2006年07月18日

芸能界に翻弄された娘〜華原朋美〜

 今更ながら華原朋美の話について。
 この人がテレビに映るといつも思う。痛々しいのだ。テレビに映る朋ちゃんからは精神的な脆さが垣間見えてというかモロに見えてしまい、また、精神崩壊してしまうのではないかとハラハラしてしまう。「また」というのは小室の下から仕事的にも精神的にも肉体的にも離れた時に精神崩壊していた(と思う)からだ。

 朋ちゃんは自己顕示欲は芸能人になるだけあってかな〜りあるのだろうが、自己顕示欲を発揮し続けるだけの精神的図太さはたぶん無いのではないか。
 小室軍団でのゴタゴタでそれが露呈していたと思う。デビューしたての頃は上手かどうかは別として驚異的なハイトーンで一応は歌手の位置づけであり、華原朋美の肩書きは“歌手”だった。その後、小室の恋人として騒がれるわけだが、当時の小室といえば小室軍団のボス。一切の批判を許さない音楽界の超大物。当時の芸能界のカリスマであったため、本来ならスキャンダルになる恋愛沙汰も華原朋美にはむしろ+に働いた。小室の恋人であることは名誉であり華原朋美はセレブになってしまったのだ。彼女のトーク技術はかなり拙い、というか不自由である。天然と言うには全然オモシロさがなく、ただただ相手との意思疎通が不自由であることしか感じさせないその姿はテレビ的にかなりアンタッチャブルで放送事故に近いものがあったと思うのだが、セレブの華原である。そうそうバカに出来ない。そこで誰が言い出したのか知らんが、彼女は「朋ちゃん」と呼ばれるようなった。
 この「朋ちゃん」という肩書きは強かった。やくざのボスの妻くらいの効力があったんじゃなかろうか。「朋ちゃん」の前では一切の批判はなかった。彼女がどんなに芸能人としての資質が?だとしてもである。どんなにバカっぽくても“「朋ちゃん」だから”という一言で万事解決してしまったのである。
 テレビの世界はいつでもバブルであるから、後は「朋ちゃん」の醸し出す“かわいい”というイメージを追い求めるべくただただ暴走するのみ。「朋ちゃん」はどんどん肥大化してしまい、それはつまり“かわいい”の裏にある“バカっぽい”の過剰演出になってしまった。
 その最たる例が桃の天然水のCMである。あれは酷かった。「ヒューヒューだよ!」ってナンナンダ。意味わからん。CMの中で朋ちゃんはただひたすらにはしゃぎ飛び跳ねニタニタ笑っている。いや、酷いこと。タレントとしての修行も充分ではなく、またその実力もなかった華原朋美が必死に演じる「朋ちゃん」は素人が演じる故に過剰な演技となり、バカっぽさを突き抜けて、」ただの“アブナイ人”になってしまっていた。
 こうなると歌まで影響が出てきた。持ち前のハイトーンを強調すべくビブラートが過剰に+されたのだ。しかも、音程が低い部分も常に声が上ずっている。元から音程が危うかったが、ビブラートにより、その危うさがますます際立ち、始終上ずっているため音程なんてあってないようなもの。村田英雄の上ずり感なんて赤子ですよ。っていうか音程がずれすぎていて、歌ではなく何か新しい未知の前衛音楽かと思わせるようなLSDの幻覚作用を想起させるエキセントリックさがあった。つまり驚異的に下手ってことだけど。

 こんな過剰供給タレントをほとんど素人の女の子に勤まるはずがない。朋ちゃんはマスコミの作り上げた虚像に押しつぶされてしまったのだろう。精神状態はかなりおかしくなっていたと思われる。もう、始終おかしな事を大声でかわいい(つもり)しぐさでただひたすらにバカっぽくわめいてた。目がイっちゃってたもん。痛々しくって見てられない。そんな折に小室ボスにポイ捨てされる日がやってきた。それからの朋ちゃんは一層酷くなっていく。
 常に落ち着きがなく、声が上ずり、目がキョロキョロ。動きは異常に子どもっぽく顔は引きつり、正真正銘のアブナイ人だった。朋ちゃんをかわいく見せようとしているのはわかるんだが所詮素人の付け焼刃。小室の恋人というセレブ的存在意義はなくなり、また小室軍団も落ち目だったためブランド力も低下していた故に、朋ちゃんの存在に治外法権が適用できなくなってしまった。こうなると、何度も言うがアブナイだけ。この娘、実像と虚像のギャップに苦しんで、いつか発狂するんじゃないかって心配になってしまったのだよ。

 ハラハラして見ていた訳だが、芸能界の強力な資本の原理によりアッという間に彼女は表舞台から姿を消す。このままフェードアウトしてくれと俺は思っていた。芸能界に翻弄されオカシクなってしまった娘なんて痛々しくって見てられない。いい夢見せてもらったって事でカタギに戻って静かに暮らしてオクレと切に願っていた。

