March 2006

March 29, 2006

南のはての島

※諸般の事情によりネットができず、しばらくブログがストップしてしまいました。今後、過去の分もあわせて随時アップしていきたいと思います。

りぺ海りぺ島

 

 

 

 

 

 

 旅先で出会ったある人から聞いた、「タルタオという国立公園の中にある島がとてもいい」という話がずっと耳に引っかかっていた。ビザの関係で一度マレーシアに出てから再びボーダーを越え、いくつかの街をへて、さらにボートで3時間半。タイの南端、アンダマン海側のタルタオ群島の中のひとつ、リペという島にやって来た。
 細々と漁業を営んでいたこの島が、旅行者の目にとまったのはわりと最近のことらしい。自家発電機を使うため、泊まっているバンガローで電気が使えるのは夜間の数時間のみ。それでも4年前から毎年この島を訪れている人いわく「劇的な変化」だという。さらに1時間もあれば歩いて回れるほどの小さな島に山はなく、地下水が溜まらないため、隣の島の真水をパイプで引くための水道を新設。そのパイプも普通のプラスチック製のためすぐ壊れるので、しょっちゅう修理する必要があるそうだ。高まるいっぽうの人気に対して、島は急スピードで変わりつつある。これほど青くて透明な海と静かな環境をセットで味わえるのは、もしかするとあと2〜3年のうちかもしれない。

 ところで、島を通るビーチから少し中に入ると、萱葺きやトタン作りの家々が並ぶチャオレイという名の漁師の集落があって、人々の生活垣間見ることができる。ここの名物が「チャオレイケーキ」という揚げパンようなもので、散歩がてら村で唯一?と思われる食堂に寄ってみた。1個2バーツ也。手作りのカスタードクリームをちょこっとつけて頂くと、外がカリッとしたチュロスのような生地の食感とあいまって絶妙な旨さである。わらわらと群がるハエを追い払いつつ、10個あまりをものすごいスピードで完食してしまった。


March 20, 2006

バックパッカーとダイビング

 島シリーズ第3弾は、マレー半島の東沖に浮かぶプルフンティアン島。コタバルから港、港から船へと乗り継いでやって来た海は、ブルーというよりひたすら透明で、どこまで泳いでも真っ白い砂の底に光がキラキラ反射して見えるのだった。(実際の様子はフォトアルバムにアップしておきます。しかしこれは最初の1日だけで、満月で波が立って以後9日間は、普通にきれい、というレベルに戻ってしまいました。)
 野性のオオトカゲがウロウロしているこの島は、ダイビングでも割と知られた所。ポイントが近場に集まっており、ボートで気が向いた時間に潜れるので、ゆったり1日1ダイブと決めて島ライフの柱とした。ダレがちな島の滞在も、ひとつやる事があれば毎日にハリのようなものが生まれる。

 ところで、こうした島でインストラクターとして働く白人には、元or現役のバックパッカーであることが多い。世界各地を回るうち、気に入った島を見つけて住み着いた人。ある程度働いて資金がたまったのち、再び旅へ出る人…。資格があれば、旅をするうえで強力なツールとなるに違いない。が、彼らにもどうやら悩みもあるらしい。何年も旅を続けているイギリス人のアンディは、旅話をするうちに「いいなぁ、早く旅したいなぁ」とつぶやいた。この前まで1年間、日本を旅していたオージーのアンドリューは、プルフンティアンに暮らし始めて3週間。しかし、毎日ライセンス所得の生徒を教えるばかりで、数あるポイントのうち、まだ2ヶ所しか潜ったことがないらしい。「これ以上講習ばかりになるのは嫌だから、今以上の資格は(本当はすぐ取れるのに)申請しない」のだそう。
…これもまた現実。

※プルフンティアンでは何匹もカメに遭遇。見るだけで和みます。



March 13, 2006

マレーシア入国

コタバル街コタバル麺

 

 

 

 

 

 

 

 タイのビザ期限が1ヶ月なので、更新の意味も兼ねてマレーシアへ渡った。タイ側の国境の街・スンガイコーロクから橋を徒歩で渡り、イミグレーションを通過。「Welcome to Malaysia」という看板を見上げながら歩いていると、脂っぽいような甘いスパイスのようば香りがもわ〜んと鼻をついてきた。よく成田に着いた外国人が「空港が醤油くさい」と言うらしいが、多分それと同じだ。そう、ここはムスリムの国。ココナツ中心に味つけたご飯の屋台が軒を連ね、甘辛い道行く女性は皆スカーフを頭にまとっている。街を走る車も、タイに比べると幾分ボロい。全ての風景が30分前と違う。当たり前の事ではあるけど、何度やっても妙にもぞもぞした気分になる。

