30万石の中で、1万石も禄とは家臣団の不満をくすぶらせる
取扱注意
やがて開かれた、兼続(妻夫木聡)の娘・お松(逢沢りな)との祝いの席
で、でももともとは徳川家重臣本多家の息子さんですし本日のお習字のああいう方みたいですし・・・、って事はこれ
予想よりも「直江勝吉」にスポットが当てられた回でしたねぇ
お名前も変えまして直江勝吉殿ですって!二枚目じゃないの(汗)
で、直江勝吉へ
本多政重→直江勝吉
気か?
勝吉(政重)から馬が送られ、それに対する利長の礼状ですが、宛所が「直江大○○」(直江大和守=直江勝吉)となっており、「直江勝吉」宛ての書状の現物を見るのは初めて
一万石の禄を与えられた本多政重
相変わらず、利長さんの手は難しいです
しょせん政略結婚と
…名も直江勝吉
盃に手をつけぬ政重に
と同時に“直江勝吉”と、名を改めるのだった
天地人 第44回 兼続の見つけた道
http://maxexp99.at.webry.info/200911/article_2.html
お松が毒見
本多氏のお話は一言で言うと「直江勝吉」を軸としたものでした
この頃から直江勝吉は「本多政重」と名乗ってたそうです
と改め、夜のうちに婚儀を
お互いに不器用な夫婦ではあるなぁ
天下の動きよりも
「勝吉」というのは米沢時代、景勝の「勝」の字を頂いて名乗っていた名です
ちなみにこの政重という名につい
そんななか、お松、お梅が流行病で死ぬという悲劇の直江家
済ます
本多政重が直江家の婿養子に迎えられる…
<なおえ・かつよし>
そして1604年に政重は直江家の婿養子になると「直江勝吉」と名乗ります
政重の遍歴の出発は、徳川秀忠の乳母子を殺害したというところにありましたが、その後仕えた大名が大谷吉継
取扱注意
やがて開かれた、兼続(妻夫木聡)の娘・お松(逢沢りな)との祝いの席
で、でももともとは徳川家重臣本多家の息子さんですし本日のお習字のああいう方みたいですし・・・、って事はこれ
予想よりも「直江勝吉」にスポットが当てられた回でしたねぇ
お名前も変えまして直江勝吉殿ですって!二枚目じゃないの(汗)
で、直江勝吉へ
本多政重→直江勝吉
気か?
勝吉(政重)から馬が送られ、それに対する利長の礼状ですが、宛所が「直江大○○」(直江大和守=直江勝吉)となっており、「直江勝吉」宛ての書状の現物を見るのは初めて
一万石の禄を与えられた本多政重
相変わらず、利長さんの手は難しいです
しょせん政略結婚と
…名も直江勝吉
盃に手をつけぬ政重に
と同時に“直江勝吉”と、名を改めるのだった
天地人 第44回 兼続の見つけた道
http://maxexp99.at.webry.info/200911/article_2.html
お松が毒見
本多氏のお話は一言で言うと「直江勝吉」を軸としたものでした
この頃から直江勝吉は「本多政重」と名乗ってたそうです
と改め、夜のうちに婚儀を
お互いに不器用な夫婦ではあるなぁ
天下の動きよりも
「勝吉」というのは米沢時代、景勝の「勝」の字を頂いて名乗っていた名です
ちなみにこの政重という名につい
そんななか、お松、お梅が流行病で死ぬという悲劇の直江家
済ます
本多政重が直江家の婿養子に迎えられる…
<なおえ・かつよし>
そして1604年に政重は直江家の婿養子になると「直江勝吉」と名乗ります
政重の遍歴の出発は、徳川秀忠の乳母子を殺害したというところにありましたが、その後仕えた大名が大谷吉継