2007年05月22日

波動拳を出すエビと核融合

熱帯の海にテッポウエビというエビが生息しています。このエビがはさみを勢いよく閉じると「パチン」と音が出ます。この音は、潜水艦の通信などにも影響を与えるほど遠くにまで届きます。なぜこんなに大きな音(200dB以上)が出るのでしょうか?実は、ここに大変面白い現象が隠されていました。

参照論文1
Science 22 September 2000:Vol. 289. no. 5487, pp. 2114 - 2117
How Snapping Shrimp Snap: Through Cavitating Bubbles
M Versluis, B Schmitz, A von der Heydt, D Lohse
筆者らのWebページでデータを見ることが出来ます

先ほど、はさみを閉じる時に音が出ると書きましたが、実はこれは正確な表現ではありませんでした。参照論文1の研究では、超高速カメラと水中聴音機を使って、はさみが閉じるタイミングと音が出るタイミングとを比較しています。この実験の結果、はさみを閉じてから650マイクロ秒後に大きな音が記録されました。これはいったい何を意味しているのでしょうか?

論文に掲載されている写真をよく見ると、はさみを閉じたあと「波動拳」のようなものがはさみの先から放出されています。これはキャビテーションと呼ばれる「泡」です。エビのはさみがすごい勢いで閉じると、そこから発生した水流がとんでもない速度(時速100Km以上)に達します。ベルヌーイの法則によれば、流体の速度が速くなると流体の圧力は低下します。この時の圧力が蒸気圧を下回ると水は「沸騰」して、キャビテーションが発生します。



キャビテーションは短時間で崩壊してしまいますが、この時に発生する衝撃圧が大きな音の原因でした。

キャビテーションは、大きなエネルギーを小さな空間に閉じこめます。高速回転するスクリューの周りでキャビテーションが発生すると、金属製のスクリューに穴が開くことがあります。また、超音波でもキャビテーションが発生しますが、めがねの洗浄機などは、これをうまく利用することで汚れを落としています。

では、テッポウエビはこのキャビテーションをどのように利用しているのでしょう?テッポウエビが発生させたキャビテーションは、時速100kmで前方へ進んでいき、獲物に当たって相手を気絶させます。まさに波動拳です。



さて、この論文が発表されてから1年後に、同じ研究グループからまたもやすごい報告がありました。

参照論文2
Nature 413, 477-478 4 October 2001
Snapping shrimp make flashing bubbles
Detlef Lohse, Barbara Schmitz and Michel Versluis

なんと、テッポウエビが出す波動拳が光るというのです。

これは、ソノルミネッセンス(sonoluminescence、 sono = 音/luminescence = 発光)と呼ばれる発光現象です。現在の主流な見解では、キャビテーションが急激に収縮する時に内部の気体の温度と圧力が爆発的に上昇し、内部気体がプラズマ化して光る・・・と考えられています。このプラズマ化に必要な温度は約5000 kelvinと言われているのですが、太陽の表面温度とほぼ同じです。圧力も1000気圧程度に上昇します。

以上の事から考えると、テッポウエビが作り出すキャビテーションが光るということは、波動拳の温度が瞬間的に5000 kelvin程度まで上昇していることになります。これをまともに食らったら、獲物が気絶してしまうのも無理ないでしょう。もっとも、この温度上昇は非常に局所的で、且つ一瞬の出来事ですので、テッポウエビが辺り一面を焼き尽くすと言うことはありません。

参照論文2では、一つの波動拳から5万個程度の光子しか検出できなかったそうです。これは、高感度検出器なら検出できるレベルですが、残念がら、肉眼では暗すぎて見ることが出来ません。それにしても、ソノルミネッセンスを生物が作り出すというのは世界で初めての発見ですので、世界で最も権威のある科学雑誌の一つである「Nature」で発表されたのです。このグループの前回の報告は、科学雑誌の双璧のもう一方を成す「Science」で発表されました。大変面白い研究だと思います。

さて、先ほど、5000 kelvinは太陽の表面と同じ温度だと書きました。太陽と言えば核融合です。そうです。あなたと同じ事を考えた人達がいます。キャビテーションの中で核融合を起こしてしまおうと考えた人達がいます。

これはバブル核融合と呼ばれています。重水素を含むアセトンに超音波を当ててキャビテーションを発生させると、トリチウムや中性子が検出されたとの報告が2002年にあり、大騒ぎになりました。核融合が起こるとトリチウムや中性子が発生するからです。

全世界で、この実験の追試が行われました。しかし、現在までのところ、最初にこれを報告したグループ以外では、この現象の再現性が取れていません。ガセネタだったのでしょうか?