 その後は、小室との恋の傷が癒え、アブナさも消え何の存在意義も無いタレントとして細々と活動しているわけだが、何で引退しないのだろう。ツライことたくさんあっただろうに。もう充分夢を見せてもらったでしょう。やはり芸能界ってのは人を魅了する甘美な世界なのだろうか・・・、何より不思議なのはなぜテレビ関係者は彼女をまだ使い続けるのか・・・などと思っていたところに、桃の天然水のCMに再起用。素の華原朋美が見れるのかと思いきや、
「ヒューヒューだよ!」
 ・・・しかもバカみたいに飛び跳ねてる。

 昔の華原朋美の危うさを思い出してしまった。あぁ、鬱だ・・・。

 芸能関係者の皆さん!華原朋美を家に帰してあげなさい!彼女に夢はもう終わりだって言ってあげなさいって!なんかかわいそうだよ・・・。

 しかし、桃の天然水はマズイ。なんであんなのが未だに売ってるんだ?

nbo1025 at 10:24|PermalinkComments(0)TrackBack(6)

2006年07月17日

洗練されない髪型の不思議〜中山秀征&羽鳥アナ〜

 このコーナーではテレビで見たツッコミどころ満載の人物に片っ端からツッコミを入れたいと思います。かなり独断と偏見でツッコミますので気分が悪くなられたりする方もおられるでしょうから気をつけて。

 さて、記念すべき第一回目。中山ヒデ(中山秀征)についてである。
 この人のつまらなさについては方々で語りつくされているのであえて書く必要もない。
 芸がない。喋れない。コメントに知性が全く感じられない。喋り方が誰かしらのパクリである。つまりつまらない。
 こんな人が中堅タレントの兄貴的立場にいるのが全く理解できない。芸ではなく、世渡り上手で、今の地位を築き上げただけだとしか思えないのだが、まぁ、そんな話はどうでもよい。問題は彼の頭なのだ。

 頭と言っても知性の話ではない。中身ではなく、外側。彼の髪型が問題なのである。
 あの思いっきり“乗っかってる”感のある髪型はなんなんだ。たぶんヅラではないと思うのだが、あの髪型にはハラハラさせられる。ハゲを隠そうとしているのが見え見えで痛々しいことこの上ない。
 センターの髪の毛が薄いのだろう。髪の毛が全て前方向に向かって流れている。一人追い風状態。ボリュームを持たせるためかサイドの髪の毛を多めに残しているのだろうが、それが前方向に流れる髪の毛を強調させてしまっていてかなり格好悪い。トップの毛が薄く潰れているのでサイドのボリュームが強調されてしまいトップのボリュームのなさが余計目立っている。

 芸能人ってのは見られて綺麗になっていくものでしょ。デビュー当時はどうしようもなく汚くて格好悪くても売れていくにつれてセンスがどんどん洗練されていく。女も男も皆同じことだ。売れていく過程で髪型なんか最も変わるところだと思うんだが。
 中山ヒデは芸のなさはともかくとして、現在の地位に上がるまで相当な年月が経っているし相当な数の番組をこなしている。センスが洗練される期間はかなりあったはずだ。だが、あの髪型。一体どんな美容師がついてんだか。最近じゃ、局アナでも結構オシャレな髪型にしてんのに、中山ヒデときたら・・・。芸がなく、喋りもできないんだからせめて外見だけでもこざっぱりとしておくれよ・・・。
 
 アナウンサーと言えば、露出度の割にはさっぱり見た目がパッとしない日テレの羽鳥アナ。ズームイン朝などという日本を代表する帯番組の司会を務めているくせに、デビュー以来、“昨日床屋さんで切ってきました”的な優等生御用達の真ん中分けヘアスタイル。襟足は横方向にバッサリ切られているため毛先に遊びがでないため物凄く窮屈な感じがする髪型である。 
 彼は顔の作りはなかなかよいと思うのだが、最近薄くなりつつある頭髪であの髪型をやられてしまうとなんか歯がゆい。誰かいい美容院でも紹介してやれ。
 この羽鳥というアナウンサーも酷いんだこれが。彼は原稿読みはできるが番組進行なんてやってないに等しい。なんも面白いこと言えないし気の効いたコメントも皆無。緊急時のアドリブなんて全くダメ。早朝どこかのガス爆発が速報で流れてきた時なんて何も喋らず突っ立てただけだもの。横にいた辛抱アナが痺れを切らして羽鳥を無視して司会進行してたっけ。

 髪型が洗練されない芸能人ってのは自分を客観視できない証拠だと俺は思うんだが。自分をよく見せようってのは基本的なことでしょう。意図的に汚い格好してる人は別だがね。髪型が良くないって事は自分の芸も客観視できないってことで即ち芸も磨かれない。こんなこと思うの俺だけか。

nbo1025 at 03:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年04月12日

テスト

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nbo1025 at 21:06|PermalinkComments(1)TrackBack(2)