シャルレのアイゼンリコール9/29 谷川岳・西黒尾根

2007年09月29日

一ノ倉での死亡事故に改めて安全管理を振り返る

 9月号の県連ニュースに本年6月に起きた県連所属山岳会会員の事故報告が載っていました。
 事故の経緯の詳細は公開されていませんが、一ノ倉での死亡ということで、ことさら身につまされます。心よりご冥福をお祈りいたします。

 県内山岳会で昨年今年と続く死亡事故は、不運でもタマタマの重複頻発でもなく、死亡事故確率は、残念ながら「確率通り」としか言いようがないし、これからもそうでしょう。かつて事故確率を推計し、前の山岳会の会合や会報で繰り返し申し上げた通り(※記事の末尾参照)です。
 なぜなら登山中に深刻な事故に遭って且つ生き延びて且つ現在も登山を続けている人というのは、絶対数は少なからずでしょうが、膨大な登山者全体の中では極微々たる割合にすぎないからです。
 自分が事故に遭う確率と、大きな集団としての登山者組織の中に事故が起きる確率の間にある大きなギャップは、通常認識できないし、いわんや事故経験が無ければなおさらです。別に登山に限らず、自分の車の運転の危険性を、全国の交通事故件数から判断する人がいないのと同様でしょう。

 考えはまとまらず、画期的な対策がある訳でもありませんが、いろいろ思いつくままに書けば・・・・

 「1回のアルパインクライミングで死ぬ確率は0.01%」

 「勇敢なパイロットと年老いたパイロットはいるが、年老いて勇敢なパイロットはいない。」

 「Stupid Line:The Stupid Line is that line of choice we all have when faced with risk. It separates smart risk from stupid risk. It's up to you to decide where to draw the line. 」つまり、許容できるリスクとできないリスクの間の境界線。
 その位置は各個人あるいは集団のリスク嗜好の程度によって決まる。山で言えば、登山や登攀の力量があがるとその分安全性が増すのではなく、その分危険度の高い行動を取るので、安全/危険の比率はかわらず、結局stupid lineの位置は動かない。これをrisk homeostasis(リスク平衡)というそうです(ブルース トレンパー著 雪崩リスクマネージメント。より引用)。

 このリスク平衡という概念はある意味絶望的に怖いことですね。危ない登山者あるいはアブナイ山岳会(すなわち勇敢なパイロット)かどうかは、もしかするとある程度生得的なリスク嗜好の多寡で決まってしまっていて、事故経験や後天的な訓練や知識の習得で一時的には上り下がりはすれど、また元のレベルに戻り、長期的にみると容易には変わらないのかもしれない。
 しかし、そもそも山の技術がレベルアップするとその分難しい山に行くという志向性はクライマーは無論のことすべての登山者に普遍的ではないでしょうか?山岳会の岩登り講習のよくある大義名分;「一般登山でも出てくる岩場や悪場の通過を安全にこなすため、岩登りの技術をおぼえましょう」というヤツ。そりゃイレブンのフリークライミングとアルパインV級を登る技術があれば、一般道どこでも怖いもの無しでしょうが、そこまでの技術を習得した登山者が、一般道歩きだけで満足するとは考えがたく、結局持てる技術をフルに使って達成感ある山をやるべく、一般登山よりハイリスクな登攀系山行にシフトしてゆくというのはごくごく普通にあるパターンですし、登攀系登山こそ、さらにそういう上昇志向が強烈な分野なのはいうまでもないことで、最初はトップロープやセカンドでこわごわゲレンデのIII級の岩をのぼっていても、いずれ技術が身に付いてくると、それじゃあ「退屈」してしまい、更により強い傾斜、長いルート、乏しいホールド、腐ったピン、などなどハイリスクの海へと漕ぎだしてゆくわけです。
 どこかでstupid lineの位置を下げ、かつそれを維持できた者のみが年老いたパイロットとして生き残ることができ、そうでないものは年老いることなく勇敢なクライマーとして落命してゆく、すくなくとも一般的には。
 「stupid lineとリスク平衡」・・・登山の安全においてこの登山の本質をあらわす言葉を向こう一年、改めて良く考えてみなくてはと思っています。

 さて、図らずも、昨年もこの同じ時期、このような話題に触れていたんですね。そろそろ冬山やアイスを考える季節なので、自然と山のリスクに関して敏感になってくるのかもしれませんね。
 ちなみに、去年10月のこのブログ記事の中で、私は栃木県連の死亡事故発生確率は2年に1件、と推算しました。2002年から2007年の6年間の死亡事故件数は3件で、やはりあってはならない事故とはいえ、冷徹に「確率通り事故は起きる」と認識せざるをえません。
 じゃあなにやってもやんなくても同じなのか?そんなことはないでしょう。リスク平衡に規定されるStupid lineのことを考えると更に暗澹となりはしますが、各自、各会の努力は報われるとかなんとかじゃなく、ある意味リスクを弄ぶようなことをしている集団としては、当然の付帯義務であり、遊びたい一方の気持ちを抑えて、アクティブ&パッシブな安全面を補強するトレーニングを継続し、ルーズになりがちな山行準備、あらためて気を引き締めて行ってゆこうと思います。
 今の宇都宮アセントクラブの人数や山行回数だとすると、いくら登攀中心といっても、せめて設立後10年は重大事故皆無でいかねば、「安全な山岳会」とはいえないでしょうし。