 国境から1時間の街・コタバルは取り立てて見所があるわけでもないが、良さそうな街なので1日滞在を延ばしてみた。散歩中に「第二次大戦博物館」なるものに遭遇したので、何となく入ってみる。展示自体は写真やパネル中心で質素な作りだが、日本軍のマレー侵攻作戦がコタバルを起点に始まったこと、当時のタイ政府が日本軍に協力(したふり)をしてマレーシアの土地を割譲されたこと、日本軍に徴用されたマレー人が“連帯責任”で上官から殴られ、腑に落ちなかった体験談など……。地域密着型の構成で、我々日本人が知らないこと、本来なら知っておくべきことが分かって、なかなか勉強になった。

 写真はマレーシアの街並みと、中華街で食べた「福建麺」なるラーメン。スープにエビのダシがたっぷり滲み出ており非常に美味。ちなみにムスリム国家のマレーシアでは豚肉&飲酒がご法度だが、中華街はこの限りでない。禁欲とは無縁のくされ仏教徒は、夜は豚足に豚バラ肉の煮込みをつまみに、ビールをちびちびと飲んだ。


March 11, 2006

コ・ランタ祭り

祭り昼準備 ランタ島滞在中、運よく地元のお祭りに遭遇した。西側のビーチから30分ほどバイクを走らせて島を横断すると、古い家並の集落「オールドタウン」に行き当たる。これがお祭りの開催地。昼間に覗いてみると、ヤシの葉でしつらえた小屋を作ったり、ステージを設営したり、料理の仕込みをしたり…。街の人々は準備に大わらわなのであった。

 

ジュース昼ジュース物

 

 

 

 

 皆がどことなくソワソワ浮き足立った街を眺め歩いていると、謎の屋台で愛想のいいお姉さんから声をかけられた。英語があまり話せないのだが、どうやらレモングラスやタマリンド、花の蕾などを煮出して作ったジュース屋台らしい。すすめられるがままに1杯、飲んでみると…。スーッとした喉越しとさわやかな香り、タイにしては控えめな甘さで、非常に上品な味。暑さにやられた体が一気にクールダウンしていくようである。「アローイ」(タイ語で“おいしい”の意味)といいつつ休憩していると、これまた手作りの餅菓子をサービスしてくれた。すると、どこからか紙とペンを持ち出し「店にタイ語の表示しかないので、英語と日本語で張り紙を書いて欲しい」というような事を頼まれた。もちろん、断る理由などない。

  どうやらこのジュースがカラダにいい事をアピールしたいらしい(と判断した)ので、宣伝文句は英語版を「Good for Health」、日本語版を「健康飲料」に決定。さっそく書き始める。…が、ペンのインクがカスカスで出ない。聞けばペンはその1本のみであるという。とはいえ新しいのを買ってくれとも言えないので、ペン先を引っこ抜いたりしながら小一時間ほど格闘したのち、何とかロゴらしきものが完成した。

ジュース屋夜祭り夜

 

 

 

 

 夜。祭りでにぎわう街を再び訪れた。串焼きの屋台、色とりどりのスイーツなどをつまみ食いしつつ、タイ風の盆踊り、タイ舞踊のステージ、漫談(もちろん内容は分からない)などを眺め歩く。そして例のジュース屋台の前を通ると…。見覚えのあるカスカスな文字を、ちゃんと目立つところに張っていてくれた。ツボの中を覗くと、ほとんど売り切れなものもある。対応に忙しそうな店の人に一言声をかけてから、ホンワカした嬉しさをかみしめつつ、宿のあるビーチへと再びバイクを走らせた。


March 09, 2006

パチもの王国

ランタサンダル ビーサンの鼻緒が切れたので、新しいのを探しにランタの街へ出かけた。みやげ物屋の一角にぶらぶら無造作にぶら下がっている、ビビッドな色と柄。…と、その中で地味だか派手だかよく分からない履物が妙に浮いて見える。そう、以前日本でもよく目にした某高級ブランド×著名アーティストの、例のコラボ柄であった。もちろん本物ではない。本物のわけがない。しかも鼻緒の部分にスパンコールなどをあしらったりして、ますますウソくさい。という訳でここはひとつ、ネタのつもりで購入してみた。200バーツの言い値を値切って、160バーツ也(1B=約3.05円)。ちなみに写真の柄のほか、例のサクランボ柄もあり、こちらはサイズ切れ。どうやらかなりの人気らしい。

