
▲古墳外観。
1934年に金毘羅宮社殿建設時に発見された古墳。
内部主体は石障を有する横穴式石室であったが、破壊が著しく墳丘の規模などは不明。当時は石室の一部が残っていたとされる。
石障内部は川の字型に仕切石が立てられていたが現在は残っていない。
装飾は左右側壁の凝灰岩に直弧文と円文が描かれているが、風化が著しい。まだ石障石材は損壊が激しく一度解体され、コンクリートなどで充填され再構築されている模様。その為、古墳本来の位置を保っていない可能性がある。
石障の奥壁は馬門石(阿蘇ピンク石)で、同じ特徴が宇城市ヤンボシ塚古墳にみられる。どちらもピンク石には装飾を施していない。5世紀中頃〜後半の築造。
県指定史跡。

▲擬似墳丘を背後から。

▲保存施設内部の石障。
























































































































































































































