※(前所属会の、2003年4月の会報に掲載したものを抜粋転載)
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 「一回のアルパインクライミングで 死 ぬ確率は0.1%」という、その世界の人間 がなんとなく納得している もっともらしい数字があります。アルパインクライミン グ以外の山行では無論こんな高率ではないでしょうが、死亡事故でなくとも遭難〜遭難一歩手前の事故をカウントすると、山歴の長い会員は軒並み経験者ではないでしょうか?
 当会の最近の山行は「オールラウンド」の看板通りで、岩、沢、雪、藪、バリエーション縦走、単独行、海外登山など、所謂「ハイキング保険」ではカバーされない、一ランク危険度が高い山行の方が多く、一般的ハイキングは1/3に満たないでしょう。「一回の山行で遭難する確率は0.1%」、即ち一人の会員につき山行1000回に一回くらいの確率では遭難事故、というのはまずまず桁外れではない数字に思えます。月に1〜2回の山行をする人にとって、千回の山行というのは約50年分ですから、「俺(私)が事故に会うのは50年に一度ある程度」といった感じですね。このように一人の会員が1回の山行で事故を起こす確率は低いので、 一人一人が「自分に限っては大丈夫だ」という密かな信念を持ってしまうのは無理からぬところです。
 しかしちょっと待ってください、危険率は人数が増え山行を重ねるに連れ累積します。会全体の遭難確率は、個人のそれとは比較になりません。当会の年間山行数を概算すると、一人平均月1〜2回で年間20回とすると、会員数50人として、年に延べ千人が山に行っているといったところでしょう。上記「一人の会員の 遭難確率0.1%」を採用すると、一人の会員が一回の山行を事故無く終える確率は99.9%で、まさに「ほぼ安全」です。しかし年間延べ千人が山に入ってすべて無事帰ってくる確率は、99.9 %の1000乗、即ち0.999X 0.999 X 0.999 X ・ ・・(千回 繰返す)となって答は 0.367、即ち37%でしかないのです!では5年間無事故の確率はというと、0.37 x0.37 x0.37 x0.37 x0.37=0.00693=0.7%---いいかえると、「向こう5年間に当会の誰かが遭難する確率は99.3 %」ということです。
 年間山行回数を10回/人と低くして計算しても、あるいは事故確率を 0.1%でな くて0.05%に減らしても、「5年間に92.3%の確率で事故」となります。大差ありません。0.001%すなわち1万回に1回、と大安売りしても5年では遭難事故発生 確率50%近くなります。降水確率99%、あるいは50%であっても、雨具を持たずに山に行くなんていう人はいるでしょうか?
 自分の経験、技術、体力など、どんなに自信ありげに見せびらかしたって、人は感 心するかも知れませんが、山は屁とも思わないでしょう。山のオキテは人ではなく山が決めるのです。個人でどう念入りに計画をたてても、「無理しない、慎重に行く」と常套文句を念仏替わりに唱えても、危険率を半減あるいは一ケタ下げるのがやっと(例えば0.1%→0.05〜0.01%)でしょう。しかし会員皆が山行規定を守り、遭難対策部による山行計画書のチェックがうまく機能すれば、危険率は2桁、3桁と落とすことが可能です(0.1%x0.1%=0.0001%)。これが登山に限らずリスクマネージメントにおけるダブルチェックの考え方です。
 
 趣味の会だからこそ起こしてはならない遭難事故に対して、「一人一人は遭難する気はなくても、当会では遭難があったし、これからも遭難は起きる」という認識に立って予防線を張る必要があります。
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nccnet1 at 17:46│Comments(3)TrackBack(0) 連絡 

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この記事へのコメント

1. Posted by K2   2007年09月29日 23:05
 登山を始めて4ヶ月目に入ろうとしています。
 殆んどが近場の低山ですが、ほぼ毎週山行を行っていると僅かながらも自信が付いてきます。
 登山はとても魅力的です。自然はとても美しく、登頂を果たしたときの達成感は何とも例えようがありません。
 ですが、こういった遭難などの事実を目の当たりにする度、山(自然)のごく一部しか観ていないことに気づかされます。
2. Posted by K2   2007年09月29日 23:13
ルートや天候を理解した「つもり」で登って、けれど問題なく達成できて…こんな怠慢な山行は、やっぱりダメですよね。
己の力量を知り神頼みの山行にならぬよう、身近な人や世間に迷惑をかけぬよう、自分のような初心者はもっと山や自然の姿を知らなければと思いました。
たかが趣味、されど趣味。趣味で命を落とすつもりはありません。山行を続けるかぎり、山行を勉強していこうと思いました。
3. Posted by 00   2007年09月30日 23:34
 癒しの山、享楽の山、冒険の山、修行の山、どれも山であり人それぞれですが、この記事を書いていて、とても大事と思ったのは、山だけでなく自分の中のリスク嗜好を虚飾なく正確に把握すべしと言うことです。正に己を知れ、ということでしょうか?リスク嗜好だけが暴走せぬよう、安全面の補強をしてゆかねばと改めて感じています。
 K2君のように真摯な姿勢で山を目指せばいつかきっと「自分の山」もぼんやりとはみえてくるのではないでしょうか?その過程で時々こういうテーマも一緒に話し合ってみたいですね。
 

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