“著作権”とか“ライセンス”という言葉があるが、何においても大らかなこの国においては「マイペンラーイ」(no problem)である。たとえばDVD。街の一角には必ず、カラーコピーのペラペラのパッケージをラックに山と積んだ海賊版DVDショップがある。1枚100B。しかも驚くほどの新作ばかりである。日本で公開前に出発してしまい、どうしても観たかった「ブロークバック・マウンテン」、タイの痛快ムエタイアクションの続編「マッハ2」(英語タイトルはトムヤムクン・笑)など、ヒマな時に持参のPCで観られるよう数枚購入(ただし英語字幕のみ)。かつての職業柄、良心が痛まないでもないが…。正規品を購入しようにも、どこにも売っていないので。と自分に言い訳してみる。関係者の方、この場をお借りしてお詫び申し上げます。

※後日談。サンダルは2週間ほど履いてすぐ、鼻緒がブチッと切れて使い物にならなくなった。バチが当たったのかもしれない。さらに、スニーカー(ボロボロの履き古しだけど)は盗まれ、バンコクで買った畳ソールのサンダルは表面にカビがみっしり生えた。どうも今回の旅は、「履物運」がないらしい。


March 06, 2006

ランタ島バイクトリップ

ランタビーチ どこか南の島への旅行を考えている人に、全力でおすすめしたいのがコ・ランタ(“コ”はタイ語で島の意味)。ピピから船で南に1時間半、プーケットやクラビーからも4時間くらいで行けるので、アクセスも悪くない。欧米人には人気の割に何故か日本のガイドブックには載っていないのだけど、南へ下る足がかりとして、何の期待も情報もなく立ち寄ってみた。が、結果は大当たり。長い長い白砂のビーチ沿いにバンガローが立ち並び、リラックス度はかなり高い。周辺の海を3日間ダイビングで潜り倒したり、カフェのデッキで日がな一日ダラダラ過ごしたりするうち、気づけば10日も滞在する運びとなった。

 

 

ランタバイク 旅先でバイクを借りて、ウロウロ走り回るのは本当に楽しい。ビューっと風を受けて何処へなりと自由に動けるのは、旅行者にとってたまらなく贅沢なことだ。しかもランタの道は海あり山あり、どこをとっても絵になるので、ちゃんと前を向いていないとある意味危ない(もちろん大半の道は舗装されています)。
ちなみにランタは南北2つの島で成り立っており、渡し船で向かいの島に渡ることができる。グラグラしながら乗り込むと、船頭さんがスタンドを軸にして車体を器用にクルッと反対向きにしてくれるので、バイクにまたがったままで降りることができた。この先は国立公園になっていて、見渡す限り無人のビーチを独占。思いもよらない発見こそが、バイクトリップならではの醍醐味である。

※写真は渡し船の様子。同乗のおじさんも船頭さんもノリノリで、なぜか戦隊シリーズみたいな仕上がりになった


March 02, 2006

ピピ島

ピピ看板

 

夜行バスに揺られて15時間(ほとんど爆睡してましたが)、船に乗り継いで1時間半。古くはディカプリオ君の映画「ザ・ビーチ」のロケ地として、最近では津波被害で知られるピピ島にやって来た。

 当時のニュースで、タイ政府の担当者が「観光客が戻って来てくれるのが何よりの復興支援です」と言っていたのを思い出すまでもなく、ベストシーズンの今は欧米人ツーリストであふれ、宿探しにも苦労するほど。

とはいえ通りから1本裏に入れば、津波の足跡はまだそこかしこに残っている。瓦礫が積まれた更地や、そこに立てられた看板を見て、明るく朗らかに見える地元の人々の、そして被害にあった人々の、計り知れない苦労や悲しみを思った。合掌。

 

島海の水は底抜けに透明で、きれいとしか言いようがない。船で島周辺のビーチをシュノーケリングして回り、ときにはカヤックを漕いで小さな島に上陸。たっぷり丸1日のコース、ランチ込みで600バーツ(1B=約3.05円)は、この満足度からするとお得だったかも? 船に飛び込み台がついていたので、調子に乗って高さ3mを頭から飛び込んだら、腰をえびぞり型にグキッと捻ってしまった。アホだ。

 


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