あるシミュレーションによると、キャビテーション内部では、一時的に温度が100万 kelvinにまで上昇するとの結果が出ました。この温度なら核融合が起きてもおかしくありません。しかし、別のシミュレーションによると、内部温度はせいぜい2万 kelvin程度だという結果になりました。この温度では核融合は無理です。

キャビテーションの内部で、実際に何が起きているかは、現在精力的に調べられています。バブル核融合は、現在のところ、大多数の専門家には受け入れられていませんが、キャビテーションの研究が進めばあるいは、という期待もあります。2万 kelvinまで達成できるのであれば、その50倍に上げることくらい何とかなりそうだと思うのは素人だからでしょうか?



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コメント一覧

1. Posted by yoshi   2007年05月22日 09:24
非常に面白いブログだと思います。いろいろと面白いネタ(論文)を紹介してください!
2. Posted by Chiz   2007年05月22日 12:37
yoshi様、

コメントありがとうございます。これからも、面白い論文があればどんどん紹介していきたいと思います。それにしても、blogって結構時間取られますよね。実験が…。
3. Posted by yoshi   2007年05月22日 23:55
ブログは、時間が取られるし、書いたことには責任を持たなきゃいけないし・・・結構気疲れしますよね。私は自分の実名HPからブログへのリンクを貼っているので、ブログ上では匿名っぽくやっていても、実は実名モード全開なんです。そうすると、いろいろと文句を付けてくる人たちもいまして、ぇぇ・・・ポスドクをやっていた昨年には、某県の県議会で私のブログが大問題になってしまったこともありました。それで大げんかをして、職場を飛び出したような感じです。今では研究室を運営する立場になったので、書くことには相当気を付けています(それでも、学生たちには、たまにやばいこと書いているって言われますけど)。ブログって面白いですけど、怖い部分がかなりあると思っています。でもやっぱり面白いですよね〜。
4. Posted by Chiz   2007年05月23日 15:02
yoshi様、

政治的な問題に触れる時は気をつけるべきなのでしょうか。私も言いたいことがいっぱいありますから、お気持ちは分かります。文章を書くのは楽しいと思いますが、ブログを始めて1週間程度ですので、まだ深い部分は分からないです。潜在的に中毒性がありそうな気がしますので、深みに入り過ぎないようにと考えています。
5. Posted by mmryoki   2008年11月27日 02:01
はじめまして
ここで取り上げられている、2002年のバブル核融合の実験ですが、現在は完全に否定されたました

日経サイエンス2009年1月号、P13、UPDATE あの研究はその後・・・、「泡と消えたバブル核融合」

要約しますと、
 アメリカの大学の研究員が、2002年にバブル核融合を確認と発表
 2006年に先の研究者が所属する研究所の別の研究員がバブル核融合に成功したと発表
 しかし、他の研究者が実験しても確認できず、当の研究者もデータを公開しなかった
  この研究に多大な国費が支出されていたため国会議員が調査を依頼
  2007年に別の大学の研究者が最初の実験装置をそっくり再現して再実験を行ったが、核融合を確認できなかった
ということだそうです
6. Posted by 田中丈雄   2010年07月06日 16:00
5 とおりすがりです。核融合のことを素人好奇心で
見ていたら、このブログに衝突しました。
とても面白い記事です。
泡の事もすこし知りたい
と思わされました。
古典物理学の世界でも、定性的にさえ説明のつき
にくい事が多いらしいですが、
そういうのを紹介してください。このブログは
My Favoriteに入れましたから。
なお、私 はかなりのおっさんです。
7. Posted by SHOSHI   2015年11月17日 14:54
5 浜松ホトニクスの光電子増倍管で観測だ!!
8. Posted by kanazawatsuneo   2015年11月24日 16:57
5 はじめまして
65歳の爺です。(餓鬼の頃は無線小僧〜昆虫小僧です)
今はいろいろな開発製品を手がけていてもうソロソロ会社畳んで引退ですが好奇心だけは有るので、波動拳非常に気に入りました。蝦蛄のハマグリを割ってしまうハンマーパンチも凄いですよね。小さな極小の核融合って学問的には面白いのですがどの程度実用化できるのでしょう?

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