。ヒトの染色体は46本あり、合計で29億塩基対あります。一回の測定で解読出来る長さはせいぜい1000塩基程度ですから、29億塩基を読むには膨大な手間とコストと時間が掛かることが想像できると思います。実際、ヒトゲノム計画で1人分のDNAを全解読するのに13年も掛かりました。総コスト(関連研究含む)は3600億円(1ドル=120円換算)とも言われてます。

現在の最新型DNA解読装置を使えば、数億円程度でヒトゲノムを解読できるそうです。格段に発展しましたが、まだ医療機関で手軽に使えるレベルではありません。

アメリカでは、1000ドル・ゲノム・プロジェクトが始動しています。ヒト1人分のDNAを1000ドル(約12万円)以内で解読する技術を開発しようとするものです。既存の技術の改良ではとても間に合わないので、全く新しいアイデアを募集して、可能性のありそうな計画に政府が大型の研究費を出します。何十もの斬新なアイデアがしのぎを削って激しい競争を繰り広げています。また、ベンチャー企業による開発も大きなウエートを占めます。

日本では、残念ながら、このような動きは限定的です。次世代DNA解読技術の開発を対象とした大型プロジェクトは日本には存在しません。このままでは、次世代型もアメリカに持って行かれるでしょう。現行世代の技術は、海外の特許でがんじがらめの状態です。これと同じ事が次世代技術にも起こりえます。

では、なぜ、次世代型DNA解読装置の開発が急がれているのでしょう?

これまでDNA解読装置は、研究機関が主な顧客でした。しかし、10万円程度でゲノムが全部読めるのであれば、全く異なる市場が創出されます。例えば癌組織からゲノムDNAを取り出して塩基配列を全解読することで、癌細胞がどの突然変異により癌化したかを特定できます。DNAの突然変異の集積が全ての癌の原因なのですが、突然変異の場所は癌によって様々なので、これを特定することが非常に重要です。オーダーメード医療と呼ばれるものですが、癌の突然変異に合わせた抗癌剤や治療方針が選択できる様になれば、癌患者の生存率は大きく向上するでしょう。遺伝子治療でDNAの変異を修復出来るようになるかもしれません。次世代DNA解読技術を起点として、癌医療は新しい時代を迎えます。

もうお気づきかもしれませんが、医療を対象にした市場は基礎研究のそれよりも圧倒的に巨大であるため、次世代DNA解読技術を独占した企業は莫大な利益を得ることができます。アメリカが官民挙げて次世代機の開発にしのぎを削るのはこのためです。

話題が横にそれてきましたが、黄色ブドウ球菌の毒素を使った測定方法も、「ナノポア」と呼ばれる技術の1つで、上記の1000ドル・ゲノム・プロジェクトには似たようなアイデアがいくつも取り入れられています。

日本のDNA解読技術は終焉を迎えつつあるのでしょうか?

私の見る限り、日本はかなり不利な状況ではありますが、まだ勝負はついていません。現時点で様々な技術が乱立しているのは決定打が無い証拠です。アイデアにはアイデアで対抗するしかありません。中央省庁が大型プロジェクトを始動しないのを嘆くのではなく、我々が役人を納得させるだけのアイデアを出さないといけないのです。もちろん、次世代DNA解読技術の国家プロジェクトを早急に立ち上げることは極めて重要ですが。



2007年05月17日

はじめまして

どうも、はじめまして。Chizと申します。アクセスして頂きまして、ありがとうございます。

私は、発明家を目指しています。世界中にblogはいっぱいありますが、ここでは、発明家を目指す人間の目から見た世の中を綴って参りたいと思います。

では、自己紹介など。

名刺には○○研究者と書かれていますが、世間一般で呼ぶところのポスドクと言う身分です。ポスドク(post-doc)は、見習いの様な身分のことでして、数年後には現在の契約が終了してしまいます。それまでに成果をたくさん上げて次の仕事を得ないと路頭に迷ってしまう、そんな不安定な身分です。

今の仕事は以前のとはずいぶん分野が違うのですが、結果的に、こちらに来て良かったと思っています。発明家に必要なのは、既存の技術をうまく組み合わせる新しい発想です。そのためには、出来るだけ広い分野を深く知らなくてはなりません。今の仕事に区切りがついたら、また違う分野にチャレンジしたいと思っています。

このブログでは、科学技術の最新の話題を分かりやすく紹介したり、科学関係のニュースの裏側などをご提供していきたいと考えています。また、皆様からのご要望などから、私の可能な範囲でお答えできたらとも思います。今後とも宜しくお付き合い下さい。

livedoor Readerに登録
RSS
livedoor Blog(ブログ)